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【260 嫌な風】
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その日の夜は、久しぶりに孤児院に来たジャニスさんとジョルジュさんのために、メアリーちゃんが腕によりをかけて沢山のお料理をふるまった。
つわりが酷くなってから、ジャニスさんはずっとジョルジュさんの家にいたし、孤児院に来たのは実に一年ぶりなのだ。
私は一度家に帰り、ジャニスさんが久しぶりに来た事を話すと、モニカさんが子供達は自分が見るから、今日は泊まってきてもいいよ、と言ってくれたので、久しぶりに孤児院に泊まれる事になった。
「意外と言えば意外じゃったが、納得と言えば納得じゃったのう」
お酒を口にしながら、ブレンダン様はジャニスさんとジョルジュさんに目を向ける。
「そうですね。ジャニスはいっつもジョルジュのマイペースなとこに文句言ってたけど、結局フォローしてたし。なんだかんだで、治まるとこに治まったって感じですよね」
ウィッカーさんが相槌を打つと、隣に座るキャロルちゃんも、うんうんと頷く。
「そうね・・・やっぱりジョルジュさんみたいな男性には、ジャニス姉さんみたいな女性じゃないと駄目かな。私をふったんだから、ちゃんと幸せにしなきゃ許しませんよ?」
キャロルちゃんは、ジョルジュさんを少し睨むように見る。
でも、その目にはからかうように色が見えて、ジョルジュさんも降参というように、両手を上げて見せた。
「参った参った、そういじめないでくれ。言われなくても分かってるさ、ジャニスは俺の大切な妻だ。幸せにしてみせる。な?ジャニス」
「・・・ジョルジュ、あんた、本当にそういうとこ・・・あー!もう!」
ジャニスさんは両手で顔を隠し、テーブルに肘を付いて声をあげた。
あまりにもストレートなジョルジュさんの言葉に、きっと恥ずかしくなってしまったのだろう。
変わったなと思ったけど、昔から思った事を何でも言葉にするところは、今も変わっていなかった。
聞いているこっちが照れてしまうくらい、ジョルジュさんの愛情表現は直球だ。
「ジョル兄、明日は何時頃帰るんだ?久しぶりに来たんだし、午前中ちょっと手合わせしてくれよ」
キャロルちゃんの隣に座るトロワ君が、スープを飲みながらジョルジュさんに言葉をかけた。
トロワ君も16歳になった。
まだちょっとあどけなさが残っているけど、もう大人の顔付きになっている。
髪の毛は短髪で、上にツンツンとしてるのは昔から変わらないし、目つきが悪いのも相変わらずだけど、しっかりと筋肉の付いた逞しい体は、もう男の子、と子供のようには言えない。
「そうだな、この一年は満足に見てやれなかったが、そう言うからにはサボらず訓練は続けていたのだろう?朝食の後に見てやろう。ジャニス、帰るのは午後でもいいか?」
「いいよ。お義母さんもゆっくりしておいでって言ってくれてたし、アタシも久しぶりにヤヨイさん達と、女同士でゆっくり話したいからさ」
そう言ってジャニスさんは、私とメアリーちゃんとキャロルちゃんに、ね!と笑いかけた。
キャロルちゃんも16歳になって、ずいぶん大人の女性という印象になった。
宝物のピンクの花柄のバレッタで、栗色の髪を後ろでまとめているけど、うなじが見えるところにちょっと色気も感じる。
白いセーターからチラリと除く鎖骨も、年頃の男の子が見たらちょっとドキっとしてしまうかもしれない。
少し前までは、もう少しおとなしい服装だったけれど、ニコラさんがキャロルちゃんはこういうのが似合う、と言って色々と着させた結果、ちょっと色気のある大人の女性。みたいなスタイルになった。
そして確かに似合っているのだ。
以前雑貨屋さんで働いていたから、アクセサリーにも詳しく、元々オシャレが大好きなニコラさんの見立てはさすがだった。
「明日はちょうどレイジェスも定休日だし、みんなゆっくりできるから大丈夫よ」
「そうです!朝食の後は久しぶりの女子トークです!スージーちゃんとチコリちゃんも入れましょう!」
「あ、いいね!あの二人ももう八歳でしょ?そろそろ好きな人いると思うんだよね」
メアリーちゃんとキャロルちゃんも、とても乗り気だ。
明日も賑やかになりそうだ。
時刻も10時を過ぎ、そろそろ寝ようとなった時、二階に上がる階段でジャニスさんがジョセフ君を抱いて話しかけてきた。
「ヤヨイさん、テリー君とアンナちゃんは元気?」
「ええ、とっても元気よ。子供の成長ってあっという間よね。つい最近まで抱っこしなきゃどこにも行けなかったのに、もう走り回ってるんだもの。ジョセフ君もあっという間よ」
ジャニスさんに抱っこされて、安心しきった顔で眠るジョセフ君の頬を、ぷにぷにとつつく。
「そうね。今日さ、二ヶ月ぶりにティナちゃんと会ったけど、たった二ヶ月でなんか大きくなった感じしたもん。本当に成長が早いよね」
ウィッカーさんとメアリーちゃんの一人娘、ティナちゃんは今子供部屋で寝ている。
ジャニスさんとは出産の時に会ったきりなので、二ヶ月ぶりだったけれど、やっぱりこの時期の子供は、二ヶ月会わないだけで大きくなって見えるようだ。
それにしても、もうすっかり親としての会話だなと思った。
少し前は、自分達の事を話していたけれど、今では子供中心の会話になっている。
こうして時間が流れていくんだろうなと感じる。
「あのね・・・この前、家で休んでた時に、ジョルジュが西の空を見ながら、ボソっと呟いたんだけど・・・・・嫌な風だ、って・・・西って、ブロートン帝国の領土でしょ?ヤヨイさん、どう思う?」
ふいに、ジャニスさんが眉を下げて不安そうな声で話し出した。
「・・・ジョルジュさんが、嫌な風だって言ったのね・・・・・なにか、他には言ってた?」
「うぅん・・・どうしたの?って聞いても教えてくれなくて。きっと、私に心配をかけないためだと思う。でも、ジョルジュは風の精霊を通して、色んな事が分かるでしょ?私、5年前に護衛としてエンスウィル城に行った時の事を思い出したの。あれきりブロートン帝国とは、大きな摩擦は起きてないけど、あいつらからはすごく嫌なもの感じたわ。このまま終わるわけが無いって思った。
だから、西の空を見てジョルジュが呟いたって事は、ブロートン帝国から何かを感じたんだろうなって思ったの」
不安気に俯くジャニスさんを、私はそっと抱きしめた。
「分かったわ。私からジョルジュさんに聞いてみるね。きっと大丈夫よ・・・・・今日は、久しぶりにお姉ちゃんと一緒に寝ない?ジョセフ君用に、ベビーベットを持って来るわ」
「・・・うん。ありがとう・・・ヤヨイお姉ちゃん」
ジャニスさんは、ジョルジュに声かけてくるね、と言って一階の広間に歩いて行った。
「・・・嫌な風、か・・・」
同じ風の精霊の加護を受け、離れていても精霊を通して会話ができる私にも言ってこない事を考えると、そう深刻な状況ではないのかもしれない。
つい、口をついて出てしまった言葉だったのだと思う。
でも、ジャニスさんの話しを聞いて、私もあらためて記憶が思い起こされた。
五年前のあの日、火の精霊の強い加護を受けていて、視線を合わせただけで気を送り、相手に攻撃できるというブロートン帝国第一師団長 セシリア・シールズ。
あの女もきっと私を覚えている。
あの日、いつかあの女と戦う日が来るだろうと、確信に近いものを持った事も覚えている。
胸にざわっと嫌な気持ちを覚え、私は気持ちを切り替えようと、両手で軽く頬を叩いた。
私もジャニスさんも、ウィッカーさんも、みんな家庭を持って大切な家族ができた。
何も起きないでほしい。
そう心から願った。
つわりが酷くなってから、ジャニスさんはずっとジョルジュさんの家にいたし、孤児院に来たのは実に一年ぶりなのだ。
私は一度家に帰り、ジャニスさんが久しぶりに来た事を話すと、モニカさんが子供達は自分が見るから、今日は泊まってきてもいいよ、と言ってくれたので、久しぶりに孤児院に泊まれる事になった。
「意外と言えば意外じゃったが、納得と言えば納得じゃったのう」
お酒を口にしながら、ブレンダン様はジャニスさんとジョルジュさんに目を向ける。
「そうですね。ジャニスはいっつもジョルジュのマイペースなとこに文句言ってたけど、結局フォローしてたし。なんだかんだで、治まるとこに治まったって感じですよね」
ウィッカーさんが相槌を打つと、隣に座るキャロルちゃんも、うんうんと頷く。
「そうね・・・やっぱりジョルジュさんみたいな男性には、ジャニス姉さんみたいな女性じゃないと駄目かな。私をふったんだから、ちゃんと幸せにしなきゃ許しませんよ?」
キャロルちゃんは、ジョルジュさんを少し睨むように見る。
でも、その目にはからかうように色が見えて、ジョルジュさんも降参というように、両手を上げて見せた。
「参った参った、そういじめないでくれ。言われなくても分かってるさ、ジャニスは俺の大切な妻だ。幸せにしてみせる。な?ジャニス」
「・・・ジョルジュ、あんた、本当にそういうとこ・・・あー!もう!」
ジャニスさんは両手で顔を隠し、テーブルに肘を付いて声をあげた。
あまりにもストレートなジョルジュさんの言葉に、きっと恥ずかしくなってしまったのだろう。
変わったなと思ったけど、昔から思った事を何でも言葉にするところは、今も変わっていなかった。
聞いているこっちが照れてしまうくらい、ジョルジュさんの愛情表現は直球だ。
「ジョル兄、明日は何時頃帰るんだ?久しぶりに来たんだし、午前中ちょっと手合わせしてくれよ」
キャロルちゃんの隣に座るトロワ君が、スープを飲みながらジョルジュさんに言葉をかけた。
トロワ君も16歳になった。
まだちょっとあどけなさが残っているけど、もう大人の顔付きになっている。
髪の毛は短髪で、上にツンツンとしてるのは昔から変わらないし、目つきが悪いのも相変わらずだけど、しっかりと筋肉の付いた逞しい体は、もう男の子、と子供のようには言えない。
「そうだな、この一年は満足に見てやれなかったが、そう言うからにはサボらず訓練は続けていたのだろう?朝食の後に見てやろう。ジャニス、帰るのは午後でもいいか?」
「いいよ。お義母さんもゆっくりしておいでって言ってくれてたし、アタシも久しぶりにヤヨイさん達と、女同士でゆっくり話したいからさ」
そう言ってジャニスさんは、私とメアリーちゃんとキャロルちゃんに、ね!と笑いかけた。
キャロルちゃんも16歳になって、ずいぶん大人の女性という印象になった。
宝物のピンクの花柄のバレッタで、栗色の髪を後ろでまとめているけど、うなじが見えるところにちょっと色気も感じる。
白いセーターからチラリと除く鎖骨も、年頃の男の子が見たらちょっとドキっとしてしまうかもしれない。
少し前までは、もう少しおとなしい服装だったけれど、ニコラさんがキャロルちゃんはこういうのが似合う、と言って色々と着させた結果、ちょっと色気のある大人の女性。みたいなスタイルになった。
そして確かに似合っているのだ。
以前雑貨屋さんで働いていたから、アクセサリーにも詳しく、元々オシャレが大好きなニコラさんの見立てはさすがだった。
「明日はちょうどレイジェスも定休日だし、みんなゆっくりできるから大丈夫よ」
「そうです!朝食の後は久しぶりの女子トークです!スージーちゃんとチコリちゃんも入れましょう!」
「あ、いいね!あの二人ももう八歳でしょ?そろそろ好きな人いると思うんだよね」
メアリーちゃんとキャロルちゃんも、とても乗り気だ。
明日も賑やかになりそうだ。
時刻も10時を過ぎ、そろそろ寝ようとなった時、二階に上がる階段でジャニスさんがジョセフ君を抱いて話しかけてきた。
「ヤヨイさん、テリー君とアンナちゃんは元気?」
「ええ、とっても元気よ。子供の成長ってあっという間よね。つい最近まで抱っこしなきゃどこにも行けなかったのに、もう走り回ってるんだもの。ジョセフ君もあっという間よ」
ジャニスさんに抱っこされて、安心しきった顔で眠るジョセフ君の頬を、ぷにぷにとつつく。
「そうね。今日さ、二ヶ月ぶりにティナちゃんと会ったけど、たった二ヶ月でなんか大きくなった感じしたもん。本当に成長が早いよね」
ウィッカーさんとメアリーちゃんの一人娘、ティナちゃんは今子供部屋で寝ている。
ジャニスさんとは出産の時に会ったきりなので、二ヶ月ぶりだったけれど、やっぱりこの時期の子供は、二ヶ月会わないだけで大きくなって見えるようだ。
それにしても、もうすっかり親としての会話だなと思った。
少し前は、自分達の事を話していたけれど、今では子供中心の会話になっている。
こうして時間が流れていくんだろうなと感じる。
「あのね・・・この前、家で休んでた時に、ジョルジュが西の空を見ながら、ボソっと呟いたんだけど・・・・・嫌な風だ、って・・・西って、ブロートン帝国の領土でしょ?ヤヨイさん、どう思う?」
ふいに、ジャニスさんが眉を下げて不安そうな声で話し出した。
「・・・ジョルジュさんが、嫌な風だって言ったのね・・・・・なにか、他には言ってた?」
「うぅん・・・どうしたの?って聞いても教えてくれなくて。きっと、私に心配をかけないためだと思う。でも、ジョルジュは風の精霊を通して、色んな事が分かるでしょ?私、5年前に護衛としてエンスウィル城に行った時の事を思い出したの。あれきりブロートン帝国とは、大きな摩擦は起きてないけど、あいつらからはすごく嫌なもの感じたわ。このまま終わるわけが無いって思った。
だから、西の空を見てジョルジュが呟いたって事は、ブロートン帝国から何かを感じたんだろうなって思ったの」
不安気に俯くジャニスさんを、私はそっと抱きしめた。
「分かったわ。私からジョルジュさんに聞いてみるね。きっと大丈夫よ・・・・・今日は、久しぶりにお姉ちゃんと一緒に寝ない?ジョセフ君用に、ベビーベットを持って来るわ」
「・・・うん。ありがとう・・・ヤヨイお姉ちゃん」
ジャニスさんは、ジョルジュに声かけてくるね、と言って一階の広間に歩いて行った。
「・・・嫌な風、か・・・」
同じ風の精霊の加護を受け、離れていても精霊を通して会話ができる私にも言ってこない事を考えると、そう深刻な状況ではないのかもしれない。
つい、口をついて出てしまった言葉だったのだと思う。
でも、ジャニスさんの話しを聞いて、私もあらためて記憶が思い起こされた。
五年前のあの日、火の精霊の強い加護を受けていて、視線を合わせただけで気を送り、相手に攻撃できるというブロートン帝国第一師団長 セシリア・シールズ。
あの女もきっと私を覚えている。
あの日、いつかあの女と戦う日が来るだろうと、確信に近いものを持った事も覚えている。
胸にざわっと嫌な気持ちを覚え、私は気持ちを切り替えようと、両手で軽く頬を叩いた。
私もジャニスさんも、ウィッカーさんも、みんな家庭を持って大切な家族ができた。
何も起きないでほしい。
そう心から願った。
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