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252 秘密にしていた事
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「エリザ様、お腹、空いてませんか?」
時計を見ると、もう七時を過ぎていた。
ずいぶん話しこんだようだ。
俺達は四時半に閉店し、早めの食事を済ませたが、エリザベート様と護衛のリーザ・アコスタはおそらく何も食べていないだろう。
シルヴィアさんがロッカーから少し大きめのバスケットを出して、エリザベート様の前に置いてフタを開けた。
「あ、以前お茶会で言っていたパンですね?良い香りです。お上手ですね」
サンドイッチやクロワッサンを取り出して皿に乗せると、エリザベート様とリーザの前に置いて、どうぞと進める。
「ありがとうございます。実は、お昼は取りましたが、それっきりでしたので」
「私の分まですまないな。ありがたくいただこう」
二人がパンを手に取ると、カチュアが音を立てずに紅茶のカップを置いていく。
パンを食べるところを見ていると、なんだか俺もお腹が減って来た。
根を詰めて話していたからだろう。
「あの、シルヴィアさん、俺もいただいていいですか?ちょっと、お腹空いて」
「あら!もちろんいいわよ。沢山作ってきたから、好きなの食べてね」
ホットドックがあったので、お腹が膨れそうなそれ手に取る。
俺がホットドックをかじると、それを見ていたみんなが、俺も、私もと、次々とパンをとっていく。
みんな頭を使ってお腹が空いていたようだ。
「リカルド・・・あんたは食べないの?」
「・・・うるせぇ」
ユーリがハムとチーズのサンドイッチを食べながら、一人だけパンをとらないリカルドに、チラリと目を向ける。
「美味しいよ」
「・・・うるせぇ」
「・・・・・お腹空いてるくせに」
「・・・パンはいらねぇ」
いつもシルヴィアさんのパンはいらないと言っているだけに、ここで食べるわけにはいかないのだろう。
リカルドのプライドの問題なのだ。
だが、人一倍大食いのリカルドが、今お腹を空かしている事は間違いないだろう。
パンに飽きているといっても、パンが嫌いなわけではないのだ。本当は食べたいはずだ。
どうにか、リカルドのプライドを傷つけず、パンを食べさせる方法はないかと考えていると、エリザベート様が自分の皿に残っていたサンドイッチを取って、リカルドに差し出した。
「リカルド、私少しお腹がいっぱいになってきましたの。代わりに食べていただけませんか?」
ニコリと微笑むエリザベート様に、リカルドは口を少し尖らせながら、サンドイッチを受け取った。
「・・・・・しょ~がねぇなぁぁぁぁぁ~~~~!食べ物残すなんて、俺の美学が許さねぇかんな!小麦粉に免じて食ってやんよ!」
偉そうに声を上げてサンドイッチを一瞬で食べてしまうと、そのままシルヴィアさんのバスケットに手を突っ込んで、しょおがねぇなぁ!と言いながら一つ、また一つと手にしたパンを食べ始めた。飲むようにパンを食べるその勢いに、俺達は呆気にとられて見ていた。
「ふぅ~・・・・・いやぁ、これで小麦粉のメンツは守られたな」
「何言ってんだお前?」
バスケットの中を空にすると、リカルドは満足した表情で紅茶をすすり、訳の分からない事を口走りながら大きく息を付いた。
「ねぇ、リカルド・・・パン、美味しかったでしょ?」
シルヴィアさんが、リカルドの空いたカップに、新しい紅茶をそそぎながら言葉をかける。
「ん、お、おぅ・・・そうだな・・・」
リカルドは歯切れの悪い返事を返す。やはり、普段シルヴィアさんのパンを拒否しているのに、ドカ食いした事が気まずいようだ。
「これからは意地張らないで、ちゃんとパン食べるのよ?」
「え?いや、別に意地なんて・・・」
「ちゃんと食べるのよ?」
「いや・・・」
「ね?」
「・・・お、おう」
ドカ食いした負い目と、シルヴィアさんの笑顔が怖かったのか、リカルドはついに観念した。
「・・・なるほど、そこまで話したところで私達がここに来たのですね」
シルヴィアのパンで、一息をついたところで、ジャレットが今日店に泊まり、何をしていたかをあらためてエリザベートとリーザに説明をした。
「はい。真実の花に、パスタ屋で見たカエストゥスの闇、そして偽国王、色んなものがつながっていると思ったんです。それで、俺がジャレットさんにお願いして、今日ここで話しを聞かせてもらってました」
アラタが言葉を添えると、エリザベートは、はい、と頷いた。
「ジャレット、そこまでご存じだったのですね。お酒の席で話されたという事ですが、元々バリオス様はほとんど飲めないとおっしゃられてました。多分・・・お話ししたいお気持ちがあったのだと思います。少しだけお酒の力を借りて、あなたを通して皆さんへ・・・・・ただ、結末まではお話しされなかった。ジャレット、バリオス様がお話しになられていない部分は、私もあまりお話しできません。今日は、あなたがご存じのところだけをお話しください」
「分かりました。しかし、やっぱ店長飲めなかったのか。考えてみりゃ、あの日はちょっと雰囲気が違ったし・・・店長から、付き合わないか、なんて言われてサシで飲んだけど、そんなの初めてだったしな。いつもより饒舌だとは思ったけど、飲めない酒飲んでか・・・・・今頃、何してんだろな、店長」
窓の外はすっかり暗くなっているが、それでも遠くを見るようにジャレットは外へ目を向けた。
ケイトの話しでは、今店長はたった一人でカエストゥス領土に残っているそうだ。
カエストゥス領土は今、入った者は帰って来れない呪われた土地と言われている。
そんな危険な場所で、一体何をしているのだろう。
「カエストゥス領土に残ってんだろ?何してんだか分かんねぇけど、大丈夫かねぇ?」
リカルドの呑気な言葉に、エリザベートが大きく反応した。
「カ、カエストゥス領土ですって!?バリオス様はあそこにお一人で行っているのですか!?」
カエストゥス領土の危険を知っているエリザベートの反応に、ケイトが手を上げて少し大きな声で呼びかけた。
「あー・・・ごめんみんな!ちょっとアタシの話し聞いてちょうだい!」
「・・・ケイト?どうしたのです?」
エリザベートが首を少し傾げケイトに目を向ける。
ケイトの隣に座るジーン・ハワードは、いつもハッキリと物事を言うケイトの、めずらしく口が重い様子に、少し驚いていた。
全員の視線が集まった事を感じ、ケイトはキャップを取ると、言いにくそうに頭を押さえながらゆっくりと口を開いた。
「そのさ、みんなには話してなかった事があったんだよ・・・アタシ、実は知ってるんだ。店長がカエストゥス領土に行った理由」
ケイトは話した。
セインソルボ山で起こった事を全て。
西側では花が見つからず、東側で花が二輪見つかった事。
自分が風の精霊の加護を受けた事。バリオスがカエストゥス国の出身だと言う事。
そして、風の精霊がこのままでは全て闇に飲まれてしまう事を懸念し、ただ一人、カエストゥス国へ向かった事を。
ケイトはセインソルボ山の東側で起こった事は、最初は話すつもりはなかった。
バリオスの個人的な事情に踏み込む事は、もう止めよう。そう考えていたからだ。
だが、今日この場での話しを聞く中で、国の今後を左右するほどに事が大きくなった事を考え、話しておいた方がいい。そう判断した。
だが、それでも最後にバリオスが口にした言葉、
涙を流し、口にした女性の名前 【メアリー】 これだけは伏せた。
これは本当にバリオスが心から大切に想う人の名だ。
軽々しく周りに話していい事ではないし、伏せても問題はないと思った。
「・・・そっか、そんな事があったんだね。うん、分かった・・・ケイト、大変だったね」
「黙っててごめんね。店長の事考えたら、ちょっと・・・話せなかった」
話しを聞き終えると、レイチェルは考え込むように拳の上に顎を乗せ、眉間にシワを寄せた。
いつも冷静なレイチェルには珍しく、表情が険しい。
「レイチェル、怒らないであげてね。ケイトの気持ち、私も分かるわ・・・だって、店長の心に触れる話しだもの・・・そう簡単には話せないわ」
レイチェルの表情を見たシルヴィアは、店長に関する話しを黙っていたケイトに対して、怒りをこらえている。そう思いケイトをかばった。
レイジェスの休憩室に、気まずい沈黙が下りた。
「・・・いや、すまない。ケイトに対して怒っているわけではないんだ・・・ただ、私も店長は信じているが、さすがにカエストゥス領土だと、ちょっとな・・・・・心配だ」
「・・・レイチェル・・・・・ごめんね。あんた、店長の事・・・・・アタシ、あの山で店長の事少し分かった。いままで全然自分の事を話してくれなかった店長が、少しだけど自分の事を話してくれたんだ。だけど・・・その全てに悲しみが見えた。だから、アタシはもう店長の事は詮索しない。そう決めたんだ・・・詮索しないし、なにかあったらアタシがフォローするって。だから・・・話せなかった。あんなボロボロの店長の心を・・・アタシが勝手に話しちゃだめだって思って」
「・・・ケイト、分かるよ。きっと、私でも言えなかったと思う。ケイトは店長の事を考えて黙っていただけだ。謝る事じゃないさ・・・・・ただ、私が・・・心配なだけなんだ・・・・・」
「レイ、チェル・・・?」
それはケイトも、ジーンも、この店で一番の古株で、レイチェルが入店した時から知っているジャレットでさえ見た事がない、不安にかられ弱々しくみえるレイチェルの姿だった。
「・・・ごめん・・・こんな大事な時に・・・ただ、あそこは駄目だ・・・・・私は昔、まだここで働く前に一度だけ、子供の頃に一度だけカエストゥス領土を見た事がある。ケイト・・・・・あんたと同じ印象を持ったよ。
ブロートンとの国境付近でさえ、私はあまりの恐怖で足がすくみ動く事ができなかった。もし、首都バンテージに入れば・・・いや、首都に入る前に私は闇に飲まれてしまうだろう。あれほど死を近くに感じた事はない・・・・・だから、いくら店長でも、あそこに入って無事に帰って来れるのか?」
「レイチェル、それほどなのですか?私も話しには聞いております、今のカエストゥスは国境に近づくだけでも危険だと・・・」
レイチェルの話しに、エリザベートは半信半疑といった様子だった。
話しには聞いていた。だが、あくまで話しで聞いていただけで、他所事にしか考えていなかった。
カエストゥスはすでに滅んでおり、実質ブロートンの領土になっている。
行く用事もないし、危険な場所に一国の王女が行く必要もない。
だが、今のケイトとレイチェルの話しを聞き、認識の甘さを感じていた。
「はい。私はセインソルボ山で風の精霊の加護を受けたので、加護を受ける前と比べてずいぶん楽になりました。ただ、それでも首都バンテージに入れば・・・・・おそらく帰ってこれません。それほど、危険な場所です。
店長は・・・・・自分はカエストゥスの人間だから大丈夫だと、そう言ってました。今、カエストゥスを覆っている闇は、タジーム・ハメイドの黒渦という闇魔法だから、自分がなんとかするしかないって・・・・・アタシは、信じるしかないです」
入山許可の期限は10月末まで。
それまでには帰ると約束した事を信じるしかない。
時計を見ると、もう七時を過ぎていた。
ずいぶん話しこんだようだ。
俺達は四時半に閉店し、早めの食事を済ませたが、エリザベート様と護衛のリーザ・アコスタはおそらく何も食べていないだろう。
シルヴィアさんがロッカーから少し大きめのバスケットを出して、エリザベート様の前に置いてフタを開けた。
「あ、以前お茶会で言っていたパンですね?良い香りです。お上手ですね」
サンドイッチやクロワッサンを取り出して皿に乗せると、エリザベート様とリーザの前に置いて、どうぞと進める。
「ありがとうございます。実は、お昼は取りましたが、それっきりでしたので」
「私の分まですまないな。ありがたくいただこう」
二人がパンを手に取ると、カチュアが音を立てずに紅茶のカップを置いていく。
パンを食べるところを見ていると、なんだか俺もお腹が減って来た。
根を詰めて話していたからだろう。
「あの、シルヴィアさん、俺もいただいていいですか?ちょっと、お腹空いて」
「あら!もちろんいいわよ。沢山作ってきたから、好きなの食べてね」
ホットドックがあったので、お腹が膨れそうなそれ手に取る。
俺がホットドックをかじると、それを見ていたみんなが、俺も、私もと、次々とパンをとっていく。
みんな頭を使ってお腹が空いていたようだ。
「リカルド・・・あんたは食べないの?」
「・・・うるせぇ」
ユーリがハムとチーズのサンドイッチを食べながら、一人だけパンをとらないリカルドに、チラリと目を向ける。
「美味しいよ」
「・・・うるせぇ」
「・・・・・お腹空いてるくせに」
「・・・パンはいらねぇ」
いつもシルヴィアさんのパンはいらないと言っているだけに、ここで食べるわけにはいかないのだろう。
リカルドのプライドの問題なのだ。
だが、人一倍大食いのリカルドが、今お腹を空かしている事は間違いないだろう。
パンに飽きているといっても、パンが嫌いなわけではないのだ。本当は食べたいはずだ。
どうにか、リカルドのプライドを傷つけず、パンを食べさせる方法はないかと考えていると、エリザベート様が自分の皿に残っていたサンドイッチを取って、リカルドに差し出した。
「リカルド、私少しお腹がいっぱいになってきましたの。代わりに食べていただけませんか?」
ニコリと微笑むエリザベート様に、リカルドは口を少し尖らせながら、サンドイッチを受け取った。
「・・・・・しょ~がねぇなぁぁぁぁぁ~~~~!食べ物残すなんて、俺の美学が許さねぇかんな!小麦粉に免じて食ってやんよ!」
偉そうに声を上げてサンドイッチを一瞬で食べてしまうと、そのままシルヴィアさんのバスケットに手を突っ込んで、しょおがねぇなぁ!と言いながら一つ、また一つと手にしたパンを食べ始めた。飲むようにパンを食べるその勢いに、俺達は呆気にとられて見ていた。
「ふぅ~・・・・・いやぁ、これで小麦粉のメンツは守られたな」
「何言ってんだお前?」
バスケットの中を空にすると、リカルドは満足した表情で紅茶をすすり、訳の分からない事を口走りながら大きく息を付いた。
「ねぇ、リカルド・・・パン、美味しかったでしょ?」
シルヴィアさんが、リカルドの空いたカップに、新しい紅茶をそそぎながら言葉をかける。
「ん、お、おぅ・・・そうだな・・・」
リカルドは歯切れの悪い返事を返す。やはり、普段シルヴィアさんのパンを拒否しているのに、ドカ食いした事が気まずいようだ。
「これからは意地張らないで、ちゃんとパン食べるのよ?」
「え?いや、別に意地なんて・・・」
「ちゃんと食べるのよ?」
「いや・・・」
「ね?」
「・・・お、おう」
ドカ食いした負い目と、シルヴィアさんの笑顔が怖かったのか、リカルドはついに観念した。
「・・・なるほど、そこまで話したところで私達がここに来たのですね」
シルヴィアのパンで、一息をついたところで、ジャレットが今日店に泊まり、何をしていたかをあらためてエリザベートとリーザに説明をした。
「はい。真実の花に、パスタ屋で見たカエストゥスの闇、そして偽国王、色んなものがつながっていると思ったんです。それで、俺がジャレットさんにお願いして、今日ここで話しを聞かせてもらってました」
アラタが言葉を添えると、エリザベートは、はい、と頷いた。
「ジャレット、そこまでご存じだったのですね。お酒の席で話されたという事ですが、元々バリオス様はほとんど飲めないとおっしゃられてました。多分・・・お話ししたいお気持ちがあったのだと思います。少しだけお酒の力を借りて、あなたを通して皆さんへ・・・・・ただ、結末まではお話しされなかった。ジャレット、バリオス様がお話しになられていない部分は、私もあまりお話しできません。今日は、あなたがご存じのところだけをお話しください」
「分かりました。しかし、やっぱ店長飲めなかったのか。考えてみりゃ、あの日はちょっと雰囲気が違ったし・・・店長から、付き合わないか、なんて言われてサシで飲んだけど、そんなの初めてだったしな。いつもより饒舌だとは思ったけど、飲めない酒飲んでか・・・・・今頃、何してんだろな、店長」
窓の外はすっかり暗くなっているが、それでも遠くを見るようにジャレットは外へ目を向けた。
ケイトの話しでは、今店長はたった一人でカエストゥス領土に残っているそうだ。
カエストゥス領土は今、入った者は帰って来れない呪われた土地と言われている。
そんな危険な場所で、一体何をしているのだろう。
「カエストゥス領土に残ってんだろ?何してんだか分かんねぇけど、大丈夫かねぇ?」
リカルドの呑気な言葉に、エリザベートが大きく反応した。
「カ、カエストゥス領土ですって!?バリオス様はあそこにお一人で行っているのですか!?」
カエストゥス領土の危険を知っているエリザベートの反応に、ケイトが手を上げて少し大きな声で呼びかけた。
「あー・・・ごめんみんな!ちょっとアタシの話し聞いてちょうだい!」
「・・・ケイト?どうしたのです?」
エリザベートが首を少し傾げケイトに目を向ける。
ケイトの隣に座るジーン・ハワードは、いつもハッキリと物事を言うケイトの、めずらしく口が重い様子に、少し驚いていた。
全員の視線が集まった事を感じ、ケイトはキャップを取ると、言いにくそうに頭を押さえながらゆっくりと口を開いた。
「そのさ、みんなには話してなかった事があったんだよ・・・アタシ、実は知ってるんだ。店長がカエストゥス領土に行った理由」
ケイトは話した。
セインソルボ山で起こった事を全て。
西側では花が見つからず、東側で花が二輪見つかった事。
自分が風の精霊の加護を受けた事。バリオスがカエストゥス国の出身だと言う事。
そして、風の精霊がこのままでは全て闇に飲まれてしまう事を懸念し、ただ一人、カエストゥス国へ向かった事を。
ケイトはセインソルボ山の東側で起こった事は、最初は話すつもりはなかった。
バリオスの個人的な事情に踏み込む事は、もう止めよう。そう考えていたからだ。
だが、今日この場での話しを聞く中で、国の今後を左右するほどに事が大きくなった事を考え、話しておいた方がいい。そう判断した。
だが、それでも最後にバリオスが口にした言葉、
涙を流し、口にした女性の名前 【メアリー】 これだけは伏せた。
これは本当にバリオスが心から大切に想う人の名だ。
軽々しく周りに話していい事ではないし、伏せても問題はないと思った。
「・・・そっか、そんな事があったんだね。うん、分かった・・・ケイト、大変だったね」
「黙っててごめんね。店長の事考えたら、ちょっと・・・話せなかった」
話しを聞き終えると、レイチェルは考え込むように拳の上に顎を乗せ、眉間にシワを寄せた。
いつも冷静なレイチェルには珍しく、表情が険しい。
「レイチェル、怒らないであげてね。ケイトの気持ち、私も分かるわ・・・だって、店長の心に触れる話しだもの・・・そう簡単には話せないわ」
レイチェルの表情を見たシルヴィアは、店長に関する話しを黙っていたケイトに対して、怒りをこらえている。そう思いケイトをかばった。
レイジェスの休憩室に、気まずい沈黙が下りた。
「・・・いや、すまない。ケイトに対して怒っているわけではないんだ・・・ただ、私も店長は信じているが、さすがにカエストゥス領土だと、ちょっとな・・・・・心配だ」
「・・・レイチェル・・・・・ごめんね。あんた、店長の事・・・・・アタシ、あの山で店長の事少し分かった。いままで全然自分の事を話してくれなかった店長が、少しだけど自分の事を話してくれたんだ。だけど・・・その全てに悲しみが見えた。だから、アタシはもう店長の事は詮索しない。そう決めたんだ・・・詮索しないし、なにかあったらアタシがフォローするって。だから・・・話せなかった。あんなボロボロの店長の心を・・・アタシが勝手に話しちゃだめだって思って」
「・・・ケイト、分かるよ。きっと、私でも言えなかったと思う。ケイトは店長の事を考えて黙っていただけだ。謝る事じゃないさ・・・・・ただ、私が・・・心配なだけなんだ・・・・・」
「レイ、チェル・・・?」
それはケイトも、ジーンも、この店で一番の古株で、レイチェルが入店した時から知っているジャレットでさえ見た事がない、不安にかられ弱々しくみえるレイチェルの姿だった。
「・・・ごめん・・・こんな大事な時に・・・ただ、あそこは駄目だ・・・・・私は昔、まだここで働く前に一度だけ、子供の頃に一度だけカエストゥス領土を見た事がある。ケイト・・・・・あんたと同じ印象を持ったよ。
ブロートンとの国境付近でさえ、私はあまりの恐怖で足がすくみ動く事ができなかった。もし、首都バンテージに入れば・・・いや、首都に入る前に私は闇に飲まれてしまうだろう。あれほど死を近くに感じた事はない・・・・・だから、いくら店長でも、あそこに入って無事に帰って来れるのか?」
「レイチェル、それほどなのですか?私も話しには聞いております、今のカエストゥスは国境に近づくだけでも危険だと・・・」
レイチェルの話しに、エリザベートは半信半疑といった様子だった。
話しには聞いていた。だが、あくまで話しで聞いていただけで、他所事にしか考えていなかった。
カエストゥスはすでに滅んでおり、実質ブロートンの領土になっている。
行く用事もないし、危険な場所に一国の王女が行く必要もない。
だが、今のケイトとレイチェルの話しを聞き、認識の甘さを感じていた。
「はい。私はセインソルボ山で風の精霊の加護を受けたので、加護を受ける前と比べてずいぶん楽になりました。ただ、それでも首都バンテージに入れば・・・・・おそらく帰ってこれません。それほど、危険な場所です。
店長は・・・・・自分はカエストゥスの人間だから大丈夫だと、そう言ってました。今、カエストゥスを覆っている闇は、タジーム・ハメイドの黒渦という闇魔法だから、自分がなんとかするしかないって・・・・・アタシは、信じるしかないです」
入山許可の期限は10月末まで。
それまでには帰ると約束した事を信じるしかない。
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