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244 語り手の苦悩

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「・・・少し、休憩するか」

ジャレット・キャンベル。アラタの防具担当の先輩だ。

今回、ブロートン帝国と、カエストゥス国の200年前の戦争について、店長のバリオスから聞いた話しをレイジェスの全員に話して聞かせている。


正面に座るアラタに目を向ける。
アラタはやや視線を落とし、テーブルの上で両手を組み合わせている。

話している間、とくに口を挟んでくる事はせず、ジャレットと目を合わせる事もしなかったが、ジャレットの話しに集中している事はその様子で分かった。


そして、アラタの隣で、アラタの手に自分の手を重ねているのは、彼女、いや婚約者のカチュア・バレンタイン。

終始アラタの様子に気を配っていた。
薄茶色の瞳は、心配そうにアラタの顔に向けられている。



無理もない・・・ジャレットはアラタの気持ちを考える。
シンジョウ・ヤヨイは、ニホンという、アラタの故郷で、特にお世話になった人と聞いている。


そのシンジョウ・ヤヨイが今より200年も前に同じ世界に来ていて、そして戦死した。
そんな話しを聞かされて、すぐに受け入れろという方が無理だろう。




ここまではいい・・・・・
ジャレットはテーブルの上に乗せた拳に目を落とし。


戦死したという結果だけは先に伝えてあるが、ここまでは話す事に問題はない。

シンジョウ・ヤヨイは幸せだった。この世界でブレンダンの孤児院に住む事になり、優しい人達に囲まれ、パトリックと結婚し、子供にも恵まれた。


シンジョウ・ヤヨイは幸せだった。

店長の話しを聞いた限りでは、それは確かだ。



だが・・・ここからは・・・・・



ジャレットはもう一度アラタに目を向けた。



素直で真面目に働いているアラタを、ジャレットは気に入っていた。

そんなアラタに残酷な話しを聞かせなければならない。



できれば黙っていたかった。



だが、王妃様からの依頼で真実の花を取り、国王陛下が偽者ではという疑いまで出て来た。

アラタ達が行ったパスタ屋でのカエストゥスの闇の話し。
全ての物語りが繋がってきた今、この話しは全員が知っておかなければならない。


そして、全ての結末を知っている店長バリオスが不在の今、それはジャレットが話すしかなかった。



アラやん・・・俺もこんな話し、したくねぇんだ。

だってよ、辛いだけだろ・・・

でも、お前なら乗り越えられる・・・・・そう信じてるぜ。



パーマがかったボリュームのあるロングウルフの金髪を搔き上げ、隣に座るシルヴィア・メルウィーに声をかけた。


「・・・シーちゃん、悪いけどお茶もらえねぇかな?口ん中パッサパサだわ」


「ええ、私も喉が渇いたわ。もう1時間ね・・・少し休憩を挟みましょう。あ、リカルド君、お腹空いてない?私パン作ってきたの!さっき夕ご飯食べたけど、リカルド君ならまだ食べれるでしょ?」

「おまっ!またかよ!?いらねぇよ!」

シルヴィアは、肩の下まであるウェーブがかった白に近い金髪を、整えるように撫でる。

少し丸みのある青い瞳は、きょとんとしたようにリカルドに見る。


「え?お腹いっぱいだったかしら?」

「ちげぇよっ!飽きたんだよ!もうパンはいらねぇんだよ!」

食い気味には声を上げるリカルドに、シルヴィアは溜息を付いて席を立った。


「もう、それならそうと早くいってよね。少しだけどドーナツも作ってきて良かったわ。ドーナツならいいわよね?少しだから、足りないって文句言わないでよ?」

「お、おま・・・なんでそうなんだよ!?」


リカルド・ガルシアの透き通るようなエメラルドグリーンの瞳に、驚愕の色が浮かぶ。

無造作に後ろにまとめた瞳と同じ色の、エメラルドグリーンの髪を両手で鷲掴みにし、諦めたようにテーブルに顔を伏せた。

「ははは、リカルド、諦めろ。シルヴィアには勝てないって」

ミゼル・アルバラードがテーブルに伏せるリカルドを見て、少し笑いをもらしながら声をかけた。


「あら、ミゼル、諦めろなんて失礼ね。それとも、あなたもパンが欲しくてすねちゃったのかしら?」


シルヴィアはミゼルに背中を向けたまま、ポットに水を入れ火を付ける。
その背中から発せられる圧力に、ミゼルの喉から上ずった声が出た。

「あ・・・そ、そうそうそう、オレもシルヴィアのパンが食べたかったんだよ!お、俺にも一つもらえないかな?」

「あら、ミゼルったら、しかたないわね。いいわよ。クロワッサンでいいかしら?」


上機嫌な声をだし振り向くシルヴィアに、ミゼルは座ったまま180cmの長身を腰から曲げ、お願いします、と平伏するように頭を下げた。ボサボサの黒髪の頭頂部がしっかり見える。


「五時半か・・・あと五分くらいは日が持ちそうだな。私は少し外の空気を吸ってくる・・・シルヴィア、私の分もお茶を入れておいてくれないか」

「ええ、分かったわ。でも、もうトバリの時間になるから早く戻ってね」



窓から見える外は、もうほとんど日も落ちかけている。

10月に入り、閉店時間を一時間早め4時30分にしたのは、買い物をしたお客が余裕を持って家に帰れるようにするための配慮だ。

夜、外を出歩く人を食べるトバリという正体不明の闇から身を護るため、どの店も季節によって開店と閉店時間を変えている。


副店長のレイチェル・エリオットは時計に目を向けた後、席を立ち従業員用の出入り口のドアノブに手をかけた。

すると、レイチェルがドアを開けるより先に、誰かが外からドアをノックし、コン、コンという音が店の休憩室に響いた。


レイチェルは眉を寄せ、ドアノブから手を離し、一歩後ずさった。


室内の全員の視線が出入口に集中する。

「・・・誰だ?こんな時間に店を訪ねて来るなんて普通じゃないな」


ドア越しにレイチェルが、ノックの主に声をかける。
その声は低く、相手を警戒している事が十分に伝わってくる。



「その声はレイチェルですね?開けてください。私です、エリザベートです」



レイチェルにとって、その声は忘れるはずのない声だった。
声を聞くなり、レイチェルはドアを開ける。


そこには、クインズベリー国 エリザベート王女が立っていた。
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