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【240 敗北を受け入れて】
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「・・・綺麗だ」
隊員のだれかが声をぽつりと呟いた。
凛とした佇まい、風になびく美しく長い黒髪、一礼をしただけだが、幼少期から茶道と薙刀で厳しいしつけを受けていた弥生は、ただの一礼にしても、その流れるような所作に、人の目をひく程の存在感と美しさがあった。
「すごい綺麗、お姫様みたい・・・」
「カッコイイ・・・」
「あんなに強かったの?しかも風まで操れるなんて」
一人が口を開くと、連鎖的に広がり、弥生達を囲んでいた輪が騒々しくなっていった。
「ペトラ!ペトラ!」
ヤヨイに絡んできた女剣士のもう一人が、倒れているペトラに必死に呼びかけている。
ペトラの鉄の胸当ては一の字に凹み、ひびも入っている事から、相当の衝撃だった事が伺えた。
「ねぇ!ペトラ起きてよ!」
「大丈夫だよ。加減はしといたし、防具を狙ったんだからちょっと気を失ってるだけさ」
弥生が近づき、必死にペトラに呼びかけている女剣士に声をかけると、女剣士は振り返り弥生を睨みつけた。目には少し涙が浮かんでいる。
「よくもペトラをこんな目に!絶対許さない!」
薄紫色の髪を耳の下で揃えている。年齢は二十歳くらいだろうか。
パッチリとした目と、形の良い唇は、笑ったら可愛いだろうなと思えるが、今は弥生を対しての怒りで顔を歪ませていた。
「あんた何言ってんの?試合でしょ?どっちかがやられんのは当たり前じゃん?」
「うるさい!あんたが悪いんだ!」
呆れて溜息をつく弥生に、紫色の髪の女剣士は感情にまかせ叫ぶばかりだった。
「ねぇ!誰か魔法兵団の宿舎に行って、エロール呼んで来て!白魔法使いのエロール・タドゥラン!弥生が呼んでるって言えば来てくれると思うから。アタシ、城の道順分からないからお願い!」
大きな声で周囲に呼びかける弥生に、集まっていた女性剣士の1人がすぐに反応し、手を挙げた。
「あ、エロール君なら、私知ってるから呼んでくるよ!」
女性剣士はそう言うなり、走り城の中へ戻って行った。
「ねぇ、アタシは新庄弥生、あんた名前は?」
女性剣士がエロールを呼びに行ったところを見届けると、弥生はペトラの胸に手を当て、心配そうに表情を曇らせている紫色の髪の女剣士に尋ねた。
「・・・ルチル・・・あんたが倒したこの子はペトラ・・・」
白魔法使いを呼んで来てと頼んだからだろうか、若干ルチルの態度が軟化したように感じた弥生は、腰を下ろしルチルと同じ目線で言葉を続けた。
「試合がしたいんならさ、いつでも相手してあげるから・・・次はもうちょっと肩の力抜いて声かけてよ。ね?」
弥生が優しく微笑みかけると、ルチルは自分の行為に思うところがあったのか、目を伏せ言葉は返さなかったが、こくりと小さく頷いた。
「よし!じゃあ、今回の件はこれでおしまいね!・・・あんたら仲良いんだね?そこまで心配してもらえるなんて、ペトラだっけ?この子幸せだよ」
「・・・ペトラは、小さい頃からずっと一緒だから・・・私、こんなだから他に友達いないし・・・」
弥生がまだ気を失っているペトラに目を向けて話すと、ルチルは小さな声で、独り言のように呟いた。
「そうなの?・・・ふ~ん、アタシは、あんたらみたいなのけっこう好きだよ。友達ってさ、増えてもいいの?」
「え?・・・どういう意味?」
弥生の言葉の意味が理解できず、ルチルは顔を上げ弥生と目を合わせ聞き返す。
「いやさ、二人だけで十分ってんなら、諦めるけど、友達が増えてもいいんなら、アタシも入れてよ。ね?アタシと友達にならない?」
笑顔のまま、右手を差し出す弥生に、ルチルは目を丸くして弥生の右手を顔を交互に見る。
「・・・どういう、つもり?」
「どういうもなにも、そのままの意味だけど。・・・まぁ、正直ね、あんたらみたいなの、ほうっておけないって気持ちもあるけど、友達になりたいって気持ちも本当だよ。難しく考えないでさ、今度孤児院に遊びに来てよ」
「・・・変な人」
「あ、ひどいな。まぁ・・・お節介とは言われた事あるよ」
弥生がクスっと笑い声をもらすと、ルチルも、フフっと笑う。
修練場に広がる二人の笑い声。
やがて、誰となく拍手が起きる。それは二人三人と数を増やし、次第に大きな拍手に変わっていった。
「・・・すごいな。ただ強いだけじゃない・・・あのルチルがペトラ以外に心を開くなんて」
ドミニクは心から拍手を送っていた。
ペトラを倒した事は予想通りだった。そしてこれで終わりかと思い、次は自分の番だと前に出ようとしたが、そこでヤヨイは白魔法使いを呼んできてくれと声を上げた。
初対面で無礼な言葉をかけてきて、たった今まで自分に剣を向けていた相手のためにだ。
そして、剣を合わせる事はしなかったが、理不尽にヤヨイに暴言を吐いたルチルに対し、友達になろうと言葉をかけ、和解をした心の広さ。
ドミニクは弥生を完全に認めていた。
「おーい、エロール君連れてきたよー!」
修練場の出入り口から、先程エロールを呼びに行った女剣士が手を振り、声を上げている。
その女剣士の少し後ろを歩いて来るエロールは、耳の下くらいで切りそろえたダークグリーンの髪を搔き上げ、面倒そうに顔をしかめ、不機嫌そうに辺りを睨むように見まわしている。
白地に深い緑色のパイピングがあしらわれている、カエストゥス国の白魔法使いのローブを着ている。訓練中だったのかもしれない。
「・・・面倒くせぇな、ヤヨイ、そんで俺は誰を治せばいいんだ?」
「エロール、アタシとは初めましてだよね?話しは聞いてると思うけど、アタシがもう一人の弥生だよ。よろしく。あ、治すのはこの子ね」
エロールはぶっきらぼうに言葉を出すと、弥生は、自分の隣で気を失い、ルチルが抱きかかえているペトラに手を向けた。
「・・・あ~、お前が?聞いてる聞いてる。ふ~ん・・・確かにいつものヤヨイとは雰囲気違うな。まぁ、とりあえず今は怪我人治すわ。どれどれ、ちょっとお前避けて・・・あぁ、気を失ってるだけだろ?胸の防具ぶっ壊れてるから、ここに強烈なのくらったんだ?じゃあさっさとヒールするわ」
エロールは普段のヤヨイと比べるように弥生に少し目を向けたが、すぐに倒れているペトラに向き直った。
ペトラの頭を膝に乗せ、抱きしめるようにしているルチルの手をよけさせると、ペトラの肩に手を置き、ヒールをかける。
1~2分程だろう。エロールの手から淡い光が消えると、ペトラはゆっくりと目を開き、きょろきょろと周りに目を向け、あれ?私?と、状況を確認するように言葉を口にした。
「・・・気が付いたな。じゃあ、俺はもう行くぞ」
「うん。急に呼んでごめんよ。ありがとね、エロール」
立ち上がり、さっさと背中を向けるエロールに、弥生がお礼の言葉をかけると、エロールは顔半分だけ振り向いた。
「・・・別に、いつも孤児院のパーティーに呼んでもらってる礼だから」
それだけ言うとエロールは、んじゃな、と手をひらひらさせて、修練場を出て行った。
「・・・難しい年頃だね」
弥生がエロールの背中を見送り、微笑ましさを感じていると、ねぇ、と声をかけられた。
「あ、もう起きて大丈夫?悪かったね、ちょっと強かったかな?」
ペトラは体を起こし、バツが悪そうに下を向き、弥生に目を合わせられずにいる。
「・・・その、今、ルチルから聞いた・・・ありがとう」
おずおずとしたように、少しだけ顔を上げてお礼を口にするペトラの右肩に、弥生は軽く触れた。
「うん、じゃあルチルにも言ったけど、これでこの件はお終いね?これからは友達になってくれるかな?」
笑いかける弥生に、ペトラは目をぱちくりさせ、ルチルに顔を向ける。
ルチルが微笑みながら軽く頷くと、ペトラは、ぷっ、と少し吹き出して笑った。
「アッハハハ!変な人!いいけどさー・・・うん、いいよ。私はペトラ・・・よろしく」
「うん、ルチルにも言われたよ。いいじゃん?仲良くなった方が楽しいでしょ?」
「ヘヘ、まぁそうだね。それにしてもあんた強いね・・・私の負け、完敗だ」
負けん気の強いペトラだったが、今回の負けはとても素直に受け入れられた。
心の中には爽やかな風が吹き、目の前の自分に勝った相手を認め受け入れている自分に、ペトラは不思議と気持ち穏やかに笑う事ができた。
隊員のだれかが声をぽつりと呟いた。
凛とした佇まい、風になびく美しく長い黒髪、一礼をしただけだが、幼少期から茶道と薙刀で厳しいしつけを受けていた弥生は、ただの一礼にしても、その流れるような所作に、人の目をひく程の存在感と美しさがあった。
「すごい綺麗、お姫様みたい・・・」
「カッコイイ・・・」
「あんなに強かったの?しかも風まで操れるなんて」
一人が口を開くと、連鎖的に広がり、弥生達を囲んでいた輪が騒々しくなっていった。
「ペトラ!ペトラ!」
ヤヨイに絡んできた女剣士のもう一人が、倒れているペトラに必死に呼びかけている。
ペトラの鉄の胸当ては一の字に凹み、ひびも入っている事から、相当の衝撃だった事が伺えた。
「ねぇ!ペトラ起きてよ!」
「大丈夫だよ。加減はしといたし、防具を狙ったんだからちょっと気を失ってるだけさ」
弥生が近づき、必死にペトラに呼びかけている女剣士に声をかけると、女剣士は振り返り弥生を睨みつけた。目には少し涙が浮かんでいる。
「よくもペトラをこんな目に!絶対許さない!」
薄紫色の髪を耳の下で揃えている。年齢は二十歳くらいだろうか。
パッチリとした目と、形の良い唇は、笑ったら可愛いだろうなと思えるが、今は弥生を対しての怒りで顔を歪ませていた。
「あんた何言ってんの?試合でしょ?どっちかがやられんのは当たり前じゃん?」
「うるさい!あんたが悪いんだ!」
呆れて溜息をつく弥生に、紫色の髪の女剣士は感情にまかせ叫ぶばかりだった。
「ねぇ!誰か魔法兵団の宿舎に行って、エロール呼んで来て!白魔法使いのエロール・タドゥラン!弥生が呼んでるって言えば来てくれると思うから。アタシ、城の道順分からないからお願い!」
大きな声で周囲に呼びかける弥生に、集まっていた女性剣士の1人がすぐに反応し、手を挙げた。
「あ、エロール君なら、私知ってるから呼んでくるよ!」
女性剣士はそう言うなり、走り城の中へ戻って行った。
「ねぇ、アタシは新庄弥生、あんた名前は?」
女性剣士がエロールを呼びに行ったところを見届けると、弥生はペトラの胸に手を当て、心配そうに表情を曇らせている紫色の髪の女剣士に尋ねた。
「・・・ルチル・・・あんたが倒したこの子はペトラ・・・」
白魔法使いを呼んで来てと頼んだからだろうか、若干ルチルの態度が軟化したように感じた弥生は、腰を下ろしルチルと同じ目線で言葉を続けた。
「試合がしたいんならさ、いつでも相手してあげるから・・・次はもうちょっと肩の力抜いて声かけてよ。ね?」
弥生が優しく微笑みかけると、ルチルは自分の行為に思うところがあったのか、目を伏せ言葉は返さなかったが、こくりと小さく頷いた。
「よし!じゃあ、今回の件はこれでおしまいね!・・・あんたら仲良いんだね?そこまで心配してもらえるなんて、ペトラだっけ?この子幸せだよ」
「・・・ペトラは、小さい頃からずっと一緒だから・・・私、こんなだから他に友達いないし・・・」
弥生がまだ気を失っているペトラに目を向けて話すと、ルチルは小さな声で、独り言のように呟いた。
「そうなの?・・・ふ~ん、アタシは、あんたらみたいなのけっこう好きだよ。友達ってさ、増えてもいいの?」
「え?・・・どういう意味?」
弥生の言葉の意味が理解できず、ルチルは顔を上げ弥生と目を合わせ聞き返す。
「いやさ、二人だけで十分ってんなら、諦めるけど、友達が増えてもいいんなら、アタシも入れてよ。ね?アタシと友達にならない?」
笑顔のまま、右手を差し出す弥生に、ルチルは目を丸くして弥生の右手を顔を交互に見る。
「・・・どういう、つもり?」
「どういうもなにも、そのままの意味だけど。・・・まぁ、正直ね、あんたらみたいなの、ほうっておけないって気持ちもあるけど、友達になりたいって気持ちも本当だよ。難しく考えないでさ、今度孤児院に遊びに来てよ」
「・・・変な人」
「あ、ひどいな。まぁ・・・お節介とは言われた事あるよ」
弥生がクスっと笑い声をもらすと、ルチルも、フフっと笑う。
修練場に広がる二人の笑い声。
やがて、誰となく拍手が起きる。それは二人三人と数を増やし、次第に大きな拍手に変わっていった。
「・・・すごいな。ただ強いだけじゃない・・・あのルチルがペトラ以外に心を開くなんて」
ドミニクは心から拍手を送っていた。
ペトラを倒した事は予想通りだった。そしてこれで終わりかと思い、次は自分の番だと前に出ようとしたが、そこでヤヨイは白魔法使いを呼んできてくれと声を上げた。
初対面で無礼な言葉をかけてきて、たった今まで自分に剣を向けていた相手のためにだ。
そして、剣を合わせる事はしなかったが、理不尽にヤヨイに暴言を吐いたルチルに対し、友達になろうと言葉をかけ、和解をした心の広さ。
ドミニクは弥生を完全に認めていた。
「おーい、エロール君連れてきたよー!」
修練場の出入り口から、先程エロールを呼びに行った女剣士が手を振り、声を上げている。
その女剣士の少し後ろを歩いて来るエロールは、耳の下くらいで切りそろえたダークグリーンの髪を搔き上げ、面倒そうに顔をしかめ、不機嫌そうに辺りを睨むように見まわしている。
白地に深い緑色のパイピングがあしらわれている、カエストゥス国の白魔法使いのローブを着ている。訓練中だったのかもしれない。
「・・・面倒くせぇな、ヤヨイ、そんで俺は誰を治せばいいんだ?」
「エロール、アタシとは初めましてだよね?話しは聞いてると思うけど、アタシがもう一人の弥生だよ。よろしく。あ、治すのはこの子ね」
エロールはぶっきらぼうに言葉を出すと、弥生は、自分の隣で気を失い、ルチルが抱きかかえているペトラに手を向けた。
「・・・あ~、お前が?聞いてる聞いてる。ふ~ん・・・確かにいつものヤヨイとは雰囲気違うな。まぁ、とりあえず今は怪我人治すわ。どれどれ、ちょっとお前避けて・・・あぁ、気を失ってるだけだろ?胸の防具ぶっ壊れてるから、ここに強烈なのくらったんだ?じゃあさっさとヒールするわ」
エロールは普段のヤヨイと比べるように弥生に少し目を向けたが、すぐに倒れているペトラに向き直った。
ペトラの頭を膝に乗せ、抱きしめるようにしているルチルの手をよけさせると、ペトラの肩に手を置き、ヒールをかける。
1~2分程だろう。エロールの手から淡い光が消えると、ペトラはゆっくりと目を開き、きょろきょろと周りに目を向け、あれ?私?と、状況を確認するように言葉を口にした。
「・・・気が付いたな。じゃあ、俺はもう行くぞ」
「うん。急に呼んでごめんよ。ありがとね、エロール」
立ち上がり、さっさと背中を向けるエロールに、弥生がお礼の言葉をかけると、エロールは顔半分だけ振り向いた。
「・・・別に、いつも孤児院のパーティーに呼んでもらってる礼だから」
それだけ言うとエロールは、んじゃな、と手をひらひらさせて、修練場を出て行った。
「・・・難しい年頃だね」
弥生がエロールの背中を見送り、微笑ましさを感じていると、ねぇ、と声をかけられた。
「あ、もう起きて大丈夫?悪かったね、ちょっと強かったかな?」
ペトラは体を起こし、バツが悪そうに下を向き、弥生に目を合わせられずにいる。
「・・・その、今、ルチルから聞いた・・・ありがとう」
おずおずとしたように、少しだけ顔を上げてお礼を口にするペトラの右肩に、弥生は軽く触れた。
「うん、じゃあルチルにも言ったけど、これでこの件はお終いね?これからは友達になってくれるかな?」
笑いかける弥生に、ペトラは目をぱちくりさせ、ルチルに顔を向ける。
ルチルが微笑みながら軽く頷くと、ペトラは、ぷっ、と少し吹き出して笑った。
「アッハハハ!変な人!いいけどさー・・・うん、いいよ。私はペトラ・・・よろしく」
「うん、ルチルにも言われたよ。いいじゃん?仲良くなった方が楽しいでしょ?」
「ヘヘ、まぁそうだね。それにしてもあんた強いね・・・私の負け、完敗だ」
負けん気の強いペトラだったが、今回の負けはとても素直に受け入れられた。
心の中には爽やかな風が吹き、目の前の自分に勝った相手を認め受け入れている自分に、ペトラは不思議と気持ち穏やかに笑う事ができた。
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