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【238 ドミニクとの約束の日】
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5月7日
ドミニクさんとの手合わせの日だ。
この日、私はカエストゥス国、エンスウィル城へ来ていた。
時刻は午前10時。
11時に剣士隊の修練場でという事なので、余裕を持って1時間前に来ていた。
さすがに一人でお城へ来る事は緊張するので、付き添いとしてブレンダン様とリンダさんが同行してくれた。
リサイクイルショップ・レイジェスは、今日は私とリンダさん抜きで営業をする事になったけど、開店から一か月以上立ち、みんな仕事にもすっかり慣れたし、お客さんの入りも落ち着いたので、特に問題もなく営業できると思う。
「剣士隊の修練場はこっちだよ」
リンダさんが先導する形で、私とブレンダン様は後ろをついて行く。
私はお城へ入るのはこれで二回目だけど、お城というものは、本当に広い。
「当たり前ですけど、お城って広いですね。一つの場所を覚えるだけで苦労しそう」
長い通路を歩きながら、隣のブレンダン様に話しかけると、ブレンダン様はいつものように、ほっほっほと笑って頷いてくれた。
「そうじゃな。ワシは何十年も出入りしとるから、もうこれが普通になっておったが、言われてみればワシも初めて城に入った時は、この広さ、豪華な装飾に圧倒されたもんじゃ」
「私がいた日本では、学校っていう子供達が集団で勉強をする施設みたいな場所があったんです。人数は場所によってまちまちですけど、だいたい500人前後くらいかな・・・ここは、その学校より全然広いですけど、ちょっと思い出しました。慣れるまで迷ってたなって・・・」
「ほっほっほ、それはどこの世界も一緒じゃな。新しい場所は、慣れるまで時間がかかるもんじゃよ。ヤヨイさんがこの世界に来て、もう9~10ヶ月というところかのう・・・どうじゃな?こっちの暮らしは」
ブレンダン様は、同じ歩調で私の隣を歩き、いつもと変わらない穏やかな調子だった。
言われてみれば、まだ1年立ってはいないけれど、この世界に来て、もう9~10ヶ月は経つ。
なんだか、あっという間だったな・・・
「・・・色々ありましたけど・・・・・あっという間でした。川で倒れていたところを助けていただいたばかりか、孤児院に置いていただき、お店まで・・・・・ブレンダン様、私、心から感謝しております。私、この世界が好きです」
私がブレンダン様に顔を向けて今の気持ちを口にすると、ブレンダン様も私に顔を向け、それはなによりじゃ、と微笑んでくれた。
「じゃがの、ヤヨイさん・・・ヤボは言わんが、忘れてはならん事もあるぞ。これまでヤヨイさんを育んでくれたものを大切にな」
抽象的な言い方だけど、きっと日本の事だ。
生まれ育った日本の事、育ててくれた人への気持ちを忘れずにと言っているのだ。
最近、あまり日本の事を思い出さなくなっていた。
思い出しても、ウイニングで働いていた事ばかり・・・母親の事はもうずいぶん考えなくなっていた。
「・・・ブレンダン様・・・・・ありがとうございます。私、忘れかけていました。そうですよね。私は日本で生まれ育ちました・・・忘れずに大切にします」
「ほっほっほ、さすがヤヨイさんじゃのう、まぁワシは孤児院を自分の家と思うてくれているのは、本当に嬉しく思うておるよ。こっちの世界では、ロビンがヤヨイさんの義父になるじゃろうから、ワシの事は祖父とでも思うてくれていたら嬉しいのう」
「ブレンダン様・・・」
ありがとう。ブレンダン様・・・大切な事を教えていただきました。
「着いたよ。ここが剣士隊の修練場」
それからしばらくリンダさんに続いて通路を進み、重厚な扉を開けると、外の広く整地された場所にでた。
数十メートル程先に塀が見えるので、城の敷地内ではあるようだ。通路を通った先にこのような場所があるとは、やはりすごく広い。
5段程の短い石の階段を下りる。足場はあまり凹凸がなく、しっかり丁寧に整えられているようだ。
辺りを見渡すと、いくつかのグループができていて、素振りや打ち込みを行っている。
「あ、隊長いた」
リンダさんの指す方に顔を向けると、剣を持って、隊員達に指導をしているドミニクさんが目に入った。
「隊長ー、おはよーざいます!」
「お、リンダじゃないか。早いな、まだ約束の時間まで一時間くらいあるぞ」
リンダさんがドミニクさんに駆け寄ると、ドミニクさんは部下達に、そのまま続けるように、と言い残し私達の方に歩いてきた。
「ヤヨイさん、ブレンダン様、遠いところご足労いただきありがとうございます」
「ドミニクさん、おはようございます。早く着てしまいましたが、時間まで見学させていただいてよろしいですか?」
「えぇ、もちろんです。私もまだ部下に稽古をつけなければなりませんので、ご自由に見て回ってください。それでは、終わりましたらまたお声がけします」
一礼して、ドミニクさんはさっき指導をしていた剣士達のところへ戻って行った。
「ヤヨイ、私も久しぶりに隊の連中の動き見てくるからさ、悪いけどちょっと自由に見ててくれるかな」
リンダさんも、久しぶりに剣士隊の空気を感じて、楽しくなってきたのかもしれない。
女性の隊員達もリンダさんに気付くと近づいて来て、楽しそうにお話しを始めた。
「ほぅ、リンダのヤツ、なかなか慕われておるようじゃな。うむ・・・けっこうな事じゃ」
孤児院で育ったリンダさんが、城でどんな人間関係を築いていたか分かり、ブレンダン様は親代わりとして嬉しく感じたのだろう。
仲間達と談笑している姿に目を細めている。
「ふふ・・・ブレンダン様、じゃあ私ちょっと見て回ってきますね。リンダさん、お友達沢山いるみたいで良かったですね」
「ほっほっほ、そうじゃな、辞めてしまったとはいえ、リンダが良い人間関係を作っていた事は素直に嬉しいのう。一人で大丈夫か?」
私は、はい、と笑顔で頷いて、一人で散歩をするようにのんびりと、修練場を見て歩いた。
「・・・本当に広いな・・・学校の校庭くらいあるかも」
腰の後ろで手を組んで、ちょっとだけ空を見上げる。
10時を過ぎるとだいぶ日も高い。春の暖かく優しい風が心地よい。
風・・・今日の風は本当に良い風だ。
この修練場で汗を流している人達の、真剣に取り組む気持ちがなんとなく風に乗って伝わってくる。
「・・・え、今のなに?・・・なんで人の気持ちが・・・・・もしかして」
ジョルジュさんがたまに口にしていた言葉・・・風を読む。
ジョルジュさんは、風を感じて人の気配、感情、それこそどこで何が起きているかまで風で把握していた。
今、この修練場にいる剣士の方の、一生懸命に頑張っている気持ちがなんとなくだけど感じ取れたのは、私が風で感じ取れたという事なのだろう。
自然にこんな事ができたのは、風の精霊さんとの絆が深まってきたという事なのかもしれない。
「ねぇ、ちょっといい?」
「はい?」
目を閉じて風を感じていると、背中に声がかけられる。
振り返ると、腰に剣を差した女性が二人、私に目を向けていた。
鉄の胸当てと、肘から手首にかけて鉄の腕当てを付けている。
一人は私と同じくらいの背丈で、もう一人は私より10cm位は小さく見える。
「・・・あの、なにか?」
何も言わず、観察するようにジロジロと私を見る二人に、私は少し首を傾げて問いかけた。
「・・・ふぅん、ヤヨイってあんただよね?隊長と試合するなんて聞いたから、どんなすごいのが来るのか気になってたんだけど・・・大した事なさそうだね」
「ちょっとはやるかもだけど、隊長と本当にやるの?私達でも勝てそうじゃない?」
二人の女性は私を尻目に、なんだかんだと批評を始めている。
「えっと、用がないのでしたら私はこれで・・・」
自分達の隊長が、私のようなどこの誰とも知れない女と試合する事が気に入らないのだろう。
私は早々に話しを切り上げようと思い、女性達に背を向けると、待ちなさいよ!と、右手を掴まれた。
「え?あの、一体なんですか?」
「ねぇ、あんた私達と試合してよ」
風を読むまでもなかった。
背の高い女性剣士が、私に向けたニヤニヤとした笑みは、悪意だった。
ドミニクさんとの手合わせの日だ。
この日、私はカエストゥス国、エンスウィル城へ来ていた。
時刻は午前10時。
11時に剣士隊の修練場でという事なので、余裕を持って1時間前に来ていた。
さすがに一人でお城へ来る事は緊張するので、付き添いとしてブレンダン様とリンダさんが同行してくれた。
リサイクイルショップ・レイジェスは、今日は私とリンダさん抜きで営業をする事になったけど、開店から一か月以上立ち、みんな仕事にもすっかり慣れたし、お客さんの入りも落ち着いたので、特に問題もなく営業できると思う。
「剣士隊の修練場はこっちだよ」
リンダさんが先導する形で、私とブレンダン様は後ろをついて行く。
私はお城へ入るのはこれで二回目だけど、お城というものは、本当に広い。
「当たり前ですけど、お城って広いですね。一つの場所を覚えるだけで苦労しそう」
長い通路を歩きながら、隣のブレンダン様に話しかけると、ブレンダン様はいつものように、ほっほっほと笑って頷いてくれた。
「そうじゃな。ワシは何十年も出入りしとるから、もうこれが普通になっておったが、言われてみればワシも初めて城に入った時は、この広さ、豪華な装飾に圧倒されたもんじゃ」
「私がいた日本では、学校っていう子供達が集団で勉強をする施設みたいな場所があったんです。人数は場所によってまちまちですけど、だいたい500人前後くらいかな・・・ここは、その学校より全然広いですけど、ちょっと思い出しました。慣れるまで迷ってたなって・・・」
「ほっほっほ、それはどこの世界も一緒じゃな。新しい場所は、慣れるまで時間がかかるもんじゃよ。ヤヨイさんがこの世界に来て、もう9~10ヶ月というところかのう・・・どうじゃな?こっちの暮らしは」
ブレンダン様は、同じ歩調で私の隣を歩き、いつもと変わらない穏やかな調子だった。
言われてみれば、まだ1年立ってはいないけれど、この世界に来て、もう9~10ヶ月は経つ。
なんだか、あっという間だったな・・・
「・・・色々ありましたけど・・・・・あっという間でした。川で倒れていたところを助けていただいたばかりか、孤児院に置いていただき、お店まで・・・・・ブレンダン様、私、心から感謝しております。私、この世界が好きです」
私がブレンダン様に顔を向けて今の気持ちを口にすると、ブレンダン様も私に顔を向け、それはなによりじゃ、と微笑んでくれた。
「じゃがの、ヤヨイさん・・・ヤボは言わんが、忘れてはならん事もあるぞ。これまでヤヨイさんを育んでくれたものを大切にな」
抽象的な言い方だけど、きっと日本の事だ。
生まれ育った日本の事、育ててくれた人への気持ちを忘れずにと言っているのだ。
最近、あまり日本の事を思い出さなくなっていた。
思い出しても、ウイニングで働いていた事ばかり・・・母親の事はもうずいぶん考えなくなっていた。
「・・・ブレンダン様・・・・・ありがとうございます。私、忘れかけていました。そうですよね。私は日本で生まれ育ちました・・・忘れずに大切にします」
「ほっほっほ、さすがヤヨイさんじゃのう、まぁワシは孤児院を自分の家と思うてくれているのは、本当に嬉しく思うておるよ。こっちの世界では、ロビンがヤヨイさんの義父になるじゃろうから、ワシの事は祖父とでも思うてくれていたら嬉しいのう」
「ブレンダン様・・・」
ありがとう。ブレンダン様・・・大切な事を教えていただきました。
「着いたよ。ここが剣士隊の修練場」
それからしばらくリンダさんに続いて通路を進み、重厚な扉を開けると、外の広く整地された場所にでた。
数十メートル程先に塀が見えるので、城の敷地内ではあるようだ。通路を通った先にこのような場所があるとは、やはりすごく広い。
5段程の短い石の階段を下りる。足場はあまり凹凸がなく、しっかり丁寧に整えられているようだ。
辺りを見渡すと、いくつかのグループができていて、素振りや打ち込みを行っている。
「あ、隊長いた」
リンダさんの指す方に顔を向けると、剣を持って、隊員達に指導をしているドミニクさんが目に入った。
「隊長ー、おはよーざいます!」
「お、リンダじゃないか。早いな、まだ約束の時間まで一時間くらいあるぞ」
リンダさんがドミニクさんに駆け寄ると、ドミニクさんは部下達に、そのまま続けるように、と言い残し私達の方に歩いてきた。
「ヤヨイさん、ブレンダン様、遠いところご足労いただきありがとうございます」
「ドミニクさん、おはようございます。早く着てしまいましたが、時間まで見学させていただいてよろしいですか?」
「えぇ、もちろんです。私もまだ部下に稽古をつけなければなりませんので、ご自由に見て回ってください。それでは、終わりましたらまたお声がけします」
一礼して、ドミニクさんはさっき指導をしていた剣士達のところへ戻って行った。
「ヤヨイ、私も久しぶりに隊の連中の動き見てくるからさ、悪いけどちょっと自由に見ててくれるかな」
リンダさんも、久しぶりに剣士隊の空気を感じて、楽しくなってきたのかもしれない。
女性の隊員達もリンダさんに気付くと近づいて来て、楽しそうにお話しを始めた。
「ほぅ、リンダのヤツ、なかなか慕われておるようじゃな。うむ・・・けっこうな事じゃ」
孤児院で育ったリンダさんが、城でどんな人間関係を築いていたか分かり、ブレンダン様は親代わりとして嬉しく感じたのだろう。
仲間達と談笑している姿に目を細めている。
「ふふ・・・ブレンダン様、じゃあ私ちょっと見て回ってきますね。リンダさん、お友達沢山いるみたいで良かったですね」
「ほっほっほ、そうじゃな、辞めてしまったとはいえ、リンダが良い人間関係を作っていた事は素直に嬉しいのう。一人で大丈夫か?」
私は、はい、と笑顔で頷いて、一人で散歩をするようにのんびりと、修練場を見て歩いた。
「・・・本当に広いな・・・学校の校庭くらいあるかも」
腰の後ろで手を組んで、ちょっとだけ空を見上げる。
10時を過ぎるとだいぶ日も高い。春の暖かく優しい風が心地よい。
風・・・今日の風は本当に良い風だ。
この修練場で汗を流している人達の、真剣に取り組む気持ちがなんとなく風に乗って伝わってくる。
「・・・え、今のなに?・・・なんで人の気持ちが・・・・・もしかして」
ジョルジュさんがたまに口にしていた言葉・・・風を読む。
ジョルジュさんは、風を感じて人の気配、感情、それこそどこで何が起きているかまで風で把握していた。
今、この修練場にいる剣士の方の、一生懸命に頑張っている気持ちがなんとなくだけど感じ取れたのは、私が風で感じ取れたという事なのだろう。
自然にこんな事ができたのは、風の精霊さんとの絆が深まってきたという事なのかもしれない。
「ねぇ、ちょっといい?」
「はい?」
目を閉じて風を感じていると、背中に声がかけられる。
振り返ると、腰に剣を差した女性が二人、私に目を向けていた。
鉄の胸当てと、肘から手首にかけて鉄の腕当てを付けている。
一人は私と同じくらいの背丈で、もう一人は私より10cm位は小さく見える。
「・・・あの、なにか?」
何も言わず、観察するようにジロジロと私を見る二人に、私は少し首を傾げて問いかけた。
「・・・ふぅん、ヤヨイってあんただよね?隊長と試合するなんて聞いたから、どんなすごいのが来るのか気になってたんだけど・・・大した事なさそうだね」
「ちょっとはやるかもだけど、隊長と本当にやるの?私達でも勝てそうじゃない?」
二人の女性は私を尻目に、なんだかんだと批評を始めている。
「えっと、用がないのでしたら私はこれで・・・」
自分達の隊長が、私のようなどこの誰とも知れない女と試合する事が気に入らないのだろう。
私は早々に話しを切り上げようと思い、女性達に背を向けると、待ちなさいよ!と、右手を掴まれた。
「え?あの、一体なんですか?」
「ねぇ、あんた私達と試合してよ」
風を読むまでもなかった。
背の高い女性剣士が、私に向けたニヤニヤとした笑みは、悪意だった。
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