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【223 リンダの今】

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翌日、いつも通りに起きると、すでにメアリーちゃんは朝食の準備にとりかかっていた。
リンダさんとニコラさんも起きていて、テーブルに食器を並べている。

まだ6時を少し回ったばかりなのに、みんな早い。
私は朝の挨拶をして、子供達を起こしに行った。

キャロルちゃんとトロワくんはすでに起きていたので、昨日の事を話しておいた。
二人とも、私が心配するほど気にしていなかった。


トロワ君は、ジョル兄がいつもとちょっと違うと思ったけど、そういう事か。と言って納得し、
キャロルちゃんは、ジョルジュさんは考え無しに厳しい事は言いませんよ。
と、10歳とは思えない貫禄だった。

どうやら私が心配し過ぎたようだ。少し厳しい言葉を口にしたからと言っても、みんなちゃんと本心を分かっている。
みんな、ジョルジュさんを信頼しているんだ。


ジョルジュさんは朝食を終えるとそのまま帰って行った。
私達は孤児院での朝の仕事を済ませて、今日もレイジェスに出勤だ。

メンバーは昨日と同じで、私、ジャニスさん、ウィッカーさん、メアリーちゃん、リンダさん、ニコラさん、そして王子。
モニカさんとはレイジェスで合流だ。



「ジョルジュも働けばいいのに」

レイジェスに向かう道すがら、リンダさんが頭の後ろで手を組んで、誰に言うでもなく言葉を出す。

「リン姉さん、ジョルジュさんは狩りもしてるし、今は弓の指導もしてると言ってたじゃない?無理ですよ」

リンダさんの隣を歩くニコラさんが、首を振って言葉を返す。

「だよね~、それにしても体力型を増やす・・・か、方針はいいと思うけど、少ないからね。現状の2割から3割にするってのも、けっこう厳しいとおもうけどな」



「あ、リンダじゃないか!?」


ふいにリンダさんの名前を呼ぶ声に、私達は足を止めた。
振り返ると、190㎝以上はあるだろう。短髪で背が高く、筋肉質な男性が駆け寄ってきた。
彫りの深い顔立ちで鼻が高い。年齢は30代後半くらいだろうか。

銀色のファーが付いた、暖かそうなロングコートに身を包んでいる。
雪も大分溶けたけど、3月中旬はまだまだ寒い。


「あー!ドミニク隊長じゃないですか?久しぶりですね。今日は非番ですか?」

リンダさんは一歩前に出ると、親しげに言葉をかける。
どうやら、王宮で剣士をしていた時の隊長さんのようだ。

「いや、午前中だけ所用で街に来ていただけなんだ。しかし、お前に会えて良かった。実は話したい事があったんだ」

「え?金ならないですよ?」

リンダさんが真顔で言葉を返すと、ドミニクさんは高笑いをして流す。


「ハッハッハ!相変わらずだな!元気そうで何よりだ。いや、それでな、お前が辞める原因になった副隊長だがな、アイツも最近辞めたんだ。やはり、あれだけ女性を下に見ていたのに、お前にコテンパンにやられたのが効いてたようでな。周りもあの一件以来、腫れものに触る感じだったし、居づらくなったんだろう」

リンダさんがレイジェスで働く事になったのは、王宮で剣士をしていた時に、副隊長の男性から腹に据えかねる言葉を言われ、それでやっつけたという事は聞いていた。
まさかその副隊長も辞めたというのは、さすがにリンダさんも驚きだったようだ。

「うっそぉー!アイツ辞めたんだ!?・・・ふ~ん・・・まぁ、どうでもいいッス!もう私には関係ないし!」

リンダさんは切り替えが早い。
因縁の副隊長の退職には確かに驚いたけれど、一瞬で興味を無くし、すでに遠い過去の人になっているようだ。

「全く、相変わらず切り替えの早いヤツだな。だが、関係無いって事もないぞ。辞めるまでの間、あいつは毎日のようにお前への恨み言を口にしていた。実際、辞職を願い出た時の最後の言葉も、リンダさえいなければ、だ。だから、自暴自棄になってお前になにかしてくる事は考えられる。気を付けろよ」

「うっわぁ~、本当ですか?面倒くさいですね!私、もうアイツには会いたくないですよ!隊長がやっつけといてくださいよ!」

「無理を言うな。俺はその疑いはあると見ているが、あいつはまだ何もしてない。疑わしいというだけで、俺が一方的に何かできるわけないだろ?」

苦々しい顔をするリンダさんを、ドミニクさんはなんとかなだめる。
なんとなく、慣れたやりとりに見えるのは、きっとこれがいつもの光景だったのだろう。
リンダさんの王宮剣士時代が、少しだけ見えた気がした。


「・・・リンダ、王宮へ帰って来ないか?副隊長、ゲーリーはもういない。それに俺も反省した。隊長としてもっと周りに目を向け、ゲーリーの女性軽視を強く諫めるべきだった。国もこれからは体力型を増やしていく方針だし、剣士隊も隊員が増えてきている。俺はお前こそ副隊長に相応しいと思う。だから、一緒に指揮をとって欲しいと思っている」


とても熱く気持ちの入った口説き文句だ。
私は、これは単純にリンダさんの実力を買っているからだけでなく、ドミニクさんの個人的感情もあると感じた。

チラリと隣のニコラさんに目を向けると、今にも、キャー!と声を上げそうに口を開けて、成り行きを見守っている。

「むむ・・・これはすごい現場です」

後ろからメアリーちゃんの呟きが聞こえる。
メアリーちゃんも、興味津々に事態を注視しているようだ。


「・・・えっと、ごめん隊長。気持ちは嬉しいんだけど・・・私、今このみんなとリサイクルショップで働いてるんだ。昨日開店したばかりなんだけど、みんなで開店の準備して、一軒一軒買い取りで回ったり、お客さんと話しながら物売ったり・・・なんだろ、なんか上手く言えないけど・・・とにかく楽しいんだ。だから、悪いけどもうこっちで頑張るって決めたんです」


リンダさんは、私達に顔を向けて、ニカっと歯を見せて笑った。


「・・・そうか。お前はもう新しい場所を見つけたんだな・・・分かった。それなら、俺もリンダの新しい仕事を応援させてもらうよ」

「うん。隊長、ありがとう」

リンダさんと握手をすると、ドミニクさんは、そのうち店に寄らせてもらうと言って、手を振り去って行った。


みんな、なんとなくその場を動かずにリンダさんの背中を見ている。
リンダさんも視線を感じたのか、くるりと振り返る。少しだけ頬が赤い。


「リン姉さん、ドミニク隊長って良いと思いますよ」

ニコラさんが親指を立てる。

「う~ん、リン姉にもあんな良い人がいたのか」

ウィッカーさんはよほど意外だったのか、唸るような声をだした。

「リンさん、私は女性からもグイグイ行く時代だと思います!」

メアリーちゃんは、実感のこもった熱い視線を送る。


「お、お前らなぁ!そんなんじゃないって!さ、さぁ、今日も元気に働こうー!」

リンダさんは照れ隠しなのか、拳を空に突き上げてスタスタと先頭に立って歩き出した。
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