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【210 求めた温もり】

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12月31日

この日、午前中は孤児院のみんなで大掃除をして、午後は全員で街へ出かけ、お世話になった方々へご挨拶をして回る事が恒例との事だった。

「挨拶回りって言っても、街の真ん中を歩くだけなんだけどね」
コートを羽織、外出の準備をすると、ジャニスさんが軽い感じでそう口にした。

街の真ん中を歩いて挨拶。
イメージができず私が首を傾げると、ジャニスさんはいたずらっ子のような笑みを浮かべ、
行けば分かるよ!と言って、私の背中を押して外へ出た。


挨拶回りは、ジャニスさんの言葉通りの意味だった。
ブレンダン様は通りの真ん中を歩きながら、すれ違う人全員に声をかけ、手を振っているのだ。

一軒一軒回っていてはとても終わらないと言う事で、10年程前からこのやり方を取っているらしい。

子供達はブレンダン様に続いて、こんにちは。いつもありがとう。来年もよろしく。そう声に出して、手を振っている。

子供達の後ろにはウィッカーさんとジャニスさんが付いていて、子供達のフォローもしながら会釈をして歩いている。


「・・・驚きました。街中全員がお知り合いなんですか?」

まるで小規模ながら凱旋パレードだ。
今日は天気も良く、雪も数cm程しか積もっていないので、外へ出ている人も多い。

すれ違う人はみんな笑顔で挨拶を返してくれて、手も振ってくれる。

「ほっほっほ、そんな感じじゃな。確かに初めて挨拶する人もおるが、向こうはワシらを知っておるからの。ワシらもちゃんと挨拶せねばならん。もう10年はこのやり方で挨拶をしとるから、街の人達も慣れてな、恒例行事のようになっとるのじゃ」


「でも、どうしてこんなに目立つ方法をとってまで、街中にご挨拶をされるのですか?お付き合いのある方々だけでもよろしいかと思うのですが」

私の疑問に、ブレンダン様は後ろを歩く子供達に顔を向け、暖かみのある声で答えた。

「この子らのためじゃよ。もう街中の人がこの子らを知っておる。打算的ではあるが、何かあった時に助けてもらえるかもしれんじゃろ?迷子になったとしてもすぐ分かる。それに、大人になった時に仕事にも付きやすかろう。むろんこの子らにも、礼儀正しく感謝を忘れないようにとは教えとるがの」


「・・・みんな素直ですものね。良かったです・・・町の人も優しい方ばかりで」

打算的とブレンダン様は言われたけれど、そうだとしてもブレンダン様はお優しい。
そんなお考えがあって、このような方法をとっているなんて思わなかった。

そして、ブレンダン様の人徳があってこそだと思うけれど、街の人達が子供達を受け入れて、温かく見守ってくれている事にも感動した。

嫌な考え方だけど、世の中には孤児という事で差別や偏見を持つ人もいる。
でも、子供達と町の人の笑顔を見ると、ここは本当にうまく付き合えているんだなと感じる事ができた。



一年の最後の日と言っても、この世界では年越しの瞬間に何かをするという習慣は無いようだ。
挨拶回りが終わると孤児院へ帰り、いつも通りに食事をしてお風呂へ入り、そのまま寝るだけだった。


日本にいた時、弥生は年末年始を店で過ごしていた。
年中無休のため、大晦日だろうと、元日だろうと店は開くのだ。

【新~そこのビッグストップで、蕎麦買って来て~カップ蕎麦で年越そうぜ~】

【新~このカップ蕎麦、何で粉末から液体スープに変わったの?アタシ粉末のが良かったわ】

【新、あけおめ!今年も遅番よろしくな!】

ふいに共有している記憶が思い起こされ、私は懐かしい思いでにクスリとした。
本当に弥生は新をかまってばかりだ。



修一はどうしているだろう・・・・・生きているならいい。
でも、もし修一もあの男に殺されていたとしたら・・・・・

もう何度考えたか分からない。会えるかどうかも分からない。

答えのでない思いがいつまでも頭から離れない。きっと私が天寿を全うする日まで続くだろう。


時計は11時を回っている。
眠らなければならないけれど、今日に限って頭が冴えて眠れない。
私はベットに仰向けになったまま、暗い天井をずっと見つめていた。




ふいにドアをノックする音が聞こえる。

こんな時間に誰だろう?
私は体を起こし、あまり音を立てないように、足元に気を付けながら歩いた。


ドアを開けると、枕を抱きしめたジャニスさんが立っていた。

「・・・遅くにごめんね。入っていい?」

「大丈夫よ。どうぞ」

ジャニスさんは少しだけ眉尻を下げて、どこか不安そうな顔をしている。
なにかあったのかな?

部屋に招き入れると、ジャニスさんは枕をベットに置いて、少し俯きながら遠慮がちに話した。



・・・ヤヨイさん、今日一緒に寝ていいかな?

・・・ええ、もちろんよ。一緒に寝ましょう

私は口元に笑みを作って頷いた

・・・ありがとう



二人でベットに入る。でもまだ寝れそうにないので、黙って天井を見つめている


・・・もうすぐ年が明けるね

ジャニスさんも天井を見つめているようだ

・・・そうね。日本では12月31日は大晦日って言うの。1月1日は元日よ

・・・そうなんだ・・・こっちは特に呼び名は無いよ。1月1日は1月1日

私は相槌を打ったけど、二人ともそれきり会話が止まってしまった
いつもなら、ずっとお話しできるのに、今日はなんだか会話が続かない




・・・ねぇ、ヤヨイさん。夏にこの世界に来て、まだ半年も立ってないけど・・・どうだった?

それは、今日まで過ごした日々を聞いているのね

・・・私はこの孤児院が好き。みんなが好き。この世界が好き。ここに来れて良かったわ

隣で寝ているジャニスさんの空気が緩んだ気がした



・・・うん。良かった・・・なんだか、少し心配だったの・・・急に来たヤヨイさんは、そのうち急にいなくなっちゃうんじゃないかって・・・・・それは一年の最後の日なのかもって・・・・・・・あのね、私、ずっとお姉ちゃんだったから・・・・・だから・・・・・



そうか・・・この前、ナタリーさんとジャニスさんに感じた特別な空気・・・それはきっと・・・


私はジャニスさんに体を向け、そっと抱き寄せた



・・・・・今は、私がお姉ちゃんね


ジャニスさんは安心したように微笑んで、私の背仲に腕を回してくる


いつも勝気なジャニスさんだから、子供達の前ではずっと頼れるお姉ちゃんでいなければならない
それを何年も続けてきたのだろう

でも、それじゃあ誰がジャニスさんの心を受け止めるの?


きっと、ナタリーさんには母親の温もりを求めたんだ

そして私には姉として・・・・・自分が妹ならば頼ってもいい・・・甘えてもいいから


この子は強い・・・でもとても繊細だ

私が支えないと・・・・・そう、弥生が新にしたように


・・・・・ジャニスさん、明日も早いしもう寝ましょう

・・・・・うん。おやすみ・・・・・・・・・・・ヤヨイお姉ちゃん


胸に感じる温もりに、私も不思議なくらい穏やかな気持ちになれた

そのまま私達は抱き合って眠った


どこにも行かないわ

だって、私の居場所はここだもの

人は一人では生きていけない

私があなたを支えるわ、だって私もあなたに支えられているから

だから一緒に生きていきましょう
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