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【207 物件探しと商会】

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翌日から私達は孤児院の仕事の合間に、街へ出て物件を見て回った。

パトリックさんの母親のモニカさんに、リサイクルショップの事を相談すると、ぜひやってみたいと好奇心に目を輝かせた。
ジャニスさんの言う通りの性格だなと思った。

モニカさんのお家と、孤児院の中間くらいの距離がいいかなと思い、その近辺でいい物件は無いか捜し歩いたけれど、なかなか見つからず、物件探しは時間がかかりそうだなと思っていた。

すると、私達が店舗向け物件を探していると、どこかから聞き付けた一人の男性が声をかけてきたのだ。






その日、私とジャニスさんの二人は、孤児院の仕事が落ち着いた午後3時頃、街を歩いてお店に適した物件を探していた。

中央の通りを歩きながら、左右に立ち並ぶ建物に目を送ると、
水玉模様の屋根の家や、家の中心を半分に、左右で赤と青に塗り分けられた家などが目に入る。

最初にこの街並みを見た時は、開いた口が塞がらないほど衝撃を受けたものだ。

昔、このカエストゥス国にいた芸術家の影響だと聞いたけれど、日本育ちの私は何度見ても目を奪われてします。とてもカラフルで、まるでファンタジー世界のようだ。
まぁ、魔法がある時点で十分ファンタジーなのだけれど。


今日のジャニスさんはネイビーのダッフルコートを着ていて、白のニット帽を被り、黒のパンツに茶系のショートブーツを履いている。

私が日本人だからだろうか。
ダッフルコートを着ているジャニスさんを見ると、なんとなく日本の女子高生を思い出した。
17歳だし、高校2年生というところだ。


「ん?ヤヨイさん、どうかしたの?」

私がじっと見ている事に気付き、ジャニスさんは小首を傾げている。

「あ、ごめんね。つい、日本の女子高生を思い出して・・・今のジャニスさん、そんなイメージだから」

「ジョシコウセイ?」

聞きなれない言葉に、ジャニスさんはますます首を傾げるので、私は日本の義務教育や、学業について説明をすると、ジャニスさんはとても驚いて感嘆の言葉をもらした。


「ニホンって、すごいんだね!子供が最低でも9年は勉強できる環境が整ってるんだ?こっちは運まかせみたいなものだからね。読み書きだって、親が教えるか、働きに出た先で教えてもらえるかだからさ。
男女関係なく、その勉強するガッコウってとこ行ってみんなで学ぶんだ?本当にヤヨイさんのいた世界はすごいよ。それに、ジョシコウセイってのも楽しそうだなぁ・・・私も生まれ変わったらニホンのジョシコウセイになってみたいよ」

ジャニスさんは日本にとても興味を持ったらしく、教育以外にも、どんな遊びがあるのか、どういう仕事があるのかと、色々聞いてくる。

「そのダッフルコート、日本の学生がよく着ているわ。今日のジャニスさんは本当に日本の女子高生みたいよ」

制服ではないから、さすがにスカートに黒タイツではないけれど、ジャニスさんは十分女子高生の装いだ。

可愛いわ。と褒めると、はにかんで笑ってくれる。
できる事なら一度日本に連れて行ってあげたいな。





「もし、そこのお嬢様方、ちょっとよろしいですか?」

街の中央を並んで歩いていると、ふいに後ろから聞きなれない声に呼び止められる。

振り返ると、40代くらいだろうか、髪を七三に分け、丸メガネをかけた少し痩せ気味の男が立っていた。膝下まで隠れる黒のステンカラーコートを着て、黒の革靴を履いている格好から、日本の銀行マンや、役所の人のような出で立ちを思い出す。

「え?あなた誰?私達に何の用?」

不信感を隠そうとしない声色で、ジャニスさんが問いただすと、男性は仰々しく腰を折り頭を下げた。

「これは失礼いたしました。私、アンジェロ・ネオンと申します。物件の取り扱いを営んでおります。
ここ数日、この近辺でお嬢様方が商売用の物件をお探しと耳に入ったもので、お声がけさせていただきました。いかがしょう?私のおすすめ物件をご覧になりませんか?」


「へ~・・・遠慮します。ヤヨイさん、行こう」

アンジェロという男の誘いを一蹴すると、ジャニスさんは回れ右をして私の手をとり、スタスタと足を前に出す。

「え、ジャニスさん、いいの?」

「いいのいいの。あからさまに怪しいわよ」

ジャニスさんに引かれながら足早に歩くが、すぐにアンジェロが追いかけて来て、道を塞ぐように前に立つ。


「ちょっと、ちょっと、ちょっと・・・ちょっとお待ちください!そんなに警戒しないでください。物件をご覧になるくらいいいではありませんか?気に入らなければ契約しなければいいだけです」

「いや、あんたが胡散臭いから行きたくないの。どいて」

道を塞がれた事が苛立ちに繋がったようで、ジャニスさんの口調がキツくなる。


「酷い言いようですね。私のどこが胡散臭いのです?」

「直感よ。どこで私達の事聞いたのか知らないけど、こうやって近づいてくるヤツはお金を巻き上げようとしているに決まってるわ」

「なんで決まっているんですか?誰が決めたんですか?」

「うっざ!」

アンジェロというしつこい営業男に、ジャニスさんは露骨に顔をしかめ、言葉を吐き捨てた。


私は日本にいた時、弥生が街中でキャッチセールスに絡まれた時の事を思い出した。
彼らは本当にしつこいのだ。こちらの都合などお構いなし。

無視していれば大抵やり過ごせるのだが、こうして追いかけて来るくらいだから、ここでなんとかしないと、このアンジェロという男はハイエナのように付きまとってくるだろう。


「まぁまぁまぁ、そんな怖い顔しないでください。お二人とも、今も物件を探して歩いてらっしゃったんでしょう?分かります。ええ、分かります。私には分かるんです!それなら私の物件をご覧になってもいいではありませんか?少し街から外れますが、良い物件があるんですよ。一時間!一時間だけ私にください!後悔させませんよ!これから一緒に・・・」


「あっれぇ~?それこないだ売った石だねぇ~?」


ふいに、少し間延びした声がアンジェロの言葉を遮った。

すると突然、私達とアンジェロの間に女性が飛び入りして来て、私の胸元のネックレスに顔を近づけて来る。

健康的な褐色の肌で、ややクセのあるセミロングの黒髪、瞳の色も黒で、異世界でこういう表現はおかしいかもしれないけれど、南米系の人に見えた。

私と同い年くらいだろうか。
暖かそうなベージュのボアジャケットを着ているが、寒さが苦手なのか、少し身を縮こまらせている。


女性が見ているのは、先日パトリックさんからプレゼントでもらった、ピンクゴールドチェーンの海の宝石だ。

私はメルトンのモッズコートを着ているけど、生地が厚いので前は開けていたのだ。
だから、胸元のネックレスが見えたようだ。

褐色の肌の女性は、石をじっと見つめると、人懐っこそうな笑みを浮かべて、今度は私の顔をじっと見つめてきた。


「・・・うん、そっかぁ~、あのお兄さんの彼女さんか。バッチリ似合ってるね。商売人として、売った物が大事にされてると嬉しいねぇ~。あのさ、ちょっと聞こえたけど、物件探してるんだって?アタシの話し聞いてみない?」

褐色の肌の女性は、私より少し背が低いので、ちょっとだけ上目遣いで私に笑いかけきた。

突然色々聞かされて反応に困ってしまったが、このネックレスをパトリックさんに売った人という事は分かった。


「・・・えっと、じゃあ、とりあえずお話しを聞くだけでしたら」

「え?ヤヨイさん、ちょっと」

「ジャニスさん、私がもらったこのネックレス、パトリックさんがこの人から買ったみたいなの。なんとなくだけど・・・お話しを聞くだけならいいと思って」

私がネックレスをつまんでジャニスさんに見せると、ジャニスさんはまだ少し判断に迷っていたけれど、軽く息を付いて頷いてくれた。

「・・・ヤヨイさんがそう言うなら・・・しかたないか。じゃあ、どこかお茶できる場所は・・・」

「ちょっと、ちょっと、ちょっと、ちょっと待った!」

私とジャニスさんと褐色の肌の女性が脇道にそれようとすると、アンジェロが大きな声を出して制止をかけた。

「ちょっと!なんですかあなた!?彼女達には今私が商談をもちかけてるんです!横やり入れないでください!同業のようですが、私はネオン商会のアンジェロ・ネオンですよ?あなた誰です?同業なら私の事は知ってるでしょう?」

アンジェロは丸メガネを指で押し上げ位置を直すと、褐色の肌の女性を品定めするように、上から下まで遠慮の無い視線を向けてきた。

気の弱い女性だと、この肌に纏わりつくような気持ちの悪い視線で泣き出しそうだ。


「・・・ネオン商会?聞いた事ないねぇ~。アタシはロンズデールの人間だけど、ある程度大きい商会は他国でも頭には入れてあるんだ。でも・・・ネオン商会?知らないねぇ~、つまりあんたのとこは、アタシが覚える程のとこじゃないって事だね」

褐色の肌の女性は、頭の中の情報を整理するように腕を組んで目を閉じたが、ネオン商会は該当無しとすぐに答えが出たようだ。

そして、淡々と事実だけを告げるように話しているが、その言葉はアンジェロを怒らせたようだ。

「ふざけるな!他国の人間がここで物件を紹介するだと!?そんな事ができるわけないだろう!」


「え?あんた同業なんでしょ?アラルコン商会はできるの知ってるよね?」


褐色の肌の女性が告げた商会名に、アンジェロは目を剥いて固まった。


「あぁ、名乗るのが遅れたね。アタシはレオネラ・アラルコン。アラルコン商会の一人娘よ」

よろしくね、と言って、褐色の肌の女性は私達に笑って見せた。
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