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【197 これから】

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私は全てを話した。
弥生と共有している記憶、それは不思議な感覚だった。

私はこのプライズリング大陸の、カエストゥス国で、弥生の体に生まれた新しい意識。
おそらくそういう存在なのだと思う。

日本で生まれ、23年生きてきた新庄弥生が、この体の主なのだ。
でも、新庄弥生の23年の記憶は、私自身が経験してきたかのように、嬉しかった事も、悲しかった事も、全て自分の感情として思う事ができる。



弥生は、薙刀と茶道の先生をしている母親の教育で、子供の頃から礼儀作法はキツく教えられた。

遊びたい盛りの子供には、大きなストレスだった。
だから、親の目が届かないところでは、あえて真逆の言葉使いや行動をするようになった。

中学高校と成長していき、薙刀はインターハイで優勝し、抹茶の点て方も母親が目を開く程にまでなっていた。

母親の前ではいつも品行方正良好の娘を演じていた。
弥生の母が、弥生のもう一つの顔に気付いていたかは分からない。

犯罪になる行いはしなかったが、やはりそれなりに目立っていたから、少なくとも何か感じている事はあったと思う。でも、最後まで何も言われなかった。

押さえつけて育てた娘に、母親としての自分を鑑みていたのかもしれない。



リサイクルショップ ウイニング。ここでの仕事は楽しかった。

弥生は大学に進学はせず、高卒でアルバイトとして入った。

弥生の成績ならば、いくらでも道はあった。
両親は進学して、教員免許をとって欲しかったようだが、弥生は一人で好きに生きたいと考えていた。

この頃から、母親に見せていた品行方正良好な娘は、弥生の中で眠りに付いた。



おそらく私は、弥生が演じ、母親に見せていた方のヤヨイなのだと思う。

高校を卒業をしたのをきっかけに、弥生が演じる事はなくなったけれど、子供の頃から毎日演じていた良い子のヤヨイは、弥生の中でいつしかもう一人のヤヨイとして自我を持った。

そして、あの日あの男に殺され、この世界に来た事をきっかけに、私が、ヤヨイが表に出る事になった。



私はみんなに全てを話した。

話し終えた後、みんなの反応が怖くて、目を瞑り下を向いてしまった。

私はこの世界の人間ではない。
そして、私自身、どういう存在と言っていいのか分からない。体の主はあくまで弥生。
では、私は意識だけの存在なのだろうか?


私は怖かった。



「ヤヨイさん」

後ろからの声に振り返ると、階段の手すりを掴みながら、パトリックさんが一階に降りてきた。

「パトリックさん、起きて大丈夫なんですか?」

私が駆け寄ると、パトリックさんは手すりから手を離し、ちゃんと立てると見せるように足を上げたりして、少しおどけるようにして見せた。

「はい。ご心配おかけしました。でも、もう大丈夫です・・・・・失礼します」



そう言うなり、パトリックさんは私を抱きしめた。


「ヤヨイさん、好きです」


あまりに突然の事に、私は言葉が出てこなかった。

「ヤヨイさん、お話し全部聞きました。階段を降りる途中で聞こえて来たので・・・盗み聞きするようなまねをしてすみません。 俺、何も気にしません。いいじゃないですか、世界が違っても同じ人間です。ここより遠くの国で生まれ育ったというだけです。だから、思い悩まないでください」

私の背中に回るパトリックさんの両腕に、少し力がこもる。
パトリックさんの言葉は、怖がっている私の心を少しづつ解きほぐしてくれた。

「・・・でも」

「大丈夫です。何も心配しなくていいんです。俺、昨日は負けてしまいましたが、もっと強くなりますから・・・もっと強くなって、ヤヨイさんの事護りますから。ヤヨイさん、俺と付き合ってください」

私を抱きしめるパトリックさんの腕はとても逞しく、力強く、そして安心する事ができた。

私もパトリックさんの背中に手を回す。
顔を上げると、パトリックさんと目が合った。


「・・・パトリックさん・・・すごい真っ赤です」

「え、あ・・・はい・・・その、こんな事言うの・・・初めてなので・・・・・・」

さっきまでとても男らしくハッキリ話していたのに、またいつものように口ごもってしまう。
パトリックさんの可愛い一面が見れて、私はつい、クスクスと笑ってしまった。

「ひ、ひどいなぁ・・・俺、本気ですよ!」

「はい。私でよければお願いします。私もパトリックさんの事が好きです」


私より少し背の高いパトリックさんを、見上げる形でそう告げると、パトリックさんは真っ赤になっていた顔が、更に赤くなり、そのまま固まってしまった。


「え!?パ、パトリックさん!?パトリックさん!?」


「ほっほっほ、ヤヨイさん、どれ・・・よいしょと」

ブレンダン様が席を立って歩いてくると、私の背中に回っているパトリックさんの腕を掴んで離した。


「まったく・・・パトリックさん、嬉しすぎて固まっちゃったんだね。奥手ってレベルじゃないねこりゃ」

ジャニスさんも、パトリックさんのもう片方の腕を、両手で掴むと、私から引き離した。

「こりゃ、パトリック!戻ってこい!」

ブレンダン様がパトリックさんの頭を叩くと、パトリックさんは、ハッとしたように目を開いて、私から一歩後ろに飛び退いた。

「す、すみません!俺、いきなり抱きしめたり、なんか色々、その、えっと・・・」

パトリックさんの告白をOKしたのに、なぜか距離を取られたので、私も一瞬何が起きたか分からなかったけれど、そうだった。パトリックさんは、こういう人だった。

壁を背にして、あたふたしているパトリックさんに、私は一歩近づいてその手を取った。

「パトリックさん。告白、お受けします。お付き合いしましょう」

そう告げて笑いかけると、パトリックさんはまた少し固まったけれど、少しづつ口元に笑みが浮かんできて、大きく頷いてくれた。

「はい!よろしくお願いします!」


パトリックさんの言葉を合図に、イスに座っていたみんなが立ち上がって、私とパトリックさんを囲み、沢山の祝福の言葉をかけてくれた。

ジャニスさんも、メアリーちゃんも、私に抱き着いておめでとうと言ってくれる。

パトリックさんに目を向けると、男性陣に囲まれていた。特にブレンダン様やウィッカーさんに少しいじられているみたい。これからしっかりしないとな、と言った言葉が聞こえてくる。



「ねえ、ヤヨイさん・・・これがみんなの気持ちですよ」

私に抱き着いていたジャニスさんが、体を離すと私を見つめ微笑んでくれる。

「そうですよ。私達、ヤヨイさんが大好きだから、こんなに嬉しいんです。これからも一緒ですよ」

メアリーちゃんも私に笑顔を向けてくれる。
二人とも本当に優しい子だなと感じて、心が温かくなる。

「・・・うん。ありがとう。私、幸せだね」

みんなの優しさに、私は目頭が熱くなった。
私はここにいていいんだ。違う世界の人間だと分かったら、みんなの見る目が変わってしまうかもしれないなんて、そんな事を考える事自体、私がみんなを信用していなかったんだ。

私はバカだな・・・こんなに素敵な家族なのに・・・



それからみんなでこれからの事も話し合った。
まずは孤児院の修理。朝夜が寒くなってきたので、できるだけ早くしなければならない。
そして、襲撃者、ディーロ兄弟の事も調べなければならない。

明日からまた忙しくなりそうだし、大変な事も多いと思うけど、私はこれからもこの世界で生きていく。

大好きな孤児院のみんな。森に住むジュルジュさん親子。そしてパトリックさん。
大切な人が沢山できた。

私は心の中のもう一人の私に話しかける。


ねぇ、弥生。
一緒に生きていこう。あなたはこの世界にあまり興味がないかもしれない。
だけど、私はあなたにも、この世界を好きになってほしい。

だから、また出て来てね。
その時は、私もあなたとお話しがしたい。

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