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【193 よりそう二人】

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弥生は地面に突き立てた物干し竿を持ち上げると、
体を半身にし竿は地面と平行に、左手で竿の端から15cm程を上から持ち、右手は腰の辺りで竿を下から持ち構えた。


脇構えである。


「パトリック、ちゃっちゃと終わらせるから、少し待っててね」

弥生はパトリックに顔を向けると、歯を見せて笑いかけた。

姿形はパトリックの知っているヤヨイだが、その表情はまるで別人のように見えた。


「誰を・・・・・ちゃっちゃと終わらせるって?」

ジャーグールはゆっくり立ち上がると、地面に唾を吐き捨て、ギラギラと殺気を漲らせた目で弥生を睨みつけた。

「あ~、そういうお決まりの文句はいらないから。あんたしかいないでしょ?アタシがあんたをちゃっちゃと片づけるの。分かった?」

呆れたように溜息をつく弥生に対し、ジャーグールはこめかみに青筋を立て、歯が砕けそうな程噛みしめて怒りの表情を見せると、体中から魔力を放出した。


「こ、これは!マズイ、ヤヨイさん逃げるんだ!これは躱せない!」

パトリックはジャーグールの魔法を見て、血の気が引いた。
それは、爆発魔法の基本、爆裂弾だが、上級魔法に分類される爆裂弾の応用業。

あの日、闘技場でベン・フィングが見せた、全方位爆裂弾である。

空中には百を数える爆裂弾が展開され、小さく爆ぜる音を響かせながら、攻撃の合図を待つように、ヤヨイの周囲を回り出した。


魔力の切れたパトリックには、弥生を護るすべはない。
仮に万全の状態で結界を張ったとしても、これだけの数の爆裂弾をしのぎ切れるか、パトリックには自信が持てなかった。

パトリックは大声で弥生に逃げるように訴えるが、弥生は全方位を爆裂弾に囲まれているにも関わらず、眉一つ動かさずに、視線はあくまでジャーグールに向けたままだった。


「すました顔しやがって・・・・・肉片も残さず吹き飛ばしてやらぁ!」

ジャーグールが両手を交差するように振るうと、弥生を囲む百の爆裂弾が一斉に襲い掛かった。


弥生は目を閉じると、心の中で精霊に呼びかける。


風の精霊さん、私はあんたらのお気に入りのヤヨイじゃないけど、私も弥生なんだ。
だからさ、ヤヨイとパトリックを護るために、アタシにも力を貸してよ。


それは風の盾とでも言うべきだろうか。
弥生の体の周りを風が渦巻くように覆い、嵐のような爆裂弾を全く寄せ付けずに防いでいく。

「なんだと!?」

ジャーグールは驚愕し声を上げた。

自分の放った百の爆裂弾が、弥生に着弾する前に風に阻まれ完全に防がれているのだ。

次々と爆音が上がるが、全て弥生の周りで渦巻く風の表面で起こる爆発に、ジャーグールは唖然として、言葉すら出せずにいた。


全方位爆裂弾を防ぎきると、弥生は脇構えのままジャーグールに一歩距離を詰めた。

「・・・今ので終わりかな?だったらドレッド、あんたの負けだね」

弥生の身に纏う風が、物干し竿に集まり出す。

「ブ、ブレンダンならともかく、こんな女に俺の魔法が・・・・・」

悔しそうに歯ぎしりをすると、ジャーグールは両手を組み合わせ、頭上に高く振り上げた。
風が拳に集まり、小規模の竜巻のようにうねりを上げていく。


「その竿が魔道具か?体力型のくせに風で俺の魔法を防ぐとはな・・・・・だがよ!黒魔法使いの本物の風魔法には敵わねぇんだよ!」

ジャーグールは組み合わせた両手を弥生に向け、振り下ろした。

「トルネードバースト!」

放たれた竜巻は、周囲の風を取り込み二倍、三倍とその大きさを増していく。


「ヤヨイさん!」

青魔法使いのパトリックだが、魔法兵団内での修行で、白魔法も黒魔法も、沢山の魔法を見てきた。

そのパトリックから見て、ジャーグールの放った上級風魔法 トルネードバーストは、父親でもある魔法兵団団長 ロビン・ファーマーにも、負けず劣らずの威力であった。


「切り刻まれろぉーッツ!」

並みの魔法使いでは何人集まっても太刀打ちできない、ジャーグールの圧倒的なトルネードバーストだったが、弥生は一歩も引く事なく正面から迎え撃った。


左足を一歩深く踏み込み、体を捻りながら、物干し竿を頭上高く振り上げた。

物干し竿が纏っていた風は、振り上げられると風の刃となり、すでに弥生を飲み込む程の大きさになった巨大な竜巻に真正面からぶつかっていく。


「はっ!そんな魔道具の風如き、俺のトルネードバーストで飲み込んで・・・なにッツ!」

地面を抉るように削り、弥生の背丈すら超す巨大な風の刃は、ジャーグールのトルネードバーストを真っ二つに切り裂いた。

正面から切り裂かれた竜巻は、弥生の体を避けるように左右に分かれるが、制御を失い、片方は地面にぶつかり轟音と共に大きな土埃を舞い上げ、もう片方は上空に消えて行った。


勢い衰える事なく向かってくる風の刃を、ジャーグールは身を捻り間一髪で避ける。

風の刃は、ジャーグールの後ろの塀をも切り裂き、暗闇に包まれた林の中に吸い込まれるように消えて行く。


「なんて鋭さだ・・・」

ジャーグールが風の刃を目で追った事で勝負は決した。

ほんの一瞬だが、弥生から視線を切った致命的なミスに気付き、すぐに顔を正面に戻したが、すでに弥生は距離を詰め、物干し竿をジャーグールの頭に振り下ろしていた。





「・・・ヤヨイさん・・なんですよね?」

ジャーグールは弥生の一撃で気を失い、倒れ伏している。

「そうよ。私は弥生。でも、あんたの知ってるヤヨイじゃないよ」

弥生に肩を借り、パトリックは立ち上がった。

細い肩だ。
弥生の首に回る腕の感触で、パトリックはあらためて驚いた。

体力型とはいえ、女性の細腕で、あれほどの技を繰り出すとは・・・


ジャーグールが視線を外した一瞬の隙に、目にも止まらぬ速さで間合いを詰め、その頭に一撃を食らわせた。

その動きは一切の無駄がなく、長い年月の修行のすえに身に付いたであろう、美しさすら感じるものだった。

「そう・・・ですか・・・あの、俺にはよく分かりませんが、確かに、今のヤヨイさんは全く別人のように見えます・・・その、どういう事か詳しくお聞きしたいのですが」

戸惑いながら話すパトリックの言葉に、弥生は目を閉じた。
パトリックの言葉に、弥生はすぐには返事を返さなかった。その様子は何かを後悔しているようにすら見える。



「・・・ねぇ、パトリック・・・アタシね、本当は出て来るつもりは無かったんだ」

目を閉じたまま、弥生は言葉を続ける。
パトリックは口を挟みそうになったが止めた。何か、大事な話しをしようとしている事を察し、言葉を止めてはいけないと思ったからだ。


「だってね・・・ここは、アタシの知ってる世界じゃない。森の中で、風の精霊によって、アタシは目を覚ましたの・・・あの子の中で。初めは訳が分からなかった・・・だって、何もかも違うんだもん。知っている人は誰もいない、機械は無いけど魔法はある。本当に・・・なんで私はここにいるんだろうって・・・」


弥生は目を空けて空を見上げた。
ほんの少しだが、その目には涙が浮かんで揺れている。


「でもね・・・・・あの子の中で、毎日見てた。ここの人はみんな優しいね。あの子は本当に幸せなんだって、とても伝わってきた。だから・・・・・ここは私の世界じゃない。ここにはもうあの子の、ヤヨイの人生がある。アタシの人生は日本なの・・・・・なんで、こっちに来たのか、想像できなくはないけど・・・アタシの人生は日本で終わってるの。ねぇ、パトリック・・・・・あんたヤヨイの事、好き?」


弥生はすぐ隣にある、パトリックの顔を見つめた。

弥生が何を言っているのか、パトリックに全ては理解できなかった。

だが、目の前の弥生が口にするヤヨイとは、パトリックの知っているヤヨイの事を指しているのだと言う事は理解できた。

そして今、パトリックは嘘偽りの無い、本心で答えなければならないと感じ、生まれて初めて女性に気持ちを伝えた。


「はい。俺はヤヨイさんが好きです」


パトリックは真っ直ぐに弥生を見て答えた。
弥生もしばらく、口をつぐんだままパトリックの目を見返す。

やがて、弥生は納得したように目を閉じて小さく笑った。


「・・・うん。ありがとう。あの子にも、そう伝えてあげて・・・ヤヨイを大事にしてね・・・」


そう口にすると、弥生の体から力が抜け、まるで糸の切れた人形のようにその場に倒れそうになった。

「ヤヨイさん!?」

肩を借りていたパトリックが、慌てて弥生のお腹に手を回し倒れないように支えると、弥生は閉じかけた目でかろうじてパトリックを見つめ、もう一度だけ口を開いた。


「また・・・・・会えるから・・・・・・・・・」



ねぇ、ヤヨイ・・・

ここはあんたの世界だよ

だから、あんたの人生を生きな

アタシはあんたの中で、あんたの人生を見守るからさ


この世界も・・・・・悪くないね・・・・・





ヤヨイが眠っただけだと分かると、パトリックは安心したように息をつき、そっと孤児院の外壁に背をもたれさせた。

考えなければならない事は山ほどある。

頭が少し落ち着くと、さっきヤヨイから聞いた話しも、分かりそうな気がした。

つまり、ヤヨイの中にもう一人の弥生がいる。
そういう事ではないだろうか?

さっきジャーグールと戦ったのは、ヤヨイの中のもう一人の弥生であり、自分が知っているヤヨイはその間眠りについていた。

パトリックは、そう考える事が、一番筋が通ると思った。


姿形は何一つ変わらない。だが、明らかに自分の知っているヤヨイではなかった。

言葉使いもまるで男のような感じになり、戦っている様は、熟練した戦士のようにさえ思えた。

驚いたし、混乱したし、正直どう受け止めればいいか分からない。


だが、パトリックは眠るヤヨイの顔を見つめると、優しく笑い言葉をかけた。

「・・・どちらのヤヨイさんも、優しいのは分かりました。俺、ヤヨイさんへの気持ちは変わりませんよ」





さっき、雨が降った。

孤児院の周りだけだったから、それは王子の魔法に違いないだろう。
おかげで庭を焼く炎が消えた。

魔法で庭の火を消したという事は、そうする余裕ができたと考えていいだろう。
つまり、子供部屋はもう安全なはずだ。


二階からも、誰かが叫ぶ声が聞こえた。
なにかを壊すような音も聞こえたし、激しい戦いだったのかもしれないけど、今は聞こえなくなったから、二階も決着がついたのだろう。

ブレンダン様とエロールだ。
誰が相手でも負ける事はないだろう。



俺が最後だ。

ヤヨイさんが眠ってくれて良かった。
できれば、ヤヨイさんには見せたくないからな。


俺は立ち上がり、後ろを振り返る。

先程の雨に打たれた事が気つけになったのだろう。
ジャーグール・ディーロが起き上がっていた。

だが、意識はハッキリしていないようだ。
目は焦点が合っていないように見える。足もおぼつかないようで、体が左右にふらふらと揺れ、転びそうになっている。


弥生さんの一撃は、それほどの一撃だったという事だ。

執念だけで起き上がったのだろう。
だが、とても戦える状態には見えない。全方位爆裂弾に、トルネードバーストまで使い、魔力も切れかかっているはずだ。


悔しいが、ジャーグール・ディーロは俺よりはるかに強かった。
だが、今の状態ならば、俺でも止めを刺す事は簡単だ。


「ヤヨイさんには、できれば血は見せたくないからな」


腰に巻いたベルトから、最後の一本の破壊のナイフを取り出すと、ジャーグール・ディーロが顔を上げた。

一瞬だけ、俺と目が合ったように感じた。

俺の投げたナイフが、ジャーグール・ディーロの額に突き刺ささると、ジャーグール・ディーロはそのまま背中から倒れ、再び起き上がる事はなかった。

魔力の切れた俺には、破壊のナイフに込められた魔法を解放する事はできない。


「・・・そういや、このナイフはなんの魔法だったっけ・・・」

もはやどうでもいい疑問を、つい口にしていた。
俺もその場に座り込みたい衝動に駆られるが、後ろを向いて、ヤヨイさんの隣まで足を動かした。


隣に座ると、ヤヨイさんの寝息が聞こえてきた。


これで・・・全部終わった・・・・・


ヤヨイさん、何とか生き残れましたね

これで安心して外にも行けます

街案内、今から楽しみです

美味しいものも食べに行きましょう・・・

それから・・・・・

・・・・・・・・・・・・



壁にもたれ、よりそうように頭を合わせて眠る二人を見つけたブレンダンは、しばらくそのまま寝かせる事にした

二人の寝顔が笑っているように見えたから
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