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【186 りっぱな男】

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トロワ・ベルチェルトは、カエストゥス国で数少ない体力型である。

同い年の子供と比べて体は大きく、3~4歳くらいの年齢差であれば、年上の男の子にも力負けしないくらいに、腕力が強かった。


トロワは生まれたその日に捨てられた。

それは、ある春の日の夜で、まだ風が少し肌寒さを感じる頃だった。
トロワの母が何を想い、どういう事情があったのか、それは知りようも無い。

ただ、孤児院の玄関前に、厚めの毛布にくるまれ、篭に入れられたトロワを見つけたブレンダンは、トロワを家族として迎え、我が子として愛情を持って育てた。
それは全ての子供に対してそう接してきたブレンダンにとっては、特別な事ではなく当たり前の事であった。

トロワが物心ついたある日、ブレンダンは一枚の手紙を見せた。

そこにはトロワの母の謝罪と願いが書かれていた。

トロワを捨てた理由は書かれていなかった。

ただ、トロワに対して育てる事ができずに申し訳ないという事。
そして、強く優しく、弱い者を助ける事ができる立派な男の子に育ってほしい。
そう書かれていた。


トロワはその手紙を読んだ後、ブレンダンにどうすべきかを問いかけた。

ブレンダンは、トロワのしたいようにしていいと答えた。
ただ、もし母の手紙を読んで、いつか母に会いたいという気持ちがあるのならば、母の願いを聞くべきだと付け加えた。

それは、やがて大人になって再会した時に、立派な男になったぞと胸を張って会える理由になるからだと・・・・・


トロワはその日以降、孤児院の子供達をまとめる事に力を入れた。

立派な男になるためにどうしたらいいか。
トロワが自分で考えた答えは、みんなをまとめる事ができるリーダーになる事だった。

子供達が喧嘩をする事があれば、必ず仲裁に入り、仲直りをするまで話し合う。
おやつを落とした子がいれば、自分の分を分けてあげる。
食事の時間になっても、外で遊んで戻って来ない子がいれば、連れて来て食事をみんなと一緒に取らせる。
トロワは規律を守り、年下の子供達の見本になるように心がけていた。
口が悪く、やんちゃなところはあるが、曲がった事は決してしないトロワに、いつしか子供達の信頼が集まるようになり、トロワの言う事はきちんと聞くようになっていった。



立派な男とは
強く優しく、弱い者を助ける事ができる男

顔も知らない母親だが、唯一の繋がりである手紙からは確かにトロワを想う気持ちが伝わった

トロワは昔も今もそしてこれからも、その繋がりがいつか母に会えるしるべになる
そう信じ生きる





「王子!危ねぇ!」

トロワは叫んだ
庭を焼く炎が、突如龍を形作り、大きな口を開けて窓を突き破らんと向かってくるのである


「・・・・・灼炎竜か」

窓の正面に立っていたタジームは、目の前に迫る灼炎竜に微動だにする事なく、パンツのポケットに両手を入れたまま、まるで他人事のように呟き立っていた。


燃え上がる業火は、空気を震わせる唸り声のように鳴り響き、灼炎竜は窓ガラスを突き破り、眼前のタジームを呑み込まんと襲い掛かる。

タジームの足、腰にしがみついていた子供達から悲鳴が上がる。

メアリーは目を瞑り子供達に覆いかぶさった。





だが、目を閉じ覚悟を決めても、頭上から降り注ぎ体を切るガラス片の痛みも、体を焼きつくす灼炎竜の炎も襲って来る事はなかった。

メアリーは恐る恐る、ゆっくりと目を開けると、信じられない光景を目の当たりにした。




「・・・なんだこの情けない炎は?ウィッカーの火球の方がマシなんじゃないのか?」

窓ガラスを突き破った灼炎竜は、タジームの目の前で氷の彫刻と化していた。

そして、灼炎竜に突き破られたガラス片や、窓枠だった木片は、空中で制止しているのだ。
いや、正確には震えるように僅かに動いてはいるのだが、タジームの正面で落ちる事も、それ以上吹き飛ぶ事はなく、その動きを止めていた。



「・・・すごい。あの炎の竜が凍り付いてる・・・」

一人事のように呟いたメアリーの言葉に、タジームは答える事はしなかった。
だが、言葉で答える代わりに、タジームはポケットから右手を出し、軽く前に振った。

すると、氷漬けになった灼炎竜は粉々に砕け散り、砕け散った氷の欠片は、ガラス片と同様に空中に制止した。

そして、タジームの周囲の風が動き、体が押されるくらいの圧力を感じる風が、室内から外へ押し出るように吹き、空中で留まっていた氷の欠片、ガラス片、木片を庭へとばらまいた。



「メアリー・・・俺は子供のあやし方は知らん。怪我だけはしないように護ってやるが、泣き叫ばないように、お前があやしてやれ」

タジームは正面を向いたまま、後ろで子供達を抱きしめているメアリーへ言葉をかけた。

「は、はい!おまかせください!」

メアリーの役目は子供達の心を救う事。
怯える子供達を落ち着かせ安心させる事。それはタジームにはできないが、メアリーならできる事。



「・・・トロワ、キャロル、どうやら敵は出て来る気はないようだな。俺との力の差が分かる程度の頭はあるらしい。俺はここでこいつらを護らなければならないから動けない。だが、ここで敵を逃がすわけにもいかない。お前達でやるんだ。庭を焼いていた炎が灼炎竜に代わった時、魔力の操作はこの孤児院の向こうの林の中から感じた。
そう遠くはない。行ってこい・・・・・その気はあるんだろ?」


やはりタジームは振り向かない。
だが、タジームの後ろで構えていたトロワとキャロルは、お互いの顔を一度見合わせると、意思を確認し合うように力強く、ハッキリと頷き合った。

「もちろんだ!俺は子供達のリーダーだ!ここで戦わなきゃ男じゃねぇ!」

「王子!私達の家は私達が護ります!私も行くわ!」

トロワとキャロル、二人はそう声を上げると、タジームの脇を走り抜けた。
灼炎竜によって破壊され、大きな穴を空けた窓から飛び出すと、火の粉が舞う庭の塀を越え、闇の中の林に消えて行った。
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