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【183 もう一つの声】

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視界の端に、明かりが見えた事は偶然だった。

普段なら気に留めなかったかもしれないけれど、その時の私は一瞬の寒気を覚えて、その明かりを無視する事ができなかった。

飲み終わった紅茶のカップをキッチンに持っていく途中、視界の端に入った玄関の窓から、わずかに明かりが見えたのだ。

時刻は0時30分、こんな時間になぜ玄関の窓から明かりが見えるのだろう?

私はカップを乗せたトレーを、キッチンカウンターの上に置くと、玄関に顔を向けた。

やっぱり玄関の窓の外には、明かりが見える。
それは、赤とオレンジが混ざったような色の明かりで、少し動いているように見えた。



・・・・・燃えている?

あれは・・・炎の揺らめきでは?
そう感じ取った瞬間、私は我を忘れて玄関に向かい駆けていた。

「ヤヨイさん!?」

パトリックさんの声が耳には入ったけど、私はドアノブに手をかけ、そのまま勢いよくドアを押し開けた。

孤児院の庭は、あちこちに火の手が上がり、草花を燃やしていた。

なんで? いつの間に!?
そんな疑問も頭をよぎったけど、私は目の前の信じられない光景に絶句し呆然と立ち尽くしてしまった。

「ヤヨイさん!危ない!」

次の瞬間、私の頭上でなにか固い金属のような物が打ち付けられる音がして、反射的に顔を上げると、小さいけれど先の鋭い何かが、大量に私に向かって降り注いだ。

「ヤヨイさん!こっちへ!」

後ろから腕を強く引かれ、私は孤児院の中へ引き戻された。
バランスを崩して転んでしまったけれど、パトリックさんが受け止めてくれたようで、どこかを強くぶつける事はなかった。

一瞬前まで私のいた玄関先には、まるで豪雨のように固い何かが降り注ぎ、それは地面にぶつかると砕けたり、弾かれたりして、いくつか室内にも入り込んできた。

「こ・・・氷?」

足元に転がったそれを手にすると、痛いくらいに冷たいそれは、女の手にはあまるくらいの大きな氷柱(つらら)だった。

刺氷弾しひょうだん・・・氷の魔法です。危なかった・・・ギリギリでしたが、結界が間に合って良かった・・・」

私は首を後ろに回す。パトリックさんは私を後ろから抱きすくめていた。
顔は前を向いていて、砕けた氷柱が散らばっている玄関を睨むように見据えていた。


さっき、頭の上でなにかがぶつかった音がしたけれど、パトリックさんの結界に氷柱がぶつかる音だったんだ・・・

それがなければ、私は今頃・・・・・

「パトリックさん・・・すみません。外に出てしまって・・・ありがとうございます」

お礼を言って、私のお腹に回っている手を握ると、パトリックさんはハッとしたように、慌てて私から体を離して立ち上がった。

「す、すみません!咄嗟だったので、大丈夫ですか?」

「はい、大丈夫です。おかげさまで助かりました」

パトリックさんの手を借りて私も起き上がる。

「・・・追撃は来ないか・・・でも、油断はできない。ヤヨイさん、俺から離れないでください」

パトリックさんは、開けっ放しになっている玄関に目を向け、私を隠すように前に出た。

「パトリックさん、庭の火はどうしましょう?このままでは・・・」

「はい・・・まずいですね。でも、今はここから動けません。王子の黒魔法で消せれば早いのですが、今出てこないという事は、おそらく子供部屋から動けないのでしょう。ブレンダン様とエロールもどうなっているか・・・」

今、私はパトリックさんの結界の中にいる。
結界魔法は魔力の消費が大きいらしいので、使用し続けるのは得策ではないようだけれど、敵の姿が見えず、攻撃を受けている状態では、やむを得ないのかもしれない。



敵の追撃は来ない。

炎が庭を焼き、焦げた葉や茎から出る煙が室内に入り込んで来る。

メアリーちゃんが大事に育てている花や、ウィッカーさんがいつも寝そべっている一本の大きな木、天気の良い日に子供達が遊んでいる砂場・・・・・・大事なお庭が燃やされている。


私はこの世界に来て、初めて激しい怒りを覚えた。


許せない・・・絶対に許せない・・・・・


その時、胸の奥に突然火が灯ったように熱くなり、心臓の鼓動が急速に早くなった。
息が苦しくなり、立っていられず膝を付く。

パトリックさんが何かを叫んでいるようだけれど、言葉が理解できなくなってくる。





ヤヨイ・・・・・ここからは、アタシに代われ





頭の中に聞こえた声

その声を聞いて私の意識は深い眠りの淵に落ちて行った
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