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【176 盾】

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「なめてんじゃねぇぞッッツ!焼け死ね!」

ジャニスの挑発に激怒したジャーゴルは右手を振った。
ジャーゴルの体に巻き付いていた一体の灼炎竜が、火の粉を散らし、渦を巻くようにジャニスに襲い掛かる。

燃え盛る業火の灼炎竜がジャニスを飲み込もうと大きく口を開けた時、ジャニスは一歩も引かずにローブの中に手を入れ、茶色の皮袋を取り出すと、余裕を持った動作で灼炎竜へ投げつけた。

皮袋が灼炎竜に触れた瞬間に袋は燃え尽きた。だが、同時に袋の中身に触れた灼炎竜も、風に霧散するかのように、その存在が消え去ってしまう。


ジャニスは両手を数回、わざとらしいくらい大きな音を立てて打ち合わせると、驚きに目を開くジャーゴルに指を突き立てた。

「あんたの魔法なんか私には通用しないのよ!さぁ、どんどん撃ってらっしゃい!格の違いを見せてあげる!」


この挑発はジャニスの賭けだった。
挑発に乗ってジャーゴルが次々に灼炎竜を放つようであれば、逃げ出すしかなくなる。
ジャーゴルが追ってくれば逃げながら戦うしかなくなるが、有効な対抗策は考えられずにいた。

しかし、ジャーゴルの状態を考えれば、追ってこない、いや、追ってこれない可能性もあった。
足は動くようだが、逃げる相手を追いかけられる状態とも思えない。
風魔法で飛ぼうにも、バランスがとれるかもあやしい状態に見える。
ジャーゴルはそれほど大きなダメージを負っていた。


ジャニスにとって望ましい展開は、挑発にのらず警戒を深め、膠着こうちゃく状態に陥る事。

目的は時間稼ぎ。



・・・ジョルジュ、あんたならきっと風で、私達の現状も把握してるでしょ?


ジャニスは、ジョルジュが風を頼りに、自分達の状況を察知し、救援に向かって来ていると読んでいた。
救援が来るまでおそらく三分か四分か、その間、膠着状態で睨み合う事が望ましい。
それがジャニスの狙いだった。


そしてジャーゴルはその術中にはまっていた。

風魔法と灼炎竜、自分の魔法が二度も消された事で、警戒心が一気に増していた。
逃げる様子も見せず、余裕のある態度と挑発を見せるジャニスに、ジャーゴルは警戒を一層高め、攻撃を続けられずにいた。


「・・・おんなぁ、てめぇ、どうやったかは分からねぇが、魔法を消してんだな?魔道具か?」

「だから、さっきも言ったよね?敵に手の内教えるわけないじゃんって。まぁ、あんたの思う通りに答えを作ったらいいんじゃない?それより、さっさとかかってきなよ?」


ジャニスは手招きでもしようかと思ったが、思いとどまった。
今、ジャーゴルは悩み始めている。これ以上挑発して、攻撃に転じられては困るからだ。
状況は、ジャニスの望んだ膠着状態になりつつあった。


「・・・そうかよ、だったらまずは・・・・・コイツからだ!」

ジャーゴルは体を捻り、頭上の木の枝に乗っていたエディに狙いをつけ、灼炎竜を放った。


3メートル程の灼炎竜が、火の粉を撒き散らしながら木の上のエディに襲い掛かるが、弓を構えたまま、ジャーゴルから視線を外さずにいたエディは、軽々と隣の木に飛び移り灼炎竜を躱した。


「エディさん!それは追ってくる!」


余裕を持って躱したエディに、地上からジャニスが声を張り上げた。

「なに!?」

「焼かれろッツ!」

隣の木に飛び移り、一瞬だが灼炎竜から目を切ってしまったエディが、ジャニスの声で元いた木に目を戻した時・・・・・上空へ向かったはずの灼炎竜が、眼前で大口を開けエディを飲み込まんとするところだった。


「うぐあぁぁぁぁッツ!」

体を後方に逸らしたが、左腕が灼炎竜の業火にかすめられ、そのあまりの痛みにエディは声を上げ、バランスを崩し落下した。


万全の状態のエディであれば、4~5メートル程の高さの木から飛び降りる事など容易である。
だが、今回は焼かれた左腕のあまりの痛みに、ただ声を上げる事しかできず、重力のまま落ちるしかなかった。

地面に叩き付けられたエディは、足から落ちたため、かろうじて意識は残っていたが、両足の骨は折れ、背中も強打し、もはや動くことは敵わなかった。
左腕は赤黒く焼けただれており、血煙を上げている。


「エディさん!」

エディが地面に落ちると同時に、ジャニスは走った。

まだ間に合う。
自分のヒールであれば、例え全身の骨が粉々に砕けていても回復は可能だ。


だが、ジャーゴルは許さなかった。


「させるかよ!次はてめぇだッツ!」

ジャーゴルが右手をジャニスに向け振り下ろすと、エディの左腕を焼いた灼炎竜は、上空で樹々を焼き払いながら、ジャニスに標的を付け、凄まじい勢いで一直線に突っ込んできた。


「こんなもの!」

ジャニスは走りながらローブの中に手を入れると、三個目の茶色の皮袋を取り出し、自身に迫る灼炎竜に投げつけた。

二体目と同じく、皮袋は一瞬で燃え尽きてしまうが、それと同時に灼炎竜も跡形もなく消え去ってしまう。

行く手を阻む灼炎竜が消え、ジャニスはそのまま倒れているエディに駆け付けると、すぐにエディの足の上に両手を当てヒールをかけた。

「ぐ・・・うぅ・・・ジャ、ジャニス、さん・・・申し訳・・・ない・・・」

「すぐに治しますからね・・・両足と左腕が特にひどいから、部分的に完治させていきます」

エディの両足からは折れた骨が飛び出ている程の重症だった。
だが、ジャニスがヒールをかけ始めると、瞬く間に傷が塞がっていく。
ジャニスは骨折の治癒に2分から3分と話していたが、もはや1分に迫る早さだった。


ジャニスに三度魔法を消されたジャーゴルだが、ジャニスがローブから出した皮袋を投げ付ける瞬間を目にし、魔道具によるものだという事に確信を持つ事ができた。
しかし、原因が分かったとしても、ジャーゴルは攻めあぐねいていた。

最初に風魔法を消された時を思い出す。おそらく、あの袋の中の粉を浴びると、魔法が消されてしまうのだ。

範囲は粉が舞う空間だけ。
ジャーゴルは、魔封塵の本質まで当てていた。だが、それでも攻められずにいた。


仮にもう一発、灼炎竜を放ったとして、また消されてしまっては、ただ魔力を消費するだけである。

上級魔法 灼炎竜は、エディの矢を空中で燃やし尽くした事からも分かる通り、身に纏う事で絶大な防御にもなる攻防一体の魔法である。

だが強力な反面、身に纏っているだけで魔力を消費し続けてしまうので、長期戦には向かない魔法でもある。

ジャーゴルは身に纏っている灼炎竜を解いた。
竜が消えると体から吸われ続けた魔力が止まり、疲労感が薄まった。
三メートル級を三体、ジャーゴルが出した灼炎竜は、カエストゥス国の王宮仕えの魔法使いが出せる、平均的な大きさと数だった。

万全の状態であれば、ジャーゴルは10メートルを超える灼炎竜を出す事もできるが、大きなダメージを抱えている今の状態では、これだけの大きさと数でも、消耗が激しかった。


あの魔法を消す粉をなんとかしなければ、いくら撃っても魔力の無駄だ・・・

これがジャーゴルの追撃の手を止めさせていた。

戦闘不能の状態に追い込んだエディを、ジャニスが治癒している事を見逃している事も、ジャニスの魔封塵がジャーゴルへの圧力となっていたからだ。


実際はジャニスの魔封塵はあと一つだけである。
だが、三度魔法を消され、強気な姿勢を崩さないジャニスからは、魔封塵どころか、まだ何かあると思わせるだけのものがあった。

もし、ジャニスが魔封塵の数を気にして、慎重に使おうとしたりしていれば、ジャーゴルはここまで警戒しなかっただろう。
ためらわず、思い切りよく皮袋ごと投げつけていた事で、魔封塵はまだまだ持っている。他にも対抗できる物があると、ジャーゴルに思い込ませる事に成功していた。


精神力ではすでに、師ブレンダンの上をいくと言われるジャニスは、この窮地でもハッタリでジャーゴルの動きを封じていた。



両足の治癒が終わると、左腕にヒールをかける。赤黒くただれていた皮膚は、健康的な色をみるみる取り戻していった。

「うぅ・・痛みが引いていく・・・ジャニスさん、ありがとう」

「いえいえ、もう少しですからね」

両足の骨折を治し、左手の火傷の治療に入り、ここまでで約90秒、とてつもない早さでの回復だった。
そして、ここまで治療をしても、ジャーゴルが攻撃をせずに黙った見ている事で、ジャニスは勝利を確信していた。


目標の時間は稼いだ。
もうすぐウィッカー達が駆けつけてくるはず。

ウィッカー達が助けに来る事に、ジャニスは確信を持っていた。

ジョルジュとはまだまだ短い付き合いだが、いつも風の精霊を通して森の中に異変がないか確認しているのだ。ジャニス達のおかれている状況に、気づかないわけがない。

そして、ウィッカー。
ウィッカーとは子供の頃からの長い付き合いだ。

ジャニスはウィッカーを知っている。
ウィッカーは、優柔不断なところがあったり、優しすぎるところがあって、子供達にもからかわれたりして、いまいち頼りにならないところもあるが、誰かがピンチの時には絶対に駆け付ける。


だから、今回も絶対に来る。


勝利を確信したからだろう。
エディの左手にヒールをかけながら、ジャニスはそう考える事に思考を持っていかれてしまい、僅かな時間だが、ジャーゴルに対して牽制していた気がそれてしまった。


ジャーゴル・ディーロは裏世界で生き延びてきた一流の殺し屋である。

ダメージを受け、打つ手につまり、追い詰められたとしても、立っている限り標的から気を逸らす事は一切無い。

ほんの一瞬でも隙が出ればそこを突く。


ジャーゴルはジャニスがほんの短い時間だが、自分から気が反れた事を察すると、今この瞬間最速で使える魔法を選んだ。

・・・爆裂弾

最速で放てる事が一番の理由だが、連射能力にも長けていた。

ジャーゴルとジャニス達の距離は6~7メートル程である。この距離ならば、ジャニスがローブから皮袋を取り出し、中身を宙に撒くより早く着弾する。

最初の一発を当てる事ができれば、ジャニスが魔封塵をいくつ持っていようと関係ない。

魔力尽きるまで撃ち続け、それでお終いである。


ジャーゴルが右手をジャニス達に向けた時、自身のミスに気付いたジャニスも、瞬時にローブに手を入れた。

致命的な気の緩み。
回復専門の白魔法使いであるがゆえに、戦闘の経験不足がここで出てしまった。


最後の魔封塵。
本当はジャーゴルを倒すための切り札に考えていたが、今使わなければ生きて帰れない。

だが、ジャニスが皮袋を開け、魔封塵を振りまくより、ジャーゴルの放った爆裂弾が一瞬早かった。




・・・・・間に合わない・・・直撃する

眼前に迫った爆裂弾に、ジャニスが目を閉じ覚悟を決めた瞬間・・・

エディがジャニスに覆いかぶさり、その身を盾にした。

「ぐぬッ・・・う・・・」

「エ・・・エディさん!?」

エディの背に一発目が着弾すると、矢継ぎ早に飛んでくる爆裂弾が次々と爆音を上げ、濛々もうもうと土煙を上げていく。

「エディさん!駄目!逃げて!死んじゃうわ!」

「ジャニス・・・さんは・・・むすこ、の友人・・・絶対にまも・・・る・・・」

一瞬の間も置かず、爆裂弾はエディの体に撃ち込まれ続ける。

何十発目かの着弾で、エディの意識は失われた。
だが、それでもエディはジャニスの盾となり倒れる事はなかった。
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