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【174 ジャニスの魔道具】

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仲間二人を瞬く間に殺されたジャーゴル・ディーロは、目の前の二人に対する認識をあらためていた。

ジョルジュの父、エディ・ワーリントンが素手で投げた矢は、仲間の一人の目に突き刺さり、そのまま声一つ上げる事すらさせずに絶命させた事から、相当深く突き刺さり即死させた事が伺える。

素手で投げた矢がそれだけ深く刺さったのだ。

体力型なのは分かるが、自分が考えているより強い力を持っていると考えた方がいいだろう。
弓を構えているが、もし接近を許せば体力ではるかに劣る魔法使いなど、素手で始末することも容易いはず。

ジャーゴルは、エディに対しては遠近どちらでも戦えると判断した。


そして白魔法使いのジャニス。
17歳にして、カエストゥス国一番の白魔法使いという話しは聞いていた。

一般人の認識では、骨折の治癒にかかるヒールの時間は平均して30分程度、王宮仕えの優秀な白魔法使いでもせいぜい15分前後である。

だが、ジャーゴルの目の前、ほんの数メートル先に立つジャニスは、ものの2~3分で治癒してしまうという桁違いの魔力を持っていた。


ジャーゴルはジャニスの存在は知っていた。
自分の目でジャニスがヒールを使っているところを見た事はなかったが、
決して過小評価はしていなかった。

黒髪の針をエディに撃ち、倒れたエディにジャニスがキュアをかけていた事も気付いていた。
自分を挑発する事で注意を逸らし、キュアで麻痺と毒が消せるまで時間稼ぎをしようとしている事にも気づいていた。


だが、早すぎた。


ジャニスのヒールが骨折を2~3分回復可能であるならば、今回のキュアは4~5分はかかるはずなのだ。

黒髪の針による麻痺、遅効性の毒、この二つの状態異常を回復させるというのであれば、
王宮仕えの優秀な白魔法使いであっても、20分はかかるだろう。

異なる二つの状態異常を消す事は、骨折を治すよりも複雑な魔力操作を要求される。

ジャーゴルは、ジャニスが骨折を2~3分という基準から、麻痺と毒の治癒にかかる時間は、4~5分、想定より早くても3分はかかると見ていた。

だが、ほんの1分足らずでエディを回復させ戦列に復帰させてしまう。
常識外れ、別次元の力をジャニスはジャーゴルに見せつける事になった。


悠長に話しに付き合ったつもりはなかった。
ジャニスがジャーゴルを挑発した瞬間、一瞬早く仲間の一人が手を出し返り討ちにあったが、そうでなければ、ジャーゴルは氷魔法 刺氷弾しひょうだんを放ち、ジャニスとエディを葬り去るつもりだったからだ。


「・・・クハハハ、そうか、俺に甘さがあったという事だなぁ~。見誤ったぜ、おんなぁ~、てめぇの白魔法、噂よりもずっと強力だ。もう二度と回復はさせねぇ、いたぶる予定だったが、瞬殺に変更だ。お前ら!二人減ったがいつも通りだ!いくぞ!」


怒鳴るようなジャーゴルの声と共に、ジャニスとエディを挟み左右に構えていたローブの男二人が、空高く飛び上がった。


「風を足元に集めて飛ぶという事は、二人とも黒魔法使いか」

エディは敵の動きを冷静に見て分析した。

目の前のジャーゴル・ディーロは両手を前に出すと、冷気を集め無数の鋭い氷の塊をつくりだした。

上空の黒魔法使い二人は、眼下のジャニスとエディに向けた手の平に、拳大のエネルギーの塊をいくつも作り出していく。

「ジャニスさん!失礼!」

声を上げると同時に、エディは左腕でジャニスのお腹を抱えるようにして抱き寄せると、そのまま樹々の中に飛び込んだ。


エディが飛び込むと同時に、一瞬前まで二人がいた場所に、上空からはまるで豪雨のような爆裂弾が降り注ぎ、前方からは無数の刺氷弾が撃ち放たれた。

爆発により地面は抉られ、花は吹き飛ばされ、舞い上がる砂埃は辺り一面を覆い隠す程、巨大なものだった。

鋭い氷の弾で抉られ、何本もの木々が打ち倒された。
ほんの数舜前までの美しい景色は一瞬で破壊されていく。

「おい!てめぇら!逃げたぞ!あっちだ!」

視界の端に、エディがジャニスを抱えて樹々に飛び込む姿を捉えたジャーゴルは、すぐに上空に向かい大声を上げ、エディ達が飛び込んだ方角を指した。



「黒魔法使いが三人か・・・爆裂弾だけでも、あれだけ上空から撃たれれば躱しきれません。ここは一旦身を隠して反撃の機会を待ちましょう」

「エディさん、あの、助けてもらってなんだけど・・・私、この持たれ方は好きじゃないです」

樹々の間を走り抜けるエディのスピードは、女性とはいえ人一人を片手で抱えているとは思えない程安定し、木の幹や岩場、足元を全て把握しているかのように、迷いの無い走りを見せた。


「申し訳ない。なにせ右手は弓でふさがってまして、お姫様抱っこがよかったんですね?」

「な!?ち、違います!もう!一回下ろしてください!」

「ハハハ、ジャニスさんはうぶですなぁ!」

高らかに笑い、エディは踏み出す足に力を入れ大きく飛ぶと、緑の葉が大きく広がっていて、ちょうど二人の姿を覆い隠してくれる天然屋根の下に、そっとジャニスを下ろした。


「いやいや、失礼いたしました。羽のように軽いので、つい調子に乗ってしまいました」

「も~、エディさんって、奥さんナンパして捕まえたんですか?なんか、口がうまくて軽い感じがします」

「ハハハ、そんな事はないですよ。私は嘘が苦手なので、本当の事しか言いませんよ」

「それがすでに嘘ですよね?全く、ジョルジュのお父さんとは思えないくらい饒舌ですね・・・さて、少し距離を取れたみたいですけど、これからどうします?」

ジャニスは少し寄れたローブのシワを撫でながら、ゆっくりと起き上がった。

「うむ、私達がこの方角に向かった事は、当然気付いているでしょう。ヤツらは黒魔法使いですので、飛んで向かって来れる。あまり時間をかけずに追いつかれるでしょう。ならば、やはりここで迎え撃ちましょう。私は木に登り、緑の葉で身を隠しながら迎撃しようと思いますが、ジャニスさん・・・あなたの魔道具をそろそろ教えてくれませんか?」

エディはこれまでと変わらず、口元にはにこやかな笑みを浮かべているが、自分達が走ってきた方角に向ける目は、すでに戦闘態勢に入った鋭いものだった。

ジャニスは羽織っているローブの中に手を入れ、茶色の革袋を取り出して見せた。

「これが私の魔道具・・・魔封塵まふうじんです」
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