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【173 殺し屋の奇襲】
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私とエディさんは、この森で一番精霊が集まるという湖の近くに来ていた。
エディさんの家は、狩りを中心に生計を立てているそうだ。
弓の腕前が非常に高いレベルだったので、弓を教えて稼ぎにしたらどうかと提案すると、すでにやっているようで、たまに城に呼ばれたり、街の人から頼まれる事もあるらしく、その時は賃金をもらって教えているそうだ。
ただ、カエストゥス国は魔法大国。
国民の八割が魔法使いという事情から、そもそも弓や剣などの武器を使う人自体が非常に少ない。
城の兵士には体力型もおり、剣や槍、弓を使う人もいるが、魔法兵に比べて圧倒的に数が少ない。
だから教えに行き、それで賃金を得ようにも、まず教わる人がいなければできないのだ。
「私は、魔法使いの方が、弓を覚えるのもいいと思うんです。遠距離から攻撃するという意味では、黒魔法の火球や爆裂弾と何も変わらないでしょう?最低限、弦を引く力は求められますが、力の弱い女性でも、大きな獲物を仕留める事ができる。体力型はどうやっても魔法は使えませんが、魔法使いはやろうと思えば剣でも弓でも使えるんです。やらないのはもったいないですよ」
エディさんは、木の陰に身を隠し、十数メートルは離れているシカに狙いを付けている。
一呼吸置いて木の陰から身体を出すとほぼ同時に弓を引き、放たれた鉄の矢は、樹々の間を縫って見事にシカを射貫く。
この前も見せてもらったけど、本当にこの樹々の中、よく当てられるものだと感心する他ない。
繁みにしゃがんでシカから身を隠していた私は立ち上がり、エディさんに拍手を送った。
「よく当てられますよね?確かにシカは見えますけど、この距離じゃ本当に小さい的じゃないですか?」
「風ですよ。息子のように、精霊との繋がりが無くても、私は弓だけで生きてきたのです。感覚的な話しになりますが、どの風に矢を乗せればいいのか、なんとなく分かるんです」
エディさんはそう話しながら顔を上げ空に目を向けた。
私もつられて空を見上げる。
気持ちの良い風が頬に触れ、緑のにおいに包まれるような気がした。
「・・・ここって、本当に素敵な場所ですね」
「ははは、そうでしょう?一度ここに住んでしまうと、もう街で暮らしたいなんて思えませんよ。さて、それではシカを持って帰りましょうか」
エディさんが笑いかける。私も笑顔で頷いて、先ほどエディさんが仕留めたシカに向かい足を進めた時だった。
前を歩くエディさんが、まるで糸の切れた操り人形のように、突然その場に崩れ落ちたのだ。
「・・・エ、エディさん!?」
私が駆け寄り、倒れたエディさんの頭を持ち上げると、目を見開き、苦しそうにうめき声を上げ、震える手は宙を掴むように伸ばしている。
・・・毒だ!
私が理解した時、すでに私とエディさんは囲まれていた。
そいつは音も無く、いつの間にか私の目の前に立っていた。
深紅のマントに身を包み、その浅黒い肌をした顔の右半分には、痛々しい大きな火傷の跡が目立った。
火傷のせいだろう。右目はほとんど塞がっていて、おそらく見えていない。
長身で編み込んだ黒い髪は、首筋で一本の大きな束に結ばれている。
残った左目だけは、ギラギラとした獰猛な殺意を漲らせ、私達を見下ろしていた。
一目で分かった。
こいつがロビンさんから聞いていた、殺し屋ディーロ兄弟の長男、ジャーゴル・ディーロだ。
「女ぁ~、てめぇ、あの弓野郎の仲間だろ?そしてそいつは弓野郎の親だ。てめぇら、なかなかバラけねぇからイライラしたぜぇ~、だが、ちょっと迂闊だったな?あの家からここまで10分、どんなに急いでも5分はかからぁな?俺らの存在を警戒してたくせに、これだけ距離を空けたのは油断だったなぁ?」
正面にはジャーゴル・ディーロ。私達を囲むように、少し距離を空けているが円を描くように、深い緑色の生地に黒いパイピングをあしらったローブを来た男達が、1・・・2・・・3・・・4人、薄ら笑いを浮かべながら立っていた。
「全部で5人・・・こいつらのローブ、カエストゥスの黒魔法使いのローブだけど、あんた達この国の魔法使いなんだ?」
「ハッ、俺の事は知ってんだろ?俺はカエストゥスじゃねぇが、こいつらはカエストゥスだ。てめぇらは自国の魔法使いに殺されんだよ。首つっこんだ事をせいぜい後悔しな」
私の言葉に、ジャーゴルは鼻で笑うと右手を私に向ける。その手の平には冷気が集まり出し、小さくも鋭い氷の塊が無数に形作られていく。
「嘘だね。私は城の魔法使いの顔を全員知ってる。こんな連中初めて見るよ。ジャーゴル・ディーロ、あんたはブロートン帝国の雇われ。どうせこいつらも同じでしょ?わざわざカエストゥスのローブを着せて、自国内の争いに持っていきたいわけ?安い策だよ。あんた馬鹿だね」
私の挑発にジャーゴル・ディーロの顔つきが険しくなると、周りにいた魔法使いの男の一人が反応した。
「生意気な女だ!口を閉じてろ!」
苛立った声を上げ、大股で近づいてくると、私を掴もうと手を伸ばしてくる。
かかった
手を伸ばした瞬間、男の首を鉄の矢が貫いた。
突然、自分の首に生えた矢と、その衝撃に、何が起きたのか状況を理解できない男は、目を白黒させながら、口から洩れる言葉にならないかすれ声を出し、一歩、二歩、ふらふらと足をもつれさせながら歩くと、力なく膝から崩れ落ちそれきり動かなくなった。
「なに?てめぇ、なんで・・・」
ジャーゴル・ディーロは目の前の光景に目を疑った。
それは、つい今し方まで、自身の放った黒髪の針を受け、全身が痺れ動けなくなっていた男が、仲間の一人の首に、手にした矢を刺していたからだ。
そして黒髪の針には毒が塗ってあった。
弟を殺した男の親に、なぜ自分が殺されるのか、それを教え苦しめる事が目的なので、死に至るまで少しの時間がかかる毒を使用したが、それでもこうも平然とした顔で、何事もなかったように立ち上がれるはずがないのだ。
「ふぅ・・・いやぁ、ジャニスさん。あなたのキュアは素晴らしい。ほんの一分足らずで麻痺どころか毒まで消してしまった。噂にたがわぬ、いや、噂以上の魔力だ」
「いえいえ、それよりもとっさの事でしたが、うまくいって良かったです。エディさんも肝がすわってますね」
「ハハハ、私の胸に指で、さして、と書いてきたのですぐに分かりましたよ。この状況で、さして、はつまりこういう事でしょう?」
ジョルジュの父、エディ・ワーリントンは、ジャニスに向かい笑顔を向けると、たった今、自分が刺殺した相手の首から矢を抜き、そのまま振り向きざまに、後ろへ立つ敵へ向かい投げた。
矢は、エディの数メートル後ろに立っていた、ジャーゴルの仲間の男の右目に深く突き刺さった。
右目に矢を刺された男は、そのまま背中から倒れ、二度と起き上がる事はなかった。
「ふむ、この距離なら弓を使わなくてもいけますね」
エディは右手の感覚を確かめるように、握ったり開いたりを何度か繰り返した後、足元に落としていた弓を拾うと、ゆっくりと余裕をもった動作で矢をつがえた。
「エディさん、すごいですね。素手で矢を投げて倒すなんて、ジョルジュ以上じゃないですか?」
ジャニスが軽く両手を打ち合わせ、驚きと尊敬の眼差しを向けると、エディは照れたようにはにかみながら、軽く首を横に振った。
「いやいや、私など息子にはとても及びませんよ。小手先の技術がちょっと使えるくらいです。さぁ、それより残りは三人。私が攻撃に回りますから、フォローをお願いできますか?あなたは白魔法使いだが、あるのでしょう?戦うすべが」
細い目をより細くして、ジャニスに目を向けるエディ。
「あれ、よく分かりましたね?私言ってないですよね?」
驚きに目を丸くするジャニスに、エディは微笑みを返した。
「ハハハ、分かりますよ。あなたは堂々とし過ぎている。私が回復する前からね。つまり、あの状態で、もし私が戦力にならなかったとしても、あなたは一人で切り抜ける力を持っていたという事です。さぁ・・・おしゃべりはこのくらいにしましょうか。あと三人、森のゴミ掃除です」
エディとジャニスは目を合わせ頷き合うと、自然と背中を合わせて互いを護り合った。
エディさんの家は、狩りを中心に生計を立てているそうだ。
弓の腕前が非常に高いレベルだったので、弓を教えて稼ぎにしたらどうかと提案すると、すでにやっているようで、たまに城に呼ばれたり、街の人から頼まれる事もあるらしく、その時は賃金をもらって教えているそうだ。
ただ、カエストゥス国は魔法大国。
国民の八割が魔法使いという事情から、そもそも弓や剣などの武器を使う人自体が非常に少ない。
城の兵士には体力型もおり、剣や槍、弓を使う人もいるが、魔法兵に比べて圧倒的に数が少ない。
だから教えに行き、それで賃金を得ようにも、まず教わる人がいなければできないのだ。
「私は、魔法使いの方が、弓を覚えるのもいいと思うんです。遠距離から攻撃するという意味では、黒魔法の火球や爆裂弾と何も変わらないでしょう?最低限、弦を引く力は求められますが、力の弱い女性でも、大きな獲物を仕留める事ができる。体力型はどうやっても魔法は使えませんが、魔法使いはやろうと思えば剣でも弓でも使えるんです。やらないのはもったいないですよ」
エディさんは、木の陰に身を隠し、十数メートルは離れているシカに狙いを付けている。
一呼吸置いて木の陰から身体を出すとほぼ同時に弓を引き、放たれた鉄の矢は、樹々の間を縫って見事にシカを射貫く。
この前も見せてもらったけど、本当にこの樹々の中、よく当てられるものだと感心する他ない。
繁みにしゃがんでシカから身を隠していた私は立ち上がり、エディさんに拍手を送った。
「よく当てられますよね?確かにシカは見えますけど、この距離じゃ本当に小さい的じゃないですか?」
「風ですよ。息子のように、精霊との繋がりが無くても、私は弓だけで生きてきたのです。感覚的な話しになりますが、どの風に矢を乗せればいいのか、なんとなく分かるんです」
エディさんはそう話しながら顔を上げ空に目を向けた。
私もつられて空を見上げる。
気持ちの良い風が頬に触れ、緑のにおいに包まれるような気がした。
「・・・ここって、本当に素敵な場所ですね」
「ははは、そうでしょう?一度ここに住んでしまうと、もう街で暮らしたいなんて思えませんよ。さて、それではシカを持って帰りましょうか」
エディさんが笑いかける。私も笑顔で頷いて、先ほどエディさんが仕留めたシカに向かい足を進めた時だった。
前を歩くエディさんが、まるで糸の切れた操り人形のように、突然その場に崩れ落ちたのだ。
「・・・エ、エディさん!?」
私が駆け寄り、倒れたエディさんの頭を持ち上げると、目を見開き、苦しそうにうめき声を上げ、震える手は宙を掴むように伸ばしている。
・・・毒だ!
私が理解した時、すでに私とエディさんは囲まれていた。
そいつは音も無く、いつの間にか私の目の前に立っていた。
深紅のマントに身を包み、その浅黒い肌をした顔の右半分には、痛々しい大きな火傷の跡が目立った。
火傷のせいだろう。右目はほとんど塞がっていて、おそらく見えていない。
長身で編み込んだ黒い髪は、首筋で一本の大きな束に結ばれている。
残った左目だけは、ギラギラとした獰猛な殺意を漲らせ、私達を見下ろしていた。
一目で分かった。
こいつがロビンさんから聞いていた、殺し屋ディーロ兄弟の長男、ジャーゴル・ディーロだ。
「女ぁ~、てめぇ、あの弓野郎の仲間だろ?そしてそいつは弓野郎の親だ。てめぇら、なかなかバラけねぇからイライラしたぜぇ~、だが、ちょっと迂闊だったな?あの家からここまで10分、どんなに急いでも5分はかからぁな?俺らの存在を警戒してたくせに、これだけ距離を空けたのは油断だったなぁ?」
正面にはジャーゴル・ディーロ。私達を囲むように、少し距離を空けているが円を描くように、深い緑色の生地に黒いパイピングをあしらったローブを来た男達が、1・・・2・・・3・・・4人、薄ら笑いを浮かべながら立っていた。
「全部で5人・・・こいつらのローブ、カエストゥスの黒魔法使いのローブだけど、あんた達この国の魔法使いなんだ?」
「ハッ、俺の事は知ってんだろ?俺はカエストゥスじゃねぇが、こいつらはカエストゥスだ。てめぇらは自国の魔法使いに殺されんだよ。首つっこんだ事をせいぜい後悔しな」
私の言葉に、ジャーゴルは鼻で笑うと右手を私に向ける。その手の平には冷気が集まり出し、小さくも鋭い氷の塊が無数に形作られていく。
「嘘だね。私は城の魔法使いの顔を全員知ってる。こんな連中初めて見るよ。ジャーゴル・ディーロ、あんたはブロートン帝国の雇われ。どうせこいつらも同じでしょ?わざわざカエストゥスのローブを着せて、自国内の争いに持っていきたいわけ?安い策だよ。あんた馬鹿だね」
私の挑発にジャーゴル・ディーロの顔つきが険しくなると、周りにいた魔法使いの男の一人が反応した。
「生意気な女だ!口を閉じてろ!」
苛立った声を上げ、大股で近づいてくると、私を掴もうと手を伸ばしてくる。
かかった
手を伸ばした瞬間、男の首を鉄の矢が貫いた。
突然、自分の首に生えた矢と、その衝撃に、何が起きたのか状況を理解できない男は、目を白黒させながら、口から洩れる言葉にならないかすれ声を出し、一歩、二歩、ふらふらと足をもつれさせながら歩くと、力なく膝から崩れ落ちそれきり動かなくなった。
「なに?てめぇ、なんで・・・」
ジャーゴル・ディーロは目の前の光景に目を疑った。
それは、つい今し方まで、自身の放った黒髪の針を受け、全身が痺れ動けなくなっていた男が、仲間の一人の首に、手にした矢を刺していたからだ。
そして黒髪の針には毒が塗ってあった。
弟を殺した男の親に、なぜ自分が殺されるのか、それを教え苦しめる事が目的なので、死に至るまで少しの時間がかかる毒を使用したが、それでもこうも平然とした顔で、何事もなかったように立ち上がれるはずがないのだ。
「ふぅ・・・いやぁ、ジャニスさん。あなたのキュアは素晴らしい。ほんの一分足らずで麻痺どころか毒まで消してしまった。噂にたがわぬ、いや、噂以上の魔力だ」
「いえいえ、それよりもとっさの事でしたが、うまくいって良かったです。エディさんも肝がすわってますね」
「ハハハ、私の胸に指で、さして、と書いてきたのですぐに分かりましたよ。この状況で、さして、はつまりこういう事でしょう?」
ジョルジュの父、エディ・ワーリントンは、ジャニスに向かい笑顔を向けると、たった今、自分が刺殺した相手の首から矢を抜き、そのまま振り向きざまに、後ろへ立つ敵へ向かい投げた。
矢は、エディの数メートル後ろに立っていた、ジャーゴルの仲間の男の右目に深く突き刺さった。
右目に矢を刺された男は、そのまま背中から倒れ、二度と起き上がる事はなかった。
「ふむ、この距離なら弓を使わなくてもいけますね」
エディは右手の感覚を確かめるように、握ったり開いたりを何度か繰り返した後、足元に落としていた弓を拾うと、ゆっくりと余裕をもった動作で矢をつがえた。
「エディさん、すごいですね。素手で矢を投げて倒すなんて、ジョルジュ以上じゃないですか?」
ジャニスが軽く両手を打ち合わせ、驚きと尊敬の眼差しを向けると、エディは照れたようにはにかみながら、軽く首を横に振った。
「いやいや、私など息子にはとても及びませんよ。小手先の技術がちょっと使えるくらいです。さぁ、それより残りは三人。私が攻撃に回りますから、フォローをお願いできますか?あなたは白魔法使いだが、あるのでしょう?戦うすべが」
細い目をより細くして、ジャニスに目を向けるエディ。
「あれ、よく分かりましたね?私言ってないですよね?」
驚きに目を丸くするジャニスに、エディは微笑みを返した。
「ハハハ、分かりますよ。あなたは堂々とし過ぎている。私が回復する前からね。つまり、あの状態で、もし私が戦力にならなかったとしても、あなたは一人で切り抜ける力を持っていたという事です。さぁ・・・おしゃべりはこのくらいにしましょうか。あと三人、森のゴミ掃除です」
エディとジャニスは目を合わせ頷き合うと、自然と背中を合わせて互いを護り合った。
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