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【172 森の家と孤児院の連絡】

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俺達がジョルジュの家に泊まるようになって、三日が過ぎた。
今のところは何もない。

孤児院とは毎日、朝と夜に連絡を取り合い、少しでも何か気になる事やおかしな事があれば、すぐに伝えるように話してある。


ヤヨイさんとパトリックさんの事だが、初日の顔合わせの時は、やはりパトリックさんは全く会話ができなかったようだ。
かろうじて、自己紹介で名前だけを告げると、そのまま固まってしまい、まともにヤヨイさんの顔を見れなかったらしい。

でもヤヨイさんは、焦らずじっくり時間をかけてお互いを知っていきましょう。そうパトリックさんに話したと言う。

今朝の連絡では、パトリックさんから朝の挨拶の時に、挨拶意外で二言三言、話しかけられたそうだ。
三日かかったが、少し前進したようだ。

ジャニスはジョルジュから二人の事を聞くと、やっぱりヤヨイさんなら大丈夫だよ!と嬉しそうな声を上げていた。本当に二人に幸せになってほしいという気持ちが伝わって来る。



エロールも今のところ問題を起こさずに大人しくしているらしい。
メアリーはエロールと面識もあったので、エロールと皆の仲を取り持つように、色々と話しかけたりして、世話を焼いているそうだ。

トロワと衝突しないか心配だったが、あの時、魔法兵団宿舎でジャニスに言われた事が効いているんだと思う。自分から積極的に輪に入ろうとはしていないが、わざわざ憎まれ口を叩く事もしていないらしい。


王子は一日のほとんどを、ぼんやりと外を見て過ごしているそうだ。
用事が無ければ誰とも何も話さず、たまに外に出て、庭の俺もよく寄りかかっている一本の大木の下で、目を閉じて何かを考えているそうだ。

そんな王子に師匠はいつも声をかけていると言う。今、王子を一人にしておく事は絶対に良くないと思う。王子の心を解きほぐす事は、俺達が離れている以上、一番気心の知れている師匠にしかできない役目かもしれない。

ヤヨイさんは今回初めて王子に会ったので、初日に自己紹介をしたそうだ。
自分が孤児院に住むことになった経緯などを話すと、王子は黙って聞いていたが、ヤヨイさんの挨拶が終わり、よろしくお願いしますと言って頭を下げた後、ポツリと一言だけ聞いたそうだ。



お前は一人なのか?



意味が分からず、答えに窮していると、王子はそれ以上言葉を続ける事なく、その場を離れたそうだ。

俺もジャニスにも、王子の言葉の意味が分からず首を傾げると、ジョルジュは何か思い当たるところがあったようだ。


あくまで想像だが。そう前置きをして、ジョルジュは自分の考えを話し始めた。

ヤヨイさんが風の精霊と心を通わせ、過去の記憶を少し取り戻した後から、少しだけヤヨイさんの纏う風に変化があったと言う。

それは、穏やかで人に安心感を与える優しい風の中に、一握りの激しい炎が宿ったような印象だとジョルジュは話した。


【まるでヤヨイの中にもう1人、正反対の性格のヤヨイがいるような感覚だった】


そう話すジョルジュも、本質がまだ掴めていないようだけれど、ヤヨイさんの記憶と何か関係がある事だけは確かなように感じられた。

王子は、ジョルジュのように風を感じる事はできないけれど、おそらく桁違いの魔力や、その唯一無二の感性によって、ヤヨイさんの内に秘めた何かを感じ取ったのかもしれない。


キャロルとトロワ、子供達もみんな元気に変わりなく過ごしているらしい。

そして、メアリーも寂しさを我慢して、孤児院の仕事を一生懸命やっているぞ。とジョルジュが話してくれた。



毎日この連絡をもらうと俺達も安心できる。
今までは遠く離れた場所にいる人とは、連絡の取りようが無く、それが当たり前になっていたけれど、こうしてジョルジュとヤヨイさんが風の精霊で繋がり、二人を通してにはなるが、言葉を届けられるのは、とても助かるものだった。

直接話す事はできないかと、ジョルジュに聞いてみたが、やはり風の精霊と心を通わせていないとできないという事だった。
こればかりはどうしようもない。それでも十分過ぎる程の恩恵だ。




・・・四日・・・・五日・・・・・六日、心配をよそに、何事も起きず日は過ぎていく。


七日目の朝、ジョルジュの父、エディさんが狩りに出かけたいと言ったので、ジャニスが付きそって行く事になった。
外に出かける時は必ず二人で行動する事。これは厳守だった。

「ジャニス、エディさん、気を付けて」

俺が声をかけて見送ると、湖の近くまで行ってくると言い、二人は手を振って出かけて行った。

「心配かけてごめんなさいね。うちは、狩りで生計を立てているから、今が危険な時なのは分かるけど、あまり何日も休む事ができないの」

俺がテーブル席に座ると、ジョルジュの母、ナタリーさんがグラスに水を入れて俺の前に置いてくれた。
あの、甘味が合って美味しい水だ。

お礼を言って一口飲むと、やはり他のどの水よりも格別の味だった。

「やっぱり、この水は美味しいですね。街で売ればいいのにって思っちゃうくらいです」

俺が冗談めかして言うと、ナタリーさんも笑って言葉を返してくれた。

「ふふ、そうできたらいいわね。でも、この水は風の精霊の好意の産物だから、売る程大量にはもらえないの。それに、もしそんな事をしたら、精霊は離れていってしまうでしょうね。だから、ここでしか飲めないの」

「じゃあ、俺もジャニスも運が良いですね。ここに来て、そんな特別な水を飲めてるんだから」

「あら、確かにそうかもしれないわね。だって、国王陛下も飲んだ事がない水だから」

そう言って二人で笑い、街の話しや、狩りの話しを聞いたりして、のんびりしていると、窓から外を眺めていたジョルジュが、突然振り返り、鋭く言葉を発した。


「強い悪意を持った風を感じた!二人が危ない!行くぞ!」
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