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【161 ウィッカーの気持ち】

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俺達が孤児院に帰った時には、もう陽は落ちかけていた。
ここ最近、日暮れが少し早くなってきた気がする。夏も終わりに近づいているのだと感じる。

ジョルジュは森から出るまで送ってくれると、また明日の朝、孤児院に行くと言っていた。

キャロルとの約束を忘れず覚えていたようだ。

そしてヤヨイさんには、風の精霊を通せば、遠く離れていても自分と意思の疎通を図る事もできると話していた。

それには、俺もジャニスも驚いた。

遠く離れた人と連絡をとるには、写しの鏡という魔道具を使用するしかないが、非常に高価で一般人は一生目にする事もない程のものだ。そのため現実的には不可能なのだ。

また、他国からの密偵に利用でもされれば、国の情報漏洩にも繋がるので、購入するにも厳しい審査がある。


それがジョルジュとヤヨイさんは、二人だけの間とはいえ、連絡手段を持ったのだ。
これは率直に凄い事だった。

ジョルジュが言うには、風の精霊はどこにでもいる。
だから孤児院の中でも、街中でも川辺でも、どこでも呼びかければ応えてくれるらしい。


ジョルジュの家から、孤児院までは馬車で一時間以上の距離だ。
なにか聞きたい事があっても、すぐには会えないので、こういう連絡手段ができたのは本当に助かる。
ヤヨイさんも、精霊との付き合い方で色々相談したいらしく、どこでも連絡ができる事が分かり安心したようだった。



そして嬉しい事が一つあった。
ヤヨイさんの記憶が少しだけ戻ったのだ。

湖で意識が戻った後、ヤヨイさんは心を落ち着けながら、少しづつ確認するように話してくれた。

ヤヨイさんが住んでいたであろう場所は、正直俺達は見た事も聞いた事も無い場所だった。

山のように大きくて、全体に鏡を張り付けたようなピカピカした建物や、馬車よりはるかに早い鉄のような乗り物なんて想像もつかない。

でもヤヨイさんがそんな嘘を付く理由もないだろうし、俺達が知らないだけで、世界のどこかには、そんな場所や乗り物もあるのかもしれない。

帰ったら師匠に相談してみようと言って、場所についてはひとまず話しを置いておく事になった。


それともう一つ、サカキ・アラタ。ムラト・シュウイチ。

ヤヨイさんが見た景色の中で、この二人と仲良く話していたという事だ。


友達だと思います。
両手を胸に当て、そう口にするヤヨイさんは、二人の名前をとても大切にしまっているように見えた。

ジャニスとジョルジュも、ヤヨイさんの記憶を戻す大事な手がかりだと言って、調べてみようと話していた。
俺もこの名前は忘れずに、聞き込みでもなんでもやってみようと思う。

またなにか思い出したら相談させて、と遠慮がちに話すヤヨイさんに、俺達は、当たり前じゃないか、と笑って答えた。




師匠とメアリーに今日の森での話しをすると、二人ともとても関心深く聞いてきた。

ヤヨイさんの記憶の事も、やはり場所はさっぱりだったけど、それでも手がかりになる人の名前が分かっただけでも、大きな前進だと言っていた。

明日は城に行くし、ロビンさんがいたら話してみよう。




色々と話す事が多かった。

精霊の事では、師匠は昔、北の森へ行った事があり、そこで風の精霊の加護を受けたというけど、その時もジョルジュやヤヨイさん程精霊を身近に感じる事はできなかったと言うし、精霊に気に入られたというヤヨイさんは、やはり特別なのだろう。

メアリーは、ヤヨイさんが考える精霊の力の使い方にとても共感していた。

子供達のため、平和のため、メアリーも一緒に考えますと言って、ヤヨイさんと話しを膨らませていた。


キャロルには、ジョルジュが明日の朝また来るって言ってたよ、と伝えると、嬉しそうに笑ってくれたので良かった。年齢差が11だし、今のところジョルジュは、ちょっと懐かれたかな、くらいにしか思っていないだろうけど温かく見守ろうと思う。

みんなに今日の出来事を話し、メアリーが作ってくれた夕飯を終えると、もう夜も遅くなっていたし、明日は城へ行く事になっていたので、俺は今日も孤児院に泊まる事にした。



ベッドに寝そべりぼんやりと天井に目を向けると、色んな事が頭に浮かんでくる。


明日は城へ行き、国王陛下へ謁見し、昨日の試合について話しをする事になっている。

大臣ベン・フィングと、息子のジョン・フィングの処分も気になるし、師匠に黒髪の針を撃ってきたもう一人の協力者についても、なにか情報が出てきているのなら、それも知りたい。

そして、なにより王子だ。

王子を早く解放してあげたい。ベン・フィングと師匠の間での約束はあったが、あんな形で試合が幕を下ろした以上、今も有効である可能性は低い。

だけど、これ以上王子を一人であの城へ置いておく事は我慢できない。

王子は俺達とここにいた方がいい。

明日は、絶対に王子を連れて帰る。そう固く心に近い目を閉じた。





翌日、いつもより少し早く目が覚めた俺は一階へ降り、窓を開け外の風を中へ入れた。
頬に当たる風が少しだけ冷たく感じる。もう夏も終わりか・・・・・・

キッチンで水を汲むと、玄関が開き、メアリーが入って来た。


「おはようメアリー」


声をかけると、俺に気付いたメアリーが驚いたように、少し高い声を出した。


「え!ウィッカー様?今日はお早いですね?どうかされたんですか?」


「いや、なにもないよ。少し目が早く覚めただけだ」

時計に目を向けると、まだ6時前だった。この時間に俺が一階にいる事なんて今までなかったから、メアリーが驚くのも無理はない。


「そうだったんですね。あ、朝のご挨拶がまだでした。おはようございます。ウィッカー様。では、私は朝食の準備に取り掛かりますね」


そう言うとメアリーは、羽織っていた青色のカーディガンを畳んで、玄関脇のハンガーにかける。

カーディガンの下は白い半袖シャツだけど、やはり上に一枚必要なくらいには寒くなってきている。

「メアリー、今はまだ大丈夫だけど、冬はどうするんだ?雪が降れば、この時間に来るのは大変だろ?」

「う~ん、確かに冬は今より朝がキツくはなりますが、しかたのない事です。王宮仕えの時も、早起きして頑張りましたので、こちらでも早起きして頑張ります」


ピンク色のエプロンを付けながら、メアリーは言葉を返してきた。
しかたのない事と口にはしているが、それ以上に、頑張ると言う言葉に力が入っている。

前向きだなと感心してしまう。


「そっか、メアリーと話していると、俺も頑張らなきゃなって思ったよ。俺は、雪が降ったら面倒だなぁって考えてた」


「いえいえ、私も面倒だなっては思いますよ。でも、今は楽しい気持ちの方が大きいんです。ここに来れば、ウィッカー様に会えますから」


エプロンを付け終えたメアリーがキッチンに入りながら、俺に笑顔を向けて来る。

その笑顔と言葉に、心臓が少し高鳴った。


「・・・あ~、うん、そろそろ6時だし、俺ちょっと子供達起こしてくるよ」

なぜか頬が少し熱を持ってきたので、俺は足早に子供達の大部屋に向かった。どうも変だ。
最近メアリーと話していると何かおかしい。


あの夜、メアリーを抱きしめてからずっとだ。


本当は分かっている。
俺も、自分の気持ちにちゃんと向き合わないといけないと思った。
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