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【158 優しさに包まれたひと時】

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街から馬車に揺られて1時間と少し、エンスウィル城から北の森の前に俺達は立っていた。

その森は、緑豊かなカエストゥス国でも特に美しく、自然が生み出した奇跡のような神秘的な世界だった。

一歩足を踏み入れると緑のにおいが感じられ、奥に進めば進むほど、そのにおいは濃くなっていく。
澄み切った空気はまるで別世界のようだ。
木々の間から差し込む陽の光が朝露の残る葉に反射し、小さな明かりとなって道を照らしてくれる。
目にするものすべてが新鮮で美しかった。


「この森は初めてか?」

森の美しさに目を奪われていた俺に、数歩先を行くジョルジュが顔半分振り向いて声をかけてきた。

「ん、あぁ、いや何度か来た事はあるけど、最後に来たのは何年も前だよ。でも、ここまで奥に入った事は初めてだ。入口から綺麗だったけど、奥に進む程に空気もより澄んでいくように感じるし、何より綺麗だ」

俺が素直に感じたままを言葉にすると、ジョルジュは少しだけ口元に笑みを作り、珍しく感情のこもった声で答えた。

「それは良かった。今の言葉に精霊も喜んでいるようだ。この森は国中で一番多く精霊が住んでいるからな。他の森も美しいが、ここは特別だ。そして、俺が祈りを捧げている湖がこの森の中心で、一番美しい場所だ」

「へぇ、国で一番か、そりゃすごいな」

簡単な相槌しかうたなかったが、それでもジョルジュは機嫌が良さそうに見える。
どうやら、森を褒められる事は嬉しいようだ。
ここに住んでいるのだし、愛着が深いのだろう。



森に入って10分程歩いた頃、その家が目に入った。

「ここが俺の家だ。さぁ、上がってくれ」

そう言って紹介された家は、何本もの大きな樹木を螺旋状に囲むような木造りの階段。
そして、階段の行く先を見上げると、沢山の緑の葉が屋根に被さった大きなログハウスが、何本もの太くて丈夫そうな枝に支えられるようにして乗っていた。


「うわぁ!ツリーハウスですね!すごい!」

予想外の家に、俺とジャニスが驚いていると、ヤヨイさんは感動の声を上げ、ジョルジュの家を見上げながらグルグルと周囲を回り、色々な角度から観察して回っている。

螺旋状の階段を上がったり下りたりして景色を眺めている様子は、まるで遊んでいるようだ。


「ジュルジュさん、素敵なお家ですね!私、ツリーハウスって実物は初めて見ました!自然もいっぱいで最高の場所ですね!」

よほど楽しかったのか、ヤヨイさんはやや興奮した様子で、ジョルジュに声をかけた。
こんなにはしゃいでいる姿は初めて見た。

「・・・それは良かった。この家は、俺の両親が造ったんだ。せっかく森に住むのだから、森でしかできない家にしようという考えだったらしい。ところでヤヨイ、キミは実物と言ったが、こういう家の実物ではない何か・・・例えば絵でも見た事があるのか?」

ジョルジュは、いつもの感情のこもらない淡々として口調ではなく、意識したように優しい口調でヤヨイさんに疑問の言葉を投げかけた。
記憶の無いヤヨイさんが、質問に答えられなくても、気にしないようにするための気遣いだろう。


「え?・・・・・そう言えば、私なんでそんな事・・・」

ジョルジュの質問に、ヤヨイさんはハッとしたように少し目を開き、口元に手を当てた。

少しの間口をつぐんでいたが、もう一度顔を上げツリーハウスに目を向けると、ゆっくりと言葉を口にし始めた。


「・・・時々あるんです。数日前、洗濯物を干そうと物干し竿を触った時も、なんだか懐かしい感じがして、変な持ち方をしてしまったんです。私は木の上にある家は初めて目にします。でも、記憶を失う前の私は、きっと知っているんだと思います・・・・・でも、今の私には・・・・・何も・・・・・」

ツリーハウスを見上げるヤヨイさんのその目は、自分という人間が分からない事への不安や、向き合う事のできない過去への寂しさ、様々な感情が浮かんでとても悲しそうに見えた。

「・・・ヤヨイさん」

ジャニスはヤヨイさんを後ろから抱きしめた。

「私達がいるじゃない。師匠も言ってたでしょ、もう家族なんだよ?これから楽しい思い出をいっぱい作ろうよ」



「・・・ジャニスさん・・・・・ありがとう」



ヤヨイさんは、背中から自分を抱きしめるジャニスの手に、そっと自分の手を重ねる。
お礼を口にする声は、涙で少しだけ震えていた。





家の中は、外から見るより広々として見えた。
玄関を入ると、すぐ隣がキッチンで、キッチンの前には丸太を切って作ったであろう、大きくて丸いテーブルが1つあり、それを囲むように、丸太のイスが4つ置いてある。

キッチンには鉄も使われているが、本棚や衣装棚、ほとんどが木作りだ。

玄関前の広間が一番大きい造りなのだろうが、他にもドアが二つあり、おそらくジョルジュの両親の寝室と、ジョルジュの部屋だろうと思われた。

家に入った時、トイレとフロは地上に別に作ってあると説明を受けた。
上り下りの手間はあるが、どちらも地上の方が都合がいいらしい。
水汲みなどを考えると、分かる気がする。


そして、地上から4~5メートルは高い所に建ててあるからだろう。
まばゆいばかりの木漏れ日が家を照らし、中に入っていても優しい木の温もりが感じられた。

「もし、暑い時は冷風の筒を使うから、遠慮なく言ってくれ」

キッチンに立つジョルジュが、木製の円錐形の筒を手に取って見せた。
魔道具で、中には冷風が込められている。夏場はどこの家でもよく使われていて、孤児院にも買い置きがある。

「ありがとう。でも、大丈夫だよ。森の中だからかな、ここは街よりずっと涼しい。日があたっても丁度良いくらいだよ」

「そうか、まぁそうだな。俺もここで冷風の筒を使う事は年に2~3回程度だ」

そう返事をしながら、ジョルジュは透明のガラスのコップに水を入れて持って来た。

「飲んでくれ。この森の湧き水だが、特別な味がするぞ」


「へぇ、ありがと」

ジョルジュは特別というが、見た目はただの水にしか見えない。
でも、ジョルジュは意味の無い事は言わないと思うので、とりあえず口をつけてみた。

「・・・甘い?」

俺が今まで飲んできた水とは完全に別物だった。
リンゴやミカンなど、果実のようなハッキリと分かる甘みがあり、とても美味しい。いくらでも飲めそうだ。

「うわぁ、これ本当に水?こんな美味しい水飲んだことないよ!」

ジャニスも気に入ったようて、一口でコップの半分を飲んでいた。

「本当に美味しいですね。色んなの果物を集めたような味です」

ヤヨイさんも味に驚いて目を丸くしている。

「ジョルジュ、この森の水って全部こんな美味しいの?」

ジャニスは残っている水を飲み干すと、好奇心溢れる目でジョルジュに問いかけた。

「いや、この森の水は確かに美味いが、普段は甘みも無い普通の水だ。この水は精霊が好意で作ってくれたんだ」

「え?精霊が作ってくれるの?」

「初めて飲んだ時は、俺も驚いたがな。森の果実から蜜を少しづつ分けてもらって、それと水を合わせているらしい。たまに飲みたくなった時に、頼んで作ってもらっている。」

俺もジャニスもヤヨイさんも、ジョルジュの説明に驚き、息を漏らした。
残りを飲んでしまうとジョルジュは、まだあるぞ、と言ってフタのある大きめのカップに入った水を持って来て、おかわりを注いでくれた。

「ありがとう。ところで、今日は一人なのか?」

「あぁ、父と母は狩りに行ってるんだろう。どちらも体力型で弓使いだ。俺の弓も、両親に教わったものだ」

「兄弟はいないの?」

「姉がいるが、隣の村に嫁いだ。年に数回、顔を見せに来る」

俺とジャニスが色々と質問をしていくが、ジョルジュは面倒な様子も、隠そうともせずに答えてくれた。


ジョルジュ・ワーリントンは、その名を知らない者はいない程に有名だった。
ただ、王宮仕えを断り、人付き合いも希薄で、森でひっそりと暮らしている事から、いつしか他人に興味が無い。冷たい人。という噂が流れ定着し、たまに街で見かけても、誰も声をかけず、近寄りがたい雰囲気が出ていた。

実際、俺達も話したのは昨日が初めてだ。
確かに独特な性格というか、少し変わっているなと思うところもあるが、ジョルジュは優しい男だと思った。

今朝のキャロルへの対応も驚いた。まさか、キャロルが明日も来てと言うとは思わなかったが、それをあっさり受けてくれたし、今も色々と質問攻めにしているが、全く面倒がらずに答えてくれている。

ジョルジュ自身が話していた通り、人付き合いが少なかったため、少し変わったところがあるのかもしれないが、実直で優しい性格だと感じた。


「フッ・・・」

ほぼ一方的に俺とジャニスが話しているだけだったが、急にジョルジュが笑いをもらしたので、俺達はどうしたのかと思い、話しを止めてしまった。

「あぁ、急に笑ってすまない・・・家族以外で、こんなに話したのは初めてでな。よく分からないのだが、思わず笑ってしまったよ。不思議といつもより気分も良い・・・そうか、俺はキミ達に好感を持ってるんだな」

昨日知り合ったばかりだけど、そう言って笑顔を見せるジョルジュに、俺達も自然と笑顔になった。



「・・・じゃあ、私達はもうお友達ですね」

ジョルジュの笑顔を見たヤヨイさんは、優しく落ち着いた声で、ジョルジュに言葉をかけた。

「友達?・・・そうか、言葉と意味は知っているが、キミ達との関係は、友達と呼んでいいのか?」


俺達三人の顔を順に見て、ジョルジュが確認をしてくる。
真顔で問いかけられて、なんだかおかしくなってしまい、俺達は声を大にして笑ってしまった。

「アッハハハ!真顔で何聞いてんのよ!そうよ!私達もう友達だからね!」

「そうそう!俺達友達だよ、これからもよろしくなジョルジュ!」

「笑ってごめんなさい。なんだか、さっきまでのジョルジュさんと違って見えて、つい・・・じゃあ、お友達としてよろしくお願いしますね」


ジョルジュは俺達の三人の顔を、また順に見る。今度はさっきより少しゆっくりとだ。

多分、初対面の人にこんな風に顔を見られると、なんだろう?と思ってしまうだろうけど、もうジョルジュのこういうところに、少し慣れてきた。
人の気持ちの、確認作業のようなものなのかもしれない。


「ウィッカー、ジャニス、ヤヨイ、友達としてよろしく頼む。初めてできたが、まさか一度に三人も友達ができるとは思わなかったな。友達か・・・いいものだな。心が温かくなる」


それから俺達は、新しい友達と握手を交わした

森に住んでいた青年は、人付き合いが希薄だったため誤解をされていた

でも、言葉を交わすと、実直で優しい心を持っていた


笑い声に包まれたこのひと時を・・・・・忘れず大切にしたい
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