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【155 北の森への誘い】

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翌日、朝食のテーブルに着いたジョルジュを見た子供達は、一斉に質問責めで騒ぎ出した。

昨夜は子供達がお風呂を上がるとすぐに寝てしまい、大人とキャロル以外は、ジョルジュと会っていなかったのだ。
大勢の子供達に囲まれるが、ジョルジュは全く慌てず、むしろ多少表情も柔らかくして、一つ一つ丁寧に答えて行った。

名前はジョルジュ・ワーリントン。

21歳だよ。
お城より北の森に住んでるんだ。

昨夜、急に泊まる事になったんだ。


いつまで経っても終わらなそうなので、俺とジャニスが子供達に席につくよう声をかける。
5歳以上の子はだいたい一言で動いてくれるが、5歳以下の子は一言ではなかなか聞いてくれない。

そういう時は、トロワの出番だ。

「みんな!ご飯の時は静かにしなきゃだめだぞ!」

少し強い口調でトロワが声を上げると、子供達は。はい!と返事をして嘘のように素直に席についた。
いつ見ても、なぜここまでいう事をきかせられるのか、不思議でしょうがない。
師匠でさえ、トロワの子供達をまとめる力は真似できないと舌を巻いている。



朝食を終え、食後の紅茶を飲みながら、ジョルジュはヤヨイさんに、自分の住んでいる森に一度来て欲しいと声をかけた。

昨夜話していた事だが、ジョルジュが言うには、ヤヨイさんは風の精霊に気に入られたらしい。
理由は分からないが、ジュルジュは、こんな事は初めてだと驚いていた。

自分が毎日祈りを捧げている森に来て、精霊に触れて欲しいそうだ。


「でも、私には孤児院のお仕事がありますから・・・」

ジュルジュの正面に座りながら、チラリと後ろに目を向ける。
大部屋に入って行く子供達もいれば、そのまま広間に残り、イスに座って本を読んだり、人形で遊んでいる子達もいる。

ヤヨイさんは孤児院での生活にも慣れ、最近はずいぶん表情も明るくなった。
そして、子供達の世話をする事に喜びを感じているようだ。

「ヤヨイさん、行っておいで。なに、日帰りなら孤児院の事は気にせんでよかろう」

師匠は行ってきた方がいいと考えているようだ。
それでもヤヨイさんは子供達の方に目を向け、判断がつかないように表情を曇らせている。

「ヤヨイさん、本当に子供達が好きなんだね・・・みんな幸せ者だよ。こんなに大事に想ってもらえて。
でも、行ってきなよ?精霊に気に入られるなんて、私も聞いた事ないし、大事な事だと思うよ。師匠の言うように、日帰りならいいじゃない。ね?」

ジャニスが後押しをするように師匠の言葉に続けて話すと、ヤヨイさんはまだ少しの迷いはあるようだが、分かりました、と答えて頷いた。

俺も、師匠とジャニスと同じ意見だ。
ジュルジュが精霊と心を通わせている事も驚いた話しだが、そのジョルジュから、ヤヨイさんは精霊に気に入られたという発言が出た。これは前代未聞の出来事だ。

もし、この話しがこの孤児院の中ではなく、城で貴族達が耳にでもしていたら、今頃ヤヨイさんはどうなっていたか分からない。

なんせ発言者が、史上最強の弓使いと言われるジョルジュなのだ。


王宮仕えを断り、どこにも属さず、森でひっそり暮らしている変わり者だが、人間離れした弓の腕は右に出る者が無く、その腕だけで一目を置かれている存在だ。
信憑性は高いと見られ、おそらく権力者達の都合の良いように扱われ、自由は無くなっていただろう。


「師匠、俺も付いて行っていいですか?興味があるので」

「あ、私も付いて行こうと思ってたの。私も興味あるし、ヤヨイさん、初めての場所だと緊張しそうだから」

俺とジャニスが師匠に顔を向けると、師匠は、構わんよ、と言って了承してくれた。

「ただ、明日にはワシらも城へ行って、昨日の試合の事を国王陛下と話さねばならん。あまり疲れを残さんように、早く帰ってくるんじゃぞ?」

俺とジャニスは、分かりました、と返事をして出かける準備を始めた。


昨日の試合は、異常なものだった。
ベン・フィングは息子の他にもう一人刺客を雇い、師匠に二度も黒髪の針を撃ってきた。
幸い、ジョルジュのおかげで師匠の命は助かったが、ベン・フィングは自分の胸まで撃つという正気を疑われる行為にまで及び、2万人の観客に衝撃を与えたのだ。


今後の処分も決めなくてはならないだろうし、なにより王子の解放の事もある。
まともな試合で決着がついていれば、師匠は堂々とベン・フィングに要求できたが、おそらくもうベン・フィングにそんな権限は無いだろう。

直接国王に話しを通さねばならないだろうから、その話しもしなければならない。
昨日、混乱の中の決着だった事や、被弾した師匠の体調も考慮されて、帰宅する事ができたが、無事に回復もしたし、早めに城へ行かなければならなかった。





ジョルジュは昨日来た時と同じ服装だった。
急な泊まりだったので、当然着替えは持って来ていない。

肌にピッタリとした黒いシャツに、ダークブラウンの革の胸当てを付けている。

腰の黒いベルトに引っ掛けるようにして、革製の矢筒を下げ、グレーのパンツに黒いブーツを履いている。
髪と瞳の色はアイスブルーだが、身に着けている物は、全体的にやや暗めの印象だ。

師匠が朝食の前にクリーンをかけていたので、シワも取れ、スッキリ綺麗になっている。


俺とジャニスは、今回はジョルジュと一緒に城の北の森へ行くだけなので、ローブや風のマントは置いて、軽装で行く事にした。

ジャニスは、プリーツの白い半袖シャツの上に、青いキャミソールワンピースを着ている。
明るい栗色の髪はいつも通り、一本に編み込み肩から流している。

男の俺は簡単に、イエローの半袖Tシャツに、黒のパンツだ。

着替えを済ませて、まだ支度中のヤヨイさんを玄関で待っていると、メアリーが青い紐を持って、俺に話しかけて来た。


「ウィッカー様、これからお出かけされるのですよね?」

「あ、あぁ・・・うん、ちょっと城の北の森まで、ね・・・」

昨日の夜の事を思い出し、つい言葉につまってしまう。
頭一つ分程身長に差があるで、メアリーは俺の前に立つと、自然と上目遣いになる。

目が合っただけで、なぜか胸が高鳴ってしまい、つい目を逸らしてしまった。
俺はこんなに動揺しているのに、メアリーはいつもと変わらないように見える。


「ウィッカー様、余計な事かもしれませんが、森へ行かれるのでしたら、髪を結ばれてみてはいかがでしょうか?枝に引っ掛かるかもしれないと思いましたので・・・」

そう言ってメアリーは手にしていた青い紐を、両手の平に乗せ、俺に見せて来た。

「あ、その方がいいかも。ウィッカーって、メアリーより髪長いし、今日も暑くなりそうだから、肌にくっつくと気持ち悪いと思うよ?そうしなよ」

ジャニスもメアリーに紐に目をやると、俺の髪を指しながら結べと進めて来る。
言われてみれば、その方が良いと思い、俺は紐を受け取ろうと手を伸ばした。


「ありがとう。じゃあ、そうさせて・・・」

お礼を言って、メアリーの手の平から紐を取ろうとすると、メアリーは俺の手を避けるように、素早く両手を後ろに隠してしまった。

意味が分からず目を丸くしてしまうと、メアリーは上目遣いに俺を見て、にこりと微笑み、広間のイスに手を向けた。

「ウィッカー様、私が結びますのでお座りください」

「え、いや、そのくらいなら自分でここでさっと・・・」

軽い口調で俺が手を振り断ろうとすると、メアリーの眉尻が下がり、とても悲しそうな目で俺を見つめてきた。


「私が結びます・・・・・私が・・・ウィッカー様の髪を・・・・・・」

口にする言葉はどんどん小さく、か細くなっていき、俺がまずいと思った瞬間だった。

「あーっつ!ウィッカー兄ちゃんがぁぁぁーっつ!またメアリーちゃんをいじめてるぅーっつ!」

トロワが大声で俺を指しながら、子供部屋の召集をかけた。
本当になんでコイツはタイミングよく出て来るんだ?新しい魔法か?

その後、俺は散々文句を言われ、メアリーに謝って、メアリーに髪を結んでもらう事になった。

さすがのジョルジュも、俺が子供達に囲まれて責められる光景には驚き、大変だな、と同情するように言われた。
師匠は足早に2階に非難し、ジャニスは耳を塞ぎながら、この馬鹿ウィッカー、と俺に毒を吐いた。
なぜ俺が怒られる?理不尽だ。

髪を結んでいる間、メアリーはとても上機嫌だった。
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