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【153 ブレンダンと孤児院の成り立ち】
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孤児院に帰って来たのは夜の8時を回った頃だった。
陽はすっかり沈み、街外れの孤児院の周りは、虫の声が聞こえる程静けさに満ちていた。
子供達はすでに食事を終え、ヤヨイさんとメアリーは、子供達用の大部屋で、先にお風呂に入った女の子達の着替えの手伝いをしているところだった。
玄関を開けた俺達を出迎えてくれたのは、キャロルだった。
「お父さん、兄さん、姉さん、お帰りなさい。今、女の子がお風呂あがったところで、男の子が交代で入ってるよ」
キャロルは、師匠の事をお父さん、俺とジャニスの事は、兄さん、姉さんと呼ぶ。
二歳の時に事故で両親を亡くし孤児になったキャロルにとって、師匠は実の父親同然の存在だった。俺とジャニスの事も、本当の兄と姉と思い接してくれている。
「ただいまキャロル、遅くなってすまんかった。無事に帰ってきたぞ。あぁ、それと客人が一人じゃ」
師匠が俺達の後ろに顔を向けるので、俺とジャニスも脇に避ける。
「キャロルも名前は知っておろう?ジョルジュ・ワーリントン殿じゃ」
師匠の隣に立ち、紹介を受けたジョルジュは、自分より小さいキャロルと同じ目線まで腰を下ろすと、ジョルジュ・ワーリントンだ。よろしく。と、特に笑顔を作る事もなく、簡単に短く挨拶をした。
「・・・あ、はい・・・キャロル・パンターニ・・・です」
そう答えてキャロルが固まっている。
「ん?おい、どうした?」
固まっているキャロルを見て、首を傾げたジョルジュが目の前で手を振ると、我に帰ったキャロルは、やや早口で、こ、紅茶入れてきます!と言うなり急ぎ足でキッチンへ行ってしまった。
「どうしたんだろうな?」
俺も首を傾げ、隣に立つジャニスに声をかけると、ジャニスはとても楽しそうな笑顔を浮かべていた。
「まぁ、よいか、さぁ上がってくだされジョルジュ殿、あぁジャニス、すまんがメアリーに食事の準備を頼んできてくれんかの?」
ジャニスは、はい、とだけ答えると、そのまま大部屋に向かって歩いて行った。
師匠が大部屋のテーブルにジョルジュを案内し、俺も前を歩く師匠とジョルジュの後ろをついて行く。
「どうぞ、かけてくだされ。今、食事の用意もしますからな」
「あぁ、あまり気を使わなくていい。まだ俺と話したそうに見えたし、いつまでも闘技場に残っているわけにもいかないから来ただけだ」
「ジョルジュさんって、歯に着せない言い方しますね」
「・・・そうだな、言われてみればその通りだ。別に悪気はないんだが、あまり他人と関わってこなかった事で、こういう話し方になったのかもしれない。それと、俺の事はジョルジュと呼び捨てていい。俺もあなた方を呼び捨てる。特にブレンダン、俺は21歳だ。あなたは俺の祖父と言っていいくらい年上で、元は貴族だったと聞いた事がある。俺に殿を付ける必要は無い」
広間のテーブルに俺と師匠が並んで座り、正面にジョルジュが一人で腰を下ろした。
ジョルジュは闘技場で会った時からそうだったが、丁寧な言い回しをする事はあるが、敬語は一切使わない。
あまり、他人と関わってこなかった事が原因のように話したが、森の中でどういう生活を送ってきたのだろう。
ジョルジュの言葉を受け、師匠は二度三度、笑顔で軽く頷いた。
「ほっほっほ・・・では、そうさせてもらおうかの。しかし、ジョルジュよ、若いのによくワシが貴族だったとしっておったのう?このウィッカーと、ジャニスには話してあるが、ワシが貴族だったのは40年も前の話しじゃ。今の若い者は、魔法使いとしてのワシの名を知っているだけで、貴族だった頃の事など、そうそう知っているとは思わんがのう」
「俺の両親から聞いた事があるだけだ。なんでも、魔法の研究を続けるために、家を飛び出したそうだな?あなたは次男で、兄妹も多かったから、跡取りの問題はなかっただろう。俺が知っているのはこの程度の事だが、後悔は無いのか?」
「・・・後悔か・・・・・そうだな、若かった・・・という言葉ではすませていい話しではない。
ワシは自分勝手な理由で家を捨て、魔法の研究に人生を捧げてきた。20代の頃は自分の事だけを考えて生きた。30代になると、身に着けた力を周囲に認めさせたくなった。それで魔戦トーナメントに出て、10年間無敗の王者として君臨した。この20代から30代の終わりまでの約20年間が、ワシが好きに生きた時間じゃったな・・・・・・」
師匠が言葉を区切った時、紅茶を乗せたトレーを持ったキャロルがテーブルに来た。
「お・・・お待たせしました」
なぜか、言葉が上ずっていて、まるで初めて人に紅茶を出すようなぎこちない動きで、ジョルジュの前に紅茶のカップを置いた。
「ありがとう」
「は、はい!」
ジョルジュがキャロルの目を見てお礼の言葉を口にすると、キャロルはつっかえながら、明らかにトーンの高い声で返事をし、俺と師匠にはやたら素早く、軽くこぼしながら雑に紅茶のカップを置いて、まるで逃げるように子供達のいる大部屋に入って行った。
「・・・・・」
俺はなんとなく分かった気がした。頬も少し赤くなっているように見えたし、俺は男だから、男の容姿になんて目はいかないが、客観的に見て見れば、ジョルジュはかなり外見が良いと思う。
背はパトリックさんより少し低く見えるが、175cmはあるだろう。
体つきは引き締まっていて、肌にピッタリとした服装だから、その鍛えこまれた体付きがよく分かる。
少し切れ長な目で、表情の変化はあまりないが、それがクールな印象に見えて、女性、特にあのくらいの年頃の女の子には、よりカッコ良くみえるのかもしれない。
束感のあるアイスブルーの髪や、髪と同じような色合いの目も、ジョルジュのクールでミステリアスな感じにピッタリな印象だ。
つまり、キャロルはジョルジュに一目惚れをしたんだ。
10歳だし、もしかすると初恋の可能性もある。
俺が一人で自分の考えに頷いていると、師匠が少し眉を寄せ、言葉をかけてきた。
「おい、ウィッカー?お前何をぼんやり一人で頷いとるんじゃ?」
「あ、いえ、何でもないです。すみません。師匠、話しの続きをどうぞ」
師匠は顎を撫でると、どこまで話したかのう、と呟き、思い出したように手を打つと、話しを再会した。
「おぉ、思い出した。それでじゃ、ワシは40を過ぎてから孤児院を始めたんじゃ。魔戦トーナメントを引退してからは、国の重役達に腕を見込まれて、王宮仕えになってな、当時の魔法兵団長より魔力は上じゃったから、魔法兵団への勧誘もあったが、それは性に合わんから断ったんじゃ。その代わり、指導係という立場で、魔法兵に訓練を付ける役目を受けた。給金は良かったからな、数年働いたところで、孤児院を立てるだけの金は貯まったんじゃ」
「なんで、孤児院を始めたんだ?」
紅茶を一口飲み、ジョルジュが師匠に問いかけて来た。
考えてみると、俺も理由を聞いた事はなかった。ただ、師匠の子供への接し方を見て、なんとなく子供が好きだからかな、くらいにしか考えていなかった。
「・・・自己満足じゃ・・・・・40を過ぎ、人生も折り返しになって、ワシは家族というものを考えるようになった。魔法の研究に没頭し、結局独り身のままだったワシは、よく実家の事を考えるようになっていた。飛び出して20数年もたっておったから、今更戻るなんてできるわけはない。
顔を出しに行く事も許される事ではない。そう思ってな・・・ワシは勝手に家を飛び出し、親兄妹に大変な迷惑をかけたまま、好き勝手に生きてこの年まできた。そのワシになにかできる罪滅ぼしはないだろうか?そう考えた時、ワシのように家を飛び出したり、あるいは事情があって、住むところにも困っている子供はいないだろうか?と、そういう考えが頭に浮かんだんじゃ・・・」
当時の事を思い出しているのだろう。
師匠は目を瞑り、一言一言かみしめるように口にしていった。
俺もジュルジュも、黙って師匠が話し終えるのを待った。
「二十数年孤児院を続けて、何十人もここを巣立って行った・・・王宮仕えになった者もおれば、街で商売を始めた者もおる。結婚して日々子育てに追われている者もおる。みんな、ワシの可愛い子供達じゃ・・・・・・ワシの実家には何の利益も、関係も無い話しだ・・・・・だから、これはワシの自己満足じゃ・・・これが罪滅ぼしになるかは分からんが、ワシはこの道を選び、後悔はしとらんよ」
ジョルジュは、そうか・・・と一言だけ口にすると、紅茶に口をつけた。
師匠も特に返事を返す事はなく、紅茶を飲む。
思いがけず、師匠の過去を聞く事になったが、俺はこういう話しを聞いた時、なんて言葉をかけていいか分からなかった。
「師匠らしいね」
紅茶でも飲んでるしかないか、と思った時、ジャニスが背中越しに師匠に声をかけてきた。
「おぉ、ジャニス、聞いておったのか?」
「はい、大部屋出たら話しが聞こえてきたんですけど、なんか話しの腰を折っちゃ悪いと思って、そのまま立って聞いてました。あ、ジョルジュ、隣座るよ?」
子供達の大部屋を指した後、ジャニスはジョルジュの隣のイスに腰を下ろした。
「今、メアリーとキャロルが食事を持って来てくれます。スージーとチコリはヤヨイさんが寝かせてました。子供達もみんなちゃんと言う事聞いてましたよ」
「そうかそうか、本当にメアリーとヤヨイさんが来てくれて助かるのう」
「ヤヨイ・・・女性か?珍しい名前だな?」
ヤヨイ、という名前は、俺もジャニスも師匠も、初めて聞いた名前だ。
この国で同じ名前の人はいないのではないだろうか?
ジョルジュは少し興味を持ったのか、ヤヨイさんの名前に反応した。
「うむ、シンジョウ・ヤヨイさんと言うてな、この前、川で倒れておったところを、ウィッカー達が助けてな。名前以外の記憶を無くしておって、今はこの孤児院で住み込みで働いてもらってるんじゃ」
「ほぅ、シンジョウ・ヤヨイ・・・か、この国の者ではないだろう。聞かない名前だ。記憶が無いとは難儀だな」
「お待たせしました。お食事、お持ちしました」
そこで、メアリーとキャロルが、トレーに乗せてパンとスープを運んできた。
メアリーは最初にジョルジュの前に立つと、簡単に自己紹介をして、スープとパンを置き、そのままジャニスへも配っていった。
俺と師匠はキャロルからパンとスープを受け取った。
スープは野菜と肉団子が沢山入っていて、これだけでお腹がいっぱいになりそうだった。
食事を配り終えたメアリーとキャロルが、広間から離れようとした時、師匠がメアリーに声をかけた。
「メアリー、すまんが、ヤヨイさんを呼んでくれんか?ジョルジュに紹介したい」
メアリーは、分かりました。と笑顔で返事を返し、キャロルと子供用の大部屋に入っていった。
「それでは、いただこうかの。ジョルジュも遠慮せず食べてくれ」
師匠に勧められ、ジョルジュは、いただこう、と一言呟くと、スプーンを持ちスープに一口飲んだ。
「・・・ほぅ、これは美味いな」
ジョルジュの頬が緩むと、ジャニスが面白そうにジョルジュに目を向けた。
「へぇ~、ジョルジュもそうやって笑えるんじゃない?あんた表情変わらないのかと思った」
「おかしな事を言う女だな?表情の変わらない人間などいない」
「あ~・・・なんかあんた絡み辛いかも」
真顔で言葉を返され、ジャニスが苦笑いを浮かべた。いつも俺をからかう感じでは、ジョルジュとは噛み合わないのだろう。
ジャニスは、早くもジョルジュに打ち解け始めている。
軽口を叩き合う二人を見て、師匠も少し笑っているように見える。
「あの~、ブレンダン様。ヤヨイです」
手が空いたのだろう、ヤヨイさんが子供達の大部屋から出て、テーブルから少し離れた位置で、控えめなトーンで声をかけてきた。
お風呂上がりという事で、すでに深い緑色の寝間着に着替えていた。
ジョルジュに気が付くと、お客様の前でこのような恰好で申し訳ありません、と口にし頭を下げた。
「いや、気にしないでくれ。夜分にお邪魔している身だ。それに、そもそも謝る事でもないだろう。俺はジョルジュ・ワーリントンだ。ジュルジュでいい」
「お気遣いありがとうございます。私は新庄 弥生と申します。私の事は、弥生とお呼びください」
二人が挨拶を交わすと、師匠がヤヨイさんに座るよう促した。
「ヤヨイさん、忙しい中すまんかったのう。こちらのジョルジュに、ヤヨイさんを紹介したくてのう、ワシの命の恩人なんじゃ」
そう言うと師匠は、今日の試合の事をヤヨイさんに話し始めた。
ベン・フィングの爆裂弾を受け、かなり危なかったところなどは話さず、ベン・フィングの協力者による攻撃を、ジョルジュが助けてくれたと、あまり心配をかけないよう、試合の内容は短くかいつまで話した。
俺もジャニスもジョルジュも、特に口は挟まず、パンをちぎり、スープを飲みながら、黙って師匠の話しに耳を傾けていた。
一通りの話しを聞き終えると、ヤヨイさんはジョルジュに向き直り、頭を下げてお礼を口にした。
「ジョルジュさん、ブレンダン様をお助けいただいて、ありがとうございました」
その所作は、テーブルに座ったままであっても、とても美しいものだった。
ジョルジュも、ヤヨイさんの振る舞いに目を奪われたのか、スプーンを置いて、じっとヤヨイさんを見つめている。
師匠もジャニスも、ジョルジュがヤヨイさんから目を離さないので、どうしたのかと怪訝な表情になってきた。
まさか?俺が思った事を、師匠もジャニスも同時に頭に浮かんだらしく、俺達三人は揃って顔を見合わせた。
「ジョルジュ!あんたまさかヤヨイさんを!?」
「ジョルジュ、ちょっと待て! 本気か!?」
「ジョルジュ!お主もか!?」
俺達が同時にジョルジュに言葉をぶつけると、ジョルジュは俺達の言葉なんて聞こえていないかのように、
あくまでヤヨイさんに目を向けたまま口を開いた。
「ヤヨイ、風の精霊がキミを気に入ったそうだ。こんな事は初めてだ・・・キミは何者だ?」
陽はすっかり沈み、街外れの孤児院の周りは、虫の声が聞こえる程静けさに満ちていた。
子供達はすでに食事を終え、ヤヨイさんとメアリーは、子供達用の大部屋で、先にお風呂に入った女の子達の着替えの手伝いをしているところだった。
玄関を開けた俺達を出迎えてくれたのは、キャロルだった。
「お父さん、兄さん、姉さん、お帰りなさい。今、女の子がお風呂あがったところで、男の子が交代で入ってるよ」
キャロルは、師匠の事をお父さん、俺とジャニスの事は、兄さん、姉さんと呼ぶ。
二歳の時に事故で両親を亡くし孤児になったキャロルにとって、師匠は実の父親同然の存在だった。俺とジャニスの事も、本当の兄と姉と思い接してくれている。
「ただいまキャロル、遅くなってすまんかった。無事に帰ってきたぞ。あぁ、それと客人が一人じゃ」
師匠が俺達の後ろに顔を向けるので、俺とジャニスも脇に避ける。
「キャロルも名前は知っておろう?ジョルジュ・ワーリントン殿じゃ」
師匠の隣に立ち、紹介を受けたジョルジュは、自分より小さいキャロルと同じ目線まで腰を下ろすと、ジョルジュ・ワーリントンだ。よろしく。と、特に笑顔を作る事もなく、簡単に短く挨拶をした。
「・・・あ、はい・・・キャロル・パンターニ・・・です」
そう答えてキャロルが固まっている。
「ん?おい、どうした?」
固まっているキャロルを見て、首を傾げたジョルジュが目の前で手を振ると、我に帰ったキャロルは、やや早口で、こ、紅茶入れてきます!と言うなり急ぎ足でキッチンへ行ってしまった。
「どうしたんだろうな?」
俺も首を傾げ、隣に立つジャニスに声をかけると、ジャニスはとても楽しそうな笑顔を浮かべていた。
「まぁ、よいか、さぁ上がってくだされジョルジュ殿、あぁジャニス、すまんがメアリーに食事の準備を頼んできてくれんかの?」
ジャニスは、はい、とだけ答えると、そのまま大部屋に向かって歩いて行った。
師匠が大部屋のテーブルにジョルジュを案内し、俺も前を歩く師匠とジョルジュの後ろをついて行く。
「どうぞ、かけてくだされ。今、食事の用意もしますからな」
「あぁ、あまり気を使わなくていい。まだ俺と話したそうに見えたし、いつまでも闘技場に残っているわけにもいかないから来ただけだ」
「ジョルジュさんって、歯に着せない言い方しますね」
「・・・そうだな、言われてみればその通りだ。別に悪気はないんだが、あまり他人と関わってこなかった事で、こういう話し方になったのかもしれない。それと、俺の事はジョルジュと呼び捨てていい。俺もあなた方を呼び捨てる。特にブレンダン、俺は21歳だ。あなたは俺の祖父と言っていいくらい年上で、元は貴族だったと聞いた事がある。俺に殿を付ける必要は無い」
広間のテーブルに俺と師匠が並んで座り、正面にジョルジュが一人で腰を下ろした。
ジョルジュは闘技場で会った時からそうだったが、丁寧な言い回しをする事はあるが、敬語は一切使わない。
あまり、他人と関わってこなかった事が原因のように話したが、森の中でどういう生活を送ってきたのだろう。
ジョルジュの言葉を受け、師匠は二度三度、笑顔で軽く頷いた。
「ほっほっほ・・・では、そうさせてもらおうかの。しかし、ジョルジュよ、若いのによくワシが貴族だったとしっておったのう?このウィッカーと、ジャニスには話してあるが、ワシが貴族だったのは40年も前の話しじゃ。今の若い者は、魔法使いとしてのワシの名を知っているだけで、貴族だった頃の事など、そうそう知っているとは思わんがのう」
「俺の両親から聞いた事があるだけだ。なんでも、魔法の研究を続けるために、家を飛び出したそうだな?あなたは次男で、兄妹も多かったから、跡取りの問題はなかっただろう。俺が知っているのはこの程度の事だが、後悔は無いのか?」
「・・・後悔か・・・・・そうだな、若かった・・・という言葉ではすませていい話しではない。
ワシは自分勝手な理由で家を捨て、魔法の研究に人生を捧げてきた。20代の頃は自分の事だけを考えて生きた。30代になると、身に着けた力を周囲に認めさせたくなった。それで魔戦トーナメントに出て、10年間無敗の王者として君臨した。この20代から30代の終わりまでの約20年間が、ワシが好きに生きた時間じゃったな・・・・・・」
師匠が言葉を区切った時、紅茶を乗せたトレーを持ったキャロルがテーブルに来た。
「お・・・お待たせしました」
なぜか、言葉が上ずっていて、まるで初めて人に紅茶を出すようなぎこちない動きで、ジョルジュの前に紅茶のカップを置いた。
「ありがとう」
「は、はい!」
ジョルジュがキャロルの目を見てお礼の言葉を口にすると、キャロルはつっかえながら、明らかにトーンの高い声で返事をし、俺と師匠にはやたら素早く、軽くこぼしながら雑に紅茶のカップを置いて、まるで逃げるように子供達のいる大部屋に入って行った。
「・・・・・」
俺はなんとなく分かった気がした。頬も少し赤くなっているように見えたし、俺は男だから、男の容姿になんて目はいかないが、客観的に見て見れば、ジョルジュはかなり外見が良いと思う。
背はパトリックさんより少し低く見えるが、175cmはあるだろう。
体つきは引き締まっていて、肌にピッタリとした服装だから、その鍛えこまれた体付きがよく分かる。
少し切れ長な目で、表情の変化はあまりないが、それがクールな印象に見えて、女性、特にあのくらいの年頃の女の子には、よりカッコ良くみえるのかもしれない。
束感のあるアイスブルーの髪や、髪と同じような色合いの目も、ジョルジュのクールでミステリアスな感じにピッタリな印象だ。
つまり、キャロルはジョルジュに一目惚れをしたんだ。
10歳だし、もしかすると初恋の可能性もある。
俺が一人で自分の考えに頷いていると、師匠が少し眉を寄せ、言葉をかけてきた。
「おい、ウィッカー?お前何をぼんやり一人で頷いとるんじゃ?」
「あ、いえ、何でもないです。すみません。師匠、話しの続きをどうぞ」
師匠は顎を撫でると、どこまで話したかのう、と呟き、思い出したように手を打つと、話しを再会した。
「おぉ、思い出した。それでじゃ、ワシは40を過ぎてから孤児院を始めたんじゃ。魔戦トーナメントを引退してからは、国の重役達に腕を見込まれて、王宮仕えになってな、当時の魔法兵団長より魔力は上じゃったから、魔法兵団への勧誘もあったが、それは性に合わんから断ったんじゃ。その代わり、指導係という立場で、魔法兵に訓練を付ける役目を受けた。給金は良かったからな、数年働いたところで、孤児院を立てるだけの金は貯まったんじゃ」
「なんで、孤児院を始めたんだ?」
紅茶を一口飲み、ジョルジュが師匠に問いかけて来た。
考えてみると、俺も理由を聞いた事はなかった。ただ、師匠の子供への接し方を見て、なんとなく子供が好きだからかな、くらいにしか考えていなかった。
「・・・自己満足じゃ・・・・・40を過ぎ、人生も折り返しになって、ワシは家族というものを考えるようになった。魔法の研究に没頭し、結局独り身のままだったワシは、よく実家の事を考えるようになっていた。飛び出して20数年もたっておったから、今更戻るなんてできるわけはない。
顔を出しに行く事も許される事ではない。そう思ってな・・・ワシは勝手に家を飛び出し、親兄妹に大変な迷惑をかけたまま、好き勝手に生きてこの年まできた。そのワシになにかできる罪滅ぼしはないだろうか?そう考えた時、ワシのように家を飛び出したり、あるいは事情があって、住むところにも困っている子供はいないだろうか?と、そういう考えが頭に浮かんだんじゃ・・・」
当時の事を思い出しているのだろう。
師匠は目を瞑り、一言一言かみしめるように口にしていった。
俺もジュルジュも、黙って師匠が話し終えるのを待った。
「二十数年孤児院を続けて、何十人もここを巣立って行った・・・王宮仕えになった者もおれば、街で商売を始めた者もおる。結婚して日々子育てに追われている者もおる。みんな、ワシの可愛い子供達じゃ・・・・・・ワシの実家には何の利益も、関係も無い話しだ・・・・・だから、これはワシの自己満足じゃ・・・これが罪滅ぼしになるかは分からんが、ワシはこの道を選び、後悔はしとらんよ」
ジョルジュは、そうか・・・と一言だけ口にすると、紅茶に口をつけた。
師匠も特に返事を返す事はなく、紅茶を飲む。
思いがけず、師匠の過去を聞く事になったが、俺はこういう話しを聞いた時、なんて言葉をかけていいか分からなかった。
「師匠らしいね」
紅茶でも飲んでるしかないか、と思った時、ジャニスが背中越しに師匠に声をかけてきた。
「おぉ、ジャニス、聞いておったのか?」
「はい、大部屋出たら話しが聞こえてきたんですけど、なんか話しの腰を折っちゃ悪いと思って、そのまま立って聞いてました。あ、ジョルジュ、隣座るよ?」
子供達の大部屋を指した後、ジャニスはジョルジュの隣のイスに腰を下ろした。
「今、メアリーとキャロルが食事を持って来てくれます。スージーとチコリはヤヨイさんが寝かせてました。子供達もみんなちゃんと言う事聞いてましたよ」
「そうかそうか、本当にメアリーとヤヨイさんが来てくれて助かるのう」
「ヤヨイ・・・女性か?珍しい名前だな?」
ヤヨイ、という名前は、俺もジャニスも師匠も、初めて聞いた名前だ。
この国で同じ名前の人はいないのではないだろうか?
ジョルジュは少し興味を持ったのか、ヤヨイさんの名前に反応した。
「うむ、シンジョウ・ヤヨイさんと言うてな、この前、川で倒れておったところを、ウィッカー達が助けてな。名前以外の記憶を無くしておって、今はこの孤児院で住み込みで働いてもらってるんじゃ」
「ほぅ、シンジョウ・ヤヨイ・・・か、この国の者ではないだろう。聞かない名前だ。記憶が無いとは難儀だな」
「お待たせしました。お食事、お持ちしました」
そこで、メアリーとキャロルが、トレーに乗せてパンとスープを運んできた。
メアリーは最初にジョルジュの前に立つと、簡単に自己紹介をして、スープとパンを置き、そのままジャニスへも配っていった。
俺と師匠はキャロルからパンとスープを受け取った。
スープは野菜と肉団子が沢山入っていて、これだけでお腹がいっぱいになりそうだった。
食事を配り終えたメアリーとキャロルが、広間から離れようとした時、師匠がメアリーに声をかけた。
「メアリー、すまんが、ヤヨイさんを呼んでくれんか?ジョルジュに紹介したい」
メアリーは、分かりました。と笑顔で返事を返し、キャロルと子供用の大部屋に入っていった。
「それでは、いただこうかの。ジョルジュも遠慮せず食べてくれ」
師匠に勧められ、ジョルジュは、いただこう、と一言呟くと、スプーンを持ちスープに一口飲んだ。
「・・・ほぅ、これは美味いな」
ジョルジュの頬が緩むと、ジャニスが面白そうにジョルジュに目を向けた。
「へぇ~、ジョルジュもそうやって笑えるんじゃない?あんた表情変わらないのかと思った」
「おかしな事を言う女だな?表情の変わらない人間などいない」
「あ~・・・なんかあんた絡み辛いかも」
真顔で言葉を返され、ジャニスが苦笑いを浮かべた。いつも俺をからかう感じでは、ジョルジュとは噛み合わないのだろう。
ジャニスは、早くもジョルジュに打ち解け始めている。
軽口を叩き合う二人を見て、師匠も少し笑っているように見える。
「あの~、ブレンダン様。ヤヨイです」
手が空いたのだろう、ヤヨイさんが子供達の大部屋から出て、テーブルから少し離れた位置で、控えめなトーンで声をかけてきた。
お風呂上がりという事で、すでに深い緑色の寝間着に着替えていた。
ジョルジュに気が付くと、お客様の前でこのような恰好で申し訳ありません、と口にし頭を下げた。
「いや、気にしないでくれ。夜分にお邪魔している身だ。それに、そもそも謝る事でもないだろう。俺はジョルジュ・ワーリントンだ。ジュルジュでいい」
「お気遣いありがとうございます。私は新庄 弥生と申します。私の事は、弥生とお呼びください」
二人が挨拶を交わすと、師匠がヤヨイさんに座るよう促した。
「ヤヨイさん、忙しい中すまんかったのう。こちらのジョルジュに、ヤヨイさんを紹介したくてのう、ワシの命の恩人なんじゃ」
そう言うと師匠は、今日の試合の事をヤヨイさんに話し始めた。
ベン・フィングの爆裂弾を受け、かなり危なかったところなどは話さず、ベン・フィングの協力者による攻撃を、ジョルジュが助けてくれたと、あまり心配をかけないよう、試合の内容は短くかいつまで話した。
俺もジャニスもジョルジュも、特に口は挟まず、パンをちぎり、スープを飲みながら、黙って師匠の話しに耳を傾けていた。
一通りの話しを聞き終えると、ヤヨイさんはジョルジュに向き直り、頭を下げてお礼を口にした。
「ジョルジュさん、ブレンダン様をお助けいただいて、ありがとうございました」
その所作は、テーブルに座ったままであっても、とても美しいものだった。
ジョルジュも、ヤヨイさんの振る舞いに目を奪われたのか、スプーンを置いて、じっとヤヨイさんを見つめている。
師匠もジャニスも、ジョルジュがヤヨイさんから目を離さないので、どうしたのかと怪訝な表情になってきた。
まさか?俺が思った事を、師匠もジャニスも同時に頭に浮かんだらしく、俺達三人は揃って顔を見合わせた。
「ジョルジュ!あんたまさかヤヨイさんを!?」
「ジョルジュ、ちょっと待て! 本気か!?」
「ジョルジュ!お主もか!?」
俺達が同時にジョルジュに言葉をぶつけると、ジョルジュは俺達の言葉なんて聞こえていないかのように、
あくまでヤヨイさんに目を向けたまま口を開いた。
「ヤヨイ、風の精霊がキミを気に入ったそうだ。こんな事は初めてだ・・・キミは何者だ?」
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一人、逃げる様に王都を出て行くレオンだが、公爵家の汚点たる彼を亡き者にしようとする、ルートベルク公爵の魔の手が迫っていた。「絶対に生き延びてやる……ッ!」レオンは己の力を全て使い、知恵を絞り、公爵の魔の手から逃れんがために走る。生き延びるため、公爵達を見返すため、自分を信じてくれる者のため。
どれだけ窮地に立たされようとも、秘めた想いを曲げない少年の周りには、人、エルフ、ドワーフ、そして魔族、種族の垣根を越えたかけがえの無い仲間達が集い―― これは、追放された少年が最高の国を作りあげる物語。
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