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【152 ジョルジュと風の精霊】

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「ジョルジュ・ワーリントン殿、お主のおかげでこのおいぼれの命が助かった。心から感謝を申す。ありがとう」

ブレンダンとベン・フィングの試合は終わった。

両者が倒れて続行できる状態ではなかったので、勝敗は引き分けという形になりそうだったのだが、風の精霊の声により、ベン・フィングの度を越えた卑劣な行為が明るみに出た事、そして終始ブレンダンが優勢に進めていた事実もあり、ブレンダンの勝利で幕を下ろす事になった。

倒れていたブレンダンにはジャニスがヒールを、重体だったベン・フィングには、闘技場で控えていた白魔法使いが三人がかりでヒールをかけ、一命を取り留めた。



あまりに問題だらけの試合だったため、ブレンダン達が解放されたのは、陽が沈みかけた頃だった。
国王を始め、王族への説明を兼ねた挨拶、貴族達へも同様に説明をし、ざわつきが収まらない観客達へも、ブレンダンが中心に言葉をかけ、なんとか治め帰らせた。

怪我が治っても、魔力が尽き満足に動けなくなっているベン・フィングは、数名の兵士によって運ばれて行った。そして、その処遇について色々と聞いておきたかったが、現役の魔法兵団のロビンとパトリックが、ブレンダンの代わりに話しを聞いておくと言って、ブレンダンには休むように勧めた。

ブレンダンも自分の疲労には気が付いていた。
自分の目と耳で確認したい気持ちはあったが、付き合いも長く、信頼できる二人にまかせ、自分は早く戻って休む事にした。



そして今やっと控室に戻り、固いイスに腰を下ろし一息ついたところである。
イスとテーブルしかない無機質で殺風景な部屋だ。


「あまりに醜悪な風だったから排除した・・・それだけの事だ」

ブレンダン、ジャニス、ウィッカーの三人の正面に座るジョルジュ・ワーリントンは、興味の無さそうな顔でブレンダンの感謝の言葉に返事をする。

「ほっほっほ、いやいや、結果的にワシは助かったのだから、命の恩人じゃよ。時間も取らせてすまないのう」

「俺もあの男を殺した事の説明で、取り調べを受けたからな・・・ついでだ。気にするな」

試合の疲れや、その後の対応でブレンダンも疲れはあったが、そんな素振りは見せず、自然体でジョルジュに話しを向けているが、ジョルジュはブレンダンの言葉に、特に感情を込めず、ただ聞かれた事に答えているような印象だった。

「ふ~ん・・・私、あなたの噂は聞いた事あるけど、やっぱり噂は噂だったみたいね」

黙ってブレンダンとジョルジュの会話を聞いていたジャニスが、ふいに言葉を挟んだ。
ジョルジュがジャニスに顔を向けると、ジャニスは顔の横で指を一本立て、歯を見せて笑った。

「冷たい人って噂よ。でも違うわね。ちょっと変わり者ってとこかな」

「おいジャニス、それも失礼だぞ」

初対面でも相変わらずの遠慮のない言い方に、ウィッカーがジャニスを窘めるが、当のジョルジュは全く気にしていないように、表情を変える事なく言葉を返した。

「気にするな。変わり者というのも、言われた事がある言葉だ。それで、俺をここに呼んだ理由はなんだ?礼を言うためだけではないんだろ?」


ジョルジュはブレンダンに視線を移すと、本題に入れと促した。

「おぉ、やはり分かるかのう?実はその通りじゃ。ワシが聞きたい事は、お主と風の精霊の関係じゃ。闘技場全ての人間に、精霊の声を届けたのはお主じゃろう?あれはなんじゃ?」

「・・・俺が風の精霊を通して、闘技場全ての人間に事の真相を伝えた。あのままでは、東側からパニックが伝染し、怪我人、場合によっては死者も出ていたかもしれない。だから精霊の声を届けた。
精霊の声は心に直接伝わる。静かに優しく伝わる声は、気持ちを落ち着けるものだ。それで場内の騒ぎを沈静化させた」

ジョルジュの説明は、全ての魔法使いにとって衝撃を与えるものだった。
魔道具には精霊の加護を受けている物もある。
代表的な物で言えば、カエストゥスの魔法使いが身に着けている風のマントだ。


自然の多い場所ならどこでもいいが、澄んだ湖がある場所ならより多くの精霊が集まる。
そうした場所に、マントであれば織る前の糸の段階で、泉のほとりの木の根元などに、祈りを捧げ置いておく。
すると、数日後には精霊の加護が付与されているのだ。

だが、全ての物に加護が付与されるわけではなく、加護が付与される物は少ない。
精霊が何を基準に判断するのかは不明だが、風のマントを除き、戦闘に使われる物に付与される事は極めて少ない。

そしてもう一つ、風の精霊は、人へも直接加護を与える場合がある。
精霊が認めた人間だけだが、直接加護を受けた人間は、精神に対しての耐性を付ける事ができる。
それは、人の心を蝕むものを跳ね返す強さ、精神に巣くう恐怖に打ち勝つ力である。

ウィッカー、ジャニス、ブレンダンの三人は、この加護を受けている。

カエストゥス国で、いや、世界中で知られている人と精霊の繋がりはこれだけである。
魔法の研究に生涯をかけたブレンダンは、精霊の事も調べた時期がある。
だが、人が精霊に接触できる機会は、この加護をもらう瞬間だけであり、様々な方法でなんとか精霊との接触を試みた専門家達も、試みはことごとく失敗に終わっていた。

だが目の前に座る青年は至極平然と、これまでの精霊との関係を変える、革新的な言葉を口にしていた。


「ちょっとあなた、なにそれ?自分が何を言ってるのか分かってるの?」

「あぁ、世間では知られていない事だろ?二万人に使ったんだ。隠せるものではないからいいんだ。それに、俺以外に精霊と心を通じ合える者がいるとも思えない」


「ほぅ、それはどういう事かの?」

「・・・言葉では伝え難いが、そうだな・・・風と一体になる。心も身体もな。俺は城から北の森に住んでいるが、あそこの湖はとても澄んでいる。俺はそこで幼少の頃から毎日精霊に祈りを捧げ、風を体に受けている。そうして心を通わす事ができた」

ジョルジュの言葉を聞き、ウィッカーが口を挟んだ。

「・・・同じ事をすれば、誰でも精霊と心を通わせられるのか?」

ジョルジュは考えるように、首を少し上に向け天井を見上げたが、すぐに首を横に振った。

「・・・いや、無理だな。同じ行動をすればいいというものではない。俺は、精霊と心を通わすためにやったわけではない。毎日の弓の修行の前に、自分自身を見つめなおし、精神の修行のためにやった事だ。風を体で感じ、風と一体になろうと思ったのも、矢の動きを掴むため。その結果として、ある日、風の精霊の声が聞こえたんだ。そもそもの目的が違う。精霊と心を通わすために、俺と同じ行動をしても不可能だろうな」

ウィッカー、ジャニス、ブレンダンの三人はそれぞれ頷き、ジョルジュの言葉を咀嚼するように飲み込んでいた。

ジョルジュは結果として、精霊と心を通わす事ができたと口にした。
確かにジョルジュの言う通り、同じ行動でも目的が違えば不可能に思える。

だがそれは、結果としてなら精霊と心を通わせられる可能性はあるという事ではないだろうか。


「・・・つまり、精霊目当ての打算であれば、精霊と心を通わす事はできないって事か?」

「・・・そうだな。俺はそう思う。精霊は悪意や欲望を持った人間には決して心を開かない」

「じゃあ、打算の無い綺麗な心持った人間が、ジョルジュと同じ行動をすれば、精霊と心を通わす可能性はあると思うか?」

ジョルジュは、また考えるように首を上に向けると、少し目を伏せた後に、ウィッカーに顔を戻した。

「・・・そうだな・・・それならば可能性はあると思う。俺と同じように、自分のため、もしくは誰かのためでも、ただ平和を願うためでもいいだろう。毎日それだけを願い、精霊に祈りを捧げるんだ。そして、風を心と体で感じるんだ。それを毎日続ければ、いずれは精霊の声が聞こえるかもしれない」

再び、ウィッカー、ジャニス、ブレンダンの三人は、納得したように頷く。

「なるほどのう、ワシや専門家がいくら実験しても分からん訳じゃ、打算なく、あくまで己のため、人のため、平和のためか・・・そして根気強く続けねばならんわけか。ジョルジュ殿、貴重な話しを聞かせていただいた。ありがとう」

「隠す事ではないからな。礼を言われる程の事ではない」

「ところで、ジョルジュは精霊が聞こえるまで、どのくらいかかったの?」

ジャニスは初対面にも関わらず、極自然に呼び捨てにしている。しかも呼び慣れた感がある言い方なので、違和感が全くない。こういう相手の懐にスッと入り込むところも一種の才能だ。


「俺は一日一時間の祈りを休まず三年だ。声が聞こえるようになった今も続けているから、都合10年だな」

「そんなにかかるんだ?本当によく続けたね?」

「ワシも精霊に祈りを捧げた事はあるが、精々10分じゃ、一日一時間は経験がないな」

「なるほど、確かに他の人では真似できないし、今まで誰も精霊と心を通わせる事ができなかったわけだ」

ウィッカー達三人が驚きと、感心を見せるとジョルジュは首を横に振った。

「感心される程の事ではない。俺もあの森に住んでいなければ、休まず三年は続かなかっただろう。それに、声が聞こえるようになったからと言って、祈りを止めればおそらく徐々に精霊は離れていくだろう。精霊との関係を維持したければ、死ぬまで続けるしかない。精霊と共に生きる気持ちが無ければ、やめておいた方が賢明だろう」

ジョルジュにとっては当たり前の事であり、死ぬまで続けるという事も、軽く口に出し告げた。

ブレンダンは予想の範囲だったのか、腕を組み軽く頷いていたが、ウィッカーとジャニスの顔には、強い驚きの色が浮かんでいた。



「・・・俺と精霊の話しはこんなところだな。もうないなら帰るが、いいか?」

ジョルジュがイスから腰を上げようとすると、ブレンダンが手を前に出し、ジョルジュを引き留めた。

「すまんのう、もう一つあるんじゃ」
「そうか、なんだ?」

浮かせた腰をもう一度下ろし、ジョルジュはブレンダンに言葉の続きを促した。


「これも縁じゃろ?孤児院に飯でも食いに来んか?」
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