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理太郎

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【151 史上最強の弓使い】

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「・・・・・嫌な風だ」

軽いため息交じりに呟き、その青年はゆっくりと弓を下ろした。


やや細身だが、肩口からのぞく引き締まった両の腕、体のラインが見える黒い上着からは、その鍛え抜かれた体付きがよく分かる。

耳の下くらいまでの束感のあるアイスブルーの髪。
髪と同じ色をした切れ長の目は、闘技場の中心、今しがた自分が放った矢の到達点に向けられていた。


おい、あいつ!
・・・ジョルジュだ!
ジョルジュが射ったのか!?

ブレンダンの被弾、そして、突然闘技場に突き刺さった鉄の矢を見て、場内がざわめきだした。

誰かが口にしたその名前は、瞬く間に広がり、三階層で弓を片手に持つ青年に視線が集まった。


「・・・黒髪の針か、使用者は・・・あいつか」

西側三階層にいる自分とは反対に、東側三階層にいる黒い肌の男、ジャーガル・ディーロ。
ジョルジュは2万人以上いる場内から、100メートル以上離れたジャーガルを捉えた。

場内の視線が自分に集中する中、ジョルジュは弓を構えた。
標的はジャーガル・ディーロ。距離はおよそ137メートル。

肉眼で捉えられる距離ではない。
ジョルジュがジャーガル・ディーロの位置を捉えられた力、それは・・・

「消えろ」

冷たく言い放つと、ジョルジュは弦を離し鉄の矢を放つ。
その目には、標的までの風の道が見えていた。



ジャーガル・ディーロは、ジョルジュの位置を把握できていなかった。

ただ、自分の放った黒髪の針が、何者かの矢で破壊された。そしてその何者かは、おそらく西側の観客席にいる。
黒髪の針が破壊されて、まだほんの数秒だがこの推測はできた。

一体何者だ?
ジャーガルは眉を寄せ、睨むように闘技場の西側に目を向けていた。

見えるわけではないが、目を向けずにはいられなかった。
三階層から、闘技場中央のブレンダンまでは20メートル以上ある。
その距離で、あの髪の毛程の細さの黒髪の針を撃ち抜いたのだ。

人間技とは思えなかった。
予想だにしなかった事態に、常に静かに冷徹に殺しを請け負ってきたジャーガルも、心を乱されていた。

こういう不測の事態が起きた時、即時撤退する事が鉄則である。

だが、ジャーガルは思わず東側に目を向け、弓を放った者を探してしまった。

そして、沈黙していた観客達が少しづつ騒めき始め、ジョルジュだ!、という言葉がジャーガルの耳に届いた時、ジャーガルの目と目の間を目掛けて、風切り音と共に鉄の矢が飛んできた。



魔法を使う時間は無かった。
最後は人間の反射神経なのかもしれない。

間一髪、コンマ何秒の世界で、ジャーガルの出した左手は鉄の矢に貫かれ、ジャーガルの目と目の間にも数cmばかり刺さったが、命を守る事はできた。

全身から汗が吹き出し、心臓の鼓動が耳に届くほど速く鳴っている。浅く早い呼吸が止まらない。


金さえもらえばそれが例え肉親でも殺す。
冷酷無情の殺し屋になって十数年。殺し屋の自分がこれほど圧倒されたのはいつ以来だろうか。

ジャーガルは、左手の平を貫いている矢を、力いっぱい右手で握り、一気に引き抜いた。
矢が貫通し、穴の開いた左手の平からは、血液がぼたぼたと流れ出ている。


「ぐうっ!・・・馬鹿な・・・この距離だぞ!?これだけ人間がいる中で一体・・・」

ジャーガルが己の左手を貫いた矢を握り締め、驚愕の表情を浮かべ再び顔を上げた時・・・


ジョルジュの追撃がジャーガルの額を貫き、そのまま真後ろの壁にジャーガルの頭を打ちつけた。



突然の出来事に、ジャーガルの周囲にいた人達から恐怖にかられた叫び声が上がり、それは連鎖し次々と叫び声が上がり始めた。
突然、人の頭が矢で撃ち抜かれたのだ。無差別な殺人が起きていると思った人々は我先に逃げ出そうと席を立ち、出口を目掛けて走り出そうとした。

だが、パニックになる寸前のところで、人々は立ち止まり、心に直接語り掛けてくる声に耳を傾けた。


いつの間にか闘技場の観客達は、一人一人、緑色の炎に包まれていた。


「こ、この炎は・・・風の精霊?」
「そうよ!風の加護を受けた時と同じ、風の精霊の炎だわ!でも、一体どうして今・・・」
「おい、なんだこの・・・心に直接・・・声?いや、言葉なのか?でも分かる・・・」

闘技場の中央では、ジャニスがブレンダンにヒールをかけていた。
ウィッカーとパトリックは、ベン・フィングがこれ以上なにかしてこないか、更なる追撃があるか警戒していたが、ふいに自分達が緑色の炎に包まれた事に驚き、戸惑いの言葉をもらしていた。


「う・・・ジャ、ジャニス、ありがとう。助かったわい」
「師匠!良かった・・・」

ジャニスのヒールで回復した師匠はブレンダンは、ゆっくり体を起こすと、すぐに自分の状態を察し、自分を見守るジャニス、ウィッカー、パトリックに向け言葉を発した。


「・・・この緑の炎は・・・そしてこの声は、もしや精霊の声か!?・・・お前達、口を閉じて心に響く声に耳を傾けろ」

ブレンダンの言葉に、三人は顔を見合わせると、言われた通り口をつぐみ、目を伏せ、内なる体に直接届く声に耳を傾けた。

それは、声と表現していいのか分からない。だが、他に表現のしようがなかった。
言葉と判断していいのかも分からない種類のものだった。

だが、伝えてくる事は理解ができた。

この試合中に起きた一連の不振な動き。
ベン・フィングが協力者に指示し、ブレンダンを襲わせた事。

全てが分かった。

東側でジャーガル・ディーロの死体を見て、パニックになりかけた人々も、精霊の声によって、落ち着きを取り戻していた。

ジョルジュ・ワーリントンが、ブレンダンを護るために、黒髪の針を撃ち落とした事。
殺し屋のジャーガル・ディーロをこのまま逃がせば、更なる被害が生まれるかもしれない。

未然に防ぐためにこの場で始末したという事が人々に伝わり、パニックを抑える事ができていた。


ウィッカー、ジャニス、パトリック、ブレンダンの四人は、三階層からこちらに向けられる視線を受け止めていた。

20メートル以上離れているが、交差する視線は互いに受け止め合っている。


「・・・風が落ち着きを取り戻した・・・・・やはりカエストゥスの風は気持ちがいい」

ジョルジュ・ワーリントンは目を閉じると、頬を撫でる風の心地よさに、小さな笑みを浮かべた。
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