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【150 ベン・フィングの執念】
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「パトリックさん、ありがとうございます!やはり、ジョン・フィングの仕業で間違いありませんね?それで、あいつ今どこに?」
パトリックはジャニスに言われ、探索魔法のサーチを使い、ベン・フィングの息子、ジョン・フィングを、この闘技場内で探していた。
ジャニスは、ジョン・フィングが何かを仕掛けてくると読み、危険が迫ったら、いつでも師ブレンダンに知らせる準備をしていた。
パトリックのサーチで、ジョン・フィングは一階層、ブレンダンの後方に席を取っている事はわかった。
あとは、何かを仕掛けるならば、合図があるはずであった。
ジャニスはベン・フィングの動作の一挙手一投足から、違和感を見逃さないように観察し続けた。
そして、あのタイミングでローブの埃を何度も払う必要があったのだろうか?
そう感じた瞬間、ジャニスは客席と闘技場を隔てる壁に身を乗り出し、声の限りブレンダンに危険を叫んだ。
パトリックはサーチで常にジョン・フィングの居場所を掴み続けなければならない。
そのためウィッカーは、身を乗り出しブレンダンに危険を伝えるジャニスの身を護るため、
もし何らかの攻撃を受けた場合、即座に反撃できるように周囲に気を飛ばしていた。
その手は僅かに炎を纏っていた。ウィッカーが選んだ魔法は、スピードと貫通力のある火炎魔法、火炎槍である。
「・・・奇襲の一撃を防がれてから、すぐに移動をしている。この速さは走っているな・・・すぐに外にでるだろう」
「どうする?追う?」
パトリックは立ち上がり、闘技場の出入り口に顔を向けた。
ジャニスは壁から体を下ろすと、ウィッカーの考えを読み取るようにその目を見つめる。
「・・・いや、師匠の安全がまだ確保されていない。この試合は終わるまでは、俺達はここで師匠のフォローにまわろう」
ウィッカーの言葉に、ジャニスは、分かった、とだけ短く答えると再び闘技場中央に体を向けた。
「・・・ジョン・フィングは外に出て行った。もう少し追えなくはないが、サーチは解くぞ。俺は結界をいつでも張れるようにしておく」
「分かりました。俺も周囲への警戒を続けます」
ジョン・フィングを追い捕まえたとしても、おそらく証拠は出てこないだろう。
常にベン・フィングを疑っていたウィッカーとジャニスだからこそ、奇襲に気づけたが、おそらくほとんどの者が、ブレンダンの受けた外からの攻撃に気付いてはいないであろう。
突然ブレンダンが結界を張った事に、多少のどよめきはあったが、ベン・フィングが近づいてきたから警戒して結界を張った。くらいの認識なのだろう。
すぐに何事もなかったかのように歓声が戻った。
ジョン・フィングの飛ばした魔道具は、黒髪の針、という文字通り、髪の毛程の細さの黒い針だった。
使い方は簡単で、標的に狙いを付け、針の先端に魔力を込めるだけである。
先端に魔力を込めると、針は真っ直ぐに飛ぶだけの単純な仕組みだが、針は高い強度と、先端の鋭さから貫通力も有り、本来は刺した相手を麻痺させるだけの効果だが、毒を塗らずとも、首や頭を狙えば殺傷する事も可能だった。
暗殺に用いられる可能性も高く、一般の店では扱われていない。
王宮で特別な許可を受けて、初めて手に入る魔道具だった。
ウィッカーもジャニスも、ジョン・フィングが使った魔道具が、黒髪の針とまでは認識できていなかった。
だが、危険をおかして外から撃たせるのだ。当たればこの状態からでも逆転できると思われる程のものだろう。そう考えていた。
そして、この場でブレンダンの援護に回る自分達は、邪魔でしかない。
確信があるわけではない。だが、ウィッカー、ジャニス、パトリックの三人は、ジョン・フィング以外にも、刺客がいる可能性を見て、自分達の周囲にも気を張り警戒態勢をとっていた。
「ベン殿、刺客まで用意するとはな・・・がっかりさせてくれるのう。じゃが、これでもう終いじゃな・・・降参されよ」
闘技場中央では、ブレンダンが正面に立つベン・フィングに哀れみを込めた言葉をかけていた。
ブレンダンはまだ結界を解いてはいなかった。
撃てて、爆裂弾1~2発・・・その程度の魔力しか残っていなかったとしても、目の前の男ベン・フィングの、刺客まで用意する執念を侮ってはいなかったからだ。
すでに勝敗は決している。
それは、2万人の観客も分かっていた。いつしか場内は歓声も治まり、支配人がブレンダンの勝利を読み上げる事を待つ空気に変わっていった。
ブレンダンに驕りがあったわけでも、油断があったわけでもない、ただ、それは条件反射だった。
王宮仕えの職を辞し、親のいない子供達に居場所を与えたい。
愛情を教えたい。
生きる喜びを教えたい。
慈愛の心を持ったブレンダンだからこその、咄嗟の反応だった。
ただ黙ったまま正面に立っていたベン・フィングは、突如顔を上げたかと思うと、己の胸に手を当て爆裂弾を放った
歓声の治まりかけた闘技場に突如響いた爆発音
胸から鮮血を飛び散らせ、前のめりに倒れこむベン・フィング
「なっ!?ベン殿ーッ!」
ベン・フィングは、タジーム・ハメイドを陥れ、軟禁している憎き相手である。
ブレンダンも人間だ。ベン・フィングを恨み、憎み、叩き潰してやりたいと思っていた
だが、この瞬間、あまりに予想外の出来事に、ブレンダンは咄嗟にベン・フィングの体を受け止めていた
なぜ?
なぜベン・フィングがこんな行為をする?爆裂弾とはいえ、魔力が尽きかけ、体力も精神力も衰えた状態で、胸に直接手を当てて撃てば、死んでもおかしくない。
なぜ、ベン・フィングはこんな死ぬかもしれない行為を・・・
事実、ベン・フィングは血を吐き、胸からも血が溢れ出ている。放っておけば長くは持たないだろう。
すぐにヒールをかけねばならない。
ブレンダンが一階層で試合を見守る弟子、ジャニスの方に顔を向け、声を上げようとしたその時
自分がその体を受け止め支えている男から
恐ろしい程に冷たく通る声が耳に入った
解いたな
ブレンダンの周囲の音が止み 底知れない恐怖心が冷たい氷に刺されたように背筋を駆け上がった
用心のため、対魔、対物の結界を自分の周囲1メートル程を囲うように張り巡らせていたが、倒れるベン・フィングを受け止めるため、咄嗟に結界を解いてしまっていた。
そこから先は時間にして、ほんの数秒の出来事だった
ベン・フィングの己の命すら懸けた、正真正銘最後の策だった
用心深く、息子が失敗した時の事まで考えて用意した策だったが、
己の身を傷つける行為であったため、もし負ける事になっても、ベン・フィング自身、元々使う事は無いと思っていた。
だが、自分の命すら天秤にかける程、この時のベン・フィングは憎しみに支配されていた
当初、ここまで自分を傷つけるつもりは無かった
いかに殺したい程疎ましい相手でも、自分の命を懸ける事は、やはり躊躇われる
そんな煮え切らない覚悟だった事もあり、合図は中途半端なものになっていた
【もし、俺が自分になにかしたら撃て】
ここまでブレンダンに警戒されていなければ、自分の胸を撃つことはなかった
だが、ジョン・フィングが失敗し、試合が終了するまで結界を解く様子を見せないブレンダンには、
想像を超える一手が・・・まともな思考ではたどり着けない一手が必要だった
自殺と取られてしかたのないこの行動は、狂気にすら映るだろう
この行動で、今後のベン・フィングの大臣としての地位は危ういものにもなるだろう
だが、それでも・・・大臣としての地位を失う事になるとしても
それ以上に今はこのブレンダンが憎かった
ベン・フィングの憎しみが、大臣としての権力も名誉も金も上回った
三階層から放たれた魔道具はジョン・フィングと同じ、黒髪の針、だがこれには毒が塗ってあった
もう一人のベン・フィングの協力者
その男の肌は黒く、眉は太く、その漆黒の目は、人の命を路上の石程度にしか見ていない冷たいものだった。
赤いマントを羽織り、チリチリとした絡まりそうな長い髪は、編み込み首筋からいくつかの束にして垂らしている。
殺し屋 ジャーガル・ディーロは、ベン・フィングが己の胸を撃ち、ブレンダンがその体を支えるために結界を解き、ベン・フィングを受け止めると同時に、人ゴミの中堂々と、指で挟んでいた黒髪の針に魔力を流した。
しかし、誰一人、ジャーガル・ディーロの行為に気付く者はいなかった。
誰もが闘技場で起きている、大臣の自殺行為に衝撃を受け、他に注意を払う事などできるはずがなかったからだ。
ブレンダンに向け打ち出された黒髪の針は、ほんの数舜の間にブレンダンの身体に突き刺さる
ウィッカーもジャニスもパトリックも、ベン・フィングの行動に衝撃を受け、思考が一瞬飛んでしまっていた。そのため誰一人、三階層から打ち出されたブレンダンの命を奪う、黒髪の針に気付いていなかった
自分に向かってくる殺意を持った凶器を察したのはブレンダンだった
凶器の正体は分からない
だが、今すぐに結界を張らねば死ぬ
頭で理解するより全身の細胞がそう警告を発し、ブレンダンはベン・フィングを抱えたまま結界を張ろうと、全身から魔力を放出しようとしたその瞬間
ベン・フィングの執念とも言える最後の一撃が、ブレンダンの腹で爆発した
魔力耐性の高いブレンダンでも、直接手を腹に当てられ、意識が外に向いている状態で食らえば、ただの爆裂弾でも相当な衝撃が体を突き抜けた
体が後方に吹き飛ぶ
それは丁度、ジャーガル・ディーロの放った黒髪の針の死線上だった
吹き飛ばされるブレンダンの目に映った光景は
支えを失い前のめりに倒れながらも、勝利に笑うベン・フィングの下卑た笑みだった
ウィッカーの目で、黒髪の針は捉える事はできなかった
それは、ウィッカーに限らず、ジャニスであっても、パトリックであっても、誰であっても不可能であった
髪の毛程の細さを、10メートル以上離れた位置から捉えられる者だと誰もいない
ウィッカー、ジャニス、パトリックは、あまりに予想外の事態と、ブレンダンの危機、そう、正体は分からないが、危惧していた更なる命の危機だけは感じ取り、客席と闘技場を隔てる壁を飛び越え、声を上げブレンダンの元へ走った
だが、間に合わない
吹き飛ばされたブレンダンの身体が地に落ちる前に、あとほんの瞬き程の刹那の間に
ジャーガル・ディーロの放った黒髪の針は、ブレンダンの身体に突き刺さる
はずだった
微かに鳴った金属の割れる音
地面に突き刺さる鉄の矢尻の横には、真っ二つに割れた黒髪の針が転がっていた
髪の毛程の細さを、10メートル以上離れた位置から捉えられる者だと誰もいない
・・・一人を除いては・・・
史上最強の弓使い ジョルジュ・ワーリントンを除いては
パトリックはジャニスに言われ、探索魔法のサーチを使い、ベン・フィングの息子、ジョン・フィングを、この闘技場内で探していた。
ジャニスは、ジョン・フィングが何かを仕掛けてくると読み、危険が迫ったら、いつでも師ブレンダンに知らせる準備をしていた。
パトリックのサーチで、ジョン・フィングは一階層、ブレンダンの後方に席を取っている事はわかった。
あとは、何かを仕掛けるならば、合図があるはずであった。
ジャニスはベン・フィングの動作の一挙手一投足から、違和感を見逃さないように観察し続けた。
そして、あのタイミングでローブの埃を何度も払う必要があったのだろうか?
そう感じた瞬間、ジャニスは客席と闘技場を隔てる壁に身を乗り出し、声の限りブレンダンに危険を叫んだ。
パトリックはサーチで常にジョン・フィングの居場所を掴み続けなければならない。
そのためウィッカーは、身を乗り出しブレンダンに危険を伝えるジャニスの身を護るため、
もし何らかの攻撃を受けた場合、即座に反撃できるように周囲に気を飛ばしていた。
その手は僅かに炎を纏っていた。ウィッカーが選んだ魔法は、スピードと貫通力のある火炎魔法、火炎槍である。
「・・・奇襲の一撃を防がれてから、すぐに移動をしている。この速さは走っているな・・・すぐに外にでるだろう」
「どうする?追う?」
パトリックは立ち上がり、闘技場の出入り口に顔を向けた。
ジャニスは壁から体を下ろすと、ウィッカーの考えを読み取るようにその目を見つめる。
「・・・いや、師匠の安全がまだ確保されていない。この試合は終わるまでは、俺達はここで師匠のフォローにまわろう」
ウィッカーの言葉に、ジャニスは、分かった、とだけ短く答えると再び闘技場中央に体を向けた。
「・・・ジョン・フィングは外に出て行った。もう少し追えなくはないが、サーチは解くぞ。俺は結界をいつでも張れるようにしておく」
「分かりました。俺も周囲への警戒を続けます」
ジョン・フィングを追い捕まえたとしても、おそらく証拠は出てこないだろう。
常にベン・フィングを疑っていたウィッカーとジャニスだからこそ、奇襲に気づけたが、おそらくほとんどの者が、ブレンダンの受けた外からの攻撃に気付いてはいないであろう。
突然ブレンダンが結界を張った事に、多少のどよめきはあったが、ベン・フィングが近づいてきたから警戒して結界を張った。くらいの認識なのだろう。
すぐに何事もなかったかのように歓声が戻った。
ジョン・フィングの飛ばした魔道具は、黒髪の針、という文字通り、髪の毛程の細さの黒い針だった。
使い方は簡単で、標的に狙いを付け、針の先端に魔力を込めるだけである。
先端に魔力を込めると、針は真っ直ぐに飛ぶだけの単純な仕組みだが、針は高い強度と、先端の鋭さから貫通力も有り、本来は刺した相手を麻痺させるだけの効果だが、毒を塗らずとも、首や頭を狙えば殺傷する事も可能だった。
暗殺に用いられる可能性も高く、一般の店では扱われていない。
王宮で特別な許可を受けて、初めて手に入る魔道具だった。
ウィッカーもジャニスも、ジョン・フィングが使った魔道具が、黒髪の針とまでは認識できていなかった。
だが、危険をおかして外から撃たせるのだ。当たればこの状態からでも逆転できると思われる程のものだろう。そう考えていた。
そして、この場でブレンダンの援護に回る自分達は、邪魔でしかない。
確信があるわけではない。だが、ウィッカー、ジャニス、パトリックの三人は、ジョン・フィング以外にも、刺客がいる可能性を見て、自分達の周囲にも気を張り警戒態勢をとっていた。
「ベン殿、刺客まで用意するとはな・・・がっかりさせてくれるのう。じゃが、これでもう終いじゃな・・・降参されよ」
闘技場中央では、ブレンダンが正面に立つベン・フィングに哀れみを込めた言葉をかけていた。
ブレンダンはまだ結界を解いてはいなかった。
撃てて、爆裂弾1~2発・・・その程度の魔力しか残っていなかったとしても、目の前の男ベン・フィングの、刺客まで用意する執念を侮ってはいなかったからだ。
すでに勝敗は決している。
それは、2万人の観客も分かっていた。いつしか場内は歓声も治まり、支配人がブレンダンの勝利を読み上げる事を待つ空気に変わっていった。
ブレンダンに驕りがあったわけでも、油断があったわけでもない、ただ、それは条件反射だった。
王宮仕えの職を辞し、親のいない子供達に居場所を与えたい。
愛情を教えたい。
生きる喜びを教えたい。
慈愛の心を持ったブレンダンだからこその、咄嗟の反応だった。
ただ黙ったまま正面に立っていたベン・フィングは、突如顔を上げたかと思うと、己の胸に手を当て爆裂弾を放った
歓声の治まりかけた闘技場に突如響いた爆発音
胸から鮮血を飛び散らせ、前のめりに倒れこむベン・フィング
「なっ!?ベン殿ーッ!」
ベン・フィングは、タジーム・ハメイドを陥れ、軟禁している憎き相手である。
ブレンダンも人間だ。ベン・フィングを恨み、憎み、叩き潰してやりたいと思っていた
だが、この瞬間、あまりに予想外の出来事に、ブレンダンは咄嗟にベン・フィングの体を受け止めていた
なぜ?
なぜベン・フィングがこんな行為をする?爆裂弾とはいえ、魔力が尽きかけ、体力も精神力も衰えた状態で、胸に直接手を当てて撃てば、死んでもおかしくない。
なぜ、ベン・フィングはこんな死ぬかもしれない行為を・・・
事実、ベン・フィングは血を吐き、胸からも血が溢れ出ている。放っておけば長くは持たないだろう。
すぐにヒールをかけねばならない。
ブレンダンが一階層で試合を見守る弟子、ジャニスの方に顔を向け、声を上げようとしたその時
自分がその体を受け止め支えている男から
恐ろしい程に冷たく通る声が耳に入った
解いたな
ブレンダンの周囲の音が止み 底知れない恐怖心が冷たい氷に刺されたように背筋を駆け上がった
用心のため、対魔、対物の結界を自分の周囲1メートル程を囲うように張り巡らせていたが、倒れるベン・フィングを受け止めるため、咄嗟に結界を解いてしまっていた。
そこから先は時間にして、ほんの数秒の出来事だった
ベン・フィングの己の命すら懸けた、正真正銘最後の策だった
用心深く、息子が失敗した時の事まで考えて用意した策だったが、
己の身を傷つける行為であったため、もし負ける事になっても、ベン・フィング自身、元々使う事は無いと思っていた。
だが、自分の命すら天秤にかける程、この時のベン・フィングは憎しみに支配されていた
当初、ここまで自分を傷つけるつもりは無かった
いかに殺したい程疎ましい相手でも、自分の命を懸ける事は、やはり躊躇われる
そんな煮え切らない覚悟だった事もあり、合図は中途半端なものになっていた
【もし、俺が自分になにかしたら撃て】
ここまでブレンダンに警戒されていなければ、自分の胸を撃つことはなかった
だが、ジョン・フィングが失敗し、試合が終了するまで結界を解く様子を見せないブレンダンには、
想像を超える一手が・・・まともな思考ではたどり着けない一手が必要だった
自殺と取られてしかたのないこの行動は、狂気にすら映るだろう
この行動で、今後のベン・フィングの大臣としての地位は危ういものにもなるだろう
だが、それでも・・・大臣としての地位を失う事になるとしても
それ以上に今はこのブレンダンが憎かった
ベン・フィングの憎しみが、大臣としての権力も名誉も金も上回った
三階層から放たれた魔道具はジョン・フィングと同じ、黒髪の針、だがこれには毒が塗ってあった
もう一人のベン・フィングの協力者
その男の肌は黒く、眉は太く、その漆黒の目は、人の命を路上の石程度にしか見ていない冷たいものだった。
赤いマントを羽織り、チリチリとした絡まりそうな長い髪は、編み込み首筋からいくつかの束にして垂らしている。
殺し屋 ジャーガル・ディーロは、ベン・フィングが己の胸を撃ち、ブレンダンがその体を支えるために結界を解き、ベン・フィングを受け止めると同時に、人ゴミの中堂々と、指で挟んでいた黒髪の針に魔力を流した。
しかし、誰一人、ジャーガル・ディーロの行為に気付く者はいなかった。
誰もが闘技場で起きている、大臣の自殺行為に衝撃を受け、他に注意を払う事などできるはずがなかったからだ。
ブレンダンに向け打ち出された黒髪の針は、ほんの数舜の間にブレンダンの身体に突き刺さる
ウィッカーもジャニスもパトリックも、ベン・フィングの行動に衝撃を受け、思考が一瞬飛んでしまっていた。そのため誰一人、三階層から打ち出されたブレンダンの命を奪う、黒髪の針に気付いていなかった
自分に向かってくる殺意を持った凶器を察したのはブレンダンだった
凶器の正体は分からない
だが、今すぐに結界を張らねば死ぬ
頭で理解するより全身の細胞がそう警告を発し、ブレンダンはベン・フィングを抱えたまま結界を張ろうと、全身から魔力を放出しようとしたその瞬間
ベン・フィングの執念とも言える最後の一撃が、ブレンダンの腹で爆発した
魔力耐性の高いブレンダンでも、直接手を腹に当てられ、意識が外に向いている状態で食らえば、ただの爆裂弾でも相当な衝撃が体を突き抜けた
体が後方に吹き飛ぶ
それは丁度、ジャーガル・ディーロの放った黒髪の針の死線上だった
吹き飛ばされるブレンダンの目に映った光景は
支えを失い前のめりに倒れながらも、勝利に笑うベン・フィングの下卑た笑みだった
ウィッカーの目で、黒髪の針は捉える事はできなかった
それは、ウィッカーに限らず、ジャニスであっても、パトリックであっても、誰であっても不可能であった
髪の毛程の細さを、10メートル以上離れた位置から捉えられる者だと誰もいない
ウィッカー、ジャニス、パトリックは、あまりに予想外の事態と、ブレンダンの危機、そう、正体は分からないが、危惧していた更なる命の危機だけは感じ取り、客席と闘技場を隔てる壁を飛び越え、声を上げブレンダンの元へ走った
だが、間に合わない
吹き飛ばされたブレンダンの身体が地に落ちる前に、あとほんの瞬き程の刹那の間に
ジャーガル・ディーロの放った黒髪の針は、ブレンダンの身体に突き刺さる
はずだった
微かに鳴った金属の割れる音
地面に突き刺さる鉄の矢尻の横には、真っ二つに割れた黒髪の針が転がっていた
髪の毛程の細さを、10メートル以上離れた位置から捉えられる者だと誰もいない
・・・一人を除いては・・・
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