150 / 1,253
【150 ベン・フィングの執念】
しおりを挟む
「パトリックさん、ありがとうございます!やはり、ジョン・フィングの仕業で間違いありませんね?それで、あいつ今どこに?」
パトリックはジャニスに言われ、探索魔法のサーチを使い、ベン・フィングの息子、ジョン・フィングを、この闘技場内で探していた。
ジャニスは、ジョン・フィングが何かを仕掛けてくると読み、危険が迫ったら、いつでも師ブレンダンに知らせる準備をしていた。
パトリックのサーチで、ジョン・フィングは一階層、ブレンダンの後方に席を取っている事はわかった。
あとは、何かを仕掛けるならば、合図があるはずであった。
ジャニスはベン・フィングの動作の一挙手一投足から、違和感を見逃さないように観察し続けた。
そして、あのタイミングでローブの埃を何度も払う必要があったのだろうか?
そう感じた瞬間、ジャニスは客席と闘技場を隔てる壁に身を乗り出し、声の限りブレンダンに危険を叫んだ。
パトリックはサーチで常にジョン・フィングの居場所を掴み続けなければならない。
そのためウィッカーは、身を乗り出しブレンダンに危険を伝えるジャニスの身を護るため、
もし何らかの攻撃を受けた場合、即座に反撃できるように周囲に気を飛ばしていた。
その手は僅かに炎を纏っていた。ウィッカーが選んだ魔法は、スピードと貫通力のある火炎魔法、火炎槍である。
「・・・奇襲の一撃を防がれてから、すぐに移動をしている。この速さは走っているな・・・すぐに外にでるだろう」
「どうする?追う?」
パトリックは立ち上がり、闘技場の出入り口に顔を向けた。
ジャニスは壁から体を下ろすと、ウィッカーの考えを読み取るようにその目を見つめる。
「・・・いや、師匠の安全がまだ確保されていない。この試合は終わるまでは、俺達はここで師匠のフォローにまわろう」
ウィッカーの言葉に、ジャニスは、分かった、とだけ短く答えると再び闘技場中央に体を向けた。
「・・・ジョン・フィングは外に出て行った。もう少し追えなくはないが、サーチは解くぞ。俺は結界をいつでも張れるようにしておく」
「分かりました。俺も周囲への警戒を続けます」
ジョン・フィングを追い捕まえたとしても、おそらく証拠は出てこないだろう。
常にベン・フィングを疑っていたウィッカーとジャニスだからこそ、奇襲に気づけたが、おそらくほとんどの者が、ブレンダンの受けた外からの攻撃に気付いてはいないであろう。
突然ブレンダンが結界を張った事に、多少のどよめきはあったが、ベン・フィングが近づいてきたから警戒して結界を張った。くらいの認識なのだろう。
すぐに何事もなかったかのように歓声が戻った。
ジョン・フィングの飛ばした魔道具は、黒髪の針、という文字通り、髪の毛程の細さの黒い針だった。
使い方は簡単で、標的に狙いを付け、針の先端に魔力を込めるだけである。
先端に魔力を込めると、針は真っ直ぐに飛ぶだけの単純な仕組みだが、針は高い強度と、先端の鋭さから貫通力も有り、本来は刺した相手を麻痺させるだけの効果だが、毒を塗らずとも、首や頭を狙えば殺傷する事も可能だった。
暗殺に用いられる可能性も高く、一般の店では扱われていない。
王宮で特別な許可を受けて、初めて手に入る魔道具だった。
ウィッカーもジャニスも、ジョン・フィングが使った魔道具が、黒髪の針とまでは認識できていなかった。
だが、危険をおかして外から撃たせるのだ。当たればこの状態からでも逆転できると思われる程のものだろう。そう考えていた。
そして、この場でブレンダンの援護に回る自分達は、邪魔でしかない。
確信があるわけではない。だが、ウィッカー、ジャニス、パトリックの三人は、ジョン・フィング以外にも、刺客がいる可能性を見て、自分達の周囲にも気を張り警戒態勢をとっていた。
「ベン殿、刺客まで用意するとはな・・・がっかりさせてくれるのう。じゃが、これでもう終いじゃな・・・降参されよ」
闘技場中央では、ブレンダンが正面に立つベン・フィングに哀れみを込めた言葉をかけていた。
ブレンダンはまだ結界を解いてはいなかった。
撃てて、爆裂弾1~2発・・・その程度の魔力しか残っていなかったとしても、目の前の男ベン・フィングの、刺客まで用意する執念を侮ってはいなかったからだ。
すでに勝敗は決している。
それは、2万人の観客も分かっていた。いつしか場内は歓声も治まり、支配人がブレンダンの勝利を読み上げる事を待つ空気に変わっていった。
ブレンダンに驕りがあったわけでも、油断があったわけでもない、ただ、それは条件反射だった。
王宮仕えの職を辞し、親のいない子供達に居場所を与えたい。
愛情を教えたい。
生きる喜びを教えたい。
慈愛の心を持ったブレンダンだからこその、咄嗟の反応だった。
ただ黙ったまま正面に立っていたベン・フィングは、突如顔を上げたかと思うと、己の胸に手を当て爆裂弾を放った
歓声の治まりかけた闘技場に突如響いた爆発音
胸から鮮血を飛び散らせ、前のめりに倒れこむベン・フィング
「なっ!?ベン殿ーッ!」
ベン・フィングは、タジーム・ハメイドを陥れ、軟禁している憎き相手である。
ブレンダンも人間だ。ベン・フィングを恨み、憎み、叩き潰してやりたいと思っていた
だが、この瞬間、あまりに予想外の出来事に、ブレンダンは咄嗟にベン・フィングの体を受け止めていた
なぜ?
なぜベン・フィングがこんな行為をする?爆裂弾とはいえ、魔力が尽きかけ、体力も精神力も衰えた状態で、胸に直接手を当てて撃てば、死んでもおかしくない。
なぜ、ベン・フィングはこんな死ぬかもしれない行為を・・・
事実、ベン・フィングは血を吐き、胸からも血が溢れ出ている。放っておけば長くは持たないだろう。
すぐにヒールをかけねばならない。
ブレンダンが一階層で試合を見守る弟子、ジャニスの方に顔を向け、声を上げようとしたその時
自分がその体を受け止め支えている男から
恐ろしい程に冷たく通る声が耳に入った
解いたな
ブレンダンの周囲の音が止み 底知れない恐怖心が冷たい氷に刺されたように背筋を駆け上がった
用心のため、対魔、対物の結界を自分の周囲1メートル程を囲うように張り巡らせていたが、倒れるベン・フィングを受け止めるため、咄嗟に結界を解いてしまっていた。
そこから先は時間にして、ほんの数秒の出来事だった
ベン・フィングの己の命すら懸けた、正真正銘最後の策だった
用心深く、息子が失敗した時の事まで考えて用意した策だったが、
己の身を傷つける行為であったため、もし負ける事になっても、ベン・フィング自身、元々使う事は無いと思っていた。
だが、自分の命すら天秤にかける程、この時のベン・フィングは憎しみに支配されていた
当初、ここまで自分を傷つけるつもりは無かった
いかに殺したい程疎ましい相手でも、自分の命を懸ける事は、やはり躊躇われる
そんな煮え切らない覚悟だった事もあり、合図は中途半端なものになっていた
【もし、俺が自分になにかしたら撃て】
ここまでブレンダンに警戒されていなければ、自分の胸を撃つことはなかった
だが、ジョン・フィングが失敗し、試合が終了するまで結界を解く様子を見せないブレンダンには、
想像を超える一手が・・・まともな思考ではたどり着けない一手が必要だった
自殺と取られてしかたのないこの行動は、狂気にすら映るだろう
この行動で、今後のベン・フィングの大臣としての地位は危ういものにもなるだろう
だが、それでも・・・大臣としての地位を失う事になるとしても
それ以上に今はこのブレンダンが憎かった
ベン・フィングの憎しみが、大臣としての権力も名誉も金も上回った
三階層から放たれた魔道具はジョン・フィングと同じ、黒髪の針、だがこれには毒が塗ってあった
もう一人のベン・フィングの協力者
その男の肌は黒く、眉は太く、その漆黒の目は、人の命を路上の石程度にしか見ていない冷たいものだった。
赤いマントを羽織り、チリチリとした絡まりそうな長い髪は、編み込み首筋からいくつかの束にして垂らしている。
殺し屋 ジャーガル・ディーロは、ベン・フィングが己の胸を撃ち、ブレンダンがその体を支えるために結界を解き、ベン・フィングを受け止めると同時に、人ゴミの中堂々と、指で挟んでいた黒髪の針に魔力を流した。
しかし、誰一人、ジャーガル・ディーロの行為に気付く者はいなかった。
誰もが闘技場で起きている、大臣の自殺行為に衝撃を受け、他に注意を払う事などできるはずがなかったからだ。
ブレンダンに向け打ち出された黒髪の針は、ほんの数舜の間にブレンダンの身体に突き刺さる
ウィッカーもジャニスもパトリックも、ベン・フィングの行動に衝撃を受け、思考が一瞬飛んでしまっていた。そのため誰一人、三階層から打ち出されたブレンダンの命を奪う、黒髪の針に気付いていなかった
自分に向かってくる殺意を持った凶器を察したのはブレンダンだった
凶器の正体は分からない
だが、今すぐに結界を張らねば死ぬ
頭で理解するより全身の細胞がそう警告を発し、ブレンダンはベン・フィングを抱えたまま結界を張ろうと、全身から魔力を放出しようとしたその瞬間
ベン・フィングの執念とも言える最後の一撃が、ブレンダンの腹で爆発した
魔力耐性の高いブレンダンでも、直接手を腹に当てられ、意識が外に向いている状態で食らえば、ただの爆裂弾でも相当な衝撃が体を突き抜けた
体が後方に吹き飛ぶ
それは丁度、ジャーガル・ディーロの放った黒髪の針の死線上だった
吹き飛ばされるブレンダンの目に映った光景は
支えを失い前のめりに倒れながらも、勝利に笑うベン・フィングの下卑た笑みだった
ウィッカーの目で、黒髪の針は捉える事はできなかった
それは、ウィッカーに限らず、ジャニスであっても、パトリックであっても、誰であっても不可能であった
髪の毛程の細さを、10メートル以上離れた位置から捉えられる者だと誰もいない
ウィッカー、ジャニス、パトリックは、あまりに予想外の事態と、ブレンダンの危機、そう、正体は分からないが、危惧していた更なる命の危機だけは感じ取り、客席と闘技場を隔てる壁を飛び越え、声を上げブレンダンの元へ走った
だが、間に合わない
吹き飛ばされたブレンダンの身体が地に落ちる前に、あとほんの瞬き程の刹那の間に
ジャーガル・ディーロの放った黒髪の針は、ブレンダンの身体に突き刺さる
はずだった
微かに鳴った金属の割れる音
地面に突き刺さる鉄の矢尻の横には、真っ二つに割れた黒髪の針が転がっていた
髪の毛程の細さを、10メートル以上離れた位置から捉えられる者だと誰もいない
・・・一人を除いては・・・
史上最強の弓使い ジョルジュ・ワーリントンを除いては
パトリックはジャニスに言われ、探索魔法のサーチを使い、ベン・フィングの息子、ジョン・フィングを、この闘技場内で探していた。
ジャニスは、ジョン・フィングが何かを仕掛けてくると読み、危険が迫ったら、いつでも師ブレンダンに知らせる準備をしていた。
パトリックのサーチで、ジョン・フィングは一階層、ブレンダンの後方に席を取っている事はわかった。
あとは、何かを仕掛けるならば、合図があるはずであった。
ジャニスはベン・フィングの動作の一挙手一投足から、違和感を見逃さないように観察し続けた。
そして、あのタイミングでローブの埃を何度も払う必要があったのだろうか?
そう感じた瞬間、ジャニスは客席と闘技場を隔てる壁に身を乗り出し、声の限りブレンダンに危険を叫んだ。
パトリックはサーチで常にジョン・フィングの居場所を掴み続けなければならない。
そのためウィッカーは、身を乗り出しブレンダンに危険を伝えるジャニスの身を護るため、
もし何らかの攻撃を受けた場合、即座に反撃できるように周囲に気を飛ばしていた。
その手は僅かに炎を纏っていた。ウィッカーが選んだ魔法は、スピードと貫通力のある火炎魔法、火炎槍である。
「・・・奇襲の一撃を防がれてから、すぐに移動をしている。この速さは走っているな・・・すぐに外にでるだろう」
「どうする?追う?」
パトリックは立ち上がり、闘技場の出入り口に顔を向けた。
ジャニスは壁から体を下ろすと、ウィッカーの考えを読み取るようにその目を見つめる。
「・・・いや、師匠の安全がまだ確保されていない。この試合は終わるまでは、俺達はここで師匠のフォローにまわろう」
ウィッカーの言葉に、ジャニスは、分かった、とだけ短く答えると再び闘技場中央に体を向けた。
「・・・ジョン・フィングは外に出て行った。もう少し追えなくはないが、サーチは解くぞ。俺は結界をいつでも張れるようにしておく」
「分かりました。俺も周囲への警戒を続けます」
ジョン・フィングを追い捕まえたとしても、おそらく証拠は出てこないだろう。
常にベン・フィングを疑っていたウィッカーとジャニスだからこそ、奇襲に気づけたが、おそらくほとんどの者が、ブレンダンの受けた外からの攻撃に気付いてはいないであろう。
突然ブレンダンが結界を張った事に、多少のどよめきはあったが、ベン・フィングが近づいてきたから警戒して結界を張った。くらいの認識なのだろう。
すぐに何事もなかったかのように歓声が戻った。
ジョン・フィングの飛ばした魔道具は、黒髪の針、という文字通り、髪の毛程の細さの黒い針だった。
使い方は簡単で、標的に狙いを付け、針の先端に魔力を込めるだけである。
先端に魔力を込めると、針は真っ直ぐに飛ぶだけの単純な仕組みだが、針は高い強度と、先端の鋭さから貫通力も有り、本来は刺した相手を麻痺させるだけの効果だが、毒を塗らずとも、首や頭を狙えば殺傷する事も可能だった。
暗殺に用いられる可能性も高く、一般の店では扱われていない。
王宮で特別な許可を受けて、初めて手に入る魔道具だった。
ウィッカーもジャニスも、ジョン・フィングが使った魔道具が、黒髪の針とまでは認識できていなかった。
だが、危険をおかして外から撃たせるのだ。当たればこの状態からでも逆転できると思われる程のものだろう。そう考えていた。
そして、この場でブレンダンの援護に回る自分達は、邪魔でしかない。
確信があるわけではない。だが、ウィッカー、ジャニス、パトリックの三人は、ジョン・フィング以外にも、刺客がいる可能性を見て、自分達の周囲にも気を張り警戒態勢をとっていた。
「ベン殿、刺客まで用意するとはな・・・がっかりさせてくれるのう。じゃが、これでもう終いじゃな・・・降参されよ」
闘技場中央では、ブレンダンが正面に立つベン・フィングに哀れみを込めた言葉をかけていた。
ブレンダンはまだ結界を解いてはいなかった。
撃てて、爆裂弾1~2発・・・その程度の魔力しか残っていなかったとしても、目の前の男ベン・フィングの、刺客まで用意する執念を侮ってはいなかったからだ。
すでに勝敗は決している。
それは、2万人の観客も分かっていた。いつしか場内は歓声も治まり、支配人がブレンダンの勝利を読み上げる事を待つ空気に変わっていった。
ブレンダンに驕りがあったわけでも、油断があったわけでもない、ただ、それは条件反射だった。
王宮仕えの職を辞し、親のいない子供達に居場所を与えたい。
愛情を教えたい。
生きる喜びを教えたい。
慈愛の心を持ったブレンダンだからこその、咄嗟の反応だった。
ただ黙ったまま正面に立っていたベン・フィングは、突如顔を上げたかと思うと、己の胸に手を当て爆裂弾を放った
歓声の治まりかけた闘技場に突如響いた爆発音
胸から鮮血を飛び散らせ、前のめりに倒れこむベン・フィング
「なっ!?ベン殿ーッ!」
ベン・フィングは、タジーム・ハメイドを陥れ、軟禁している憎き相手である。
ブレンダンも人間だ。ベン・フィングを恨み、憎み、叩き潰してやりたいと思っていた
だが、この瞬間、あまりに予想外の出来事に、ブレンダンは咄嗟にベン・フィングの体を受け止めていた
なぜ?
なぜベン・フィングがこんな行為をする?爆裂弾とはいえ、魔力が尽きかけ、体力も精神力も衰えた状態で、胸に直接手を当てて撃てば、死んでもおかしくない。
なぜ、ベン・フィングはこんな死ぬかもしれない行為を・・・
事実、ベン・フィングは血を吐き、胸からも血が溢れ出ている。放っておけば長くは持たないだろう。
すぐにヒールをかけねばならない。
ブレンダンが一階層で試合を見守る弟子、ジャニスの方に顔を向け、声を上げようとしたその時
自分がその体を受け止め支えている男から
恐ろしい程に冷たく通る声が耳に入った
解いたな
ブレンダンの周囲の音が止み 底知れない恐怖心が冷たい氷に刺されたように背筋を駆け上がった
用心のため、対魔、対物の結界を自分の周囲1メートル程を囲うように張り巡らせていたが、倒れるベン・フィングを受け止めるため、咄嗟に結界を解いてしまっていた。
そこから先は時間にして、ほんの数秒の出来事だった
ベン・フィングの己の命すら懸けた、正真正銘最後の策だった
用心深く、息子が失敗した時の事まで考えて用意した策だったが、
己の身を傷つける行為であったため、もし負ける事になっても、ベン・フィング自身、元々使う事は無いと思っていた。
だが、自分の命すら天秤にかける程、この時のベン・フィングは憎しみに支配されていた
当初、ここまで自分を傷つけるつもりは無かった
いかに殺したい程疎ましい相手でも、自分の命を懸ける事は、やはり躊躇われる
そんな煮え切らない覚悟だった事もあり、合図は中途半端なものになっていた
【もし、俺が自分になにかしたら撃て】
ここまでブレンダンに警戒されていなければ、自分の胸を撃つことはなかった
だが、ジョン・フィングが失敗し、試合が終了するまで結界を解く様子を見せないブレンダンには、
想像を超える一手が・・・まともな思考ではたどり着けない一手が必要だった
自殺と取られてしかたのないこの行動は、狂気にすら映るだろう
この行動で、今後のベン・フィングの大臣としての地位は危ういものにもなるだろう
だが、それでも・・・大臣としての地位を失う事になるとしても
それ以上に今はこのブレンダンが憎かった
ベン・フィングの憎しみが、大臣としての権力も名誉も金も上回った
三階層から放たれた魔道具はジョン・フィングと同じ、黒髪の針、だがこれには毒が塗ってあった
もう一人のベン・フィングの協力者
その男の肌は黒く、眉は太く、その漆黒の目は、人の命を路上の石程度にしか見ていない冷たいものだった。
赤いマントを羽織り、チリチリとした絡まりそうな長い髪は、編み込み首筋からいくつかの束にして垂らしている。
殺し屋 ジャーガル・ディーロは、ベン・フィングが己の胸を撃ち、ブレンダンがその体を支えるために結界を解き、ベン・フィングを受け止めると同時に、人ゴミの中堂々と、指で挟んでいた黒髪の針に魔力を流した。
しかし、誰一人、ジャーガル・ディーロの行為に気付く者はいなかった。
誰もが闘技場で起きている、大臣の自殺行為に衝撃を受け、他に注意を払う事などできるはずがなかったからだ。
ブレンダンに向け打ち出された黒髪の針は、ほんの数舜の間にブレンダンの身体に突き刺さる
ウィッカーもジャニスもパトリックも、ベン・フィングの行動に衝撃を受け、思考が一瞬飛んでしまっていた。そのため誰一人、三階層から打ち出されたブレンダンの命を奪う、黒髪の針に気付いていなかった
自分に向かってくる殺意を持った凶器を察したのはブレンダンだった
凶器の正体は分からない
だが、今すぐに結界を張らねば死ぬ
頭で理解するより全身の細胞がそう警告を発し、ブレンダンはベン・フィングを抱えたまま結界を張ろうと、全身から魔力を放出しようとしたその瞬間
ベン・フィングの執念とも言える最後の一撃が、ブレンダンの腹で爆発した
魔力耐性の高いブレンダンでも、直接手を腹に当てられ、意識が外に向いている状態で食らえば、ただの爆裂弾でも相当な衝撃が体を突き抜けた
体が後方に吹き飛ぶ
それは丁度、ジャーガル・ディーロの放った黒髪の針の死線上だった
吹き飛ばされるブレンダンの目に映った光景は
支えを失い前のめりに倒れながらも、勝利に笑うベン・フィングの下卑た笑みだった
ウィッカーの目で、黒髪の針は捉える事はできなかった
それは、ウィッカーに限らず、ジャニスであっても、パトリックであっても、誰であっても不可能であった
髪の毛程の細さを、10メートル以上離れた位置から捉えられる者だと誰もいない
ウィッカー、ジャニス、パトリックは、あまりに予想外の事態と、ブレンダンの危機、そう、正体は分からないが、危惧していた更なる命の危機だけは感じ取り、客席と闘技場を隔てる壁を飛び越え、声を上げブレンダンの元へ走った
だが、間に合わない
吹き飛ばされたブレンダンの身体が地に落ちる前に、あとほんの瞬き程の刹那の間に
ジャーガル・ディーロの放った黒髪の針は、ブレンダンの身体に突き刺さる
はずだった
微かに鳴った金属の割れる音
地面に突き刺さる鉄の矢尻の横には、真っ二つに割れた黒髪の針が転がっていた
髪の毛程の細さを、10メートル以上離れた位置から捉えられる者だと誰もいない
・・・一人を除いては・・・
史上最強の弓使い ジョルジュ・ワーリントンを除いては
0
お気に入りに追加
141
あなたにおすすめの小説
僕の家族は母様と母様の子供の弟妹達と使い魔達だけだよ?
闇夜の現し人(ヤミヨノウツシビト)
ファンタジー
ー 母さんは、「絶世の美女」と呼ばれるほど美しく、国の中で最も権力の強い貴族と呼ばれる公爵様の寵姫だった。
しかし、それをよく思わない正妻やその親戚たちに毒を盛られてしまった。
幸い発熱だけですんだがお腹に子が出来てしまった以上ここにいては危険だと判断し、仲の良かった侍女数名に「ここを離れる」と言い残し公爵家を後にした。
お母さん大好きっ子な主人公は、毒を盛られるという失態をおかした父親や毒を盛った親戚たちを嫌悪するがお母さんが日々、「家族で暮らしたい」と話していたため、ある出来事をきっかけに一緒に暮らし始めた。
しかし、自分が家族だと認めた者がいれば初めて見た者は跪くと言われる程の華の顔(カンバセ)を綻ばせ笑うが、家族がいなければ心底どうでもいいというような表情をしていて、人形の方がまだ表情があると言われていた。
『無能で無価値の稚拙な愚父共が僕の家族を名乗る資格なんて無いんだよ?』
さぁ、ここに超絶チートを持つ自分が認めた家族以外の生き物全てを嫌う主人公の物語が始まる。
〈念の為〉
稚拙→ちせつ
愚父→ぐふ
⚠︎注意⚠︎
不定期更新です。作者の妄想をつぎ込んだ作品です。
貴族に生まれたのに誘拐され1歳で死にかけた
佐藤醤油
ファンタジー
貴族に生まれ、のんびりと赤ちゃん生活を満喫していたのに、気がついたら世界が変わっていた。
僕は、盗賊に誘拐され魔力を吸われながら生きる日々を過ごす。
魔力枯渇に陥ると死ぬ確率が高いにも関わらず年に1回は魔力枯渇になり死にかけている。
言葉が通じる様になって気がついたが、僕は他の人が持っていないステータスを見る力を持ち、さらに異世界と思われる世界の知識を覗ける力を持っている。
この力を使って、いつか脱出し母親の元へと戻ることを夢見て過ごす。
小さい体でチートな力は使えない中、どうにか生きる知恵を出し生活する。
------------------------------------------------------------------
お知らせ
「転生者はめぐりあう」 始めました。
------------------------------------------------------------------
注意
作者の暇つぶし、気分転換中の自己満足で公開する作品です。
感想は受け付けていません。
誤字脱字、文面等気になる方はお気に入りを削除で対応してください。
【完結】【勇者】の称号が無かった美少年は王宮を追放されたのでのんびり異世界を謳歌する
雪雪ノ雪
ファンタジー
ある日、突然学校にいた人全員が【勇者】として召喚された。
その召喚に巻き込まれた少年柊茜は、1人だけ【勇者】の称号がなかった。
代わりにあったのは【ラグナロク】という【固有exスキル】。
それを見た柊茜は
「あー....このスキルのせいで【勇者】の称号がなかったのかー。まぁ、ス・ラ・イ・厶・に【勇者】って称号とか合わないからなぁ…」
【勇者】の称号が無かった柊茜は、王宮を追放されてしまう。
追放されてしまった柊茜は、特に慌てる事もなくのんびり異世界を謳歌する..........たぶん…....
主人公は男の娘です 基本主人公が自分を表す時は「私」と表現します
「クズスキルの偽者は必要無い!」と公爵家を追放されたので、かけがえのない仲間と共に最高の国を作ります
古河夜空
ファンタジー
「お前をルートベルク公爵家から追放する――」それはあまりにも突然の出来事だった。
一五歳の誕生日を明日に控えたレオンは、公爵家を追放されてしまう。魔を制する者“神託の御子”と期待されていた、ルートベルク公爵の息子レオンだったが、『継承』という役立たずのスキルしか得ることができず、神託の御子としての片鱗を示すことが出来なかったため追放されてしまう。
一人、逃げる様に王都を出て行くレオンだが、公爵家の汚点たる彼を亡き者にしようとする、ルートベルク公爵の魔の手が迫っていた。「絶対に生き延びてやる……ッ!」レオンは己の力を全て使い、知恵を絞り、公爵の魔の手から逃れんがために走る。生き延びるため、公爵達を見返すため、自分を信じてくれる者のため。
どれだけ窮地に立たされようとも、秘めた想いを曲げない少年の周りには、人、エルフ、ドワーフ、そして魔族、種族の垣根を越えたかけがえの無い仲間達が集い―― これは、追放された少年が最高の国を作りあげる物語。
※他サイト様でも掲載しております。
特殊部隊の俺が転生すると、目の前で絶世の美人母娘が犯されそうで助けたら、とんでもないヤンデレ貴族だった
なるとし
ファンタジー
鷹取晴翔(たかとりはると)は陸上自衛隊のとある特殊部隊に所属している。だが、ある日、訓練の途中、不慮の事故に遭い、異世界に転生することとなる。
特殊部隊で使っていた武器や防具などを召喚できる特殊能力を謎の存在から授かり、目を開けたら、絶世の美女とも呼ばれる母娘が男たちによって犯されそうになっていた。
武装状態の鷹取晴翔は、持ち前の優秀な身体能力と武器を使い、その母娘と敷地にいる使用人たちを救う。
だけど、その母と娘二人は、
とおおおおんでもないヤンデレだった……
第3回次世代ファンタジーカップに出すために一部を修正して投稿したものです。
【完結】悪役令嬢に転生したけど、王太子妃にならない方が幸せじゃない?
みちこ
ファンタジー
12歳の時に前世の記憶を思い出し、自分が悪役令嬢なのに気が付いた主人公。
ずっと王太子に片思いしていて、将来は王太子妃になることしか頭になかった主人公だけど、前世の記憶を思い出したことで、王太子の何が良かったのか疑問に思うようになる
色々としがらみがある王太子妃になるより、このまま公爵家の娘として暮らす方が幸せだと気が付く
【完結】父が再婚。義母には連れ子がいて一つ下の妹になるそうですが……ちょうだい癖のある義妹に寮生活は無理なのでは?
つくも茄子
ファンタジー
父が再婚をしました。お相手は男爵夫人。
平民の我が家でいいのですか?
疑問に思うものの、よくよく聞けば、相手も再婚で、娘が一人いるとのこと。
義妹はそれは美しい少女でした。義母に似たのでしょう。父も実娘をそっちのけで義妹にメロメロです。ですが、この新しい義妹には悪癖があるようで、人の物を欲しがるのです。「お義姉様、ちょうだい!」が口癖。あまりに煩いので快く渡しています。何故かって?もうすぐ、学園での寮生活に入るからです。少しの間だけ我慢すれば済むこと。
学園では煩い家族がいない分、のびのびと過ごせていたのですが、義妹が入学してきました。
必ずしも入学しなければならない、というわけではありません。
勉強嫌いの義妹。
この学園は成績順だということを知らないのでは?思った通り、最下位クラスにいってしまった義妹。
両親に駄々をこねているようです。
私のところにも手紙を送ってくるのですから、相当です。
しかも、寮やクラスで揉め事を起こしては顰蹙を買っています。入学早々に学園中の女子を敵にまわしたのです!やりたい放題の義妹に、とうとう、ある処置を施され・・・。
なろう、カクヨム、にも公開中。
魔力∞を魔力0と勘違いされて追放されました
紗南
ファンタジー
異世界に神の加護をもらって転生した。5歳で前世の記憶を取り戻して洗礼をしたら魔力が∞と記載されてた。異世界にはない記号のためか魔力0と判断され公爵家を追放される。
国2つ跨いだところで冒険者登録して成り上がっていくお話です
更新は1週間に1度くらいのペースになります。
何度か確認はしてますが誤字脱字があるかと思います。
自己満足作品ですので技量は全くありません。その辺り覚悟してお読みくださいm(*_ _)m
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる