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【149 愛弟子の声】

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ブレンダンの結界技、返し、を目の当たりにした観客達は、言葉を失い、2万人収容の闘技場が静寂に包まれた。


だれかが、すごい、と声を上げた

すごい、信じられない、なんだあれ?、そんな声がまばらに起き始め、やがて場内は割れんばかりの拍手と大歓声に包まれた。


「おい!ジャニス!やったな!」

「うん!さすが師匠!本番でもキッチリ決めたね!」

勝利を確信したウィッカーとジャニスは、拳を握り勝利の声を上げているが、隣に座るパトリックは、初めて見るブレンダンの技に、目を奪われ半ば放心していた。

カエストゥス国 魔法兵団 パトリック・ファーマーは、団長ロビン・ファーマーの息子にして、魔法兵団内で一番の青魔法の使い手である。

ブレンダンを除けば、現在のカエストゥス国で一番の青魔法使いと言っても過言ではなく、パトリック自身も自分の青魔法に自信を持っていた。

だが、そんなパトリックでさえ、今目の前で起きた光景に目を奪われ、状況を飲み込むことにしばしの時間を要した。


「・・・すごい・・・・・・あれが、魔戦トーナメント10連覇・・・ブレンダン・ランデル様・・・」

結界は受け止めるもの。防ぐもの。攻撃魔法を跳ね返す結界は存在しない。
そのため、結界はいかに頑強に、いかに広範囲に、それが求められてきた。

だが、ブレンダンの使用した技、結界で攻撃魔法を弾き返す、これは、これまでの結界の概念を覆すものであった。



さっきまでベン・フィングが立っていた場所、今は爆裂空破弾の爆心地となった場所からは、変わらず濛々と灰色の煙が立ち込めていた。

ベン・フィングが躱した様子はない。魔道具を持たない黒魔法使いが正面から防ごうとするならば、同程度の魔法をぶつけ相殺しなければならないが、ベン・フィングが最後に選んだ魔法が中級爆発魔法の爆裂空破弾であった事から、余力を残していない事は想像に易かった。

だが、ブレンダンは、正面から目を逸らさず、いつ何がおきても対処できるよう、周囲に気を配っていた。


試合の見届け人である、闘技場の支配人、一階層で見ている王族、貴族も、なぜブレンダンが勝ち名乗りを上げないのか不思議に感じていたが、ただならぬ緊張がまだ闘技場に漂っている事を感じ、誰も口を挟めずにいた。


「・・・おぉ、やっと煙が飛んだの・・・ほっほっほ、良かったのか?ルール上の問題はないが、赤っ恥じゃぞ?」


ベン・フィングは辛うじて立っていた。右手には金属製のプレートを握っており、それは青く、強い輝きを放ち、ベン・フィングの周囲を囲うように半透明の結界を作り出していた。


結界の魔道具である。


「このルールでの試合じゃ、元々は使うつもりは無かったんじゃろうな。だが、用心のために懐に忍ばせて置いた。そして、あの場面では使わざるを得んかった。そうじゃな、あれの直撃を受けては、死んでもおかしくなかったろうしな。自尊心よりは命を取るのは当然じゃな」

ブレンダンの言葉に、ベン・フィングは歯を食いしばり、手にしていた金属製のプレートを地面に叩きつけた。プレートから光が失われ結界が消えていく。

ほぼ全ての魔力を込めて放った爆裂空破弾の使用で、もはや足に力が入らず、ベン・フィングはその場で崩れ片膝を付いた。
倒れなかったのは、最後の意地なのかもしれない。


「結界の魔道具は一度きりの使い捨てじゃからな。勝負有りじゃ・・・ベン殿、降参されよ」


この時、ブレンダンはまだ周囲の警戒を解いてはいなかった。
ベン・フィングが魔道具を持っている事は想定していた。そしてそれが、おそらく結界の魔道具であろう事も、ほぼ当たりを付けていた。

ベン・フィングは誰の目から見ても魔力切れ寸前であった。
おそらく、撃ててあと爆裂弾を1~2発、その程度の微々たる魔力しか残っておらず、この状況でブレンダン相手に、逆転の目は皆無であった。

だが、この狡猾で自尊心の高い男が、結界の魔道具一つで試合に挑むとは考えにくかった。

それは、一階層で試合を見ている、二人の弟子、ウィッカーとジャニスも同じ見解である。


使うつもりの無かった結界の魔道具を使わされた。
これだけでも、ベン・フィングが感じた屈辱感はもの凄いものであった。

沸々と煮えたぎる目の前の憎き男、ブレンダン・ランデル。

これまでずっと自分の人生に影を落としてきた男・・・ベン・フィングは憎しみのあまり、妙に頭が冷える感覚に陥った。


それは、かなり危ない橋を渡る事になる、万一のための保険であった。
これだけ大勢の前で使えば、その手が判明する可能性は十分にあり、隠蔽のためすぐに消さなければならない。

絶対に負けないために考え抜いた策であったが、可能であれば使いたくはなかった。

だが、冷静になった今、ベン・フィングはあらためて実感していた。


俺はこの男が嫌いだと


ベン・フィングはローブに付いた埃を払うように、左手で腰の辺りを数回叩いた。
これが合図だった。

「・・・ブレンダン・・・貴様は、昔から俺を苛つかせるヤツだったよ・・・」

「・・・ベン殿?」

ベン・フィングはゆっくりと体を起こすと、一歩、ブレンダンに向かい歩を進めた。

下を向いているためその表情は見えないが、やけに落ち着いた声が、逆にベン・フィングの異様さを感じ取らせていた。


危ない・・・そうブレンダンが感じた瞬間、一階層の闘技場と客席を隔てる壁から身を乗り出し、ジャニスが大声で叫んだ!

「師匠!危ない!後ろー!」


ブレンダンは振り返らなかった。
ただ、耳に届いた愛弟子の声に従い、正面を向いたままブレンダンの周囲1メートル程度を囲う、小さな結界を瞬時に発動させた。

発動させるとほぼ同時に、自分の真後ろ、背中の辺りから結界が何か、小さくて固そう物を弾く音が聞こえた。

正体不明の攻撃を防いだ事で、ブレンダンが振り返り視線を落とすと、そこには髪の毛くらいの細さで、10cm程度の黒い棒が落ちていた。


「・・・黒髪くろかみの針か・・・当たれば、ワシは今頃動けなくなっていたでしょうな。
そして、無防備なまま倒れてしまえば、爆裂弾でも殺す事は可能・・・ベン殿、こんな事までして勝ちたかったのですか?」


ブレンダンは怒りより、悲しみの色を映した目で、正面に立つベン・フィングを見た。
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