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【146 選手入場】

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「あ、そろそろ始まるぞ」

俺達の話しの区切りがついた頃、闘技場の中央にヒラヒラした煌びやかな衣装を身にまとった男性が現れ、観客に向かい手を振り存在をアピールし始めた。

「パトリックさん、アレなんです?」
ジャニスが首を傾げ、指しながら疑問を口にすると、パトリックさんもあまり興味が無さそうに答えた。

「あぁ、試合開始前の挨拶だな。普通の試合なら闘技場の勤め人がやるんだけど、こういう大きな試合だと、貴族の人が自分を売り込むためにやる事が多いんだ」

「へぇ~、ここで挨拶する事が、自分を売り込む事になるんですか?」

俺が口を挟むと、パトリックさんは肩をすくめて、軽い感じで答えた。

「そうだな。なんせ今日は2万人入る闘技場が満員どころか、立ち見まで出て溢れかえっている。それだけ特別な試合だ。そこで、自分はこんな大きなところで挨拶ができるとアピールできるんだっ。存在を知らしめるには絶好の場だぞ」

言われてみれば、そうかもしれない。
10連覇で無敗のまま引退した師匠と、かつては国内屈指と言われ、今は大臣にまで上り詰めたベン・フィングの試合だ。しかも、両者の関係があまり良くない事は知られている。
そんな試合の場で挨拶をしたとすれば、話しの種にも持ってこいだろう。


しかし、いざ挨拶が始まると、貴族達以外には、かなりどうでもいい事を長々と話しているので、俺もジャニスもパトリックさんも、中央で声を大きくあげる貴族の話しは、右から左に聞き流していた。


「・・・ご清聴ありがとうございました!では、試合をどうぞお楽しみください!」

そう言って、やっと挨拶が終わり、貴族が下がると、オールバックに髪をまとめた、この闘技場の支配人らしき長身の男が現れ、入れ替わりに中央に立った。

大げさな程に体を開き、手を振り上げ、場内の注目を集めると、声や音を増幅させる棒状の魔道具を手に、収容人数2万人の闘技場に響かせる大声を張り上げた。


「闘技場へお集りの皆さん!大変お待たせいたしました!本日は三日前に急遽決まった試合ですが、まさかこんな興味深いカードが組まれるとは、誰が予想できたでしょうか!?それでは只今より選手の入場です!西門からは、もはや生ける伝説!前代未聞の、魔戦トーナメント10連覇という偉業を成した青魔法使い!ブレンダンーーーーーーーーーーーーーッッッッッッッッランデル!」


西門に向け振り上げた手を下ろすと、アーチ上の門から、襟の立ったボタン留めの青い上着と、同色の青いパンツに身を包んだブレンダン師匠がゆっくりと姿を現した。
風の精霊の加護を受けたマントは、魔道具の一種なので身に着けていない。

師匠の登場に、会場のボルテージが一気に盛り上がり、割れんばかりの歓声が沸き起こる。

「あれは、青魔法使いの稽古着じゃないか・・・今更ブレンダン様が着る物じゃないぞ。どういうおつもりだ?」

場内の盛り上がりとは裏腹に、パトリックさんが師匠のいでたちに怪訝な声を漏らす。

「パトリックさん・・・あれは多分・・・」

闘技場の中央にゆっくりと歩を進める師匠に目を向けたまま、ジャニスが口を開いた。

「なんだ?」

「あれは・・・屈辱的な意味がある。稽古着の相手に敗れるって・・・どう思う?」

「あっ・・・」

ジャニスの言葉に、俺もパトリックさんも顔を見合わせ、声を上げた。

そして俺は、応接室での大臣とのやりとりを思い出した。
あの時師匠は、しきりに、ベン・フィングに本物の魔法を見せてもらう、という言葉を使っていた。
対峙するベン・フィングから見れば、稽古着の師匠はまさに稽古をつけてもらう立場に見えるだろう。

だが、稽古をつけるべき相手に敗れれば、大臣が稽古をつけられたように見えるのではないだろうか?

大臣の立場でこれでは、あまりに屈辱だろう。
師匠はここまで考えたうえでの、あの態度だったのだろうか。

師匠が中央で歩と止めると、支配人は再び手を振り高らかに声を上げた。

「東門からは!かつて圧倒的実力を誇りながらも、国家のために一線を退いた義に生きる黒魔法使い!二度と表舞台に出るつもりはなかったが、昨今の若者に本物の魔法を見せるために一日限りの現役復帰!ご存じ!大臣!ベンーーーーーーーーーーーーーーーーーッッッッッッッッフィング!」

東門に向け、振り上げた腕をそのまま下ろすと、それを合図に、カエストゥス国大臣、ベン・フィングが姿を現した。

自尊心が強い大臣だが、この時は着飾った衣装ではなく、黒地に深緑色のパイピングをあしらった、カエストゥス国、黒魔法使いのローブ姿だった。

「前口上にちょいちょい疑問を感じるんだけど・・・」

「気が合うなジャニス。俺もだ」

まぁ、大臣の紹介だ。ご機嫌を取りたい気持ちは理解できるが、それでも気に入らないものは気に入らない。
観客に手を振りながら、一歩一歩ゆっくり歩き中央にたどり着くと、師匠に詰め寄るように一歩大きく踏み込んだ。

師匠は、身長が165cmほどの小柄だが、ベン・フィングは横に広いが、意外と縦にも高い。
並ぶと師匠より10cm以上高さがあるように見える。
師匠を見下ろしながら、なにかしら言葉をかけているようだが、10メートル以上離れているここまでは聞こえない。



「フハハハハ、ブレンダンよ、覚悟はできてるか?無謀な挑戦を後悔させてやろう」

「・・・覚悟、ですか?そうですな・・・そう言えば、覚悟は必要でしたな」

自分を見下ろすベン・フィングの言葉に、ブレンダンは顔を上げた。

「ほぅ、物分りがいいな?」

「はい。なにせ、本当に必要ですからな。試合とはいえ、もし大臣を殺してしまったら、さすがに罰を受けるでしょうから」

ブレンダンはベン・フィングの目を真っ直ぐに見たまま、はっきりと告げた。

一瞬、ベン・フィングは自分が何を言われたか頭に入らず、言葉を返せなかったが、すぐに意味を理解しこめかみに青い筋を浮かべると、鼻の頭がくっつくほどに顔を近づけた。

「面白れぇじゃねぇか!やれるもんならやってみろよ!」

「息がかかるので、もう少し離れてもらえませんかな?」

目をそらさず、表情を変えず、あくまでも淡々と言葉を返すブレンダンに、ベン・フィングの怒りは爆発寸前だった。

しかし、二人のやりとりが聞こえない観客達には、試合前に睨み合うパフォーマンスのように映り、一層歓声が増していく。


「場内も盛り上がってきたところで、あらためてルールを説明します!皆さんすでにご存じでしょうが、この試合では、ブレンダン選手は魔道具は使用不可!魔法も結界のみ使用可でございます!
対して大臣は魔道具も黒魔法も全て使用可でございます!勝敗は、どちらかが敗北を認めるか、魔力切れで動けなくなった方の負けとなります!それでは、両者開始線まで離れてください!合図と共に試合開始です!」

ベン・フィングはブレンダンを睨み付けたまま、ゆっくりと体を離すと、ギリギリまで睨んだまま身をひるがえし、数メートル程先の開始線まで下がった。

ブレンダンは対照的に、支配人の言葉を聞くなり、すぐにベン・フィングに背を向け、平然と西側の開始線まで歩いて行った。


支配人は中央から後方へ下がり、巻き添えを食わないように一階の客席に入った。
闘技場では、観客に被害が及ばないように、客席と試合場の境目に王宮仕えの青魔法使いが一定の間隔で待機し、状況を見て、結界を張るようになっている。

ブレンダンとベン・フィング、両者が左右に離れ、開始線に立った事が確認されると、支配人が空に向かい爆裂弾を両手で一発づつ放った。

空中で二発の爆裂弾が接触すると、試合開始を告げる轟音が闘技場に鳴り響いた。
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