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【138 劣等感】

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ベン・フィングは目の前で頭を下げる老人を見て、優越感と猜疑心を同時に抱えていた。

自分と同世代だったブレンダン・ランデルは、青魔法使いでありながら、このカエストゥス国で一番の使い手という評価を不動のものにしていた。

タジーム・ハメイドの台頭で、その座を失う事にはなったが、タジームがあまりに規格外な魔力であり、また人間味に薄く、人との関わりが極端に少ない事もあって、タジームは別ものとして分け、ブレンダンを1番として見る者も少なからずいる程である。


ベン・フィングはブレンダンへの劣等感を持っていた。
自分も黒魔法使いとして、若い頃にはこの国で指折りの使い手として名をはせた事もある。

しかし、実力も人望もあるブレンダンの影に隠れ、いつも心の中は穏やかではなかった。


月日は流れ、ベン・フィングは王宮で出世を続け、遂には大臣の座に治まる事ができた。
その時には、大きな権力を手にし、ブレンダンへの劣等感など忘れてしまっていた。

かつて国一番と謳われたブレンダンは、街外れで孤児院を開き、慎ましい生活を送るようになった。
反して自分は国の中心で、国王すら意のままに思い通りの政治を行っている。

ベン・フィングの心は優越感で満たされていた。

満たされていたはずだった・・・・・・


だが、あの日、あのバッタを殲滅したあの日、ベン・フィングが目にしたものは、おそらく全ての魔法使いが想像すらできない、とてつもない大魔法だった。

三種合成魔法 灼炎竜結界陣

広大な首都全てを覆う、ブレンダンの最高結界魔法 天衣結界

その結界を覆う、ウィッカーの灼炎竜は20メートルはあり、その数は30体という桁違いなものだった。

そしてジャニスは、これほどの広範囲を覆う結界の綻びを、本来治せるはずもないヒールで修復するという、常人をはるかに超えた天賦の才を見せつけた。



城からその結界を見た時、なにが起きているのか理解ができず、ただ巨大な結界に纏わりつく炎の竜が、迫りくるバッタを焼き殺していく様を、ただ茫然と眺めているだけだった。


タジームの黒渦が発動し、空が暗闇に覆われ、その闇の渦にバッタが次々と飲み込まれていく様を見た時は、得体の知れない禍々しさに、恐怖で震えたものだった。

理解ができない事だらけだったが、彼らは成し遂げた。

バッタを殲滅し、体力の回復に数日間を要したが、報告に王宮へ上がった時のブレンダンとタジームの表情は、晴れやかなものだった。

感情に乏しく、いつも無表情で何を考えているか分からないタジームが、周囲から褒めたたえられ、あろう事か、これまでの壁など無かったかのように、国王陛下からも称賛されたのだ。

嬉しかったのだろう。
あのタジームが確かに表情を緩め、笑っていたのだ。



英雄の声も上がり出した時、ベン・フィングの忘れていた劣等感に、再び憎悪の火が付いた。

どこまでいっても、ブレンダンは自分に影を落とすのだ。

あんな、悪魔王子とまで揶揄されたタジームを手懐け、英雄に仕立て上げる。
このまま国王とタジームの仲が良好なものになってしまえば、第二王子を王位につかせ、傀儡にしようとしている自分の計画が全て水の泡になってしまう。



ベン・フィングは、その日の夜、侍女に持って来させた水にある薬を入れ、国王に飲ませた。

それは、長年ベン・フィングが国王に飲ませていた薬である。

息子で王宮仕えの青魔法使い、ジョン・フィングに調合させたその薬は、人の心に恐怖を植え付けるという恐ろしい物だった。

元々タジームの事を恐れていた国王の心は、この薬を飲むことで一気に恐怖に支配される事になる。
ベン・フィングは国王の恐怖に漬け込むように、自分に任せていれば大丈夫と、正常な判断ができない状態の国王を言葉巧みに洗脳し、意のままに操る事に成功した。


いつも通り、国王の恐怖心を煽ったベン・フィングは、タジーム達の挙げた成果を無視し、黒渦の危険性をじっくりと説いた。

そして、長年ベン・フィングによって洗脳を受けていた国王は、ベン・フィングの言葉を信じ込み、貴族、並びに兵士達にも同様の説明をベン・フィングにさせ、その夜の内にタジームとブレンダンの糾弾が決まった。


おかしい、不自然だと思う者がいなかったわけではない。
だが、国王と大臣から、すでに結論付けられている直々の話しである。
異を唱える事はできなかった。

そして、タジームの城での人付き合いの希薄さも、悪い意味で影響していた。
ほとんど誰も接点が無いのである。
かばわなければならない理由も無かった。

かくして、タジームはたった1日で称賛から糾弾への無慈悲な言葉を浴びせられ、軟禁される事になる。
タジームが軟禁され、ブレンダンはベン・フィングへの直談判、貴族達を回りタジームの無実と、解放をよびかけたが、実る事は無かった。



そして今


いつも自分の前に立つブレンダンが、自分に頭を下げている。
回りくどい言い方をしているが、ようはブレンダンは自分に仕返しをしようと考えているわけだ。
ベン・フィングは、ブレンダンの思考をそう読んだ。

国一番の使い手を言われたブレンダンならば、いかに不利な条件でも、自分の攻撃魔法を凌ぎ切れると、そう自分を甘く見ているのだ。

自分とブレンダンの2人がそのような試合を行うならば、当然場所は円形闘技場。大勢の国民が集まるだろう。そこで、自分を恥じをかかせるつもりだと、ベン・フィングはそう確信した。


「・・・・・・いいだろう。ブレンダン、その試合を受けてやろう」

「・・・ありがとうございます」


ベン・フィングは、勝算や自信より、自尊心が勝った。
なにかしら策はあるのだろうと考えはしたが、やはりどう考えても魔道具無しでは、攻撃の方法が無い。

そしてブレンダン自身が、結界魔法しか使わないと言っている。
いかにブレンダンと言えど、これだけ有利な条件ならば、負けるはずがない。負けようがないのである。

やはり、ブレンダンは単純に、こちらの魔力を低く見ているのだ。一線を退いたと言っても、半分現役のような事をしている自分が、引退して長いこの私になど負けるはずがないと甘く見ているのだろう。


舐められたものだ・・・・・・このまま、ただ負かすだけでは済ませられんな・・・・・


「ブレンダンよ、賭けをしないか?」
「・・・・・賭け、ですか?」

いまだブレンダンは頭を下げている。

「そうだ。もし、お前が勝ったらなにか褒美をくれてやろう。まぁ、予想はつくが言ってみろ」

「では、王子の解放を」

「よかろう。もしお前が勝てば解放しよう。国王陛下には私から話しを通しておく」

「ありがとうございます。では、ベン殿が勝ちました場合はどうなりますかな?」


「お前の命をもらう」


ベン・フィングは口の端を吊り上げ笑った。

ベン・フィングの言葉に、ブレンダンの両隣に座る、ウィッカーとジャニスが声を上げ反発した。

「ふざけるな!そんな賭けができるわけないだろ!」

「師匠!だめです!一体どうしちゃったんですか!?こんな不利な勝負を持ちかけて・・・」

慌てる二人の弟子の姿を見て、ベン・フィングは自身の心に、優越感が一層広がっていく事を感じていた。

そうだ。受けれる訳がない。こんな不利な勝負に自分の命を賭けるなどできる訳が無い。

自分の言葉に腹を立て、思わずこんな試合を申し込んだのだろうが、命を賭ける程の覚悟はないだろう。
ベン・フィングは、断られる事を見越して発した言葉だった。

臆病風に吹かれたか?など、侮蔑の言葉を浴びせた後、孤児院の権利の剥奪など、落としどころを探すつもりだった。



だが・・・・・・


「いいでしょう。こんなおいぼれの命でよければ、賭けましょう」

ブレンダンは体を起こし、ベン・フィングの顔を真っ直ぐに見据え、ハッキリとした口調で答えた。
普段は子供達を優しさに満ち溢れた目で見ているが、今、この時は目の前の男にハッキリとした敵意を向け見据えている。


「なっ!なにぃ!?き、貴様・・・正気か!?この条件で受けるのか!?勝てると思っているのか!?」

ベン・フィングは、またも両手を激しくテーブルに叩き付け、声を荒げ、ブレンダンに迫った。

「えぇ、もちろん受けましょう。何度も申しますが、ワシは勝負という気持ちはありません。ですが、ワシがベン殿より長く立っていられたら、タジーム王子は解放してくださるのでしょう?ならばこの命賭けましょう」

「貴様ッツ!やはり私を軽く見ているな!?結界しか使えんのだぞ!?貴様が言い出したのだ!結界だけで私の攻撃を最後まで受け切ると言うのか!?馬鹿にするなァァッツ!」


叫び声と共に、ベン・フィングの体から魔力が溢れだした。


それはベン・フィングの内面を表しているかのように、ドス黒いエネルギーの球体だった。

放出された無数のエネルギーの球体は、一つ一つは赤子の手のように小さなものだったが、
空気中で細かく爆ぜながら、威嚇するように俺達を取り囲んでいる。


「ベン殿、なにをするおつもりかな?」

ベン・フィングが攻撃体勢に入ると同時に、師匠は結界を張り巡らせていた。

ウィッカーとジャニスは青い半透明の結界内で、ブレンダンに護られている。


「ハァッ・・・ハァッ・・・馬鹿に、馬鹿にしやがって・・・」

こめかみに青い筋をたて、上下の歯を軋むように鳴らし、ベン・フィングはブレンダンを忌々しさを込めた鋭い目で、睨み付けた。

ベン・フィングの放とうとしている魔法は、爆発魔法の基本、爆裂弾である。

だが、ベン・フィングは爆裂弾を数十発同時に体の周囲に展開し、自分を中心に360度、全方位に展開していた。
上級の黒魔法使いができる、爆裂弾の応用である。


一発一発はただの爆裂弾だが、ベン・フィングの高い魔力で、これだけの数を一斉に浴びせられれば、ブレンダンですら、死んでもおかしくはない。

ベン・フィングはブレンダンも、その二人の弟子の命すら、頭の片隅にも無かった。
ただ、自分を不愉快にさせる男を始末できればそれでいい。

それだけだった


「・・・短気はいけませんな・・・大臣たる者、どっしりと構えてくださらんと」


だが、これほどの敵意を向けられても、ブレンダンは、座ったまま僅かに右手を前に出し、自分達3人が座るソファ一帯だけを包むように結界を発動させているだけだった。

「・・・クッ!こんな結界で・・・これだけの数の爆裂弾を、全て受け切る自信があると言うのか!?」

興奮し息を切らしているベン・フィングとは対照的に、ブレンダンの顔は、向けられる殺気すら受け流す涼し気なものだった。

「これは身を護るために発動させただけすじゃ。さすがに食らうわけにはいきませんからな。では・・・これをベン殿の返事と受け取ってよいですな?お互いの条件も了承という事でよろしいですな?試合の日はいつになさいますかな?」


ウィッカーもジャニスは、師ブレンダンの見た事も無い一面に驚かされ、予想外に展開していく状況に、ただただ驚き、言葉を発せず成り行きを見守っていくしかなかった。


「ハァ・・・フゥ・・・いいだろう。貴様が勝てば王子は開放する。だが私が勝てば貴様の命をもらう・・・つまり処刑だ。それでいいんだな」

ベン・フィングが落ち着きを取り戻した声でブレンダンに確認を求めるが、ブレンダンは、結構、と一言だけ返し、頷いただけだった。

「分かった。そうだな、3日後の午後1時、場所は闘技場だ。その時こそ、貴様を葬ってやろう。覚悟しておくことだ」



ブレンダンは言葉は返さなかった。

黙って立ち上がると僅かに頭を下げ、ベン・フィングに背を向ける。
そして、振り返る事なく、ドアを開け部屋を出て行った。

「あ、師匠!待ってください!」
「ちょっと、師匠!待って!」

ウィカーとジャニスは、ブレンダンの背中を追い駆けて行った。

1人残されたベン・フィングの体からは、もう魔力は溢れ出してはおらず、標的のいなくなった爆裂弾も消えていた。

ただ、ベン・フィングはゆっくりとソファに腰を下ろすと、やや俯きながら、しばらく無言で両手を握り合わせていた。


己の拳だけをただ見つめるその表情からは、感情が読み取れないが、ベン・フィングの心は、ブレンダンへの殺意を、心で研ぎ澄ませていた。
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