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【136 静かな怒り】

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カエストゥス国 エンスウェル城

広大な床面積を持ち、城壁に囲まれ、重厚な外観は堅牢な雰囲気を漂わせている。
城郭には、花が咲き誇る美しい庭園が広がり、王室の建物も庭園を囲むように配置されている。

城門から少し離れた場所で馬車を降り、俺とジャニス、師匠の3人はエンスウェル城へ足を向けた。

城門前に立つ番兵は、俺達に気が付くと驚いたように眉を上げた。
昨日の今日で師匠が来たのだ。意外だったのだろう。

「ブレンダン・ランデルと、弟子のウィッカーとジャニスじゃ。大臣ベン・フィングへお繋ぎ願いたい」

ブレンダンの言葉に、番兵は難しい顔をして辺りを見回した後、一歩俺達に近寄り声を小さく話しだした。

「ブレンダン様、タジーム様の件でお越しになられたのですよね?私が口を挟む事ではありませんが、昨日ブレンダン様がお帰りになられた後も、城内はずっとその事で話しが持ち切りになっております。
門番の私の耳に入る程ですから相当なものです。今、大臣へ接触される事は、かえって大臣を刺激してしまうと思いますが・・・」

「ワシも幸せ者じゃのう・・・お主のように気にかけてくれる者がおるとは。ありがとう。じゃが、王子は今たった1人で、孤独に心を苛まれておる事じゃろう。ワシはな、王子を裏切りたくないんじゃ。王子を救えるのはワシらだけじゃ。そのためにも、ベンと話さねばならん。取り次いでもらえんかな?」


「・・・分かりました。出過ぎた事を申しました。お許しください」

「いやいや、謝る事ではなかろう。ワシは嬉しかったぞ。ベンには気を付けておこう」


番兵は一礼すると城内に入り、待機していた連絡係の兵士に用件を伝え戻って来た。

取り次ぎには時間がかかると言う事なので、待っている間、俺達は番兵から昨日師匠が帰った後の事を、詳しく聞いてみた。


やはり、ベン・フィングが中心になり、黒渦の危険性を声高に吹聴して回っていたようだ。
バッタの脅威から首都を護ったという事はまるで無かったような扱いにされ、一歩間違えれば、首都は壊滅していたという主張ばかりで、そのうち、バッタよりも黒渦のせいで首都が危険にさらされたという話しに変わっていったらしい。

ベン・フィングの最も厄介な点は、現在国王陛下を洗脳とも言える状態にしている事である。

そのせいで、ベン・フィングの意見はすんなりと国王陛下に通ってしまう。
貴族達や、王宮仕えの兵士達も、国王陛下を通しての言葉であればと受け入れやすい。

そして、タジーム・ハメイドは、長年に渡り王宮から離れており、身にまとう服も一般人と変わらない物だった。親子と言っても、国王陛下とは何年もまともな会話もできておらず、孤児院に身を寄せている。
その現状が、周囲がタジームを軽んじ、罪人のような扱いをする事にも抵抗を感じない大きな要因になっていた。

話しの整理がついた頃、ベン・フィングへの取り次ぎを得た兵士が戻ってきて、俺達は門の中へ足を入れた。



ブレンダン師匠は元は王宮仕えである。そのため城内の構造は全て頭に入っている。
一線を退き、孤児院を開いて隠遁生活を送っているが、有事の際には城から召集がかかるので、半分現役みたいなものだ。
齢60を超え、頭髪は真っ白になり、身体つきも細くなっているが、足腰はしっかりしているし、その魔力はまだまだ衰え知らずである。

事実、青魔法使いとして、師匠を超える魔法使いはまだ表れていない。

魔力の強さで言えばタジーム王子が、師匠を大きく上回っているが、青魔法使いに限れば、師匠はいまだカエストゥスで一番の使い手なのだ。


先頭を歩く師匠に付いて行き、大臣の待つ応接室へたどり着くと、なぜか師匠はノックもせず、ドアノブにも手をかけず、立ち止まってしまった。


「師匠?」

師匠は応接室のドアの前に立ったまま、黙って俺とジャニスに背を向けている。
声をかけても振り返る事も返事もなかった。だが、その体からにじみ出る殺気が、ベン・フィングに対する怒りを物語っていた。


隣に立つジャニスも、師匠の殺気に気圧され、言葉を発する事ができずにいた。

師匠は青魔法使いだ。
だから、戦闘に使える攻撃魔法は何一つ使えない。

そのため、青魔法使いが戦闘をする場合には、魔道具を使用するしかない。


師匠の魔道具 魔空まくうの枝《えだ》


それは師匠が作り出した、世界に1つだけの魔道具である。

魔空の枝は、樹齢千年を超える霊木の枝を削り作られた。

30cm程度の長さで、枝分かれはしていない。見た目はどこにでもある、ただの1本の枝である。

霊木は魔力を伝えやすい。そこに目を付けた師匠は、霊木そのものが魔力を宿すまで、魔力を流し続けた。
師匠は霊木が魔力宿す可能性は高いと見ていたが、前例が無く、どれだけの時間をかければ宿すのかも分からず、また失敗に終わる可能性ももちろんあった。

だが師匠は1日も休む事なく、毎日何時間も霊木に魔力を流し続けた。

それは先の見えない自分の精神との戦いだった。

徒労に終わるかもしれない。そんな考えは何度も頭をよぎっただろう。
だが、師匠は一言もそんな言葉はもらさず、ただ一心に魔力を流し続けた。

一か月が過ぎ、二ヶ月が過ぎても、枝は何も変化を見せなかった。

師匠が魔力を流し始めて半年が過ぎた頃、枝に変化が起こった。
枝の先が突然燃え上がったのである。

最初、師匠は魔力を流し込んだ事の影響で、火が付いてしまったかと思ったがそうではなかった。

枝は大きく燃え上がったが、その火はすぐに消えてしまった。
そして、枝事態は灰にならず綺麗に原型をとどめていた。枝を持っていた師匠も焼けどを負わなかったのである。

そう、これが霊木が魔力を宿した瞬間だった。

霊木は魔力を宿した事で、元から備わっていた霊気と、新たに宿した魔力とが融合し、その性質を変化させた。

それはあまりに強大な力だった。

霊木が魔力を宿す事で、どのように変化し、どのような力を手にできるのか、それは師匠の予想を大きく超えていた。


俺は師匠が魔空の枝を使用するところを、1度だけ見たことがある。

それは使用者から吸い取る魔力量で威力を変え、その効果を発揮する。

空一面に放出された魔力の凄まじさ。魔空の枝とは、正にこの魔道具にピッタリの名前だった。



「師匠・・・まさか、魔空の枝は使いませんよね?」

殺気をにじませ、ローブの胸の内側に手を忍ばせているのを見て、俺は師匠が魔空の枝を手にしているのを察した。

俺は師匠が、魔空の枝をいつもローブの胸の内に差している事を知っている。


「・・・・・・」

俺の問いかけに、師匠はしばらく黙っていたが、やがて体から発する殺気が治まると、ローブに入れていた手を下におろし、前を向いたまま言葉を発した。


「・・・使わんよ・・・・・・話し合いに来たんじゃからな」


その声色はいつもの優しい師匠のものだった。
だけど、目の前の扉を見ている師匠がどんな表情をしているのか・・・・・

想像ができなかった
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