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127 そして過去へ

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「アラタ君!見て見て!ケイトさんと、シルヴィアお姉ちゃんの三人で作ったの!」

閉店後、事務所のテーブルには所せましと、料理が並べられた。

おにぎり、卵焼き、ロールキャベツ、コールスローサラダ、豆乳と白菜のスープ。
そして人数分のプリン。

泊まりになるから、午後女性三人は店を出て、夕食作りをしてきてくれたのだ。

なんせ10人いるので、どの皿も大量だ。大食いのリカルドは一際喜んでいる。


「すごいな!これ三人で作ったんだ?あ、プリンはシルヴィアさんでしょ?」

お菓子作りの得意なシルヴィアさんに顔を向けると、シルヴィアさんは、当たり、と言って微笑んだ。

時計を見ると、四時半を少し回ったところで、夜ご飯にはまだ少し早いが、今日は話が長くなるからという事で、先にご飯を済ませる事になった。


食事中は自然と仕事の話しが多くなる。

おにぎりを口に入れながら、各部門で今日は何が売れたとか、買い取りでこんな物が来たとか、賑やかに話し合いながら箸を進める。

そう言えば、俺も日本にいた時、ウイニングでこういう食事会のようなものをした事があった。


あの日は、確か弥生さんの誕生日だった。

誕生日なのに、なんでアタシが深夜勤務なんだよ~、と一日中文句を言っていた。
でも、閉店後、俺と村戸さんと弥生さんの三人で事務所に入ると、付けていたはずの蛍光灯が消えていて真っ暗だった。

不思議に思い、電気スイッチを手探りで探そうとすると、突然破裂音が事務所内の鳴り響き、明かりがついた。

クラッカーだった。
早番と中番の人達が集まって、サプライズで弥生さんの誕生日を祝いに来てくれていたのだ。

俺と村田さんは、いつも深夜勤務で弥生さんと一緒だから、もしうっかり話してしまったらという事を考えて、俺達にも内緒にして計画していたそうだ。

みんながお祝いの言葉を次々にかけると、弥生さんは照れ隠しなのか、やめろよ~!、と言って、近くの人を意味も無く軽く押したりしていた。

その日は俺もみんなと一緒に事務所でケーキを食べた。
早番や中番の人達と一緒に食べるのは初めてだったし、正直苦手な人もいたけど、あの時は楽しかった。


今なら・・・今の俺なら、日本でもうまく・・・・




「アラタ君?ねぇ、アラタ君?」

ふいに隣に座るカチュアに肩をつつかれる。

「ん?あ、ごめん、なに?」

つい、また考え込んでしまっていた。
カチュアは、小さな子供のイタズラを見つけたような、微笑ましい表情で俺を見ている。

「アラタ君、また考え事してたね?」

「ごめん、どうもこれだけはやめれそうもないや・・・」

「うぅん、いいの。私も慣れちゃった。アラタ君は考え事をする人なんだよ」

「なんか、その言い方だと変な人みたいだね」




「・・・ねぇ、アラタ君。もしかして・・・ニホンの事、考えてた?」

「すごいな・・・よく分かったね?」

カチュアは手にしていたおにぎりを置くと、俺から目を離し下を向いた。

「分かるよ・・・アラタ君、考え事してる時、いつもニホンの事だから・・・アラタ君、帰りたいの?」

そうか・・・俺がいつも日本の事を考えている時、カチュアは隣で笑って話しを聞いてくれていたけど、心配していたんだ。

俺がカチュアを置いて帰ろうとしないか・・・
もちろん帰る方法なんて分からない。だから今帰る事はできない。

でも、カチュアが気にしているには、俺の心だろう。
俺の心がいつまでも日本に残っていて、日本に帰りたいと願っているとしたら・・・

いつか、もし、なんらかの方法で日本に帰れる日が来た時、自分を置いて行ってしまわないか、
そう心配しているのかもしれない。



「・・・一日だけなら帰りたいかな」

「え?」

俺の呟きに、カチュアが顔を上げる。

「一日だけ帰って、またここに戻ってこれる保証があるなら、一日だけ帰りたい。両親と弟にちゃんと元気でやってる姿を見せて、父さんと話したい。母さんにありがとうを言いたい。弟、健太には、健太だけに色々まかせた事を謝って、ありがとうも言って、これからの事も話して・・・とにかく沢山あるな・・・」

「アラタ君・・・」

「カチュア、ごめんな。一日だけ帰れるなら、やっぱり帰りたい。ウイニングのみんなとも、話しがしたいし。でも、そんな都合良くはいかないよな。安心して・・・約束したじゃないか?カチュアを置いてどこにも行かないって・・・俺の居場所はここだよ。どこにも行かない。日本に帰る事ができるとしても、帰らないよ。ずっと一緒にいるよ」


「アラタ君・・・うん。良かった・・・わがままでごめんね。私、いつも心配だった・・・アラタ君、いつかどこかに行っちゃうんじゃないかって・・・」

「そんな事ないよ。俺がいつも一人で考え事するのが悪いんだ。心配かけてごめん」


「本当にそうだぞ。アラタは一人で考え過ぎなとこがある。今は私達がいるし、カチュアが隣で支えてくれるんだ。もっと色々話してくれ」

ふいに、正面に座るレイチェルが俺に顔を向け、両肘を着き、手の甲に顎を乗せる形で、両手の指を絡ませながら言葉をかけてきた。

「うん。ごめんな、そうするよ」

「素直なのはキミの長所の一つだ。さて、これ以上キミとカチュアを二人だけの世界にすると、甘すぎてシルヴィアのプリンが食べられなくなるから、リカルド、アラタの相手をしてやってくれ」

「モグ、急に、モグ、話し、モグ、ふんなよ、モグモグ」

「リカルド、キミ、食べながら話すのは・・・」

リカルドが口いっぱいにおにぎりを頬張っている姿を見て、レイチェルが笑うと、みんながリカルドに目をむけ、全員が笑い声を上げた。

もっと落ち着いて食えよ!、リカルド食べすぎ、パンも食べる?、いらねぇよ!
色んな声が上がり、とても賑やかで盛り上がった。本当に楽しかった。


食事が終わり、食後のコーヒーを配り終わったところで、レイチェルが全員を見渡し口を開いた。

「さて、そろそろミーティングを始めようか。まずは、パスタ屋での話しを聞こう」




パスタ屋の話しは、俺が中心に説明した。
言葉が足りないところは、ジーンが補足説明をしてくれて、ケイトとカチュアは夢の世界で合流するまでのところと、俺が光を纏って闇に飛び込んでからの部分を説明してくれた。

ジェロムの事は、最初はみんな怒るというより戸惑っていた。
朝、ワインを渡した事で、サービスの良い店だなという印象があったからだ。
それなのに、騙し討ちで眠らせて、危険な夢の中に連れ込み、その上態度も最悪だったという話しだから、なぜワインをサービスされたのか、理解に苦しんだようだ。

でも、俺が闇に飛び込んだ後の説明で、みんな概ね納得はしたようだ。

本来国民を守る立場の軍の魔法兵が、薬で眠らせるような非道な真似をした事で、ジェロムは周りが全く見えなくなり、誰も信用できなくなって心が追い込まれていたんだ。

「うん・・・それは大変だったね。そのジェロムってヤツ、当事者のみんなが許したんなら、私がとやかく言う事はないかな。アラタとケイトに殴られたんなら、まぁ痛い目にもあったという事で」

レイチェルの言葉に、パスタ屋に行かなかったみんなも同意したようだ。特に反論も言わず軽く頷いていた。


「・・・気になるのは、その魔法兵二人に命令を下したヤツだな。ジェロムってヤツの言う通り、軍の上役の線は合ってると思う」

ミゼルさんが、腕を組み考えをまとめるように話し出した。

「俺が気になっているのは、トルネードバーストを使える程のヤツだから、軍が欲しがるのは分かる。前にディーロ兄弟がこの店にぶっ放した、光源爆裂弾と並ぶ、上級の風魔法だ。でもな、だからって話しを聞く限り、執着心がおかしい。なにか他にも目的があったのかもしれないな。そいつ、カエストゥスのヨハンってヤツの子孫なんだろ?パウロさんの夢の中の闇もカエストゥスの闇と同じだった。そしてアラタが聞いた闇の声は、ベン・フィングを呪っていた・・・カエストゥスの裏切りの大臣・・・・・・断片的だが、なにかが繋がってると思うぞ」


そこまで話して、ミゼルさんは言葉を切った。
みんな何かを考えるように口を閉ざし、沈黙だけが漂っている。




「・・・そろそろ、俺が話す番だな」

沈黙を破ったのは、ジャレットさんだった。仕切り直しのように、コーヒーに口をつける。


「パスタ屋の話し、ミゼルの推察も聞いて思った。確かに、全部繋がってんだと思う。俺も店長からこの話しを聞いたのは何年も前だ。そん時は、単純にすげぇ戦争の話しだなってくらいにしか感じなかった。だってよ、こんなに身近な話しになってくるなんて思わなかったからな。アラやんがこの世界に来た事も、協会と戦った事も、王妃様が真実の花を求めた事も、みんな繋がってんだよ。だから、これから俺が話す事は、みんなが知らなきゃならねぇ事なんだって思う。これから先、俺達が偽国王・・・この国と戦うかもしれないんだからな」

ジャレットさんはレイチェルに顔を向けると、なにかを覚悟するような、真剣な眼差しで問いかけた。



「レイチー、あの事・・・アラやんに話すが、いいな?」

「・・・あぁ、話さねばならない」

ジャレットさんの言葉を受け、レイチェルは確かな意思を込めて頷いた。

あの事?
俺になにかを隠していたようだ。

突然自分の名前が出され、しかも何かを隠していたような言葉に、俺が戸惑っていると、ジャレットさんがあらためて俺に向き直り、テーブルの上で両手を組み言葉を発した。

これまで見た事がない程、真剣な表情だった。


「アラやん、前にバッタまで話した時は俺も知らなかったんだ。でも、この前レイチーと話してて、たまたま聞いちまってよ・・・ずっと、迷ってたんだ。この事、話していいのかなって。でも、これから話す事はみんなが知らなきゃならない。そして、特にお前は受け入れなきゃならない事だ。これはお前にとって、残酷な結末になると思うけど・・・・・・俺はアラやんなら乗り越えられると信じて、話そうと思う・・・」


ジャレットさんが何を言おうとしているのか、俺には分からなかった。
だが、よほど重い話しなのだろう。

ジャレットさんは今日まで俺にそれを黙っていた。
俺が聞けば、俺がショックを受けると思っての事だろう。

残酷な結末という言葉が頭に残る・・・・・・俺は何を聞かされるんだ
嫌な予感が胸に湧き、動悸が早くなってくる


一つ深い息をはいて、ジャレットさんが重い口を開いた




「シンジョウヤヨイは、200年前の戦争で戦死している」




頭の中が真っ白になり、ジャレットさんの言っている事がすぐには理解できなかった。

・・・なんで?

これ以外に言葉が浮かばなかったが、俺にとってあまりに大きな衝撃だった。

この世界に初めて来た日、レイチェルには、村戸さんや弥生さんの事も、日本でお世話になった人として、名前を出して話していた。

レイチェルが何かの話しの流れで、弥生さんの名前をジャレットさんに出していたのだろう。

そして、200年前の戦争を知っているジャレットさんは、弥生さんと俺に繋がりがある事に気が付き、ずっと黙っていたのだろう。俺がショックを受ける事を分かっていたから。



「アラタ君・・・大丈夫?」

隣に座るカチュアが、テーブルの上で力いっぱいに握り締める俺の拳に、そっと手を乗せて来る。
俺は相当ひどい表情をしていたのだろう。

この世界に来てから、家族の事と、村戸さん、弥生さんの事は一日だって考えなかった事はない。

村戸さんはマルゴンから聞いて、生きている事は分かった。

10年前にこの世界に来ていたとい、俺との時間の違いが気になるし、現在はデューク・サリバンと名を変えて、ブロートン帝国にいる事も気にはなるが、同じくこの世界に来て、生きている事は分かった。

弥生さんもあの日からどうなったか気になっていた。
もしかしたら、弥生さんもこの世界に来ていて、いつか会えるかもしれないとも考えていた。


しかし、ジャレットさんの口から聞かされた言葉は、俺の予想を悪い方に裏切った。



弥生さんは200年前の戦争で戦死している



あの弥生さんが死んでいる。
文句が多くて、口が悪くて、いつも俺をからかってきて、困った人だった。

でも、いつだって俺を気にかけてくれた。
駄目な俺を見捨てず、いつだって一人にならないように人の輪に誘ってくれた。

俺が日本で見た最後の光景に、弥生さんがあの男に立ち向かって行った姿がある。

きっと、弥生さんもあの男に殺されたのだろう

そして、ジャレットさんの言葉通りならば、弥生さんはこの世界に来たけど、それは今から200年も昔で、カエストゥス国かブロートン帝国にいたという事になる。

そして戦争の中その命を失った



「あ・・・あぁぁぁぁぁぁーッツ!」



頭を抱えて声の限り叫びを上げた。

なぜだ?なぜそんな事になる?

弥生さんが・・・・・・
頭の整理が追い付かず、俺は頭を抱えたまま、しばらくテーブルに伏せていた。

その間、カチュアはずっと背中から俺を抱きしめてくれていた。
その温もりだけが救いだった。




どのくらい時間がたっただろう。
なにかがあったわけではない。ただ、時間が立って顔を上げる事だけできた。


正面に座るレイチェルと目が合う。


「・・・アラタ、私達はキミと一緒にいるぞ」



レイチェルの隣に座るジャレットさんも、ミゼルさんも、シルヴィアさんも、ジーンも、ケイトも、リカルドも、ユーリも、みんなが俺に優しく笑いかけてくれた。


「アラタ君、私は奥さんだから、ずっと隣にいるよ」

背中から抱きしめてくれるカチュアは、耳元でそう口にしてくれた。



また、涙もろいとからかわれそうだけど、溢れる涙を止められなかった。


この世界でできた仲間は俺の心を優しく癒してくれた。



そして俺の落ち着きを待って、ジャレットさんは話し始めた。

カエストゥス国とブロートン帝国の戦争を、タジーム・ハメイドの物語を
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