127 / 1,298
127 そして過去へ
しおりを挟む
「アラタ君!見て見て!ケイトさんと、シルヴィアお姉ちゃんの三人で作ったの!」
閉店後、事務所のテーブルには所せましと、料理が並べられた。
おにぎり、卵焼き、ロールキャベツ、コールスローサラダ、豆乳と白菜のスープ。
そして人数分のプリン。
泊まりになるから、午後女性三人は店を出て、夕食作りをしてきてくれたのだ。
なんせ10人いるので、どの皿も大量だ。大食いのリカルドは一際喜んでいる。
「すごいな!これ三人で作ったんだ?あ、プリンはシルヴィアさんでしょ?」
お菓子作りの得意なシルヴィアさんに顔を向けると、シルヴィアさんは、当たり、と言って微笑んだ。
時計を見ると、四時半を少し回ったところで、夜ご飯にはまだ少し早いが、今日は話が長くなるからという事で、先にご飯を済ませる事になった。
食事中は自然と仕事の話しが多くなる。
おにぎりを口に入れながら、各部門で今日は何が売れたとか、買い取りでこんな物が来たとか、賑やかに話し合いながら箸を進める。
そう言えば、俺も日本にいた時、ウイニングでこういう食事会のようなものをした事があった。
あの日は、確か弥生さんの誕生日だった。
誕生日なのに、なんでアタシが深夜勤務なんだよ~、と一日中文句を言っていた。
でも、閉店後、俺と村戸さんと弥生さんの三人で事務所に入ると、付けていたはずの蛍光灯が消えていて真っ暗だった。
不思議に思い、電気スイッチを手探りで探そうとすると、突然破裂音が事務所内の鳴り響き、明かりがついた。
クラッカーだった。
早番と中番の人達が集まって、サプライズで弥生さんの誕生日を祝いに来てくれていたのだ。
俺と村田さんは、いつも深夜勤務で弥生さんと一緒だから、もしうっかり話してしまったらという事を考えて、俺達にも内緒にして計画していたそうだ。
みんながお祝いの言葉を次々にかけると、弥生さんは照れ隠しなのか、やめろよ~!、と言って、近くの人を意味も無く軽く押したりしていた。
その日は俺もみんなと一緒に事務所でケーキを食べた。
早番や中番の人達と一緒に食べるのは初めてだったし、正直苦手な人もいたけど、あの時は楽しかった。
今なら・・・今の俺なら、日本でもうまく・・・・
「アラタ君?ねぇ、アラタ君?」
ふいに隣に座るカチュアに肩をつつかれる。
「ん?あ、ごめん、なに?」
つい、また考え込んでしまっていた。
カチュアは、小さな子供のイタズラを見つけたような、微笑ましい表情で俺を見ている。
「アラタ君、また考え事してたね?」
「ごめん、どうもこれだけはやめれそうもないや・・・」
「うぅん、いいの。私も慣れちゃった。アラタ君は考え事をする人なんだよ」
「なんか、その言い方だと変な人みたいだね」
「・・・ねぇ、アラタ君。もしかして・・・ニホンの事、考えてた?」
「すごいな・・・よく分かったね?」
カチュアは手にしていたおにぎりを置くと、俺から目を離し下を向いた。
「分かるよ・・・アラタ君、考え事してる時、いつもニホンの事だから・・・アラタ君、帰りたいの?」
そうか・・・俺がいつも日本の事を考えている時、カチュアは隣で笑って話しを聞いてくれていたけど、心配していたんだ。
俺がカチュアを置いて帰ろうとしないか・・・
もちろん帰る方法なんて分からない。だから今帰る事はできない。
でも、カチュアが気にしているには、俺の心だろう。
俺の心がいつまでも日本に残っていて、日本に帰りたいと願っているとしたら・・・
いつか、もし、なんらかの方法で日本に帰れる日が来た時、自分を置いて行ってしまわないか、
そう心配しているのかもしれない。
「・・・一日だけなら帰りたいかな」
「え?」
俺の呟きに、カチュアが顔を上げる。
「一日だけ帰って、またここに戻ってこれる保証があるなら、一日だけ帰りたい。両親と弟にちゃんと元気でやってる姿を見せて、父さんと話したい。母さんにありがとうを言いたい。弟、健太には、健太だけに色々まかせた事を謝って、ありがとうも言って、これからの事も話して・・・とにかく沢山あるな・・・」
「アラタ君・・・」
「カチュア、ごめんな。一日だけ帰れるなら、やっぱり帰りたい。ウイニングのみんなとも、話しがしたいし。でも、そんな都合良くはいかないよな。安心して・・・約束したじゃないか?カチュアを置いてどこにも行かないって・・・俺の居場所はここだよ。どこにも行かない。日本に帰る事ができるとしても、帰らないよ。ずっと一緒にいるよ」
「アラタ君・・・うん。良かった・・・わがままでごめんね。私、いつも心配だった・・・アラタ君、いつかどこかに行っちゃうんじゃないかって・・・」
「そんな事ないよ。俺がいつも一人で考え事するのが悪いんだ。心配かけてごめん」
「本当にそうだぞ。アラタは一人で考え過ぎなとこがある。今は私達がいるし、カチュアが隣で支えてくれるんだ。もっと色々話してくれ」
ふいに、正面に座るレイチェルが俺に顔を向け、両肘を着き、手の甲に顎を乗せる形で、両手の指を絡ませながら言葉をかけてきた。
「うん。ごめんな、そうするよ」
「素直なのはキミの長所の一つだ。さて、これ以上キミとカチュアを二人だけの世界にすると、甘すぎてシルヴィアのプリンが食べられなくなるから、リカルド、アラタの相手をしてやってくれ」
「モグ、急に、モグ、話し、モグ、ふんなよ、モグモグ」
「リカルド、キミ、食べながら話すのは・・・」
リカルドが口いっぱいにおにぎりを頬張っている姿を見て、レイチェルが笑うと、みんながリカルドに目をむけ、全員が笑い声を上げた。
もっと落ち着いて食えよ!、リカルド食べすぎ、パンも食べる?、いらねぇよ!
色んな声が上がり、とても賑やかで盛り上がった。本当に楽しかった。
食事が終わり、食後のコーヒーを配り終わったところで、レイチェルが全員を見渡し口を開いた。
「さて、そろそろミーティングを始めようか。まずは、パスタ屋での話しを聞こう」
パスタ屋の話しは、俺が中心に説明した。
言葉が足りないところは、ジーンが補足説明をしてくれて、ケイトとカチュアは夢の世界で合流するまでのところと、俺が光を纏って闇に飛び込んでからの部分を説明してくれた。
ジェロムの事は、最初はみんな怒るというより戸惑っていた。
朝、ワインを渡した事で、サービスの良い店だなという印象があったからだ。
それなのに、騙し討ちで眠らせて、危険な夢の中に連れ込み、その上態度も最悪だったという話しだから、なぜワインをサービスされたのか、理解に苦しんだようだ。
でも、俺が闇に飛び込んだ後の説明で、みんな概ね納得はしたようだ。
本来国民を守る立場の軍の魔法兵が、薬で眠らせるような非道な真似をした事で、ジェロムは周りが全く見えなくなり、誰も信用できなくなって心が追い込まれていたんだ。
「うん・・・それは大変だったね。そのジェロムってヤツ、当事者のみんなが許したんなら、私がとやかく言う事はないかな。アラタとケイトに殴られたんなら、まぁ痛い目にもあったという事で」
レイチェルの言葉に、パスタ屋に行かなかったみんなも同意したようだ。特に反論も言わず軽く頷いていた。
「・・・気になるのは、その魔法兵二人に命令を下したヤツだな。ジェロムってヤツの言う通り、軍の上役の線は合ってると思う」
ミゼルさんが、腕を組み考えをまとめるように話し出した。
「俺が気になっているのは、トルネードバーストを使える程のヤツだから、軍が欲しがるのは分かる。前にディーロ兄弟がこの店にぶっ放した、光源爆裂弾と並ぶ、上級の風魔法だ。でもな、だからって話しを聞く限り、執着心がおかしい。なにか他にも目的があったのかもしれないな。そいつ、カエストゥスのヨハンってヤツの子孫なんだろ?パウロさんの夢の中の闇もカエストゥスの闇と同じだった。そしてアラタが聞いた闇の声は、ベン・フィングを呪っていた・・・カエストゥスの裏切りの大臣・・・・・・断片的だが、なにかが繋がってると思うぞ」
そこまで話して、ミゼルさんは言葉を切った。
みんな何かを考えるように口を閉ざし、沈黙だけが漂っている。
「・・・そろそろ、俺が話す番だな」
沈黙を破ったのは、ジャレットさんだった。仕切り直しのように、コーヒーに口をつける。
「パスタ屋の話し、ミゼルの推察も聞いて思った。確かに、全部繋がってんだと思う。俺も店長からこの話しを聞いたのは何年も前だ。そん時は、単純にすげぇ戦争の話しだなってくらいにしか感じなかった。だってよ、こんなに身近な話しになってくるなんて思わなかったからな。アラやんがこの世界に来た事も、協会と戦った事も、王妃様が真実の花を求めた事も、みんな繋がってんだよ。だから、これから俺が話す事は、みんなが知らなきゃならねぇ事なんだって思う。これから先、俺達が偽国王・・・この国と戦うかもしれないんだからな」
ジャレットさんはレイチェルに顔を向けると、なにかを覚悟するような、真剣な眼差しで問いかけた。
「レイチー、あの事・・・アラやんに話すが、いいな?」
「・・・あぁ、話さねばならない」
ジャレットさんの言葉を受け、レイチェルは確かな意思を込めて頷いた。
あの事?
俺になにかを隠していたようだ。
突然自分の名前が出され、しかも何かを隠していたような言葉に、俺が戸惑っていると、ジャレットさんがあらためて俺に向き直り、テーブルの上で両手を組み言葉を発した。
これまで見た事がない程、真剣な表情だった。
「アラやん、前にバッタまで話した時は俺も知らなかったんだ。でも、この前レイチーと話してて、たまたま聞いちまってよ・・・ずっと、迷ってたんだ。この事、話していいのかなって。でも、これから話す事はみんなが知らなきゃならない。そして、特にお前は受け入れなきゃならない事だ。これはお前にとって、残酷な結末になると思うけど・・・・・・俺はアラやんなら乗り越えられると信じて、話そうと思う・・・」
ジャレットさんが何を言おうとしているのか、俺には分からなかった。
だが、よほど重い話しなのだろう。
ジャレットさんは今日まで俺にそれを黙っていた。
俺が聞けば、俺がショックを受けると思っての事だろう。
残酷な結末という言葉が頭に残る・・・・・・俺は何を聞かされるんだ
嫌な予感が胸に湧き、動悸が早くなってくる
一つ深い息をはいて、ジャレットさんが重い口を開いた
「シンジョウヤヨイは、200年前の戦争で戦死している」
頭の中が真っ白になり、ジャレットさんの言っている事がすぐには理解できなかった。
・・・なんで?
これ以外に言葉が浮かばなかったが、俺にとってあまりに大きな衝撃だった。
この世界に初めて来た日、レイチェルには、村戸さんや弥生さんの事も、日本でお世話になった人として、名前を出して話していた。
レイチェルが何かの話しの流れで、弥生さんの名前をジャレットさんに出していたのだろう。
そして、200年前の戦争を知っているジャレットさんは、弥生さんと俺に繋がりがある事に気が付き、ずっと黙っていたのだろう。俺がショックを受ける事を分かっていたから。
「アラタ君・・・大丈夫?」
隣に座るカチュアが、テーブルの上で力いっぱいに握り締める俺の拳に、そっと手を乗せて来る。
俺は相当ひどい表情をしていたのだろう。
この世界に来てから、家族の事と、村戸さん、弥生さんの事は一日だって考えなかった事はない。
村戸さんはマルゴンから聞いて、生きている事は分かった。
10年前にこの世界に来ていたとい、俺との時間の違いが気になるし、現在はデューク・サリバンと名を変えて、ブロートン帝国にいる事も気にはなるが、同じくこの世界に来て、生きている事は分かった。
弥生さんもあの日からどうなったか気になっていた。
もしかしたら、弥生さんもこの世界に来ていて、いつか会えるかもしれないとも考えていた。
しかし、ジャレットさんの口から聞かされた言葉は、俺の予想を悪い方に裏切った。
弥生さんは200年前の戦争で戦死している
あの弥生さんが死んでいる。
文句が多くて、口が悪くて、いつも俺をからかってきて、困った人だった。
でも、いつだって俺を気にかけてくれた。
駄目な俺を見捨てず、いつだって一人にならないように人の輪に誘ってくれた。
俺が日本で見た最後の光景に、弥生さんがあの男に立ち向かって行った姿がある。
きっと、弥生さんもあの男に殺されたのだろう
そして、ジャレットさんの言葉通りならば、弥生さんはこの世界に来たけど、それは今から200年も昔で、カエストゥス国かブロートン帝国にいたという事になる。
そして戦争の中その命を失った
「あ・・・あぁぁぁぁぁぁーッツ!」
頭を抱えて声の限り叫びを上げた。
なぜだ?なぜそんな事になる?
弥生さんが・・・・・・
頭の整理が追い付かず、俺は頭を抱えたまま、しばらくテーブルに伏せていた。
その間、カチュアはずっと背中から俺を抱きしめてくれていた。
その温もりだけが救いだった。
どのくらい時間がたっただろう。
なにかがあったわけではない。ただ、時間が立って顔を上げる事だけできた。
正面に座るレイチェルと目が合う。
「・・・アラタ、私達はキミと一緒にいるぞ」
レイチェルの隣に座るジャレットさんも、ミゼルさんも、シルヴィアさんも、ジーンも、ケイトも、リカルドも、ユーリも、みんなが俺に優しく笑いかけてくれた。
「アラタ君、私は奥さんだから、ずっと隣にいるよ」
背中から抱きしめてくれるカチュアは、耳元でそう口にしてくれた。
また、涙もろいとからかわれそうだけど、溢れる涙を止められなかった。
この世界でできた仲間は俺の心を優しく癒してくれた。
そして俺の落ち着きを待って、ジャレットさんは話し始めた。
カエストゥス国とブロートン帝国の戦争を、タジーム・ハメイドの物語を
閉店後、事務所のテーブルには所せましと、料理が並べられた。
おにぎり、卵焼き、ロールキャベツ、コールスローサラダ、豆乳と白菜のスープ。
そして人数分のプリン。
泊まりになるから、午後女性三人は店を出て、夕食作りをしてきてくれたのだ。
なんせ10人いるので、どの皿も大量だ。大食いのリカルドは一際喜んでいる。
「すごいな!これ三人で作ったんだ?あ、プリンはシルヴィアさんでしょ?」
お菓子作りの得意なシルヴィアさんに顔を向けると、シルヴィアさんは、当たり、と言って微笑んだ。
時計を見ると、四時半を少し回ったところで、夜ご飯にはまだ少し早いが、今日は話が長くなるからという事で、先にご飯を済ませる事になった。
食事中は自然と仕事の話しが多くなる。
おにぎりを口に入れながら、各部門で今日は何が売れたとか、買い取りでこんな物が来たとか、賑やかに話し合いながら箸を進める。
そう言えば、俺も日本にいた時、ウイニングでこういう食事会のようなものをした事があった。
あの日は、確か弥生さんの誕生日だった。
誕生日なのに、なんでアタシが深夜勤務なんだよ~、と一日中文句を言っていた。
でも、閉店後、俺と村戸さんと弥生さんの三人で事務所に入ると、付けていたはずの蛍光灯が消えていて真っ暗だった。
不思議に思い、電気スイッチを手探りで探そうとすると、突然破裂音が事務所内の鳴り響き、明かりがついた。
クラッカーだった。
早番と中番の人達が集まって、サプライズで弥生さんの誕生日を祝いに来てくれていたのだ。
俺と村田さんは、いつも深夜勤務で弥生さんと一緒だから、もしうっかり話してしまったらという事を考えて、俺達にも内緒にして計画していたそうだ。
みんながお祝いの言葉を次々にかけると、弥生さんは照れ隠しなのか、やめろよ~!、と言って、近くの人を意味も無く軽く押したりしていた。
その日は俺もみんなと一緒に事務所でケーキを食べた。
早番や中番の人達と一緒に食べるのは初めてだったし、正直苦手な人もいたけど、あの時は楽しかった。
今なら・・・今の俺なら、日本でもうまく・・・・
「アラタ君?ねぇ、アラタ君?」
ふいに隣に座るカチュアに肩をつつかれる。
「ん?あ、ごめん、なに?」
つい、また考え込んでしまっていた。
カチュアは、小さな子供のイタズラを見つけたような、微笑ましい表情で俺を見ている。
「アラタ君、また考え事してたね?」
「ごめん、どうもこれだけはやめれそうもないや・・・」
「うぅん、いいの。私も慣れちゃった。アラタ君は考え事をする人なんだよ」
「なんか、その言い方だと変な人みたいだね」
「・・・ねぇ、アラタ君。もしかして・・・ニホンの事、考えてた?」
「すごいな・・・よく分かったね?」
カチュアは手にしていたおにぎりを置くと、俺から目を離し下を向いた。
「分かるよ・・・アラタ君、考え事してる時、いつもニホンの事だから・・・アラタ君、帰りたいの?」
そうか・・・俺がいつも日本の事を考えている時、カチュアは隣で笑って話しを聞いてくれていたけど、心配していたんだ。
俺がカチュアを置いて帰ろうとしないか・・・
もちろん帰る方法なんて分からない。だから今帰る事はできない。
でも、カチュアが気にしているには、俺の心だろう。
俺の心がいつまでも日本に残っていて、日本に帰りたいと願っているとしたら・・・
いつか、もし、なんらかの方法で日本に帰れる日が来た時、自分を置いて行ってしまわないか、
そう心配しているのかもしれない。
「・・・一日だけなら帰りたいかな」
「え?」
俺の呟きに、カチュアが顔を上げる。
「一日だけ帰って、またここに戻ってこれる保証があるなら、一日だけ帰りたい。両親と弟にちゃんと元気でやってる姿を見せて、父さんと話したい。母さんにありがとうを言いたい。弟、健太には、健太だけに色々まかせた事を謝って、ありがとうも言って、これからの事も話して・・・とにかく沢山あるな・・・」
「アラタ君・・・」
「カチュア、ごめんな。一日だけ帰れるなら、やっぱり帰りたい。ウイニングのみんなとも、話しがしたいし。でも、そんな都合良くはいかないよな。安心して・・・約束したじゃないか?カチュアを置いてどこにも行かないって・・・俺の居場所はここだよ。どこにも行かない。日本に帰る事ができるとしても、帰らないよ。ずっと一緒にいるよ」
「アラタ君・・・うん。良かった・・・わがままでごめんね。私、いつも心配だった・・・アラタ君、いつかどこかに行っちゃうんじゃないかって・・・」
「そんな事ないよ。俺がいつも一人で考え事するのが悪いんだ。心配かけてごめん」
「本当にそうだぞ。アラタは一人で考え過ぎなとこがある。今は私達がいるし、カチュアが隣で支えてくれるんだ。もっと色々話してくれ」
ふいに、正面に座るレイチェルが俺に顔を向け、両肘を着き、手の甲に顎を乗せる形で、両手の指を絡ませながら言葉をかけてきた。
「うん。ごめんな、そうするよ」
「素直なのはキミの長所の一つだ。さて、これ以上キミとカチュアを二人だけの世界にすると、甘すぎてシルヴィアのプリンが食べられなくなるから、リカルド、アラタの相手をしてやってくれ」
「モグ、急に、モグ、話し、モグ、ふんなよ、モグモグ」
「リカルド、キミ、食べながら話すのは・・・」
リカルドが口いっぱいにおにぎりを頬張っている姿を見て、レイチェルが笑うと、みんながリカルドに目をむけ、全員が笑い声を上げた。
もっと落ち着いて食えよ!、リカルド食べすぎ、パンも食べる?、いらねぇよ!
色んな声が上がり、とても賑やかで盛り上がった。本当に楽しかった。
食事が終わり、食後のコーヒーを配り終わったところで、レイチェルが全員を見渡し口を開いた。
「さて、そろそろミーティングを始めようか。まずは、パスタ屋での話しを聞こう」
パスタ屋の話しは、俺が中心に説明した。
言葉が足りないところは、ジーンが補足説明をしてくれて、ケイトとカチュアは夢の世界で合流するまでのところと、俺が光を纏って闇に飛び込んでからの部分を説明してくれた。
ジェロムの事は、最初はみんな怒るというより戸惑っていた。
朝、ワインを渡した事で、サービスの良い店だなという印象があったからだ。
それなのに、騙し討ちで眠らせて、危険な夢の中に連れ込み、その上態度も最悪だったという話しだから、なぜワインをサービスされたのか、理解に苦しんだようだ。
でも、俺が闇に飛び込んだ後の説明で、みんな概ね納得はしたようだ。
本来国民を守る立場の軍の魔法兵が、薬で眠らせるような非道な真似をした事で、ジェロムは周りが全く見えなくなり、誰も信用できなくなって心が追い込まれていたんだ。
「うん・・・それは大変だったね。そのジェロムってヤツ、当事者のみんなが許したんなら、私がとやかく言う事はないかな。アラタとケイトに殴られたんなら、まぁ痛い目にもあったという事で」
レイチェルの言葉に、パスタ屋に行かなかったみんなも同意したようだ。特に反論も言わず軽く頷いていた。
「・・・気になるのは、その魔法兵二人に命令を下したヤツだな。ジェロムってヤツの言う通り、軍の上役の線は合ってると思う」
ミゼルさんが、腕を組み考えをまとめるように話し出した。
「俺が気になっているのは、トルネードバーストを使える程のヤツだから、軍が欲しがるのは分かる。前にディーロ兄弟がこの店にぶっ放した、光源爆裂弾と並ぶ、上級の風魔法だ。でもな、だからって話しを聞く限り、執着心がおかしい。なにか他にも目的があったのかもしれないな。そいつ、カエストゥスのヨハンってヤツの子孫なんだろ?パウロさんの夢の中の闇もカエストゥスの闇と同じだった。そしてアラタが聞いた闇の声は、ベン・フィングを呪っていた・・・カエストゥスの裏切りの大臣・・・・・・断片的だが、なにかが繋がってると思うぞ」
そこまで話して、ミゼルさんは言葉を切った。
みんな何かを考えるように口を閉ざし、沈黙だけが漂っている。
「・・・そろそろ、俺が話す番だな」
沈黙を破ったのは、ジャレットさんだった。仕切り直しのように、コーヒーに口をつける。
「パスタ屋の話し、ミゼルの推察も聞いて思った。確かに、全部繋がってんだと思う。俺も店長からこの話しを聞いたのは何年も前だ。そん時は、単純にすげぇ戦争の話しだなってくらいにしか感じなかった。だってよ、こんなに身近な話しになってくるなんて思わなかったからな。アラやんがこの世界に来た事も、協会と戦った事も、王妃様が真実の花を求めた事も、みんな繋がってんだよ。だから、これから俺が話す事は、みんなが知らなきゃならねぇ事なんだって思う。これから先、俺達が偽国王・・・この国と戦うかもしれないんだからな」
ジャレットさんはレイチェルに顔を向けると、なにかを覚悟するような、真剣な眼差しで問いかけた。
「レイチー、あの事・・・アラやんに話すが、いいな?」
「・・・あぁ、話さねばならない」
ジャレットさんの言葉を受け、レイチェルは確かな意思を込めて頷いた。
あの事?
俺になにかを隠していたようだ。
突然自分の名前が出され、しかも何かを隠していたような言葉に、俺が戸惑っていると、ジャレットさんがあらためて俺に向き直り、テーブルの上で両手を組み言葉を発した。
これまで見た事がない程、真剣な表情だった。
「アラやん、前にバッタまで話した時は俺も知らなかったんだ。でも、この前レイチーと話してて、たまたま聞いちまってよ・・・ずっと、迷ってたんだ。この事、話していいのかなって。でも、これから話す事はみんなが知らなきゃならない。そして、特にお前は受け入れなきゃならない事だ。これはお前にとって、残酷な結末になると思うけど・・・・・・俺はアラやんなら乗り越えられると信じて、話そうと思う・・・」
ジャレットさんが何を言おうとしているのか、俺には分からなかった。
だが、よほど重い話しなのだろう。
ジャレットさんは今日まで俺にそれを黙っていた。
俺が聞けば、俺がショックを受けると思っての事だろう。
残酷な結末という言葉が頭に残る・・・・・・俺は何を聞かされるんだ
嫌な予感が胸に湧き、動悸が早くなってくる
一つ深い息をはいて、ジャレットさんが重い口を開いた
「シンジョウヤヨイは、200年前の戦争で戦死している」
頭の中が真っ白になり、ジャレットさんの言っている事がすぐには理解できなかった。
・・・なんで?
これ以外に言葉が浮かばなかったが、俺にとってあまりに大きな衝撃だった。
この世界に初めて来た日、レイチェルには、村戸さんや弥生さんの事も、日本でお世話になった人として、名前を出して話していた。
レイチェルが何かの話しの流れで、弥生さんの名前をジャレットさんに出していたのだろう。
そして、200年前の戦争を知っているジャレットさんは、弥生さんと俺に繋がりがある事に気が付き、ずっと黙っていたのだろう。俺がショックを受ける事を分かっていたから。
「アラタ君・・・大丈夫?」
隣に座るカチュアが、テーブルの上で力いっぱいに握り締める俺の拳に、そっと手を乗せて来る。
俺は相当ひどい表情をしていたのだろう。
この世界に来てから、家族の事と、村戸さん、弥生さんの事は一日だって考えなかった事はない。
村戸さんはマルゴンから聞いて、生きている事は分かった。
10年前にこの世界に来ていたとい、俺との時間の違いが気になるし、現在はデューク・サリバンと名を変えて、ブロートン帝国にいる事も気にはなるが、同じくこの世界に来て、生きている事は分かった。
弥生さんもあの日からどうなったか気になっていた。
もしかしたら、弥生さんもこの世界に来ていて、いつか会えるかもしれないとも考えていた。
しかし、ジャレットさんの口から聞かされた言葉は、俺の予想を悪い方に裏切った。
弥生さんは200年前の戦争で戦死している
あの弥生さんが死んでいる。
文句が多くて、口が悪くて、いつも俺をからかってきて、困った人だった。
でも、いつだって俺を気にかけてくれた。
駄目な俺を見捨てず、いつだって一人にならないように人の輪に誘ってくれた。
俺が日本で見た最後の光景に、弥生さんがあの男に立ち向かって行った姿がある。
きっと、弥生さんもあの男に殺されたのだろう
そして、ジャレットさんの言葉通りならば、弥生さんはこの世界に来たけど、それは今から200年も昔で、カエストゥス国かブロートン帝国にいたという事になる。
そして戦争の中その命を失った
「あ・・・あぁぁぁぁぁぁーッツ!」
頭を抱えて声の限り叫びを上げた。
なぜだ?なぜそんな事になる?
弥生さんが・・・・・・
頭の整理が追い付かず、俺は頭を抱えたまま、しばらくテーブルに伏せていた。
その間、カチュアはずっと背中から俺を抱きしめてくれていた。
その温もりだけが救いだった。
どのくらい時間がたっただろう。
なにかがあったわけではない。ただ、時間が立って顔を上げる事だけできた。
正面に座るレイチェルと目が合う。
「・・・アラタ、私達はキミと一緒にいるぞ」
レイチェルの隣に座るジャレットさんも、ミゼルさんも、シルヴィアさんも、ジーンも、ケイトも、リカルドも、ユーリも、みんなが俺に優しく笑いかけてくれた。
「アラタ君、私は奥さんだから、ずっと隣にいるよ」
背中から抱きしめてくれるカチュアは、耳元でそう口にしてくれた。
また、涙もろいとからかわれそうだけど、溢れる涙を止められなかった。
この世界でできた仲間は俺の心を優しく癒してくれた。
そして俺の落ち着きを待って、ジャレットさんは話し始めた。
カエストゥス国とブロートン帝国の戦争を、タジーム・ハメイドの物語を
0
お気に入りに追加
152
あなたにおすすめの小説
異世界に追放されました。二度目の人生は辺境貴族の長男です。
ファンタスティック小説家
ファンタジー
科学者・伊介天成(いかい てんせい)はある日、自分の勤める巨大企業『イセカイテック』が、転移装置開発プロジェクトの遅延を世間にたいして隠蔽していたことを知る。モルモットですら実験をしてないのに「有人転移成功!」とうそぶいていたのだ。急進的にすすむ異世界開発事業において、優位性を保つために、『イセカイテック』は計画を無理に進めようとしていた。たとえ、試験段階の転移装置にいきなり人間を乗せようとも──。
実験の無謀さを指摘した伊介天成は『イセカイテック』に邪魔者とみなされ、転移装置の実験という名目でこの世界から追放されてしまう。
無茶すぎる転移をさせられ死を覚悟する伊介天成。だが、次に目が覚めた時──彼は剣と魔法の異世界に転生していた。
辺境貴族アルドレア家の長男アーカムとして生まれかわった伊介天成は、異世界での二度目の人生をゼロからスタートさせる。
幼少期に溜め込んだ魔力で、一生のんびり暮らしたいと思います。~こう見えて、迷宮育ちの村人です~
月並 瑠花
ファンタジー
※ファンタジー大賞に微力ながら参加させていただいております。応援のほど、よろしくお願いします。
「出て行けっ! この家にお前の居場所はない!」――父にそう告げられ、家を追い出された澪は、一人途方に暮れていた。
そんな時、幻聴が頭の中に聞こえてくる。
『秋篠澪。お前は人生をリセットしたいか?』。澪は迷いを一切見せることなく、答えてしまった――「やり直したい」と。
その瞬間、トラックに引かれた澪は異世界へと飛ばされることになった。
スキル『倉庫(アイテムボックス)』を与えられた澪は、一人でのんびり二度目の人生を過ごすことにした。だが転生直後、レイは騎士によって迷宮へ落とされる。
※2018.10.31 hotランキング一位をいただきました。(11/1と11/2、続けて一位でした。ありがとうございます。)
※2018.11.12 ブクマ3800達成。ありがとうございます。
【書籍化決定】俗世から離れてのんびり暮らしていたおっさんなのに、俺が書の守護者って何かの間違いじゃないですか?
歩く魚
ファンタジー
幼い頃に迫害され、一人孤独に山で暮らすようになったジオ・プライム。
それから数十年が経ち、気づけば38歳。
のんびりとした生活はこの上ない幸せで満たされていた。
しかしーー
「も、もう一度聞いて良いですか? ジオ・プライムさん、あなたはこの死の山に二十五年間も住んでいるんですか?」
突然の来訪者によると、この山は人間が住める山ではなく、彼は世間では「書の守護者」と呼ばれ都市伝説のような存在になっていた。
これは、自分のことを弱いと勘違いしているダジャレ好きのおっさんが、人々を導き、温かさを思い出す物語。
※書籍化のため更新をストップします。
元34才独身営業マンの転生日記 〜もらい物のチートスキルと鍛え抜いた処世術が大いに役立ちそうです〜
ちゃぶ台
ファンタジー
彼女いない歴=年齢=34年の近藤涼介は、プライベートでは超奥手だが、ビジネスの世界では無類の強さを発揮するスーパーセールスマンだった。
社内の人間からも取引先の人間からも一目置かれる彼だったが、不運な事故に巻き込まれあっけなく死亡してしまう。
せめて「男」になって死にたかった……
そんなあまりに不憫な近藤に神様らしき男が手を差し伸べ、近藤は異世界にて人生をやり直すことになった!
もらい物のチートスキルと持ち前のビジネスセンスで仲間を増やし、今度こそ彼女を作って幸せな人生を送ることを目指した一人の男の挑戦の日々を綴ったお話です!
箱庭から始まる俺の地獄(ヘル) ~今日から地獄生物の飼育員ってマジっすか!?~
白那 又太
ファンタジー
とあるアパートの一室に住む安楽 喜一郎は仕事に忙殺されるあまり、癒しを求めてペットを購入した。ところがそのペットの様子がどうもおかしい。
日々成長していくペットに少し違和感を感じながらも(比較的)平和な毎日を過ごしていた喜一郎。
ところがある日その平和は地獄からの使者、魔王デボラ様によって粉々に打ち砕かれるのであった。
目指すは地獄の楽園ってなんじゃそりゃ!
大したスキルも無い! チートも無い! あるのは理不尽と不条理だけ!
箱庭から始まる俺の地獄(ヘル)どうぞお楽しみください。
【本作は小説家になろう様、カクヨム様でも同時更新中です】
異世界で『魔法使い』になった私は一人自由気ままに生きていきたい
哀村圭一
ファンタジー
人や社会のしがらみが嫌になって命を絶ったOL、天音美亜(25歳)。薄れゆく意識の中で、謎の声の問いかけに答える。
「魔法使いになりたい」と。
そして目を覚ますと、そこは異世界。美亜は、13歳くらいの少女になっていた。
魔法があれば、なんでもできる! だから、今度の人生は誰にもかかわらず一人で生きていく!!
異世界で一人自由気ままに生きていくことを決意する美亜。だけど、そんな美亜をこの世界はなかなか一人にしてくれない。そして、美亜の魔法はこの世界にあるまじき、とんでもなく無茶苦茶なものであった。
少年神官系勇者―異世界から帰還する―
mono-zo
ファンタジー
幼くして異世界に消えた主人公、帰ってきたがそこは日本、家なし・金なし・免許なし・職歴なし・常識なし・そもそも未成年、無い無い尽くしでどう生きる?
別サイトにて無名から投稿開始して100日以内に100万PV達成感謝✨
この作品は「カクヨム」にも掲載しています。(先行)
この作品は「小説家になろう」にも掲載しています。
この作品は「ノベルアップ+」にも掲載しています。
この作品は「エブリスタ」にも掲載しています。
この作品は「pixiv」にも掲載しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる