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124 父と子

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カチュアとケイトの肩を借りて、一階に降りると、昨日座って食事をした四人掛けのテーブルに、ジーンとジェロム、そして初めて見る顔の60代くらいの男性が座っていた。

白髪頭で頬がこけている。肌はカサカサで血色も悪い。一目で病人だと分かる風貌だった。

だが、その男性は俺達が降りて来た事に気付くなり席を立って、壁に手を付きながらゆっくり近づいて来た。


「パウロ・ブラントです。息子ともども、大変ご迷惑をおかけして申し訳ありません。そして、私の命を救ってくださった事に、心から感謝を・・・ありがとうございます」

ジェロムの父、パウロさんは俺達の前に立つと、謝罪と感謝の言葉を述べ、深く頭を下げた。


「いえ・・・頭を上げてください。パウロさんが無事に目を覚まして、良かったです」

俺が言葉をかけると、パウロさんはゆっくりと頭を上げた。

目が赤い。おそらく、目覚めてからこれまでの事を聞いていたのだろう。
ジェロムが犯した過ち、そしてジーンから、俺達がどうやって自分を助けたのか。
親として、一人の人間として、パウロさんが心を痛めている事が十分に伝わってきた。


「みんな・・・本当にすまなかった」

ジェロムもパウロさんの隣に立ち、頭を下げ謝罪の言葉を口にした。
昨夜、ここに来た時には全く感情を見せず、夢の世界では横柄な態度だったが、今はまるで別人のような態度を見せている。

「ジェロム・・・親父さんと、仲直りできたか?」

俺の問いかけにジェロムは顔を上げると、隣に立つ、自分より10cmは背の低い父親に顔を向けた。
ジェロムの目に涙が浮かぶが、泣きださないように唇を噛みしめている。


「馬鹿野郎・・・なんて顔してんだ?お前、この店継ぐって決めて、一人でやってきたんだろ?だったら笑え。客商売はよ・・・笑顔が大事なんだぜ」


「・・・親父・・・ごめん・・・俺、俺・・・」

「分かってる・・・お前は昔っから、突っ走るところがあったからな・・・父ちゃん分かってるから、何も言うな・・・それよりな、父ちゃん、ちょっと、疲れちまった・・・部屋で休みたいんだが、肩・・・貸してくれねぇか?」


ジェロムは目を閉じて頷いた。口を開けば涙が溢れ止まらなくなるのだろう。
父親の腕を肩に回すと、ゆっくりと一歩一歩足を前に踏み出した。

俺達の脇を通り過ぎ、奥の部屋に歩いて行く。



「お前、いつの間にか・・・こんなに大きくなったんだな」


自分を追い越すまで背の高くなった息子の肩を借り、父親は目を細めた






ジェロムとパウロさんが奥の部屋に入って行くのを見送ると、俺達は席に座り、今回の事を整理する事にした。

俺はもうジェロムの事を許している。
カチュアも、ジーンもケイトも、もうジェロムを責める気持ちはないそうだ。

完全に許せるようになるには、少し時間が欲しいと言っているが、ジェロムの事を話す口ぶりからは、すでに許しているようにも感じられた。

カチュアは俺の体を心配している。ヒールをかけてもらい、多少時間が経った事もあって、支えが無くても歩く事はできるくらいに回復した。
しかし、走ったり、元のように体を動かせるようになるには、1~2日はかかるように感じている。


「あ、そうだ・・・みんな、ベン・フィングって名前、聞き覚えあるよな?」


俺が口にした名前に、みんな少し首をかしげたが、ジーンが思い出したように声を上げた。

「あぁ、そうだ、思い出した。200年前のカエストゥス国の大臣の名前だ。なんで今、そんな名前が出るんだい?」

テーブルを挟んで正面に座るジーンが、手を向けて話しを促してきた。
カチュアもケイトも、ジーンの言葉を聞くと、思い出したよう両手を合わせた。

「あぁ・・・パウロさんの夢の世界にあった闇だけど、そのベン・フィングが関わっていると思う」


俺の言葉に、全員の表情に驚きが浮かんだ。
前に座るジーンとケイトは、テーブルに肘を着き、身を乗り出してきた。

「どういう事だ?」

ジーンが代表するように俺に問いかけてくる。

「闇の中に入った時、俺は身に纏った光のおかげで闇に取り込まれる事はなかった。でも、悪意、恨み、呪い、考えられるあらゆる負のエネルギーは、どんどんぶつかってくるんだ。そして、その負のエネルギーと一緒に聞こえたんだ・・・ベン・フィング、って・・・」

あの時、強烈な負のエネルギーとともに聞こえた声・・・ベン・フィング・・・

「ベン・フィング・・・俺はジャレットさんから少しだけ聞いた事がある。
カエストゥス国の大臣だった男だ。
200年前のカエストゥス国の王子、タジーム・ハメイドを邪魔に思っていたという事くらいしか分からないけど、あの闇は・・・ベン・フィングへの恨みを持っているように感じた」



「ベン・フィングか・・・久しぶりに聞いたな」

父親を部屋へ送ったジェロムが戻ってきて、俺達のテーブルの横に立った。
四人掛けのテーブルなので、ジェロムは隣のテーブルから、イスを一つ取ると、俺とカチュア、ジーンとケイト、対面同士に座っているテーブルの間に、イスを置いて腰を下ろした。


「ジェロム、親父さんは?」

「大丈夫だ。寝かせてきた・・・それと、多分お前らも気になってるだろうし、どうせ分かる事だから、今話しておくが、うちの母親はこの前亡くなった。親父があの状態になってから、心労がたたってな。だから、俺が親父とこの店を守っていかなきゃならねぇ・・・悪いな、しけった話でよ」


姿が見えない事が少し気になってはいたが、ジェロムの母親は亡くなっていた。
ジェロムは、何でもないような口ぶりで話しているが、原因が原因なだけに、きっと心に深い傷を負っているだろう。


「おいおい、急に重い話ししたのは俺が悪いけど、お前らがそんな顔すんなよ。俺には辛い出来事だったけど・・・親父は助かって、また話す事ができた・・・おふくろも俺と親父を見て、喜んでくれてるはずだ」

俺達がかける言葉を見つけられずにいると、ジェロムは顔の横で手を軽く振り、何でもないと言うように軽い調子で言葉を発した。俺達が気にしないようにするためだろう。

父親が助かった事で、すっかり険が取れている。今が本当のジェロムの素顔なのかもしれないと感じた。


「アタシ・・・あんたの事、許すわ。うん、今決めた」

ケイトがジェロムに右手を出すと、ジェロムは驚いたように目を丸くしたが、小さな笑みを浮かべると、その手を握った。

「・・・良いパンチしてたぜ」

「でしょ?ヘラヘラ近づいてくる軽いバカ共、いっぱい殴ったからね」

屈託のない笑顔で言葉を返すケイトに、ジェロムは若干引いていた。


「ジェロム、僕もキミを許すよ。またパスタ、食べに来てもいいかな?」

ケイトとジェロムのやりとりを見たジーンは、口元に少し笑みを浮かべ、右手を差し出した。

「あぁ、もちろんだ。いつでも来てくれ・・・最高のパスタをご馳走するよ」

ジーンとジェロムはがっちりと手を握り合った。


「ジェロムさん・・・お父さんの事、大事にしてくださいね。私も、もう怒ってません。ジェロムさんを許します」

「あぁ・・・あの通り、親父は弱ってるから、これからは俺がしっかりしないとな」

ジェロムはカチュアの目を見てしっかりと頷き、握手を交わした。


「ジェロム・・・」
「アラタ・・・」

そして、俺とジェロムも固く手を握り合った。
危険な目にあった。許せないと思った。でも、無事に帰って来れた。

ジェロムは自分の行いと向き合い、後悔し俺達に頭を下げた。

もう、何も責める気持ちはない。
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