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122 濁った空と歪んだ石畳 ⑧

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『・・・あ、あれ!』

1分か2分か・・・アタシがジェロムの前に腰を下ろして、そう時間は立っていない。
ふいにカチュアが声を上げた。

ジェロムの少し後ろにいるカチュアに顔を向けると、カチュアはアタシのすぐ後ろを指している。

振り返ると、開け放しのドアの中の闇から、光が闇を押しのけ溢れだそうと盛り上がっていく。


『こっ、これって!?』

『アラタ君!』

光は闇を押しのけ空まで届くほどに激しく溢れだした。
そして、光に乗ってアラタの体が飛び出し、高く宙に打ち上げられた。


『まずい・・・意識が無いぞ!』

ジーンが叫ぶと同時にジェロムが立ち上がり動いた。

『風よ!』

右手の平をアラタに向けると、掛け声とともに、ジェロムの手から強い風が放たれた。

風はアラタのすぐ真下に集まり、力無く無防備に落下してきたアラタを、優しく受け止めると、少しづつその勢いを弱めながら地面までアラタを運び降りてきた。


『アラタ君!』

カチュアが走りよって倒れているアラタを抱き上げた。
何度目かの呼びかけで、アラタが薄く目を開けると、カチュアは力いっぱいにアラタを抱きしめた。

『アラタ君!良かった!生きてる!こんなところに入るなんて・・・無茶し過ぎだよ・・・』

『カチュア・・・良かった・・・無事、だったんだな・・・』

『・・・う~、私の心配より、自分の心配だよ・・・また、あの力を使ったんでしょ?体、動く?』

カチュアは、目に涙を浮かべていたが、泣きだす事はしなかった。
強くならなければいけない。アラタがマルコスと戦ったあの日から、自分も強くならなければと心に決めていた。

今、自分がしなければならない事は、憔悴しているアラタの体力を、一刻も早く回復する事だった。

『アラタ君は私が助けるからね!』

カチュアが手の平をアラタの胸に当てると、その手は淡く光り出し、アラタを癒していった。

しかし、カチュアの胸には不安の影もあった。
運動で消耗した体力、戦いで傷ついた傷はヒールで癒す事ができる。

だが、光の力で消費した生命エネルギーはヒールで癒す事はできない。

カチュアにできる事は、アラタが光の力を使用して消費した生命エネルギーから差し引いた、通常の消耗した体力を癒す事だけだった。


『・・・カチュア、ありがとう・・・少し、楽になってきたよ』

『アラタ君、良かった。でも、あまり話さないで・・・あの時よりはマシに見えるけど、少しでも体を休めて・・・』

上半身を起こそうとするアラタを押さえ、カチュアは自分の膝の上にアラタの頭を乗せた。





『・・・アラタ・・・・・・すまなかった・・・・・・』

ジェロムがゆっくりと歩き近づいてくると、アラタの横に腰を下ろし、頭を下げた。

これまでの横柄な態度からは想像もつかないジェロムの様子に、アラタは驚き、すぐに返事を返せなかったが、少しの間を空け、ゆっくりと言葉を返した。

『・・・ジェロム・・・もう気にするな・・・親父さんは無事だぞ・・・闇の中から解き放たれたのは感じた・・・魂は現実世界に帰ってるはずだ』

ジェロムはアラタと目を合わせる事ができなかった。
下を向き、微かに肩を震わせている。


『ジェロムさん・・・私はまだ怒ってます。アラタ君を、みんなをこんな危険な目に合わせた事を、簡単に許す事はできません。でも・・・事情は聞きました。そして、アラタ君が許したのなら、私もジェロムさんを許したいと思ってます。だから、約束してください。もうこんな事はしないって。パスタ美味しかったです・・・ジェロムさんの料理は、みんなを幸せにできる料理だって思います。だから、次はみんなが本当に笑顔で食べられる料理を作ってください』

カチュアの言葉には厳しさの中に、相手を思いやる心があった。
ジェロムは顔を上げる事はできなかったが、何度も頭を縦に振った。



ジーンとケイトは、その様子を少し離れて見ていた。

『・・・ジーン、どうする?』

『あの状態のアラタが許してるんだ、僕も許そうかなって思う。ジェロムも必死だったんだろうけど・・・アラタの命懸けの行動で、自分がどれだけ馬鹿な真似をしたのか、痛感してるようだ』


ケイトは帽子の鍔を指で弾き、空を見上げた。
まるで油膜のような濁った空。これが今のジェロムの父親の夢の中かと思うと、同情できるところはあった。

そしてあの闇・・・

もし、ジーンの夢の中、精神世界がこれほど色を失っていたら、もしジーンがあの闇に取り込まれそうになっていたとしたら・・・果たして自分は落ち着いていられるだろうか?


ケイトは目を瞑り、ジーンの胸に軽く拳を打ち付けた。

『分かった・・・ジーンがそう言うなら、アタシも今回だけは目を瞑る』

『うん。許す事も、やり直しの道を与える事も大事だと思う。これからのジェロムを見守ってあげよう』


アラタとカチュアとの話が終わると、ジェロムはジーンとケイトに近づいてきた。

『今回は本当にすまなかった。謝って済むことではないのは分かっているが・・・すまなかった。現実世界に戻ったら、キミ達の好きなようにしてくれていい』

ジーンとケイトに頭を下げるジェロムは、自分の犯した過ちと、向き合っているように見えた。
頭を下げ続けるジェロムに、ジーンが優しく言葉をかけた。

『ジェロム、もういい。頭を上げてくれ・・・キミの反省は伝わったよ。僕達も、心の整理に少し時間が欲しいけど、キミの事を許したいと思っている。アラタが言ってたよね?今度はレイジェスのみんなに美味いパスタを食べさせてくれって。いつかキミの店で、キミと笑顔で話しながら、キミのパスタを食べられたらなって思う』

『アタシもジーンと同じ考え。アンタ、料理は最高だったよ・・・だから、もう馬鹿やるんじゃないよ?』




ジェロムは溢れ出る涙を抑える事ができず、強く唇を噛みしめた。

最深部へ繋がる部屋への闇を感じた時、ジェロムの心は折れた。

全身から汗が吹き出し、圧倒的な恐怖に飲み込まれ、呼吸をする事さえ困難だった。

だが、自分に騙され、仲間さえ危険に晒したのに、アラタは命懸けで父親のために闇に飛び込んだ。
そして父親は助かった。自分はもう一度父親と話をする事ができる。

そして、これほどの事をしたジェロムに、もう一度やり直すチャンスまで与えてくれたのだ。


『・・・あり、がとう・・・・・・ありがとう・・・』



涙が止まらずうまく話せなかったが、
これほど心を込めて伝えた感謝の気持ちは初めてだった
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