上 下
120 / 1,253

120 濁った空と歪んだ石畳 ⑥

しおりを挟む
俺は64番目の部屋、最深部に繋がるドアノブに目を向けた。

曲がりくねった石畳から、まるで生えているかのように見えるドアノブは、これまでと何ら変わりないように見える。


『アラタ・・・キミは体力型だから、魔力感知能力は魔法使いより劣る。僕が触ってみるよ・・・』


ジェロムの様子に、只事ではないものを感じたジーンは、意を決したように固い表情でドアノブに手を出した。


『ジーン・・・』

ジェロムはまだ呼吸が荒いが、落ち着きを取り戻しつつある。ドアノブに触れるだけなら、大きなショックを受けるにしても、それ以上の害はないように思える。

心配だが、ジーンの行動を見守る事にした。



ジーンがドアノブに手をかけた。
その瞬間、ジーンは大きく目を開き、ジェロムと同じようにその場から動けなくなったかのように、体を硬直させた。


『ジーン!おい、大丈夫か!?』


俺が急いでジーンの体をドアノブから引き離すと、ジーンは石畳の上に両手と両膝を付いて、下を向いたまま浅く早い呼吸を繰り返している。


『ハァッ・・ハァッ・・・・・ア、アラタ・・・この先は、駄目だ・・・行ったら、死ぬぞ・・・』


ジーンは下を向いたまま、苦し気に息を吐き、なんとか声を絞り出しながら話す。


『二人とも・・・この先に一体なにがあるんだ?』



『・・・昔、一度だけ、これと同じ魔力・・・いや、魔力と呼んでいいのかすら分からねぇな。これは闇だ・・・カエストゥスで感じた闇と同じだ・・・入ったら死ぬぞ・・・』


俺の疑問に答えたのはジェロムだった。

白いシャツは汗でぐっしょり濡れていて、肌に張り付いている。長い前髪も額にべったりとくっついているが、精神状態はだいぶ落ち着いたようだ。視線はしっかりと俺を捉えている。

『カエストゥスって、あの、今は滅んだ国だよな?闇って、あの戦争で亡くなった人の呪いって話か?』


『そうだ・・・俺は子供の頃、一度だけカエストゥスの国境付近まで行った事がある。親父の祖先が、カエストゥスの黒魔法使いだったようでな。魔法使いとしての力は、大したものではなかったそうだが、タジーム・ハメイドの仲間の三人、ブレンダン、ジャニス、ウィッカーと共に、バッタから首都バンテージを護ったらしい・・・・・・護ったと言っても、魔力のつきかけたウィッカーに、自分の魔力を渡しただけらしいが、親父は誇らしげに話していたよ。ご先祖様の魔力は、微々たるものだったかもしれないが、それでも少しはウィッカーの力になったはずだって。ご先祖様の魔力も、この国を護る力になったはずだって・・・・・・遠くに見える首都バンテージを見つめながらな・・・』


そう語るジェロムからは、これまでの横柄な態度は見られず、父親との思い出を懐かしむような、どこか物悲し気な様子が見えた。


以前、ジャレットさんから聞いた話を思い出した。

伝説となっている三種合成魔法 灼炎竜結界陣しゃくえんりゅうけっかいじんで、カエストゥス首都バンテージを数百億のバッタから護った三人。

タジーム・ハメイドの師である青魔法使い、ブレンダン・ランデル。
そして、姓は分からないが、黒魔法使いのウィッカー。白魔法使いのジャニス。
この三人が護ったとされているが、決してこの三人だけの力ではなかった。

百人程の魔法使いが、魔力の尽きかけた三人に全魔力を渡し、結界を最後まで維持できた事に貢献している。

一人一人の名前は歴史に残らなかったが、その百人の中に、自分の祖先がいたというのであれば、ジェロムの父親が誇りに思う気持ちは理解できる。

危険なカエストゥスの国境付近まで連れて行ったのは、祖先を想う気持ちを伝えたかったからではないだろうか。


『ヨハン・ブラント・・・俺の祖先の名だ。ヨハンは平均以下の魔力だったらしいが、どういう訳か、200年後の子孫の俺は、けっこうな魔力を持って生まれた。そのせいで、軍に目を付けられこんな目に合っている・・・・・・まぁいい、言いたい事は、このドアの中の最深部は、カエストゥスの闇と同じだ。入れる人間なんていない・・・・・・ここまでだ・・・・・・』


ジェロムは諦めまじりの言葉を弱々しく口にすると、そのまま力なくうなだれた。



『・・・まてアラタ!何するつもりだ!?』



うなだれたまま口を閉ざしてしまったジェロムを見て、アラタはドアノブに右手を伸ばした。
その手は光輝いている。

それを見たジーンは、慌てたように口早く声をかけた。

ジェロムも何事かと顔を上げ、アラタの光輝く右手を見ると、目を見開いた。



『・・・なんとなくだけど・・・俺の光なら、大丈夫だと思う』


『よせ!魔力耐性の強い魔法使いの僕が、触れただけでこれほどのショックを受けてるんだ!体力型のキミはドアノブに触れただけでも危険だ!』


そこでアラタは手を止めると、ジーンに顔を向けた。


『ジーン・・・俺、日本で親父と仲直りしたかったんだ。でも、もう俺はできない。コイツは、このジェロムには正直ムカついてるよ・・・でもよ、ジェロムはまだ父親と仲直りできるんだよ。そう考えたら・・・なんかな、やれる事はやってやりたくなったんだ』



『アラタ・・・キミは・・・』



アラタはジェロムに顔を向けた。
ジェロムもアラタを見ているが、その表情には驚きと戸惑いが混ざりあい、その心境の複雑さを映していた。



『ジェロム・・・カチュアがよ、お前のパスタ美味かったって褒めてたよ。親父さんと同じ味だって喜んでた。だからよ、無事に親父さん起こして帰ったら、今度はレイジェスのみんなにパスタをご馳走してくれよ?それでチャラだ』



『・・・サカキ・・・アラタ・・・・・・お前・・・』



ジェロムは目を伏せると、再び下を向いてしまい、それきり何も言葉を発しなくなった。



『・・・アラタ、キミの決意は固そうだね。分かった・・・ジェロムは僕が見ている。気を付けて・・・』



ジーンの言葉にうなずき、俺はドアノブに手をかけた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

貴族に生まれたのに誘拐され1歳で死にかけた

佐藤醤油
ファンタジー
 貴族に生まれ、のんびりと赤ちゃん生活を満喫していたのに、気がついたら世界が変わっていた。  僕は、盗賊に誘拐され魔力を吸われながら生きる日々を過ごす。  魔力枯渇に陥ると死ぬ確率が高いにも関わらず年に1回は魔力枯渇になり死にかけている。  言葉が通じる様になって気がついたが、僕は他の人が持っていないステータスを見る力を持ち、さらに異世界と思われる世界の知識を覗ける力を持っている。  この力を使って、いつか脱出し母親の元へと戻ることを夢見て過ごす。  小さい体でチートな力は使えない中、どうにか生きる知恵を出し生活する。 ------------------------------------------------------------------  お知らせ   「転生者はめぐりあう」 始めました。 ------------------------------------------------------------------ 注意  作者の暇つぶし、気分転換中の自己満足で公開する作品です。  感想は受け付けていません。  誤字脱字、文面等気になる方はお気に入りを削除で対応してください。

僕の家族は母様と母様の子供の弟妹達と使い魔達だけだよ?

闇夜の現し人(ヤミヨノウツシビト)
ファンタジー
ー 母さんは、「絶世の美女」と呼ばれるほど美しく、国の中で最も権力の強い貴族と呼ばれる公爵様の寵姫だった。 しかし、それをよく思わない正妻やその親戚たちに毒を盛られてしまった。 幸い発熱だけですんだがお腹に子が出来てしまった以上ここにいては危険だと判断し、仲の良かった侍女数名に「ここを離れる」と言い残し公爵家を後にした。 お母さん大好きっ子な主人公は、毒を盛られるという失態をおかした父親や毒を盛った親戚たちを嫌悪するがお母さんが日々、「家族で暮らしたい」と話していたため、ある出来事をきっかけに一緒に暮らし始めた。 しかし、自分が家族だと認めた者がいれば初めて見た者は跪くと言われる程の華の顔(カンバセ)を綻ばせ笑うが、家族がいなければ心底どうでもいいというような表情をしていて、人形の方がまだ表情があると言われていた。 『無能で無価値の稚拙な愚父共が僕の家族を名乗る資格なんて無いんだよ?』 さぁ、ここに超絶チートを持つ自分が認めた家族以外の生き物全てを嫌う主人公の物語が始まる。 〈念の為〉 稚拙→ちせつ 愚父→ぐふ ⚠︎注意⚠︎ 不定期更新です。作者の妄想をつぎ込んだ作品です。

「クズスキルの偽者は必要無い!」と公爵家を追放されたので、かけがえのない仲間と共に最高の国を作ります

古河夜空
ファンタジー
「お前をルートベルク公爵家から追放する――」それはあまりにも突然の出来事だった。 一五歳の誕生日を明日に控えたレオンは、公爵家を追放されてしまう。魔を制する者“神託の御子”と期待されていた、ルートベルク公爵の息子レオンだったが、『継承』という役立たずのスキルしか得ることができず、神託の御子としての片鱗を示すことが出来なかったため追放されてしまう。 一人、逃げる様に王都を出て行くレオンだが、公爵家の汚点たる彼を亡き者にしようとする、ルートベルク公爵の魔の手が迫っていた。「絶対に生き延びてやる……ッ!」レオンは己の力を全て使い、知恵を絞り、公爵の魔の手から逃れんがために走る。生き延びるため、公爵達を見返すため、自分を信じてくれる者のため。 どれだけ窮地に立たされようとも、秘めた想いを曲げない少年の周りには、人、エルフ、ドワーフ、そして魔族、種族の垣根を越えたかけがえの無い仲間達が集い―― これは、追放された少年が最高の国を作りあげる物語。 ※他サイト様でも掲載しております。

【完結】悪役令嬢に転生したけど、王太子妃にならない方が幸せじゃない?

みちこ
ファンタジー
12歳の時に前世の記憶を思い出し、自分が悪役令嬢なのに気が付いた主人公。 ずっと王太子に片思いしていて、将来は王太子妃になることしか頭になかった主人公だけど、前世の記憶を思い出したことで、王太子の何が良かったのか疑問に思うようになる 色々としがらみがある王太子妃になるより、このまま公爵家の娘として暮らす方が幸せだと気が付く

【完結】【勇者】の称号が無かった美少年は王宮を追放されたのでのんびり異世界を謳歌する

雪雪ノ雪
ファンタジー
ある日、突然学校にいた人全員が【勇者】として召喚された。 その召喚に巻き込まれた少年柊茜は、1人だけ【勇者】の称号がなかった。 代わりにあったのは【ラグナロク】という【固有exスキル】。 それを見た柊茜は 「あー....このスキルのせいで【勇者】の称号がなかったのかー。まぁ、ス・ラ・イ・厶・に【勇者】って称号とか合わないからなぁ…」 【勇者】の称号が無かった柊茜は、王宮を追放されてしまう。 追放されてしまった柊茜は、特に慌てる事もなくのんびり異世界を謳歌する..........たぶん….... 主人公は男の娘です 基本主人公が自分を表す時は「私」と表現します

【完結】私だけが知らない

綾雅(りょうが)祝!コミカライズ
ファンタジー
目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。 優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。 やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。 記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。 【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ 2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位 2023/12/19……番外編完結 2023/12/11……本編完結(番外編、12/12) 2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位 2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」 2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位 2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位 2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位 2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位 2023/08/14……連載開始

他国から来た王妃ですが、冷遇? 私にとっては厚遇すぎます!

七辻ゆゆ
ファンタジー
人質同然でやってきたというのに、出されるご飯は母国より美味しいし、嫌味な上司もいないから掃除洗濯毎日楽しいのですが!?

あの、神様、普通の家庭に転生させてって言いましたよね?なんか、森にいるんですけど.......。

▽空
ファンタジー
テンプレのトラックバーンで転生したよ...... どうしようΣ( ̄□ ̄;) とりあえず、今世を楽しんでやる~!!!!!!!!! R指定は念のためです。 マイペースに更新していきます。

処理中です...