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119 濁った空と歪んだ石畳 ⑤
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折れ曲がった腕の痛みに苦しみ、うずくまるオーグを苛立た(いらだた)し気に見下ろすと、ジェロムはオーグの髪を乱暴に掴み上げた。
『おい、お前さっき命令って言ってたな?誰の差し金だ?』
脂汗を流し、オーグは痛みに顔を歪めているが、ジェロムの質問には口を閉ざし、何も答える意思が無い事を伝えている。
『答えろ!』
ジェロムはオーグの髪を掴んだまま、地面にオーグの顔を叩きつけた。
『オラ!さっさと答えろ!ぶっ殺すぞ!』
怒りにまかせ、何度も何度もオーグの顔を地面に叩きつけるジェロムを、俺は背中から羽交い絞めにした。興奮が治まらないジェロムは、それでも俺の拘束を振りほどこうと力任せに暴れるが、体力型の俺には腕力では敵うはずもなく、しばらくすると荒い息を吐きながらも、抵抗を止めおとなしくなった。
『・・・落ち着いたか?これ以上は殺してしまうかもしれないぞ。お前の父親は、お前が人を殺して良しとするのか?』
ジェロムは何も答えなかったが、体には力が入っておらず、これ以上暴れる様子はなかった。
それを感じた俺は、ジェロムの背中から肩に回して、羽交い絞めにしていた両腕を離す。
腰を下ろし、地面に倒れたままのオーグの様子を見ると、頭を強く打ったのだろう。
完全に気を失っていた。念のため手の平をオーグの顔の前にかざすと、呼吸はしていたので、死んではいない。
『ジェロム・・・こいつは生きているが、このダメージだ。しばらく寝たままだろう。しかし、命令か・・・心当たりはあるか?』
オーグが死んではいない事を伝え、命令主について思い当たる事を聞いてみるが、ジェロムは首を横に振った。
『さぁな・・・だが、想像できる事はある。こいつらの上司、つまり魔法兵団の上役だろう。俺を引き込めないなら殺す気なのかもな?たくよ、少し魔力が高いくらいで、毎日狙われたらたまったもんじゃねぇぜ』
『軍の魔法兵団か・・・気を付けないとな』
ジェロムはジーンに視線を移した。やはりさっきの結界の技術が気になっているようだ。
『・・・最初の二発を同じ場所、コイツの右腕を狙い、爆裂弾を跳ね返したのか。お前、結界でよくこんな芸当ができるな?』
『・・・店長から習った。修行は大変だったし、実戦で使えるレベルになるまで、丸一年かかったけどね』
ジェロムは、小さく口笛を吹くと、次の61番目の部屋に通じるドアノブに目を向けた。
『まぁいい、時間もあまり残っていない。さっさと次の部屋に行こうぜ』
『いや、まだ僕はキミの事を何も聞いていない。アラタと行動しているから、今は協力態勢を築いているようだけど、僕はキミを信用していない。目的を話してもらうよ』
そう話すジーンの目は、氷のように冷たく、返答次第ではこの場でジェロムに攻撃する意思も見てとれた。
ジーンの本気が伝わったのだろう。ジェロムはジーンの視線を正面から受け止め、ここが父親の夢の中だという事、そして眠らされた父親を救うべく、俺達に薬を飲ませた事を淡々と話して聞かせた。
『なるほど、じゃあやっぱりキミが原因なんだね』
『そうだ。だが、お前もここでは俺に従うしかないぞ?帰り方は俺しか知らないんだ。安心しろ、64番目の部屋で親父が起きれば、すぐに帰してやるさ。目が覚めたら俺を殺すなり、好きにしたらいい』
同じ事を俺に話した時と同じように、ジェロムの態度は完全に開き直っていて、鼻で笑い、見下したような言い方だった。
『・・・そうか、分かった。じゃあまずは先を急ごうか、あと4部屋だからね。キミのお父さんを起こして早く帰ろう。そして、現実に戻ったら、キミをどうするか考えようか?断っておくが、アラタはキミを一発殴るくらいで済ませているようだけど、僕はアラタ程甘くはない』
ジーンとジェロムの視線が交差する。
少しの間睨み合うが、先に視線を外したのはジーンだった。意識を失い倒れているブルゲとオーグに目を移す。
『・・・この二人はどうする?』
『殺してやりたいところだが、こんなヤツでも軍の魔法兵だ。後々面倒になりかねない。ブルゲは顎が砕け、オーグは右腕が使い物にならない。意識を取り戻しても戦闘不能だ。白魔法使いがいないのなら、軍に帰るしかないだろう。放っておいていい。痛い目を見たんだ、もう俺達の前に姿を現さなければそれでいい』
ジェロムの話に軽く頷くと、ジーンは俺に目を向けた。
『ジーン、俺も放っておいた方がいいと思う。回復したら、また何かしてくる可能性はあるが、進んで殺しはしたくない。それに、少なくとも、俺達がこの夢の世界にいる間に、回復して再び襲ってくる事は無いだろう。もし、現実世界に戻った後、再び俺達の前に現れたら、その時は・・・相応のダメージを与えてやればいい』
『・・・分かった。僕もできれば殺しはしたくない。このタイプでは難しいとおもうけど、実力差を理解して、二度と僕達の前に現れない事を期待しよう』
完全に納得できた訳ではないが、相手は自国の軍の魔法兵だ。ここでこの二人を殺してしまえば、後々面倒な事になる可能性が高い。ジーンもそう判断したのだろう。
俺とジーンの意見が合った事を確認すると、ジェロムは何も言わずに地面から出ているドアノブを回し、61番目の部屋につながるドアを引き上げた。
61番目、62番目、63番目、どの部屋もこれまでと同じ景色が広がるだけで、変わった様子の無い部屋だった。
『別に何も変わりないな。次の部屋が最後なんだな?』
『あぁ・・・次は最深部、俺もここまで来たのは初めてだが、あの二人の話通りなら、ここに親父がいるはずだ』
ブルゲとオーグは、最深部に父親がいる事をジェロムに話していたようだ。
俺達三人は、足元の64番目の部屋、曲がりくねった石畳から、生え出ているような、最深部に繋がるドアノブを見下ろしていた。
『もう邪魔者はいない・・・親父を起こしてさっさと帰ろう』
ジェロムの視線は下を向いている。
俺かジーンに話しかけたと言うより、自分に言い聞かせたように感じ、言葉は返さなかった。
ジェロムが腰を下ろし、ドアノブに手をかける。
カチュアとケイトとは合流できなかったが、ジェロムの説明では、一緒にいなくても、ジェロムの持つ魔道具を使えば、全員一緒に帰れるという話しだ。
気がかりだが、全員一緒に帰れるのならば、俺達だけでも早くジェロムの父親を起こしてしまった方がいいだろう。
後はジェロムの父親を起こすだけ。
そう考えていた俺は、ジェロムがドアノブを引き上げるのをぼんやりと見ていたが、ドアノブに手をかけたジェロムは、そのまま微動だにせず、まるで固まってしまったかのように動かず止まっていた。
『・・・どうした?』
ジーンもジェロムの異変を感じ取り、腰を下ろしジェロムの顔を覗き込んだ。
『お前・・・』
『・・・何だ・・・この先にいるのは・・・・・・』
ジェロムの顔を覗き込んだジーンは、よほど驚いたのだろう。目を開き言葉をかけられずにいる。
『おい、一体どうしたんだ?』
二人の様子があまりにおかしいので、俺も腰を下ろし、ジェロムの顔に目を向ける。
『な!?お、お前・・・一体どうした!?』
ジェロムの顔からは、額や顎から汗が滴り落ち、石畳の上にシミを作っていた。
ドアノブを握る手は、よほど力を入れているのか、強張り赤くなっている。
蛇に睨まれた蛙とでもいうのだろうか。
大量の汗を流し、青ざめこわばった表情は、恐怖に満ちていた。
『・・・この先にいるのは・・・一体・・・』
『おい!しっかりしろ!一体どうしたんだ?』
俺はジェロムの肩を掴み、呼びかける。力いっぱいにドアノブを握る手を引き離し、ジェロムの体を自分の方に向け、強く言葉をかけ続けると、ようやくジェロムは落ち着いてきたようで、俺の顔に目を合わせた。
『・・・し、信じられねぇ・・・なんだこの魔力は・・・これ程、邪悪で禍々しい魔力・・・この先に一体なにが・・・』
指先をドアに向ける。
これまで通ってきたドアと全く同じに見えるが、そのドアはまるで死へ誘うように、闇の気配を放出していた。
『おい、お前さっき命令って言ってたな?誰の差し金だ?』
脂汗を流し、オーグは痛みに顔を歪めているが、ジェロムの質問には口を閉ざし、何も答える意思が無い事を伝えている。
『答えろ!』
ジェロムはオーグの髪を掴んだまま、地面にオーグの顔を叩きつけた。
『オラ!さっさと答えろ!ぶっ殺すぞ!』
怒りにまかせ、何度も何度もオーグの顔を地面に叩きつけるジェロムを、俺は背中から羽交い絞めにした。興奮が治まらないジェロムは、それでも俺の拘束を振りほどこうと力任せに暴れるが、体力型の俺には腕力では敵うはずもなく、しばらくすると荒い息を吐きながらも、抵抗を止めおとなしくなった。
『・・・落ち着いたか?これ以上は殺してしまうかもしれないぞ。お前の父親は、お前が人を殺して良しとするのか?』
ジェロムは何も答えなかったが、体には力が入っておらず、これ以上暴れる様子はなかった。
それを感じた俺は、ジェロムの背中から肩に回して、羽交い絞めにしていた両腕を離す。
腰を下ろし、地面に倒れたままのオーグの様子を見ると、頭を強く打ったのだろう。
完全に気を失っていた。念のため手の平をオーグの顔の前にかざすと、呼吸はしていたので、死んではいない。
『ジェロム・・・こいつは生きているが、このダメージだ。しばらく寝たままだろう。しかし、命令か・・・心当たりはあるか?』
オーグが死んではいない事を伝え、命令主について思い当たる事を聞いてみるが、ジェロムは首を横に振った。
『さぁな・・・だが、想像できる事はある。こいつらの上司、つまり魔法兵団の上役だろう。俺を引き込めないなら殺す気なのかもな?たくよ、少し魔力が高いくらいで、毎日狙われたらたまったもんじゃねぇぜ』
『軍の魔法兵団か・・・気を付けないとな』
ジェロムはジーンに視線を移した。やはりさっきの結界の技術が気になっているようだ。
『・・・最初の二発を同じ場所、コイツの右腕を狙い、爆裂弾を跳ね返したのか。お前、結界でよくこんな芸当ができるな?』
『・・・店長から習った。修行は大変だったし、実戦で使えるレベルになるまで、丸一年かかったけどね』
ジェロムは、小さく口笛を吹くと、次の61番目の部屋に通じるドアノブに目を向けた。
『まぁいい、時間もあまり残っていない。さっさと次の部屋に行こうぜ』
『いや、まだ僕はキミの事を何も聞いていない。アラタと行動しているから、今は協力態勢を築いているようだけど、僕はキミを信用していない。目的を話してもらうよ』
そう話すジーンの目は、氷のように冷たく、返答次第ではこの場でジェロムに攻撃する意思も見てとれた。
ジーンの本気が伝わったのだろう。ジェロムはジーンの視線を正面から受け止め、ここが父親の夢の中だという事、そして眠らされた父親を救うべく、俺達に薬を飲ませた事を淡々と話して聞かせた。
『なるほど、じゃあやっぱりキミが原因なんだね』
『そうだ。だが、お前もここでは俺に従うしかないぞ?帰り方は俺しか知らないんだ。安心しろ、64番目の部屋で親父が起きれば、すぐに帰してやるさ。目が覚めたら俺を殺すなり、好きにしたらいい』
同じ事を俺に話した時と同じように、ジェロムの態度は完全に開き直っていて、鼻で笑い、見下したような言い方だった。
『・・・そうか、分かった。じゃあまずは先を急ごうか、あと4部屋だからね。キミのお父さんを起こして早く帰ろう。そして、現実に戻ったら、キミをどうするか考えようか?断っておくが、アラタはキミを一発殴るくらいで済ませているようだけど、僕はアラタ程甘くはない』
ジーンとジェロムの視線が交差する。
少しの間睨み合うが、先に視線を外したのはジーンだった。意識を失い倒れているブルゲとオーグに目を移す。
『・・・この二人はどうする?』
『殺してやりたいところだが、こんなヤツでも軍の魔法兵だ。後々面倒になりかねない。ブルゲは顎が砕け、オーグは右腕が使い物にならない。意識を取り戻しても戦闘不能だ。白魔法使いがいないのなら、軍に帰るしかないだろう。放っておいていい。痛い目を見たんだ、もう俺達の前に姿を現さなければそれでいい』
ジェロムの話に軽く頷くと、ジーンは俺に目を向けた。
『ジーン、俺も放っておいた方がいいと思う。回復したら、また何かしてくる可能性はあるが、進んで殺しはしたくない。それに、少なくとも、俺達がこの夢の世界にいる間に、回復して再び襲ってくる事は無いだろう。もし、現実世界に戻った後、再び俺達の前に現れたら、その時は・・・相応のダメージを与えてやればいい』
『・・・分かった。僕もできれば殺しはしたくない。このタイプでは難しいとおもうけど、実力差を理解して、二度と僕達の前に現れない事を期待しよう』
完全に納得できた訳ではないが、相手は自国の軍の魔法兵だ。ここでこの二人を殺してしまえば、後々面倒な事になる可能性が高い。ジーンもそう判断したのだろう。
俺とジーンの意見が合った事を確認すると、ジェロムは何も言わずに地面から出ているドアノブを回し、61番目の部屋につながるドアを引き上げた。
61番目、62番目、63番目、どの部屋もこれまでと同じ景色が広がるだけで、変わった様子の無い部屋だった。
『別に何も変わりないな。次の部屋が最後なんだな?』
『あぁ・・・次は最深部、俺もここまで来たのは初めてだが、あの二人の話通りなら、ここに親父がいるはずだ』
ブルゲとオーグは、最深部に父親がいる事をジェロムに話していたようだ。
俺達三人は、足元の64番目の部屋、曲がりくねった石畳から、生え出ているような、最深部に繋がるドアノブを見下ろしていた。
『もう邪魔者はいない・・・親父を起こしてさっさと帰ろう』
ジェロムの視線は下を向いている。
俺かジーンに話しかけたと言うより、自分に言い聞かせたように感じ、言葉は返さなかった。
ジェロムが腰を下ろし、ドアノブに手をかける。
カチュアとケイトとは合流できなかったが、ジェロムの説明では、一緒にいなくても、ジェロムの持つ魔道具を使えば、全員一緒に帰れるという話しだ。
気がかりだが、全員一緒に帰れるのならば、俺達だけでも早くジェロムの父親を起こしてしまった方がいいだろう。
後はジェロムの父親を起こすだけ。
そう考えていた俺は、ジェロムがドアノブを引き上げるのをぼんやりと見ていたが、ドアノブに手をかけたジェロムは、そのまま微動だにせず、まるで固まってしまったかのように動かず止まっていた。
『・・・どうした?』
ジーンもジェロムの異変を感じ取り、腰を下ろしジェロムの顔を覗き込んだ。
『お前・・・』
『・・・何だ・・・この先にいるのは・・・・・・』
ジェロムの顔を覗き込んだジーンは、よほど驚いたのだろう。目を開き言葉をかけられずにいる。
『おい、一体どうしたんだ?』
二人の様子があまりにおかしいので、俺も腰を下ろし、ジェロムの顔に目を向ける。
『な!?お、お前・・・一体どうした!?』
ジェロムの顔からは、額や顎から汗が滴り落ち、石畳の上にシミを作っていた。
ドアノブを握る手は、よほど力を入れているのか、強張り赤くなっている。
蛇に睨まれた蛙とでもいうのだろうか。
大量の汗を流し、青ざめこわばった表情は、恐怖に満ちていた。
『・・・この先にいるのは・・・一体・・・』
『おい!しっかりしろ!一体どうしたんだ?』
俺はジェロムの肩を掴み、呼びかける。力いっぱいにドアノブを握る手を引き離し、ジェロムの体を自分の方に向け、強く言葉をかけ続けると、ようやくジェロムは落ち着いてきたようで、俺の顔に目を合わせた。
『・・・し、信じられねぇ・・・なんだこの魔力は・・・これ程、邪悪で禍々しい魔力・・・この先に一体なにが・・・』
指先をドアに向ける。
これまで通ってきたドアと全く同じに見えるが、そのドアはまるで死へ誘うように、闇の気配を放出していた。
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