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110 報奨金
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国王陛下の使いが来たのは昼になる少し前だった。
お客さん用の出入口から入って来たその使いは、特別な身分の者では無いようだ。
頭だけを覆う鉄の兜。肩、胸、腹をしっかり守るように包む鉄の鎧。
腕と足にも鉄のガードを付けていて、それがクインズベリー軍の標準的な歩兵の装備だった事から分かる。
報奨金の受け取りという事なので、日本のようになにか書類を書いたりするのかと思っていたら、出された一枚の書類に、受け取りのサインをするだけだった。
サイン一つ。あまりに簡単な手続きに、俺はこれでいいのかと思ってしまう程だった。
なんせ、渡された布袋の中身を見た時、俺は驚きのあまり袋の中身を二度見してしまう程だったのだ。
存在は知っていたが、実物を見たのは初めてだった。
10,000イエンの倍程の厚みがある平たい円状の金には、クインズベリー国の王家の紋章が刻まれている。
1,000,000イエン硬貨だった。それも10枚入っていたのだ。つまり、日本円に換算して、一千万円ある。
一千万円の受け渡しに、サイン一つでいいのか?と心配になった。
それも、やりとりが実に簡単だった。長々とした前置きも何もなく、事務所で布袋を渡されて、中身を確認したら、書類を渡されサインするだけだったのだ。ほんの一分のやりとりだ。
報奨金を渡してサインをもらうと、使いの兵士はさっさと帰ってしまった。実にあっさりとしたものだった。
これほどの大金、日本ならば事務処理がどうのこうのとか、ハンコをこことここに押せとか、時間がものすごく取られるだろう。やはり異世界だ。感覚がまるで違う。
レイチェルに、こんなあっさり終わっていいの?と尋ねると、レイチェルはさも当然のように、こんなもんじゃない?と一言だった。
「だって、国からの報奨金で、もし難癖つけたり、なんらかの不正を行ったら、処刑されるだけだからね。よっぽどの馬鹿でない限り、黙ってサインして終わりだよ」
そう聞くと、なるほど、と頷けるものがある。確かにこの世界は命の価値が日本とはずいぶん違う。
いや、日本だって明治より昔、侍がいた時代を想像すれば分かる気もした。あっさり人を斬っていた時代が確かにあったのだ。不正など怖くてできたものではない。
俺がもらった報奨金の額を告げると、さすがにレイチェルも驚きをあらわにした。
「10,000,000イエンだって!?すごいな、私はせいぜい3,000,000イエンくらいかと予想していたぞ。いや、私も相場を知っているわけではないが、それにしても驚いた。多分・・・マルコスだな。なんせこの国最強のマルコスを倒したんだ、アラタは否定するだろうが、新しい最強はキミという事になる。その最強への報奨金に、半端な額は出せないという事だろう。国の見栄だね。それと、何かあった時には力を惜しまず貸せという、暗黙のメッセージもあると思う」
「うわぁ・・・なんかそういう、金で圧力かかるの嫌だな・・・って言っても、返そうとしたら、それはそれで国王陛下への無礼とかになるんでしょ?」
「その通りだ。アラタもこの国の礼儀が分かってきたじゃないか」
これほどの大金を貰ったのは素直に嬉しい。だけど、同じくらい憂鬱な気持ちも心に広がった。
う~ん、と唸り項垂れる俺に、レイチェルは。ふぅ、と息を付いて背中を叩いてきた。
「アラタ、キミのそういうとこ、あんまり良くないと思うぞ!難しく考えすぎだ!何も要求されないうちから、悪い方にばかり考えるな?キミ、まだここで働いて三ヶ月だろ?無駄遣いしてないのは分かるけど、貯金はほとんどないはずだ。この報奨金は、カチュアとの結婚資金になるじゃないか?これで結婚式は問題なく挙げれるぞ!家だって、新築を建てるのは難しいが、今のとこから移る事は可能だ!キミは結婚にするにあたって、金銭面の問題をクリアしたんだ!それを喜んでいればいいんだ!」
レイチェルは俺に詰め寄って、力強く、そして早口でまくし立てて来た。
その迫力に、思わず何度も頷いてしまう。
「お、おう!そうだな、レイチェルの言う通りだ。確かに俺の考えすぎだよ。この金は、カチュアとの結婚資金として、有効に使う事にするし、悪い方に考えないようにする」
俺の言葉の真意を測るように、レイチェルは俺の目を少しの間じっと見ると、軽く息を付いて体を離した。
「全く、キミってヤツは真面目過ぎるんだな。長所だけど短所だ。財布はカチュアに握ってもらいなよ?カチュアも真面目だけど、キミよりずっと融通利くからさ。キミは無駄遣いは駄目だと、ひたすら貯金だけして終わりそうだ」
「いやいやいや!俺、そこまで極端じゃないぞ!」
「いいや、アラタならあり得る」
「何の話?」
事務所でレイチェルと言い争っていると、声を聞いたカチュアが入って来た。
「あ、カチュア、丁度いい。今アラタにちょっとお説教をしていたんだ。カチュア、アラタと結婚したら、財布はキミが握るんだぞ?アラタは食費以外、全て貯金して終わりそうだ。たまには遊びに行きたいだろ?」
「レイチェル~、もう勘弁してくれよ。俺、別に貯金が趣味じゃないから!」
「う~ん、アラタ君真面目だから、あり得るかも・・・」
「だろう?」
カチュアがレイチェルの顔を見て深く頷くと、レイチェルもそれに合わせて頷き、なぜか二人で結婚後のお金の使い道と、小遣いはいくらにするかなど、生々しい話を始めた。
俺がしどろもどろになりながら、必死に弁解を続けると、やがて二人とも肩を小刻みに震わせ、とうとう耐え切れず声を上げて笑い出した。
「あはははは!ご、ごめんねアラタ君!ちょっと、レイチェルに乗ってからかっちゃった」
「あっははは!ごめんごめん!つい、からかい過ぎてしまった。そこまで本気で思ってないよ。許してくれ」
「え~!本当勘弁してくれよ~!なんか嫌な汗かいたぞ!」
俺は抗議を続けたが、女二人揃うと強いもので、まぁまぁ、と軽い感じでなだめられた。
レイチェルはいつも通りだが、カチュアもここ最近強くなってきたように感じる。
「あ、そうだ。カチュア、これ」
俺が報奨金の入った布袋を渡すと、中身を見たカチュアが声を大にして驚いた。
「えー!何これ!もしかして、これって・・・私見るの初めてだけど・・・1,000,000イエン?」
10,000イエンの倍は厚みのある硬貨を持って、カチュアは驚きに俺とレイチェルを何度も交互に見て、確認を求めてきた。
そう。これを見たら普通の反応だ。俺は確認の時、目の前に使いの兵がいた事もあって、大声は出さなかったが、二度見して、軽く自分の目を疑ったくらいだ。
「カチュア、それ本物の1,000,000イエン硬貨だよ。私も初めてみた。ちなみに、アラタは今回の報奨金が、10,000,000イエンだ。その布袋に、それが10枚入っている」
その言葉を聞いて、カチュアは更に驚き、声を失った。口に手を当て目を丸くしている。
「カチュア、お金の管理はカチュアに任せたいんだ。俺もこっちの世界に慣れたつもりだけど、まだまだ分からない事が多いからさ。カチュアが管理してくれると安心なんだ。結婚するんだし、その報奨金もカチュアに任せたいんだけど、いいかな?」
そう言うと、カチュアは俺と硬貨の入った布袋を何度か交互に見て、自分の顔を指して、確認するように聞いてきた。
「わ、私がこんな大金持ってていいの?私は、その・・・もうアラタ君の奥さんのつもりだけど、これはアラタ君のお金でしょ?」
日本円で一千万の入った布袋だ。
カチュアは落としたり無くさないように考えているのか、恐る恐るだが袋を持つ手に、少し力が入っている。
「うん。カチュアに管理してもらった方が、俺は安心なんだ。それに、俺ももう旦那のつもりだからさ・・・それは二人のお金だよ」
「アラタ君・・・」
旦那という言葉に反応したようで、カチュアは少し頬を赤く染め、嬉しそうに表情を緩めている。
「キミ達さ、昨日も言ったけど、最近本当に人目を気にせずイチャつくようになったよね?私の事見えてる?」
レイチェルが俺とカチュアの間に立ち、俺達の顔を交互に見て、呆れたように大きな溜息をついた。
もちろん、二人でそんな事ないと一生懸命否定し、レイチェルにまた笑われたのは言うまでもない。
お客さん用の出入口から入って来たその使いは、特別な身分の者では無いようだ。
頭だけを覆う鉄の兜。肩、胸、腹をしっかり守るように包む鉄の鎧。
腕と足にも鉄のガードを付けていて、それがクインズベリー軍の標準的な歩兵の装備だった事から分かる。
報奨金の受け取りという事なので、日本のようになにか書類を書いたりするのかと思っていたら、出された一枚の書類に、受け取りのサインをするだけだった。
サイン一つ。あまりに簡単な手続きに、俺はこれでいいのかと思ってしまう程だった。
なんせ、渡された布袋の中身を見た時、俺は驚きのあまり袋の中身を二度見してしまう程だったのだ。
存在は知っていたが、実物を見たのは初めてだった。
10,000イエンの倍程の厚みがある平たい円状の金には、クインズベリー国の王家の紋章が刻まれている。
1,000,000イエン硬貨だった。それも10枚入っていたのだ。つまり、日本円に換算して、一千万円ある。
一千万円の受け渡しに、サイン一つでいいのか?と心配になった。
それも、やりとりが実に簡単だった。長々とした前置きも何もなく、事務所で布袋を渡されて、中身を確認したら、書類を渡されサインするだけだったのだ。ほんの一分のやりとりだ。
報奨金を渡してサインをもらうと、使いの兵士はさっさと帰ってしまった。実にあっさりとしたものだった。
これほどの大金、日本ならば事務処理がどうのこうのとか、ハンコをこことここに押せとか、時間がものすごく取られるだろう。やはり異世界だ。感覚がまるで違う。
レイチェルに、こんなあっさり終わっていいの?と尋ねると、レイチェルはさも当然のように、こんなもんじゃない?と一言だった。
「だって、国からの報奨金で、もし難癖つけたり、なんらかの不正を行ったら、処刑されるだけだからね。よっぽどの馬鹿でない限り、黙ってサインして終わりだよ」
そう聞くと、なるほど、と頷けるものがある。確かにこの世界は命の価値が日本とはずいぶん違う。
いや、日本だって明治より昔、侍がいた時代を想像すれば分かる気もした。あっさり人を斬っていた時代が確かにあったのだ。不正など怖くてできたものではない。
俺がもらった報奨金の額を告げると、さすがにレイチェルも驚きをあらわにした。
「10,000,000イエンだって!?すごいな、私はせいぜい3,000,000イエンくらいかと予想していたぞ。いや、私も相場を知っているわけではないが、それにしても驚いた。多分・・・マルコスだな。なんせこの国最強のマルコスを倒したんだ、アラタは否定するだろうが、新しい最強はキミという事になる。その最強への報奨金に、半端な額は出せないという事だろう。国の見栄だね。それと、何かあった時には力を惜しまず貸せという、暗黙のメッセージもあると思う」
「うわぁ・・・なんかそういう、金で圧力かかるの嫌だな・・・って言っても、返そうとしたら、それはそれで国王陛下への無礼とかになるんでしょ?」
「その通りだ。アラタもこの国の礼儀が分かってきたじゃないか」
これほどの大金を貰ったのは素直に嬉しい。だけど、同じくらい憂鬱な気持ちも心に広がった。
う~ん、と唸り項垂れる俺に、レイチェルは。ふぅ、と息を付いて背中を叩いてきた。
「アラタ、キミのそういうとこ、あんまり良くないと思うぞ!難しく考えすぎだ!何も要求されないうちから、悪い方にばかり考えるな?キミ、まだここで働いて三ヶ月だろ?無駄遣いしてないのは分かるけど、貯金はほとんどないはずだ。この報奨金は、カチュアとの結婚資金になるじゃないか?これで結婚式は問題なく挙げれるぞ!家だって、新築を建てるのは難しいが、今のとこから移る事は可能だ!キミは結婚にするにあたって、金銭面の問題をクリアしたんだ!それを喜んでいればいいんだ!」
レイチェルは俺に詰め寄って、力強く、そして早口でまくし立てて来た。
その迫力に、思わず何度も頷いてしまう。
「お、おう!そうだな、レイチェルの言う通りだ。確かに俺の考えすぎだよ。この金は、カチュアとの結婚資金として、有効に使う事にするし、悪い方に考えないようにする」
俺の言葉の真意を測るように、レイチェルは俺の目を少しの間じっと見ると、軽く息を付いて体を離した。
「全く、キミってヤツは真面目過ぎるんだな。長所だけど短所だ。財布はカチュアに握ってもらいなよ?カチュアも真面目だけど、キミよりずっと融通利くからさ。キミは無駄遣いは駄目だと、ひたすら貯金だけして終わりそうだ」
「いやいやいや!俺、そこまで極端じゃないぞ!」
「いいや、アラタならあり得る」
「何の話?」
事務所でレイチェルと言い争っていると、声を聞いたカチュアが入って来た。
「あ、カチュア、丁度いい。今アラタにちょっとお説教をしていたんだ。カチュア、アラタと結婚したら、財布はキミが握るんだぞ?アラタは食費以外、全て貯金して終わりそうだ。たまには遊びに行きたいだろ?」
「レイチェル~、もう勘弁してくれよ。俺、別に貯金が趣味じゃないから!」
「う~ん、アラタ君真面目だから、あり得るかも・・・」
「だろう?」
カチュアがレイチェルの顔を見て深く頷くと、レイチェルもそれに合わせて頷き、なぜか二人で結婚後のお金の使い道と、小遣いはいくらにするかなど、生々しい話を始めた。
俺がしどろもどろになりながら、必死に弁解を続けると、やがて二人とも肩を小刻みに震わせ、とうとう耐え切れず声を上げて笑い出した。
「あはははは!ご、ごめんねアラタ君!ちょっと、レイチェルに乗ってからかっちゃった」
「あっははは!ごめんごめん!つい、からかい過ぎてしまった。そこまで本気で思ってないよ。許してくれ」
「え~!本当勘弁してくれよ~!なんか嫌な汗かいたぞ!」
俺は抗議を続けたが、女二人揃うと強いもので、まぁまぁ、と軽い感じでなだめられた。
レイチェルはいつも通りだが、カチュアもここ最近強くなってきたように感じる。
「あ、そうだ。カチュア、これ」
俺が報奨金の入った布袋を渡すと、中身を見たカチュアが声を大にして驚いた。
「えー!何これ!もしかして、これって・・・私見るの初めてだけど・・・1,000,000イエン?」
10,000イエンの倍は厚みのある硬貨を持って、カチュアは驚きに俺とレイチェルを何度も交互に見て、確認を求めてきた。
そう。これを見たら普通の反応だ。俺は確認の時、目の前に使いの兵がいた事もあって、大声は出さなかったが、二度見して、軽く自分の目を疑ったくらいだ。
「カチュア、それ本物の1,000,000イエン硬貨だよ。私も初めてみた。ちなみに、アラタは今回の報奨金が、10,000,000イエンだ。その布袋に、それが10枚入っている」
その言葉を聞いて、カチュアは更に驚き、声を失った。口に手を当て目を丸くしている。
「カチュア、お金の管理はカチュアに任せたいんだ。俺もこっちの世界に慣れたつもりだけど、まだまだ分からない事が多いからさ。カチュアが管理してくれると安心なんだ。結婚するんだし、その報奨金もカチュアに任せたいんだけど、いいかな?」
そう言うと、カチュアは俺と硬貨の入った布袋を何度か交互に見て、自分の顔を指して、確認するように聞いてきた。
「わ、私がこんな大金持ってていいの?私は、その・・・もうアラタ君の奥さんのつもりだけど、これはアラタ君のお金でしょ?」
日本円で一千万の入った布袋だ。
カチュアは落としたり無くさないように考えているのか、恐る恐るだが袋を持つ手に、少し力が入っている。
「うん。カチュアに管理してもらった方が、俺は安心なんだ。それに、俺ももう旦那のつもりだからさ・・・それは二人のお金だよ」
「アラタ君・・・」
旦那という言葉に反応したようで、カチュアは少し頬を赤く染め、嬉しそうに表情を緩めている。
「キミ達さ、昨日も言ったけど、最近本当に人目を気にせずイチャつくようになったよね?私の事見えてる?」
レイチェルが俺とカチュアの間に立ち、俺達の顔を交互に見て、呆れたように大きな溜息をついた。
もちろん、二人でそんな事ないと一生懸命否定し、レイチェルにまた笑われたのは言うまでもない。
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