上 下
110 / 1,319

110 報奨金

しおりを挟む
国王陛下の使いが来たのは昼になる少し前だった。

お客さん用の出入口から入って来たその使いは、特別な身分の者では無いようだ。

頭だけを覆う鉄の兜。肩、胸、腹をしっかり守るように包む鉄の鎧。
腕と足にも鉄のガードを付けていて、それがクインズベリー軍の標準的な歩兵の装備だった事から分かる。

報奨金の受け取りという事なので、日本のようになにか書類を書いたりするのかと思っていたら、出された一枚の書類に、受け取りのサインをするだけだった。
サイン一つ。あまりに簡単な手続きに、俺はこれでいいのかと思ってしまう程だった。

なんせ、渡された布袋の中身を見た時、俺は驚きのあまり袋の中身を二度見してしまう程だったのだ。
存在は知っていたが、実物を見たのは初めてだった。

10,000イエンの倍程の厚みがある平たい円状の金には、クインズベリー国の王家の紋章が刻まれている。

1,000,000イエン硬貨だった。それも10枚入っていたのだ。つまり、日本円に換算して、一千万円ある。


一千万円の受け渡しに、サイン一つでいいのか?と心配になった。

それも、やりとりが実に簡単だった。長々とした前置きも何もなく、事務所で布袋を渡されて、中身を確認したら、書類を渡されサインするだけだったのだ。ほんの一分のやりとりだ。
報奨金を渡してサインをもらうと、使いの兵士はさっさと帰ってしまった。実にあっさりとしたものだった。

これほどの大金、日本ならば事務処理がどうのこうのとか、ハンコをこことここに押せとか、時間がものすごく取られるだろう。やはり異世界だ。感覚がまるで違う。

レイチェルに、こんなあっさり終わっていいの?と尋ねると、レイチェルはさも当然のように、こんなもんじゃない?と一言だった。


「だって、国からの報奨金で、もし難癖つけたり、なんらかの不正を行ったら、処刑されるだけだからね。よっぽどの馬鹿でない限り、黙ってサインして終わりだよ」

そう聞くと、なるほど、と頷けるものがある。確かにこの世界は命の価値が日本とはずいぶん違う。

いや、日本だって明治より昔、侍がいた時代を想像すれば分かる気もした。あっさり人を斬っていた時代が確かにあったのだ。不正など怖くてできたものではない。

俺がもらった報奨金の額を告げると、さすがにレイチェルも驚きをあらわにした。


「10,000,000イエンだって!?すごいな、私はせいぜい3,000,000イエンくらいかと予想していたぞ。いや、私も相場を知っているわけではないが、それにしても驚いた。多分・・・マルコスだな。なんせこの国最強のマルコスを倒したんだ、アラタは否定するだろうが、新しい最強はキミという事になる。その最強への報奨金に、半端な額は出せないという事だろう。国の見栄だね。それと、何かあった時には力を惜しまず貸せという、暗黙のメッセージもあると思う」

「うわぁ・・・なんかそういう、金で圧力かかるの嫌だな・・・って言っても、返そうとしたら、それはそれで国王陛下への無礼とかになるんでしょ?」

「その通りだ。アラタもこの国の礼儀が分かってきたじゃないか」

これほどの大金を貰ったのは素直に嬉しい。だけど、同じくらい憂鬱な気持ちも心に広がった。
う~ん、と唸り項垂れる俺に、レイチェルは。ふぅ、と息を付いて背中を叩いてきた。


「アラタ、キミのそういうとこ、あんまり良くないと思うぞ!難しく考えすぎだ!何も要求されないうちから、悪い方にばかり考えるな?キミ、まだここで働いて三ヶ月だろ?無駄遣いしてないのは分かるけど、貯金はほとんどないはずだ。この報奨金は、カチュアとの結婚資金になるじゃないか?これで結婚式は問題なく挙げれるぞ!家だって、新築を建てるのは難しいが、今のとこから移る事は可能だ!キミは結婚にするにあたって、金銭面の問題をクリアしたんだ!それを喜んでいればいいんだ!」

レイチェルは俺に詰め寄って、力強く、そして早口でまくし立てて来た。
その迫力に、思わず何度も頷いてしまう。

「お、おう!そうだな、レイチェルの言う通りだ。確かに俺の考えすぎだよ。この金は、カチュアとの結婚資金として、有効に使う事にするし、悪い方に考えないようにする」

俺の言葉の真意を測るように、レイチェルは俺の目を少しの間じっと見ると、軽く息を付いて体を離した。


「全く、キミってヤツは真面目過ぎるんだな。長所だけど短所だ。財布はカチュアに握ってもらいなよ?カチュアも真面目だけど、キミよりずっと融通利くからさ。キミは無駄遣いは駄目だと、ひたすら貯金だけして終わりそうだ」

「いやいやいや!俺、そこまで極端じゃないぞ!」

「いいや、アラタならあり得る」

「何の話?」


事務所でレイチェルと言い争っていると、声を聞いたカチュアが入って来た。

「あ、カチュア、丁度いい。今アラタにちょっとお説教をしていたんだ。カチュア、アラタと結婚したら、財布はキミが握るんだぞ?アラタは食費以外、全て貯金して終わりそうだ。たまには遊びに行きたいだろ?」

「レイチェル~、もう勘弁してくれよ。俺、別に貯金が趣味じゃないから!」

「う~ん、アラタ君真面目だから、あり得るかも・・・」

「だろう?」

カチュアがレイチェルの顔を見て深く頷くと、レイチェルもそれに合わせて頷き、なぜか二人で結婚後のお金の使い道と、小遣いはいくらにするかなど、生々しい話を始めた。

俺がしどろもどろになりながら、必死に弁解を続けると、やがて二人とも肩を小刻みに震わせ、とうとう耐え切れず声を上げて笑い出した。


「あはははは!ご、ごめんねアラタ君!ちょっと、レイチェルに乗ってからかっちゃった」

「あっははは!ごめんごめん!つい、からかい過ぎてしまった。そこまで本気で思ってないよ。許してくれ」

「え~!本当勘弁してくれよ~!なんか嫌な汗かいたぞ!」

俺は抗議を続けたが、女二人揃うと強いもので、まぁまぁ、と軽い感じでなだめられた。
レイチェルはいつも通りだが、カチュアもここ最近強くなってきたように感じる。



「あ、そうだ。カチュア、これ」

俺が報奨金の入った布袋を渡すと、中身を見たカチュアが声を大にして驚いた。

「えー!何これ!もしかして、これって・・・私見るの初めてだけど・・・1,000,000イエン?」

10,000イエンの倍は厚みのある硬貨を持って、カチュアは驚きに俺とレイチェルを何度も交互に見て、確認を求めてきた。

そう。これを見たら普通の反応だ。俺は確認の時、目の前に使いの兵がいた事もあって、大声は出さなかったが、二度見して、軽く自分の目を疑ったくらいだ。

「カチュア、それ本物の1,000,000イエン硬貨だよ。私も初めてみた。ちなみに、アラタは今回の報奨金が、10,000,000イエンだ。その布袋に、それが10枚入っている」

その言葉を聞いて、カチュアは更に驚き、声を失った。口に手を当て目を丸くしている。

「カチュア、お金の管理はカチュアに任せたいんだ。俺もこっちの世界に慣れたつもりだけど、まだまだ分からない事が多いからさ。カチュアが管理してくれると安心なんだ。結婚するんだし、その報奨金もカチュアに任せたいんだけど、いいかな?」

そう言うと、カチュアは俺と硬貨の入った布袋を何度か交互に見て、自分の顔を指して、確認するように聞いてきた。

「わ、私がこんな大金持ってていいの?私は、その・・・もうアラタ君の奥さんのつもりだけど、これはアラタ君のお金でしょ?」

日本円で一千万の入った布袋だ。
カチュアは落としたり無くさないように考えているのか、恐る恐るだが袋を持つ手に、少し力が入っている。

「うん。カチュアに管理してもらった方が、俺は安心なんだ。それに、俺ももう旦那のつもりだからさ・・・それは二人のお金だよ」

「アラタ君・・・」

旦那という言葉に反応したようで、カチュアは少し頬を赤く染め、嬉しそうに表情を緩めている。

「キミ達さ、昨日も言ったけど、最近本当に人目を気にせずイチャつくようになったよね?私の事見えてる?」

レイチェルが俺とカチュアの間に立ち、俺達の顔を交互に見て、呆れたように大きな溜息をついた。

もちろん、二人でそんな事ないと一生懸命否定し、レイチェルにまた笑われたのは言うまでもない。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

少し冷めた村人少年の冒険記

mizuno sei
ファンタジー
 辺境の村に生まれた少年トーマ。実は日本でシステムエンジニアとして働き、過労死した三十前の男の生まれ変わりだった。  トーマの家は貧しい農家で、神から授かった能力も、村の人たちからは「はずれギフト」とさげすまれるわけの分からないものだった。  優しい家族のために、自分の食い扶持を減らそうと家を出る決心をしたトーマは、唯一無二の相棒、「心の声」である〈ナビ〉とともに、未知の世界へと旅立つのであった。

幸福の魔法使い〜ただの転生者が史上最高の魔法使いになるまで〜

霊鬼
ファンタジー
生まれつき魔力が見えるという特異体質を持つ現代日本の会社員、草薙真はある日死んでしまう。しかし何故か目を覚ませば自分が幼い子供に戻っていて……? 生まれ直した彼の目的は、ずっと憧れていた魔法を極めること。様々な地へ訪れ、様々な人と会い、平凡な彼はやがて英雄へと成り上がっていく。 これは、ただの転生者が、やがて史上最高の魔法使いになるまでの物語である。 (小説家になろう様、カクヨム様にも掲載をしています。)

転生したのに何も出来ないから、、喫茶店を開いてみた(年始期間限定)

k
ファンタジー
新島 仁 30歳 俺には昔から小さな夢がある まずはお金を貯めないと何も出来ないので高校を出て就職をした グレーな企業で気付けば10年越え、ベテランサラリーマンだ そりゃあ何度も、何度だって辞めようと思ったさ けど、ここまでいると慣れるし多少役職が付く それに世論や社会の中身だって分かって来るモノであって、そう簡単にもいかない訳で、、 久しぶりの連休前に友人達と居酒屋でバカ騒ぎをしていた ハズ、だったのだが   記憶が無い 見た事の無い物体に襲われ 鬼に救われ 所謂異世界転生の中、まずはチート能力を探す一般人の物語である。

異世界転生したらたくさんスキルもらったけど今まで選ばれなかったものだった~魔王討伐は無理な気がする~

宝者来価
ファンタジー
俺は異世界転生者カドマツ。 転生理由は幼い少女を交通事故からかばったこと。 良いとこなしの日々を送っていたが女神様から異世界に転生すると説明された時にはアニメやゲームのような展開を期待したりもした。 例えばモンスターを倒して国を救いヒロインと結ばれるなど。 けれど与えられた【今まで選ばれなかったスキルが使える】 戦闘はおろか日常の役にも立つ気がしない余りものばかり。 同じ転生者でイケメン王子のレイニーに出迎えられ歓迎される。 彼は【スキル:水】を使う最強で理想的な異世界転生者に思えたのだが―――!? ※小説家になろう様にも掲載しています。

巻き込まれ召喚されたおっさん、無能だと追放され冒険者として無双する

高鉢 健太
ファンタジー
とある県立高校の最寄り駅で勇者召喚に巻き込まれたおっさん。 手違い鑑定でスキルを間違われて無能と追放されたが冒険者ギルドで間違いに気付いて無双を始める。

異世界へ誤召喚されちゃいました~女神の加護でほのぼのスローライフ送ります~

モーリー
ファンタジー
⭐︎第4回次世代ファンタジーカップ16位⭐︎ 飛行機事故で両親が他界してしまい、社会人の長男、高校生の長女、幼稚園児の次女で生きることになった御剣家。 保険金目当てで寄ってくる奴らに嫌気がさしながらも、3人で支え合いながら生活を送る日々。 そんな矢先に、3人揃って異世界に召喚されてしまった。 召喚特典として女神たちが加護やチート能力を与え、異世界でも生き抜けるようにしてくれた。 強制的に放り込まれた異世界。 知らない土地、知らない人、知らない世界。 不安をはねのけながら、時に怖い目に遭いながら、3人で異世界を生き抜き、平穏なスローライフを送る。 そんなほのぼのとした物語。

社畜から卒業したんだから異世界を自由に謳歌します

湯崎noa
ファンタジー
ブラック企業に入社して10年が経つ〈宮島〉は、当たり前の様な連続徹夜に心身ともに疲労していた。  そんな時に中高の同級生と再開し、その同級生への相談を行ったところ会社を辞める決意をした。  しかし!! その日の帰り道に全身の力が抜け、線路に倒れ込んでしまった。  そのまま呆気なく宮島の命は尽きてしまう。  この死亡は神様の手違いによるものだった!?  神様からの全力の謝罪を受けて、特殊スキル〈コピー〉を授かり第二の人生を送る事になる。  せっかくブラック企業を卒業して、異世界転生するのだから全力で謳歌してやろうじゃないか!! ※カクヨム、小説家になろう、ノベルバでも連載中

僕のギフトは規格外!?〜大好きなもふもふたちと異世界で品質開拓を始めます〜

犬社護
ファンタジー
5歳の誕生日、アキトは不思議な夢を見た。舞台は日本、自分は小学生6年生の子供、様々なシーンが走馬灯のように進んでいき、突然の交通事故で終幕となり、そこでの経験と知識の一部を引き継いだまま目を覚ます。それが前世の記憶で、自分が異世界へと転生していることに気付かないまま日常生活を送るある日、父親の職場見学のため、街中にある遺跡へと出かけ、そこで出会った貴族の幼女と話し合っている時に誘拐されてしまい、大ピンチ! 目隠しされ不安の中でどうしようかと思案していると、小さなもふもふ精霊-白虎が救いの手を差し伸べて、アキトの秘めたる力が解放される。 この小さき白虎との出会いにより、アキトの運命が思わぬ方向へと動き出す。 これは、アキトと訳ありモフモフたちの起こす品質開拓物語。

処理中です...