上 下
105 / 1,253

105 リカルドは飯が食べたい

しおりを挟む
店に戻った俺とレイチェルは、とりあえずスーツから着替える事にした。

時刻は午後4時。閉店まで残り30分だ。
今日は騎士団本部でマルゴンに会い、国王陛下へ謁見して、その後王妃様と会って、とにかく気疲れが多かった。

レイチェルは穿きなれないスカートで大分窮屈感を感じていたようで、先に着替えさせてくれと言い、今は事務所で着替えている。

外で待つ間、俺は今日の事を思い出していた。


村戸さんの事は心配だ。なんだか、戦う事を前提とした話になっていたように感じるが、俺にとって村戸さんは恩人だ。
できれば争う事にはなってほしくない。だけど、村戸さんが治安部隊を五名殺害したと言う話だし、今はブロートンにいるとなれば、やはり覚悟はしておかなければならないかもしれない。


そして、国王陛下が偽者かも知れないという事と、王妃様からのご依頼でケイトが持ち帰った真実の花。この件は俺達でなんとかできるのだろうか?

一国の運命を左右しかねない程大きな事だ。近いうちに、王妃様が使いを店に送ると話されていた。
その時にケイトから薬を渡す事になるだろう。今後この事で、なにか指示があるかもしれない。
この件は、王妃様の使いが来るまで待つしかない。


「あ、アラタお兄ちゃん!お帰りなさい。今帰ってきたんですね」

色々考えながら、ぼんやり空を眺めていると、エルちゃんが正面出入口から出て来た。
箒と塵取りを持っており、掃除の途中のようだ。

「あ、エルちゃん、ただいま。今日は何時に来たの?」

「今日はお昼を食べてから来たので、午後1時くらいです。お城はどうでしたか?」

「う~ん、キラキラし過ぎてて、俺には窮屈だったかな。店に帰ってきて、なんだかほっとしたよ。王様と王妃様にお会いしたけど、緊張で正直疲れたね」

自分の肩を揉みながら首を傾げて、溜息交じりに答えると、エルちゃんは面白そうに声を出して笑った。

「あはは!アラタお兄ちゃん、まだ若いんですから、そんな事言ってちゃ駄目ですよ!でも、カチュアお姉ちゃんが言ってた通りです。アラタお兄ちゃんは、きっと疲れた顔して帰ってくるから、夜ご飯は美味しいの沢山作るって言ってましたよ」

仲良しでいいですね!、と言ってエルちゃんは店の中に戻って行った。

「・・・俺も分かりやすいのかな?」

頭を掻いてそう呟くと、事務所のドアが開いてレイチェルが出て来た。


「お待たせしたね。アラタもどうぞ」

レイチェルらしい、見慣れたシャツとパンツ姿に着替えている。肩を回して、動きやすさを確認しているようだ。

「私はやっぱり、こういう格好が一番だよ。じゃあ、先に店に行ってるよ」

そう言って、レイチェルは店内に入って行った。


事務所に入り、スーツを脱いで、用意しておいた長袖Tシャツとジーパンに着替える。
気疲れはあったが、長時間スーツを着ていても肉体的な窮屈感はまるで無かった。
モロニー・スタイルのオーダースーツは素晴らしいと思う。シワにならないよう、ハンガーにかけてきちんと大事に保管しておこう。

着替えを終えて店内に入ると、お客さんも少なく、みんな閉店準備にに入っていた。
やはりこの季節、16時を過ぎると大分陽も傾くし、お客さんも暗くなる前にいなくなってしまうようだ。

とりあえず、各コーナーを回り、みんなに帰ってきたと声をかける。

カチュアは、お腹空いてるでしょ?今日の夜はいっぱい作るから楽しみにしててね!と、話してくれたので、夜ご飯が今から楽しみだ。

お城では、侍女が用意してくれた、紅茶とクッキーなどをつまんだだけで、昼食らしい物は何もとっていないから、実は今けっこうお腹が空いている。


「おう、アラやんお帰り!今日はなかなか良い売り上げだったぞ。鉄の鎧とバックラーのセットが売れてよ、あとあの傷が多い兜あったろ?練習用だから傷があってもいいって言って、買ってった人いるんだよ!まぁ、安くしてたからな。でもよ、棚が一つ空くと嬉しいよな」

防具コーナーへ行くと、ジャレットさんが機嫌良く、今日の成果を話しだした。
利幅の大きいセットと、できれば早く売れて欲しい兜が売れたと聞いて、俺もテンションが上がった。

「本当ですか!?セットも嬉しいですけど、あの兜、俺気になってたんですよ。早く売れてくれないかなって。練習用って事は・・・格上の人に、打ち込まれるのが前提で稽古つけてもらうとかですかね?」

「あ~、多分そんなとこだと思うな。修理すれば使えると思って、ただみたいな値段で買い取ったけど、正直売れるか疑問だったんだよ。やっぱ使い道ってのはあるんだな。練習用か、俺も勉強になったぜ」

ジャレットさんも、腕を組んで納得したように頷いている。

「アラやん、もうすぐ閉店だし今からやる事はないから、今日買い取った商品と売れた商品、台帳にまとめて置いたから目だけ通しておけよ。あと、さっきレイチェルが来て、明日は八時出勤だとさ。
今日の城での事だけど、話長くなるから今日の閉店後じゃなくて、明日の朝話す事にしたってよ」

俺は、分かりました、と返事をして台帳を手に取った。
確かに今日の出来事を話すなら、閉店後では時間が足りないだろう。時間を気にせず話すなら、朝の方がいい。



「兄ちゃーん!」

俺が台帳に目を通していると、リカルドの場所をわきまえない高い声が耳に届いた。
カウンターから出て、声の聞こえた方に顔を向けると、正面で入り口の辺りにいたリカルドが、急ぎ足でやって来た。
なんだか目に力が入っていて、必死な表情だ。


「リカルド、どうしたんだ?なんか急ぎの用事か?」

「兄ちゃん、今日さ、カチュアが兄ちゃん家で飯いっぱい作ってくれんだって?俺も行くぞ!もうパンは見たくない!いいだろ!?」


リカルドは俺の腕を掴むと、早口でまくし立てた。
パンと言うと、シルヴィアさんか?シルヴィアさんはパン作りが趣味で、俺も何回も貰っているが、とても美味しいパンで、パン屋を開いてもいいんじゃないかと思うレベルだ。

お菓子もよく作るようで、今回の祝勝会ではケーキも焼いてくれるらしい。
俺はシルヴィアさんのパンは好きなので、貰える時には喜んで貰っている。

だが、リカルドは違うらしい。


「もうよ!毎日毎日、なんで俺にばっかパン持ってくんだよ!?俺に来る確率高すぎんだろ!?おかしいだろ!?昨日も今日も一昨日も!さっきも夜食べてねってクロワッサン!おかしくね!?」

「わ、分かった!分かったから、手を離せ、痛いって、な、とりあえず手を離せ!」


興奮するリカルドをなだめ、力いっぱい握る手をなんとか離すと、やっと少し落ち着いたようだ。

「おいおい、お前この前まで黙ってシーちゃんのパン食ってたじゃねぇか?急にどうした?」

ジャレットさんが口を挟むと、リカルドはジャレットさんに顔を向け、力いっぱい眉間にシワを寄せ睨みつけた。

「うっせぇよ!ちょっと食ったからって、三食パン持ってこられちゃ嫌になるに決まってんだろ!ジャレットだって、兄ちゃんだって、みんな週に一回くらいだろ?俺はほとんど毎日だぞ!?週に六日は持って来られんだぞ!なんだよ一体!?そんなに俺にパン食わせてどうしたいんだよ!?」

ジャレットさんはリカルドに怒鳴られても、両手の平を胸の辺りで上げて肩をすくめ流している。


「なぁ~!兄ちゃん頼むよ~!俺だってたまにはカチュアの飯が食いてぇんだよ~!!今日いっぱい作ってもらえんなら、俺も仲間に入れてくれよ~!」

リカルドは俺の両肩を掴み、遠慮ない力で、前後にがくがく揺らしてくる。

「わ、分かった!分かったから揺らすな!お前も来ていいから!手を離せ!」


俺が了承すると、リカルドはすぐに手を離し、さすが兄ちゃん!じゃあ帰りにまたな!と言って、足早に自分の武器コーナーの方へ去って行った。

「まったく、リカルドは、すげぇ勢いでくるから・・・」

俺は溜息を付きながら、Tシャツのめくれ上がった袖や、ずれた首元を整えた。

そんな俺を見て、ジャレットさんは背中を軽く叩くと、お前も大変だな、と言ってやたら白い歯を見せながら親指を立てた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」

音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。 本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。 しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。 *6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。

貴族に生まれたのに誘拐され1歳で死にかけた

佐藤醤油
ファンタジー
 貴族に生まれ、のんびりと赤ちゃん生活を満喫していたのに、気がついたら世界が変わっていた。  僕は、盗賊に誘拐され魔力を吸われながら生きる日々を過ごす。  魔力枯渇に陥ると死ぬ確率が高いにも関わらず年に1回は魔力枯渇になり死にかけている。  言葉が通じる様になって気がついたが、僕は他の人が持っていないステータスを見る力を持ち、さらに異世界と思われる世界の知識を覗ける力を持っている。  この力を使って、いつか脱出し母親の元へと戻ることを夢見て過ごす。  小さい体でチートな力は使えない中、どうにか生きる知恵を出し生活する。 ------------------------------------------------------------------  お知らせ   「転生者はめぐりあう」 始めました。 ------------------------------------------------------------------ 注意  作者の暇つぶし、気分転換中の自己満足で公開する作品です。  感想は受け付けていません。  誤字脱字、文面等気になる方はお気に入りを削除で対応してください。

僕の家族は母様と母様の子供の弟妹達と使い魔達だけだよ?

闇夜の現し人(ヤミヨノウツシビト)
ファンタジー
ー 母さんは、「絶世の美女」と呼ばれるほど美しく、国の中で最も権力の強い貴族と呼ばれる公爵様の寵姫だった。 しかし、それをよく思わない正妻やその親戚たちに毒を盛られてしまった。 幸い発熱だけですんだがお腹に子が出来てしまった以上ここにいては危険だと判断し、仲の良かった侍女数名に「ここを離れる」と言い残し公爵家を後にした。 お母さん大好きっ子な主人公は、毒を盛られるという失態をおかした父親や毒を盛った親戚たちを嫌悪するがお母さんが日々、「家族で暮らしたい」と話していたため、ある出来事をきっかけに一緒に暮らし始めた。 しかし、自分が家族だと認めた者がいれば初めて見た者は跪くと言われる程の華の顔(カンバセ)を綻ばせ笑うが、家族がいなければ心底どうでもいいというような表情をしていて、人形の方がまだ表情があると言われていた。 『無能で無価値の稚拙な愚父共が僕の家族を名乗る資格なんて無いんだよ?』 さぁ、ここに超絶チートを持つ自分が認めた家族以外の生き物全てを嫌う主人公の物語が始まる。 〈念の為〉 稚拙→ちせつ 愚父→ぐふ ⚠︎注意⚠︎ 不定期更新です。作者の妄想をつぎ込んだ作品です。

「クズスキルの偽者は必要無い!」と公爵家を追放されたので、かけがえのない仲間と共に最高の国を作ります

古河夜空
ファンタジー
「お前をルートベルク公爵家から追放する――」それはあまりにも突然の出来事だった。 一五歳の誕生日を明日に控えたレオンは、公爵家を追放されてしまう。魔を制する者“神託の御子”と期待されていた、ルートベルク公爵の息子レオンだったが、『継承』という役立たずのスキルしか得ることができず、神託の御子としての片鱗を示すことが出来なかったため追放されてしまう。 一人、逃げる様に王都を出て行くレオンだが、公爵家の汚点たる彼を亡き者にしようとする、ルートベルク公爵の魔の手が迫っていた。「絶対に生き延びてやる……ッ!」レオンは己の力を全て使い、知恵を絞り、公爵の魔の手から逃れんがために走る。生き延びるため、公爵達を見返すため、自分を信じてくれる者のため。 どれだけ窮地に立たされようとも、秘めた想いを曲げない少年の周りには、人、エルフ、ドワーフ、そして魔族、種族の垣根を越えたかけがえの無い仲間達が集い―― これは、追放された少年が最高の国を作りあげる物語。 ※他サイト様でも掲載しております。

【完結】悪役令嬢に転生したけど、王太子妃にならない方が幸せじゃない?

みちこ
ファンタジー
12歳の時に前世の記憶を思い出し、自分が悪役令嬢なのに気が付いた主人公。 ずっと王太子に片思いしていて、将来は王太子妃になることしか頭になかった主人公だけど、前世の記憶を思い出したことで、王太子の何が良かったのか疑問に思うようになる 色々としがらみがある王太子妃になるより、このまま公爵家の娘として暮らす方が幸せだと気が付く

【完結】【勇者】の称号が無かった美少年は王宮を追放されたのでのんびり異世界を謳歌する

雪雪ノ雪
ファンタジー
ある日、突然学校にいた人全員が【勇者】として召喚された。 その召喚に巻き込まれた少年柊茜は、1人だけ【勇者】の称号がなかった。 代わりにあったのは【ラグナロク】という【固有exスキル】。 それを見た柊茜は 「あー....このスキルのせいで【勇者】の称号がなかったのかー。まぁ、ス・ラ・イ・厶・に【勇者】って称号とか合わないからなぁ…」 【勇者】の称号が無かった柊茜は、王宮を追放されてしまう。 追放されてしまった柊茜は、特に慌てる事もなくのんびり異世界を謳歌する..........たぶん….... 主人公は男の娘です 基本主人公が自分を表す時は「私」と表現します

【完結】私だけが知らない

綾雅(りょうが)祝!コミカライズ
ファンタジー
目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。 優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。 やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。 記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。 【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ 2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位 2023/12/19……番外編完結 2023/12/11……本編完結(番外編、12/12) 2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位 2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」 2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位 2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位 2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位 2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位 2023/08/14……連載開始

あの、神様、普通の家庭に転生させてって言いましたよね?なんか、森にいるんですけど.......。

▽空
ファンタジー
テンプレのトラックバーンで転生したよ...... どうしようΣ( ̄□ ̄;) とりあえず、今世を楽しんでやる~!!!!!!!!! R指定は念のためです。 マイペースに更新していきます。

処理中です...