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96 マルゴンの語り ①

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マルゴンはあの戦いから、どこかが変わったという様子もなかった。

短く刈り込んだ黒髪、太い眉、チョコレート色の肌、そして圧倒的パワーを誇った全身の筋肉は、粗末な囚人服では、はち切れそうな程だった。

隣の牢に目を向けるとアンカハスが、そしてその隣にはヤファイが投獄されていた。

この二人も、投獄される前と特に変わった様子はない。
だが、雰囲気だろうか、なんとなくだが、治安部隊にいた時よりも棘が抜けたように感じる。
目が合ったが、何かを話す事は無い。
ただ、二人とも体を俺達の方に向けている。その様子を見ると、俺達とマルゴンの会話は聞くようだ。


「マルコス・・・」

「ヴァン・エストラーダ。あなたが来た理由も予想できます。それについてもお答えしますが、サカキアラタとは約束がありましてね。サカキアラタと先にお話しをさせてください」

牢の前に立つヴァンに、座ったまま見上げる形でマルコスが声を発した。
ヴァンはチラリと俺に顔を向けると、一歩後ろに下がった。

それにならい、エルウィンもレミューも後ろに下がる。


「ムラトシュウイチの話だろ?私はアラタの隣で聞かせてもらうよ」

レイチェルは俺の隣に立ち、マルコスを見下ろしながら口を開いた。

「レイチェル・エリオット・・・えぇ、もちろん構いません。そうです。ムラトシュウイチの話しです。せっかくです、この場の皆さんに聞いてもらいましょう。そしてサカキアラタ、あなたは隠し事がありますね?ですが私の話しを聞いたら、きっとお話ししてくださるでしょう。答え合わせが楽しみですね?」

マルゴンはまるで子供に物を教えるかのように、柔らかい口調で語り掛けて来た。

これからする話しを、マルゴン自身、俺に聞かせたかったのかもしれない。

マルゴンの言葉に、俺は返事をしなかった。
だが、マルゴンの目は、隠し事も何もかも、全て見通しているかのようだった。

「では、とりあえず皆さんお座りください。見上げながら話すのは疲れますからね」

俺達が牢の前に座るのを確認すると、マルゴンは満足そうに頷き話し始めた。




「あれは10年前、当時、ここから北の森に賊が出て、旅人を襲っていると噂されてましてね。治安部隊が調査する事になりました。メンバーは副隊長をリーダーに、私と他四名の平隊員、合計六名で編成されました。私もこの時は役職に付いておりません」

「ちょっと待て、10年前の北の森って言うと、お前だけ生き残ったあの森での事件だな?ギャリー副長と四名の隊員が死亡したあの事件の事だよな?」

マルコスが話し始めるなりヴァンが立ち上がった。その表情は険しく、マルコスを睨みつけ、今にも掴みかかりそうな勢いだった。


「ヴァン・エストラーダ。そう言えば、10年前ならあなたも入隊してましたね。その通りです。ギャリー副長と、四名の隊員が亡くなったあの森の話しです。あぁ、あなたはギャリー副長に可愛がられてたんですよね?思い出しました。葬儀の時、棺から離れず泣き叫んでいた男がいましたが、あなたですね?」

マルコスの言葉を受け、ヴァンは牢の前に立つと、重く低い声で、殺すぞ、と一言だけ呟いた。

「失言でしたね。ヴァン・エストラーダ。以後気を付けましょう。話しを続けたいので、お座り願えますか?」

マルコスは表情を変えずにヴァンを見上げ、手を床に向け座るよう促した。
少しの間ヴァンはマルコスを見据えていたが、口を閉ざしたままマルコスに背を向けると、皆から少し距離を取り腰を下ろした。その表情は硬い。


「では、話しを続けましょう。私は10年前にここから北の森で、ムラトシュウイチと戦いました。そして、1対6で負けたのです」


俺は驚きに言葉を発する事ができなかった。
村戸さんと戦ったとは聞いていた。だが、1対1だとばかり思っていた。
しかし、この国最強とまで言われ、あれほどのパワーを誇ったマルゴンが、1対6なんて圧倒的に有利な状況で敗れたというのか!?

その場にいる全員が、驚きを隠せなかった。
隣に座るレイチェルも、眉を上げマルゴンを凝視している。
言葉を失う俺達をよそに、マルゴンは話を続けた。

「森に入った私達ですが、賊の姿はありませんでした。ですが、野営をした痕跡は見つかりました。おそらく十数人規模の。私達はひとまず本部へ報告して今後の対策を決めようと話しました。そして引き上げようとしたその時です。私達は、ボロを着てひどく混乱した様子の男と出会ったのです。鬱蒼うっそうとした森は日中でも薄暗いのですが、その男の姿形はよく見えました。なんせ両手が光り輝いていたのですから」


俺は思わず自分の両手に視線を落とした。そう、俺は村戸さんと同じ力を持っている。
生命エネルギーを拳に集める、マルゴンの言う光の拳だ。


マルゴンの視線はいつの間にか俺に向いていたが、その意識は俺の両手にも向けられていた。


「サカキアラタ、その男がムラトシュウイチです。彼は、同じ言葉を何度も呟いていました。【ニホンじゃないのか】【俺の名前はムラトシュウイチ】【俺は生きてるのか】最初、私達がすぐそこにいる事にも、全く気付いていないようでした。しかし、私達もこれほど不審な男を放っておくこともできません。ギャリー副長が肩を掴んだんです。そこで、やっと私達に意識が向くと、突如襲い掛かってきたのです。今思い出しても、恐ろしい強さでした。
最初にギャリー副長が殺されました。信じられませんでしたよ。不意を突かれたと言っても、一撃でしたからね。顔面を殴り飛ばされたのです。その一撃で、首の骨が折れて死亡です。隊員達も一瞬で殺されました。全員一撃です。ムラトシュウイチは素手の一撃で、全員仕留めたのです」


「負けたんだよな?なんでお前は助かったんだ?」

俺が口を挟むと、マルゴンは一呼吸置いて、当時を思い出すように目を瞑った。

「・・・サカキアラタ、あなたと戦った今、思い返してみれば、私は運が良かったのでしょう。私の攻撃はムラトシュウイチに全く通用しませんでした。そして、私はムラトシュウイチの拳を頭に受けて倒れました。一発です。おそらく、最初に狙われたのが私ならば、死んでいたでしょう」

その言葉に、俺はマルゴンの言いたい事が分かった。
俺の表情を見て、マルゴンは少しだけ頷いた。


「気づきましたね?そうです。おそらく時間切れだったんですよ。私達と出会った時から、ムラトシュウイチの拳は光っていました。すでに力を使い、戦った後だったんですよ。私を殴った時には、光は消えかかっていたのかもしれませんね。それでも、その一撃で気を失ってしまったのですがね」


「・・・そうか、それなら辻褄があうな。その事件は後日調査が入り、森の外で賊の死体が見つかった。腐敗も進んでいたが、どの死体も、頭を潰されていたり、胸を貫かれていたり、ひどいものだった。当時、一体どんな武器を使えば、こんな殺し方ができるのか騒がれたが、結局凶器は不明だった。その、ムラトシュウイチってのが、素手で殺ったという事か・・・・・・しかし、マルコス、お前嘘ついてやがったな?森から戻った時の報告と違うじゃねぇか?」

ヴァンの言葉にマルコスは頷いて返した。


「そうです。ヴァン・エストラーダ、あの日、私は嘘の報告をしました」


マルゴンはそこで言葉を区切った。

嘘の報告という言葉に、ヴァンの表情が一層険しくなる。隊の仲間が五人も殺された事件で、嘘の報告は許しがたいものがあるだろう。しかも、ギャリー副長という人物は、ヴァンにとって大事な人だったようだから猶更だ。
強く拳を握り締めている事が、感情をなんとか抑えている事を表していた。


「・・・仮にもう一度戦ったとして、あの時点では誰も勝てなかったでしょう。本部隊員300人が一斉にかかったとしても勝てない。それほどの力の差を感じたのです。余計な死体を増やすだけです。突如、背後から何者かに襲われた。こんな理由でも、真相が判明しなければ、通用するものですね。結局はそれで理由付けは終わりました」

「ムラトシュウイチってのは、あんたがそこまで言う程の強さだっての?」

レイチェルが口を挟むと、マルコスは当然の事を当然と伝えるように、はい、とだけ答えてと頷いた。
そして、ヴァンに顔を向け、言葉を続けた。


「ヴァン・エストラーダ、あれほどの事件で嘘の報告をした私は許されてはなりません。ですが、結果として犠牲者が増える事はありませんでした。そして、5人の死が隊員の意識を変えました。皆日々の修練に身が入り、治安部隊の質は大きく向上しました。五人の死は無駄にならなかったなどと言うつもりはありません。一人一人戦える力が付いたという話です」

「・・・チッ、ぶっ飛ばしてやりてぇとこだが、今は抑えてやるよ・・・」

ヴァンは舌打ちをすると、マルゴンから顔を反らした。
マルゴンの嘘は結果として、多くの隊員の命を守ったのだ。マルゴンが真実をそのまま報告して、再び森に追跡が入り、村戸さんと再び対峙する事があれば、更なる犠牲が出ていただろう。
それが分かったから、ヴァンはマルゴンの嘘に目を瞑ったのだ。

「・・・マルゴン、お前が村戸さんの名前を知っている以上、お前の話している事は真実なんだろな。でもよ、俺の知っている村戸さんは、無暗に人を襲ったりしない。まして殺すなんてできない。だから、どうしてもお前の言うムラトシュウイチと、俺の知っている村戸さんは一致しないんだよ・・・」


そうだ。日本人なら、いや日本人に限らず、俺の元いた世界の人間ならば、マルゴンの話のように、簡単に人を殺す事はできないはずだ。そう教育されて育ってきたんだ。
これはそうそう覆せるものではない。

俺だって、やっとこの世界の戦いに慣れてきたけど、殺しはできない。戦争になっても、殺す事だけはできないだろう。
同じ日本人であり、俺の知っている村戸さんならそれは同じはずだ。


「サカキアラタ、あなたはムラトシュウイチと同じ出身ですよね?ニホンという国でしょう?」

確信を持った声だった。マルゴンは俺の返事を待つように、それ以上言葉は続けず、じっと俺を見ている。

ヴァンにも話してあるし、マルゴンにも今更隠す必要は無い。
レイチェルに目を向けると、レイチェルは黙って頷いた。


「そうだ。俺はこことは違う世界、日本というところから来た」
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