上 下
92 / 1,263

92 仮説

しおりを挟む
「アラタ、こうして二人で話すのは、なんだか久しぶりだな」

「そう言われると、そうだな。みんなで集まって話す事はあるけど、レイチェルと二人きりで話すのは、本当に久しぶりだよね」

車輪が石畳の上を回る振動を感じる。エルウィンもあまり大きく揺れないよう、ゆっくりと走らせているようだが、舗装されていない道はやはり小刻みに体に響くようだ。


「もうすっかり、こっちの世界に慣れたんじゃないか?」

「そうだな。他国の事はほとんど分からないけど、この国で普通に生活する分には、困らないくらいの知識は付いたつもりだよ。レイチェルと店の皆のおかげだ。ありがとう」

「それは何よりだ。ところでアラタ、聞いておきたい事があるんだが、ムラトシュウイチとはどういう人物だ?」


私がその名を口にすると、アラタは一瞬驚いたようだが、自分を納得させるように何度か小さく頷いた後、両手を組み、やや下を向きながら話し始めた。

「・・・うん。確かに話しておかないとな。村戸修一さんは、俺が日本にいた時に働いていた、ウイニングって店の店長だったんだ。俺は村戸さんに誘われて、ウイニングで働いてたんだ。ウイニングは俺の家の近所だったから、仕事もせずにブラブラしてた俺は、よく時間潰しに行ってたよ。ある日、店の前に求人の張り紙が出ててね・・・なんとなくそれを見てたら、村戸さんが声をかけてくれたんだ。毎日のように店に行ってたから、すっかり顔を覚えられててさ、興味を持ってくれてたんだって。それが村戸さんと働く事になったきっかけだね」


私は黙って続きを待った。アラタは当時を思い出しているのだろう。
懐かしそうに、言葉一つ一つを確かめるように、ゆっくりと話を続けた。


「俺が日本にいた時の最後の記憶・・・レイチェルには、最初の日に話したけど、俺は日本で一度死んでいると思うんだ」

「・・・そう言えば、頭を殴られて、そこからの記憶が無いって言ってたね?その時、死んだと思ったのかい?」

「あぁ、気が付くとあの空き家で目が覚めて、それからレイチェルが部屋に入って来たんだ。いまでも毎日思い出すよ。あの日の事は・・・答えはでない。でも、やっぱりあの日、俺は死んだんだと思う。そうとしか思えないんだ・・・・・・」

アラタはそこで言葉を区切ると、窓の外へ目を向けた。
街の大通りをゆっくり走る。馬車から見える景色はとても美しい。赤レンガの屋根が並ぶ統一感のある外装、赤、青、黄色の色とりどりの花が咲き誇り、時間を忘れて見入ってしまう。

だけど、今のアラタはその景色を見ているようで、どこかもっと遠くを見ているようだった。


「・・・マルゴンが、村戸さんの名前を知っているはずがないんだ。10年前なんてありえない。10年前なら、村戸さんはウイニングで働き始めたばかりだし、この世界にいるはずもない。だけど・・・計算がまるで合わないし、おかしな話なんだけど・・・マルゴンは嘘を付いてないと思うんだ。あれだけの執念は、中途半端な気持ちで出せるもんじゃないよ。だから、村戸さんはこの世界にいると思う・・・・・・」


「そうか・・・ムラトシュウイチも、アラタと同じ戦い方をするんだってね?ボクシングっていうんだっけ?」

「うん。ボクシングは村戸さんに教えてもらって、それからジム・・・あぁ、ボクシングを習う場所だよ。ジムに行って本格的に始めたんだ。階級ってのがあって、体の大きさをできるだけ合わせて、体格が近い者同士で戦うようにしてるんだ。村戸さんは、身長は俺より5~6cmは高いかな。筋肉がすごい付いててね、体格は俺よりずっといいな」

「そうなのか。ボクシングで勝負したら、アラタより強いのか?」

「階級が全然違うからね。村戸さんはミドル級でやっていたから。ライト級の俺じゃ話にならない」

アラタは軽く眉を寄せ、口元に少し笑みを浮かべながら顔の前で手を振った。
アラタの話し振りからすると、最初から勝てないと決めつけているように聞こえる。


「ミドル級とライト級ってのはどう違うんだ?」

「あ、ごめんごめん。えっとね、階級は体重で分けるんだけど、アマチュアの場合、ミドル級ってのは75キロまで、それでライト級は60キロまでなんだ。15キロも差がある。体格の違いが想像できるだろ?」

「・・・それだけで、アラタはムラトシュウイチに勝てないと思ってるのか?」

「え?」

私にはピンとこなかった。体重が15キロ違うから、その分パワーに差が出るのは分かる。
だが、なぜ勝てないと決めつけるのか理解できない。


「アラタ、キミはマルコスと戦っただろ?アイツは160cmにも満たない身長で、一度はキミを倒し、そのままカリウスとフェンテスを二人同時に相手して倒し、更に私と戦って、悔しいが私にも勝ったんだぞ?たかだか15キロの体重差が、勝敗を分ける決定的な要因になるのか?」

「・・・・・・」

私の指摘に、アラタは口を開きかけたが、何も言葉を出さなかった。ただ、ショックを受けているような表情を見ると、なにか認識を改めているのかもしれない。


「何も、キミの恩人であるムラトシュウイチと戦えという訳ではないが、やる前から勝てないと決めつけていては、その時点で勝負にならないぞ?それに、キミはこの国最強のマルコスに勝ったんだ。誰が相手でも勝つくらいの気持ちは持ってほしいね」

「いや・・・俺は実力で勝ったとは思ってないよ。マルゴンは俺と最後の戦いをする時には、かなり消耗していた。レイチェルが相当削ったんだろ?俺一人の力で勝ったとは思ってないよ」

自信無さ気に視線を落とすアラタの両頬を、私は挟むように両手で打ち付けた。
乾いた音が響く。

「いってぇッ!な、なにすんだよ!?」

「アラタ、キミは勝っただろ?キミだって少ない食事や、暴力を受けていたせいで最初から体力を落としてたじゃないか?周りの力を認めるのはいいんだ。だけど実力で勝ったと思ってないってのは駄目だ。城に行けば、マルコスに会えるかもしれない。だけど、そんな事言うんじゃないよ?アイツはいけ好かないけど、真っ向から命をかけて戦ったんだ。キミは勝者だ。ならば勝者として堂々とマルコスの前に立て。それが戦いへの礼儀だ」



「レイチェル・・・うん。そうだな・・・分かった」

アラタはどうも腰が低い。実績を誇ろうともしない。
真面目で良いヤツだけど、男としてもっと自分を立ててもいいんじゃないかと思う。
リカルドの挑発的な性格を少しわけてやりたいくらいだ。


「・・・最後の戦いの時、男らしかったんだからさ、もっと自信もちなよ」

アタシはアラタの肩を軽く叩くと、アラタは少し笑った。

こういうのは、本当は彼女のカチュアがやるべきなんだが、あの子はそういう性格じゃないからな。
ちょっとお節介かもしれないけど、口出しさせてもらおうか。

その後、聞いた話では、ムラトシュウイチがなぜこの世界に来ているのか、アラタなりの仮説はあった。

アラタはあまり口にしたくないように、小さく、だがハッキリとその言葉を口にした。


「あの男に・・・村戸さんも殺されたんだと思う」
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】悪役令嬢に転生したけど、王太子妃にならない方が幸せじゃない?

みちこ
ファンタジー
12歳の時に前世の記憶を思い出し、自分が悪役令嬢なのに気が付いた主人公。 ずっと王太子に片思いしていて、将来は王太子妃になることしか頭になかった主人公だけど、前世の記憶を思い出したことで、王太子の何が良かったのか疑問に思うようになる 色々としがらみがある王太子妃になるより、このまま公爵家の娘として暮らす方が幸せだと気が付く

幼少期に溜め込んだ魔力で、一生のんびり暮らしたいと思います。~こう見えて、迷宮育ちの村人です~

月並 瑠花
ファンタジー
※ファンタジー大賞に微力ながら参加させていただいております。応援のほど、よろしくお願いします。 「出て行けっ! この家にお前の居場所はない!」――父にそう告げられ、家を追い出された澪は、一人途方に暮れていた。 そんな時、幻聴が頭の中に聞こえてくる。 『秋篠澪。お前は人生をリセットしたいか?』。澪は迷いを一切見せることなく、答えてしまった――「やり直したい」と。 その瞬間、トラックに引かれた澪は異世界へと飛ばされることになった。 スキル『倉庫(アイテムボックス)』を与えられた澪は、一人でのんびり二度目の人生を過ごすことにした。だが転生直後、レイは騎士によって迷宮へ落とされる。 ※2018.10.31 hotランキング一位をいただきました。(11/1と11/2、続けて一位でした。ありがとうございます。) ※2018.11.12 ブクマ3800達成。ありがとうございます。

(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」

音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。 本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。 しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。 *6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。

貴族に生まれたのに誘拐され1歳で死にかけた

佐藤醤油
ファンタジー
 貴族に生まれ、のんびりと赤ちゃん生活を満喫していたのに、気がついたら世界が変わっていた。  僕は、盗賊に誘拐され魔力を吸われながら生きる日々を過ごす。  魔力枯渇に陥ると死ぬ確率が高いにも関わらず年に1回は魔力枯渇になり死にかけている。  言葉が通じる様になって気がついたが、僕は他の人が持っていないステータスを見る力を持ち、さらに異世界と思われる世界の知識を覗ける力を持っている。  この力を使って、いつか脱出し母親の元へと戻ることを夢見て過ごす。  小さい体でチートな力は使えない中、どうにか生きる知恵を出し生活する。 ------------------------------------------------------------------  お知らせ   「転生者はめぐりあう」 始めました。 ------------------------------------------------------------------ 注意  作者の暇つぶし、気分転換中の自己満足で公開する作品です。  感想は受け付けていません。  誤字脱字、文面等気になる方はお気に入りを削除で対応してください。

憧れのスローライフを異世界で?

さくらもち
ファンタジー
アラフォー独身女子 雪菜は最近ではネット小説しか楽しみが無い寂しく会社と自宅を往復するだけの生活をしていたが、仕事中に突然目眩がして気がつくと転生したようで幼女だった。 日々成長しつつネット小説テンプレキターと転生先でのんびりスローライフをするための地盤堅めに邁進する。

お花畑な母親が正当な跡取りである兄を差し置いて俺を跡取りにしようとしている。誰か助けて……

karon
ファンタジー
我が家にはおまけがいる。それは俺の兄、しかし兄はすべてに置いて俺に勝っており、俺は凡人以下。兄を差し置いて俺が跡取りになったら俺は詰む。何とかこの状況から逃げ出したい。

無能なので辞めさせていただきます!

サカキ カリイ
ファンタジー
ブラック商業ギルドにて、休みなく働き詰めだった自分。 マウントとる新人が入って来て、馬鹿にされだした。 えっ上司まで新人に同調してこちらに辞めろだって? 残業は無能の証拠、職務に時間が長くかかる分、 無駄に残業代払わせてるからお前を辞めさせたいって? はいはいわかりました。 辞めますよ。 退職後、困ったんですかね?さあ、知りませんねえ。 自分無能なんで、なんにもわかりませんから。 カクヨム、なろうにも同内容のものを時差投稿しております。

お前じゃないと、追い出されたが最強に成りました。ざまぁ~見ろ(笑)

いくみ
ファンタジー
お前じゃないと、追い出されたので楽しく復讐させて貰いますね。実は転生者で今世紀では貴族出身、前世の記憶が在る、今まで能力を隠して居たがもう我慢しなくて良いな、開き直った男が楽しくパーティーメンバーに復讐していく物語。 --------- 掲載は不定期になります。 追記 「ざまぁ」までがかなり時間が掛かります。 お知らせ カクヨム様でも掲載中です。

処理中です...