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85 セインソルボ山 ⑥

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9月下旬、店長とアタシが入山して、五ヶ月が経った。

山頂付近までは、風魔法を使っても上る事に時間がかかる。毎回体を慣らさなければならず、休憩を入れながらゆっくりと上がるからだ。
そして酸素も薄いので行動も遅くなり、とにかく探索に時間がかかった。

結論から言えば、西側では真実の花は見つからなかった。

滞在が許されるのは後一か月程だ。
しかし、西側には花は無い。

これだけ時間も費用もかけて、見つかりませんでしたでは、王妃様に顔向けができないだろう。
どうすればいい?

「店長・・・どうしますか?」

アタシは何も考えつかなかった。

「・・・しかたない。俺は東に行く。東側は長年誰も立ち入っていない。花は全て西側で採取されている。それなら、東側には案外沢山あるんじゃないかな?」

サラリとした金色の髪を搔き上げ、東側に目を向けて店長は口にした。


東側はカエストゥス領土。今は呪われた土地と呼ばれている。
なぜなら、足を踏み入れて帰ってきた者はいないからだ。200年前の戦争で亡くなったカエストゥスの民の怨念が、闇に引きずり込んでいるのではないかと言われている。

「いや、店長、東側は駄目ですって!いくら店長だって危険ですよ!東は何があるか分かりません!」

必死に止めるアタシをよそに、店長は淡々とした口調で答えた。

「ケイト・・・俺は大丈夫なんだ。俺と一緒ならキミも大丈夫だけど、キミも来るかい?」

「なんで店長と一緒なら大丈夫なんですか?」

また立ち入った事を聞いてしまったと思い、答えなくていいと口にしようとすると、店長が先に口を開いた。


「俺はカエストゥスの人間だから」


「え・・・?それって、どういう・・・だって、200年前に滅んで、今は誰も・・・」

「ケイト、すまない。これ以上は言えない。でも、俺と一緒なら東側も大丈夫だ」


店長は嘘をつかない。
だから、カエストゥスの人間なのだろう。
そして、東側に行っても大丈夫というのも本当なのだろう。

迷ったけど、アタシはこういう時、けっこう決断力はある。

「・・・しかたないですね。ここまで来たんだし行ってみますよ。聞きたい事は山ほどあるけど、それも聞かないでおきます。感謝してくださいね?」

「・・・あぁ、ありがとう。やっぱりそういうところ、似てるな・・・」

店長は懐かしそうに目を細めると、アタシの手を取って東側へ向かい歩いた。



標高6636メートルの手前、アタシ達は後ほんの数メートル程で山頂というところに立っていた。
東側は明らかに空気が違っている。

見える景色は西側と変わらない。周りは雲に包まれ、足元にはしっかりと雪が積もっている。

だが、肌に当たる風は不吉をはらんでいた。
死の匂いと言ってもいいのかもしれない。
戦争で亡くなった大勢の民の魂が、怨念となってこの大地にとりついているという話は、あながち間違っていないかもしれない。

「サーチを使いながら、少しづつ降りよう。手を離さないように」

店長もアタシの手を強く握っているが、アタシも店長の手を強く握り返した。

もしこの手を離したら・・・
想像して少しだけ背筋が冷える思いがした。

東側で店長と離れる事は、死につながるかもしれない。
一体ここはどうなっているんだ・・・


標高6000メートルまで降りた。いつも通りの手順でアタシと店長が左右に分かれサーチをかける。

「・・・やっぱり無いですね。店長」

「・・・・・・見つけた」

「え!?あったんですか?」

店長はアタシに顔を向けると、はっきりと頷いた。

東側は西側と違い、急斜面は少なかったが、ゴツゴツした大きな石が多く足場が悪い。
少し時間はかかるが、店長のストーンワークで、綺麗な足場を作りながら移動を開始した。

しばらく進むと、雪に埋もれた岩間に、黄色い小葉を円状に付けた、手の平に収まるくらいの花を見つけた。
「あった、これが真実の花だ・・・しかも2輪だ。やはり東側は見つかりやすいな」

「これが、真実の花・・・」

なんだか珍しい形をしている。アタシは花はあまり興味が無いから分からないけど、持ち帰ったらシルヴィアにでも聞いてみようかな・・・


「ケイト、これから真実の花を摘む。その際に、緑色の光球が出るかもしれないが、決して大声を出さないでくれ」

店長は花の前に腰を下ろすと、真剣な眼差しをアタシに向けた。

「あ、はい・・・緑色の光球ですか?害は無いものなんですか?」

「あぁ、カエストゥスの風の精霊だ。東側の現状を見ると、精霊が荒れているかもしれない。大声は刺激するから危険なんだ。刺激しなければ害は無いはずだが、今は絶対とは言い切れない。俺が話すから、できるだけ静かに見ていてくれ」


アタシが黙って頷くと、店長は花を摘んだ。


その直後、アタシ達を囲むように、いくつもの緑色の光球が現れた。

1つ1つの大きさはバラバラだったが、数cm程度の小さいものから、大きいもので子供の顔くらいだった。
光球は上下に少し揺れながら、ゆっくりとアタシ達の周りを回り始めた。まるで観察するように。


すると、店長が一番大きい光球の前に立った。何も話さず黙ったままだ。
でも、少しだけ身振り手振りをしているので、なにかを伝えているようにも見える。

やがて、光球は一つ、また一つと消えていき、最後に残った一番大きな光球が上下に少し揺れながら、ゆっくりとアタシに近づいてきた。


「ケイト、怖がらないでいい。そのままじっとしていてくれ」

店長が静かにゆっくりと声をかけてきた。
アタシは言われた通り、動かずにじっとしするが、怖がるなというのはやはり難しい。光球はアタシの周りをぐるぐると周っている。なにがそんなに気になるのだ。

やっと気が済んだのか、光球は動きを止めたかと思うと、今度は突然分裂した。

光球の体の一部分だろうか?指の先くらいのとても小さい光球を作り出すと、その小さな光球はアタシに取り付き突然燃え上がった。

「ッ!」

「ケイト、大丈夫だ、そのままじっとしていろ」

悲鳴を上げそうになると、店長がアタシの両肩を掴み、しっかりと目を合わせて言葉を口にした。
突然緑色の炎に体を包まれ、ショックと恐怖が一緒に沸き上がったが、なぜか店長の言葉がスッと耳に入り、不思議とアタシの心は落ち着きを取り戻した。


「ケイト、熱くないだろ?少しだけこのままじっとしていてくれ。大丈夫。光球は精霊だ。そして精霊は味方だ」

アタシは黙って頷いた。この光球が精霊だったとは。

精霊の炎が消えるまで、時間にして、1分もしなかったと思う。
店長の言う通り、炎が体を包んでも、熱さもなにも無かった。

炎が消えると、精霊も消えていた。


「ケイト、驚かせてすまなかった。キミは精霊に認められた。さっきの炎は風の加護だ。この山の辺りだったら、もう俺と手を離していても大丈夫だ。精霊が守ってくれる」


「え?そうなんですか?さっきの炎が風の加護で・・・アタシが認められた?」

自分の体を見て見るが、どこかが変わったという印象はない。
でも、なにかが体に入ったという感覚はほんのわずかだけど感じられた。

「見た目には変化はないよ。でも風の加護で闇から守ってくれる。首都に入る事はできないだろうけど、それでもこの山や、カエストゥスのほとんどの場所に行けるだろう」


まさか、風の精霊の加護をもらえるとは思わなかった。
店長は、言葉は出さずに精霊となにか意思の疎通を図っていたようだが、何を伝え、聞いていたんだろう。
そして闇とは・・・やはり、ここカエストゥスの領土内に入ると、帰ってこれなくなる事だろうか。

それなら精霊の加護は、その闇になにかされないよう、守ってくれると考えていいのだろう。

「店長、なにはともあれ、やっと真実の花が見つかましたね。じゃあ、もう帰りましょう」


「・・・すまない。俺はこのまま首都バンテージに入る」




「え?なんでですか?もう目的は果たしたじゃないですか?帰りましょうよ?それに、精霊の加護があっても、首都には入れないんですよね?それなのになんで・・・」

もう店長がどう答えるか予想は付いていた。それでも聞かずにはいられなかった。

やはり、分かったつもりになっていても、物分かりがいいように言っていても、謎だらけでなかなか自分の事を話してくれない店長に、アタシは苛立ちを感じていたんだと思う。

「俺は大丈夫なんだ」

やっぱり思った通りの返事だった。

店長がそう言うなら、実際大丈夫なんだと思う。
でも、今日まで五ヶ月も一緒に山登りしてきたんだし、もう少し詳しく話してくれてもいいんじゃないだろうか?アタシは苛立ちを隠さず口にした。


「店長・・・それだけじゃ分かんないですって!カエストゥスの人間って言ってましたけど、それだけで首都に入って大丈夫なんですか!?アタシも空気で分かりますよ。ここの土地はヤバイって・・・死の匂いみたいなの、肌でビシビシ感じてますから。一番ヤバイのが首都なんですよね?そんな危険なとこに、一人で行かせられるわけないでしょ!?」


アタシの言葉に店長は目を伏せ、少しの間、口を閉じた。
乱暴な言い方になってしまったが、とてもこのまま一人で行かせられない。


見える景色は西側と変わらない。標高6000メートル、雲にすら手が届く高さから見下ろす景色はとても美しい。カエストゥスは自然が豊かと聞いていた。
200年前の戦争では、ほとんどが焼け野原になった事だろう。

だが、その後、人間が立ち入りできなくなったから、自然は時間をかけて回復できたのだと感じる。
目に見えるカエストゥス領土は、豊かな自然が溢れる、とても美しい土地だった。


だけど・・・


なぜこんなに寒さを感じるのだろう・・・
なぜこんなに体が拒絶するのだろう・・・
なぜこんなに死を身近に感じるのだろう・・・

入ってはだめだ・・・

本能がそう警告をしている・・・
おそらく店長の言う通り、首都バンテージにさえ行かなければ、精霊の加護でアタシはなんとか動けるだろう。
でも、首都バンテージはだめだ。この山でこれほどの恐怖を感じているんだ・・・



首都に入ればアタシは帰ってこれない・・・・・・



「ケイト・・・いつもすまない。俺は隠し事ばかりで、本当は皆に信用してもらえる人間ではないんだ。だから、せめて嘘だけはつかない・・・入山許可証が切れる10月末までには店に帰ると約束する」


「どうしても・・・行かなきゃ駄目な理由があるんですね?」

「・・・あぁ、精霊と話して・・・行かなきゃ駄目だと思った」

店長は下を向いている。何も詳しい事を話せず、後ろめたさを感じているんだろう。
本当に損な性格だ。


「・・・分かりました・・・しかたないですね」


しかたない。いつもの事だ。これ以上追求して困らせるつもりは無い。
アタシは納得するしかないし、そうすべきなんだ。


「・・・このままだと、風の精霊が全て消滅してしまうらしい・・・俺にしか止められない」

「え?」

店長は顔を上げて、ちゃんとアタシの目を見て話を続けた。


「王子の呪いなんだ・・・カエストゥス領土を覆っているこの死の匂い・・・それは王子の闇魔法・・・黒渦が今も生きているからだ。風の精霊も200年に渡り抵抗してきたが、もうずいぶん数が減っているらしい・・・俺がやるしかないんだ・・・だって俺は・・・俺は・・・」



なんて辛そうな顔をするんだろう・・・・・・


なんて悲しそうな顔をするんだろう・・・・・・


いったいどれほどの痛みを胸に・・・・・・



きっとこの人はずっと戦ってきたんだ・・・・・・一人で・・・そして今も・・・・・・

一体どんな人生を歩んできたのだろう・・・・・・

あの時の・・・家出をした時のボロボロの自分が重なった・・・・・・

ボロボロに傷ついて・・・それでも懸命に生きて・・・助けを求めて・・・・・・

アタシにはジーンがいる



でも店長には誰がいるの?



「ごめんなさい」



アタシは店長を抱きしめた

「ごめんなさい・・・もう話さないで・・・分かったから・・・ちゃんと分かったから・・・・・・」



人に抱きしめられたのはいつ以来だろう

バリオスの瞳には涙と共に幸せだったあの日々が・・・・・・
宝石のように輝いていたあの景色が映った・・・・・・



「・・・メアリー・・・・・・」



一雫の涙が頬を濡らし落ちた


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