上 下
77 / 1,253

77 静かな時を願い

しおりを挟む
午前中は買取りが多く忙しかった。ジャレットさんが査定をしている間は、俺が防具コーナーで防具の手入れをしている事が多い。
手入れをしながら、兜や鎧、盾の作りを見て勉強しろというのが、ジャレットさんの教えた方だ。

そして俺は今、店中の防具を全部磨かせられている。

ジャレットさんは忘れていなかったのだ。あの日、俺がマルゴンに協会に連れて行かれた日、帰ってきたら店中の防具全部磨かせるからな、と言っていた事を。

兜、鎧、盾、ガントレット、胸当てやら、色々と細かい物を入れると、一体どれだけの数になるだろう。終わりの見えない防具磨きに、少し参ってしまった。

「アラやん、その盾磨き終わったか?」

「あ、はい。丁度今終わったところです」

俺は今まで磨いていた鉄の大盾を壁に掛けた。大人の体が隠せるような大きな盾だ。

ジャレットさんは1点1点必ずチェックをする。磨いた物は、ジャレットさんがチェックするまで、元の場所に戻さないように言われている。そして、磨きがあまいとやり直しなのだ。


「アラやん、この盾の使い方はどうすると思う?」

「あ、はい。これは体全体を守る盾です。使い方は地面に置いて固定した状態で使います。肉厚なので、程度にもよるでしょうが、攻撃魔法もある程度は防げると思います。ただ、これだけ大きいので使い所が難しいと思います。普段から持ち歩くわけにはいかないでしょうし、おそらく防衛戦での使用がメインになるのではと思いました」

ジャレットさんは俺が磨いた防具をチェックして、磨き方が合格だった場合は、必ず質問をして来る。
それは、ただ何も考えずにぼんやり磨いていたか、考えて磨いていたかを確認するためだ。


「そうだ。よく分かってるじゃねぇか。しかし、ずいぶん的確だったし、お前この盾を知ってたか?」

ジャレットさんは顎に手を当て、俺に目を向けた。

「あ、はい。日本にいた時、同じような盾を見た事があります。ここで言う、治安部隊みたいな組織があって、そこに所属している隊員達が、敵の攻撃を防ぐために使用してました。形はもう少し小さくて丸みがあって、素材も違ってましたけど、似たような感じです」

「そうか、アラやんのいた世界も、そんな組織があったのか。世界が違っても、人間ってのは同じような事考えるもんなんだな」

ジャレットさんは、ニホンではもう少し丸いのか、と声に出しながら大盾を見る。
こういう情報が、なにか新しい物作りに繋がるのかもしれない。

盾のチェックが終わると、ジャレットさんは壁掛け時計に目をやった。


「もう12時だな。じゃあアラやん、昼休憩行っていいぜ」

「はい。ありがとうございます。では、後お願いします」

軽く頭を下げると、ジャレットさんは手をひらひらと振って、行ってこいと促した。



今日はカチュアが弁当を作ってくると言っていた。

弁当の日は、事務所で食べる事が多いが、たまに近くの公園に行く事もある。
この街は空気が綺麗だし、公園も色鮮やかな花が咲き誇り、静かでのんびりできるのだ。

今日はどうしようかと考えながら白魔法コーナーへ行くと、小さな女の子がカウンターから出て来た。


エル・ラムナリン。ユーリを慕って、よく来るようになった女の子だ。

ブロンドヘアーを青のリボンでポニーテールに結んでいる。
小顔で、少し金色がかった茶色の瞳が特徴的だ。
ピンク色の長袖パーカーを着て、下は日本でいうところの、インディゴのデニムパンツを履いていた。

俺は先日店に復帰したばかりだから、会うのは今日で2回目だけど、人見知りせず元気に話しかけてくる明るい子だった。

そう言えば、ユーリが今日も来ると言ってたな。

「エルちゃん、こんにちは」

「あ!アラタお兄ちゃん、こんにちは。カチュアお姉ちゃんとご飯ですか?」

しゃがんで目線を合わせて声をかけると、にっこりと笑って挨拶を返してくれた。
7歳と言えば、小学2年生くらいだが、年齢以上にしっかりとした子だと思う。
エルウィンもだが、この世界の子供は精神年齢が高いように感じる。

10歳にもなれば大抵の子供は働きに出るようだし、日本と違い、子供が遊んでいられる年齢が短い事も関係しているのかもしれない。


「うん。これからお昼だから、誘いに来たんだ。エルちゃんはお昼はどうするの?」

「私は11時に来たので、ユーリお姉ちゃんと後で入ります。今日はキッチン・モロニーに連れて行ってくれると言ってたので、とっても楽しみです」

それじゃあ、と言って、エルはメインカウンターの方へ歩いて行った。

「あ、アラタ君!お昼でしょ?迎えに来てくれたの?」

エルを見送ると、カチュアがカウンターから身を乗り出してきた。

「うん。迎えに来たよ。でっかい盾磨いたから腹減ったよ。今日はなに?」

「お疲れ様。今日はサンドイッチと、から揚げ作ってきたよ。いっぱいあるからね」

そう言ってカチュアはカウンターから出てくると、今日は公園に行かない?と言ってきたので、公園でお昼にする事にした。歩きで数分の距離だし、今日は秋晴れで風も気持ちが良いから、俺も賛成した。




俺は花には詳しくない。チューリップや向日葵ひまわり薔薇ばらくらいしか名前も分からない。
花には興味が全くなかったから、知ろうともしなかった。

だけど、この世界に来て、少しだけ花に対する見方が変わった。

赤、青、黄色、色とりどりの花が咲き誇る自然いっぱいの公園で、カチュアと並んでベンチに座り、静かに風を感じていると、とても心が穏やかになる。


「アラタ君・・・アラタ君?」

肩を軽く揺すられ、慌ててカチュアに向き直ると、カチュアが少し笑ってサンドイッチを渡してきた。

「はい、アラタ君の好きな卵サンド。アラタ君、また考え事してたね」

「ごめんごめん。うん・・・花が綺麗だなって・・・」

「うん。綺麗だよね。前に話した事あったかもしれないけど、私この街が大好きだよ。こんなに綺麗なお花が沢山あるんだもん。男の人でもお花が綺麗だなって思うんだね?ちょっと意外かも」

「この世界に来る前は、全然興味は無かったんだ。でも、不思議だね。
俺の元いた世界では、車があって、電話があって、テレビがあって、ゲームがあって、便利で何でもできたんだ。
でも・・・世界が便利になればなるほど、大事な何かを失ってたんだと思う。
この世界に来て、風を感じて、花を見る。それがどれだけ安らぎをくれるのか分かったんだ。
ずっと、こんな時間が続けばいいなと思うよ・・・」


カチュアと目が合う。
外側にはねた少しクセのあるオレンジ色の髪が、そよ風になびいた。



「私も・・・ずっと、こんな時間が続けばいいと思うよ」

そっと手を重ねる。

そのまましばらく言葉を交わさなかった。

秋晴れの日差しは少し強いが、木陰の下は日差しを遮ってくれるし風も心地が良い。

公園には、すべり台や砂場、子供が乗れる木馬があり、小さな子供を連れた家族が何組かいて、楽しそうな笑い声も聞こえてくる。

きっと平和という言葉に音があれば、こういう声だと思った。


「アラタ君」

「うん」

「大好きだよ」

「俺もカチュアが大好きだよ」



とても静かで優しい時間だった

こんな日がずっと続けばいいと心から願った

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

貴族に生まれたのに誘拐され1歳で死にかけた

佐藤醤油
ファンタジー
 貴族に生まれ、のんびりと赤ちゃん生活を満喫していたのに、気がついたら世界が変わっていた。  僕は、盗賊に誘拐され魔力を吸われながら生きる日々を過ごす。  魔力枯渇に陥ると死ぬ確率が高いにも関わらず年に1回は魔力枯渇になり死にかけている。  言葉が通じる様になって気がついたが、僕は他の人が持っていないステータスを見る力を持ち、さらに異世界と思われる世界の知識を覗ける力を持っている。  この力を使って、いつか脱出し母親の元へと戻ることを夢見て過ごす。  小さい体でチートな力は使えない中、どうにか生きる知恵を出し生活する。 ------------------------------------------------------------------  お知らせ   「転生者はめぐりあう」 始めました。 ------------------------------------------------------------------ 注意  作者の暇つぶし、気分転換中の自己満足で公開する作品です。  感想は受け付けていません。  誤字脱字、文面等気になる方はお気に入りを削除で対応してください。

【完結】悪役令嬢に転生したけど、王太子妃にならない方が幸せじゃない?

みちこ
ファンタジー
12歳の時に前世の記憶を思い出し、自分が悪役令嬢なのに気が付いた主人公。 ずっと王太子に片思いしていて、将来は王太子妃になることしか頭になかった主人公だけど、前世の記憶を思い出したことで、王太子の何が良かったのか疑問に思うようになる 色々としがらみがある王太子妃になるより、このまま公爵家の娘として暮らす方が幸せだと気が付く

僕の家族は母様と母様の子供の弟妹達と使い魔達だけだよ?

闇夜の現し人(ヤミヨノウツシビト)
ファンタジー
ー 母さんは、「絶世の美女」と呼ばれるほど美しく、国の中で最も権力の強い貴族と呼ばれる公爵様の寵姫だった。 しかし、それをよく思わない正妻やその親戚たちに毒を盛られてしまった。 幸い発熱だけですんだがお腹に子が出来てしまった以上ここにいては危険だと判断し、仲の良かった侍女数名に「ここを離れる」と言い残し公爵家を後にした。 お母さん大好きっ子な主人公は、毒を盛られるという失態をおかした父親や毒を盛った親戚たちを嫌悪するがお母さんが日々、「家族で暮らしたい」と話していたため、ある出来事をきっかけに一緒に暮らし始めた。 しかし、自分が家族だと認めた者がいれば初めて見た者は跪くと言われる程の華の顔(カンバセ)を綻ばせ笑うが、家族がいなければ心底どうでもいいというような表情をしていて、人形の方がまだ表情があると言われていた。 『無能で無価値の稚拙な愚父共が僕の家族を名乗る資格なんて無いんだよ?』 さぁ、ここに超絶チートを持つ自分が認めた家族以外の生き物全てを嫌う主人公の物語が始まる。 〈念の為〉 稚拙→ちせつ 愚父→ぐふ ⚠︎注意⚠︎ 不定期更新です。作者の妄想をつぎ込んだ作品です。

【完結】【勇者】の称号が無かった美少年は王宮を追放されたのでのんびり異世界を謳歌する

雪雪ノ雪
ファンタジー
ある日、突然学校にいた人全員が【勇者】として召喚された。 その召喚に巻き込まれた少年柊茜は、1人だけ【勇者】の称号がなかった。 代わりにあったのは【ラグナロク】という【固有exスキル】。 それを見た柊茜は 「あー....このスキルのせいで【勇者】の称号がなかったのかー。まぁ、ス・ラ・イ・厶・に【勇者】って称号とか合わないからなぁ…」 【勇者】の称号が無かった柊茜は、王宮を追放されてしまう。 追放されてしまった柊茜は、特に慌てる事もなくのんびり異世界を謳歌する..........たぶん….... 主人公は男の娘です 基本主人公が自分を表す時は「私」と表現します

「クズスキルの偽者は必要無い!」と公爵家を追放されたので、かけがえのない仲間と共に最高の国を作ります

古河夜空
ファンタジー
「お前をルートベルク公爵家から追放する――」それはあまりにも突然の出来事だった。 一五歳の誕生日を明日に控えたレオンは、公爵家を追放されてしまう。魔を制する者“神託の御子”と期待されていた、ルートベルク公爵の息子レオンだったが、『継承』という役立たずのスキルしか得ることができず、神託の御子としての片鱗を示すことが出来なかったため追放されてしまう。 一人、逃げる様に王都を出て行くレオンだが、公爵家の汚点たる彼を亡き者にしようとする、ルートベルク公爵の魔の手が迫っていた。「絶対に生き延びてやる……ッ!」レオンは己の力を全て使い、知恵を絞り、公爵の魔の手から逃れんがために走る。生き延びるため、公爵達を見返すため、自分を信じてくれる者のため。 どれだけ窮地に立たされようとも、秘めた想いを曲げない少年の周りには、人、エルフ、ドワーフ、そして魔族、種族の垣根を越えたかけがえの無い仲間達が集い―― これは、追放された少年が最高の国を作りあげる物語。 ※他サイト様でも掲載しております。

【完結】私だけが知らない

綾雅(りょうが)祝!コミカライズ
ファンタジー
目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。 優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。 やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。 記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。 【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ 2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位 2023/12/19……番外編完結 2023/12/11……本編完結(番外編、12/12) 2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位 2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」 2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位 2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位 2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位 2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位 2023/08/14……連載開始

あの、神様、普通の家庭に転生させてって言いましたよね?なんか、森にいるんですけど.......。

▽空
ファンタジー
テンプレのトラックバーンで転生したよ...... どうしようΣ( ̄□ ̄;) とりあえず、今世を楽しんでやる~!!!!!!!!! R指定は念のためです。 マイペースに更新していきます。

屋台飯! いらない子認定されたので、旅に出たいと思います。

彩世幻夜
ファンタジー
母が死にました。 父が連れてきた継母と異母弟に家を追い出されました。 わー、凄いテンプレ展開ですね! ふふふ、私はこの時を待っていた! いざ行かん、正義の旅へ! え? 魔王? 知りませんよ、私は勇者でも聖女でも賢者でもありませんから。 でも……美味しいは正義、ですよね? 2021/02/19 第一部完結 2021/02/21 第二部連載開始 2021/05/05 第二部完結

処理中です...