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76 真実の花

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もう一人の青魔法使い、ケイト・サランディが数か月ぶりに帰って来た。
レイチェルから聞いた通りの容姿ですぐに分かった。

「あ、あぁ、サカキアラタです。三ヶ月前から働いてます。よろしくお願いします」

「なに?真面目?いいっていいって!他の皆と同じく普通に話しなよ!あたしはケイト・サランディ、よろしく」

そう言ってケイトは俺の胸に軽く拳を打った。
服装といい、握手じゃなくて拳を打つあたり、カラっとした性格というか、男っぽい感じだ。

「ジーンから聞いてるよ。アンタ異世界から来てマルゴン絞めたんだって?やるじゃん」

「いやいや!まるでマルゴン絞めに異世界から来たみたいな言い方しないでよ!」

俺が力いっぱいに否定するのを見て、ケイトは声を出して笑った。


「おう、ケイティ!久しぶりじゃん!いつ帰ったんだよ?」

ジャレットさんがイスから立ち、右手を差し出すと、ケイトはその手は握らず、拳を作り前に出した。

「あ~、そういやケイティはこっちだったな!ウェ~イ!」

ジャレットさんは自分も拳を作ると、ケイトの拳と軽く打ち合わせた。

「ケイティか・・・一番良いな」

「うん。私もそう思うよ」

俺が小声で呟くと、カチュアも顔を近づけて来て小声で同意してきた。
ジャレットさんは、店の従業員全員に渾名をつけている。

アラタはアラやん。
カチュアはカッちゃん。
レイチェルはレイチー。
ミゼルはミッチー。
シルヴィアはシーちゃん。
ユーリはユーリン。
ジーンはジー。
リカルドはリカルード。⤴(ルードはトーンを上げて言う、これが一番酷いと思う)

そして、ケイトがケイティだった。これは一番良いのではないだろうか?カッコ良いくらいだ。

「あっははは!ジャレット、元気そうじゃん?アタシはね、今朝帰ってきたばっかだよ。それでジーンと一緒に来たの。ね!ジーン!」

ケイトの呼びかけに、全員の視線がジーンに向く。ジーンはこういう事には動じない。
俺は一斉に見られたりするのは苦手だが、ジーンは平気なようで涼しい顔で返事をした。

「そうだね。ケイトは八時前くらいに帰って来たかな?色々積もる話も聞かせてもらったよ。長旅お疲れ様」

「そうそう!今回の出張五ヶ月くらいだったから、ジーンに会えなくて死にそうだったし!ジーンもアタシがいなくて寂しかったでしょ?」

「そうだね。ケイトがいなくて寂しかったよ」

ジーンは静かに微笑む。こういうセリフもサラっと言える上に、キザっぽくならないのは、一種の才能のように感じる。ケイトは感激したのか胸の前で両手を打ち合わせて、声を上げた。

「やっぱり!アタシがいないと寂しくてしかたなかったんだね!一人にしてごめんなさい!」

ケイトはとても嬉しそうな顔で謝った。

「うん。でもね、アラタとも友達になれたし、あんまり僕の事ばかり心配しなくても大丈夫だよ」

「そっか!ジーンとアラタは友達なんだよね?」

ジーンが俺を友達と紹介すると、ケイトが俺の手を取り力いっぱいに上下に振った。

「ジーンと仲良くしてくれてありがとね!あんた良いヤツみたいだね!」

「あ、あぁ、いや俺の方が仲良くしてもらってるって言うか、同い年だしね」

なんだか勢いのある人だ。そして聞いていた通り、ジーンの事が大好きなのがよく分かる。
ジーンの口ぶりは微妙な感じだったが、寂しかったとも言ってたし、普通に付き合っていると思っていいのだろうか?

「ケイト、アラタがちょっと困ってるから、あんまり勢いよくいかないでね」

俺の手を振り続けるケイトの手に、ジーンが優しく手を添えて言葉をかけると、ケイトは顔を赤くして、慌てて手を離した。

「あ、そうだよね!ごめんねアラタ、ジーンが仲良くしてるって言うから、つい嬉しくて」

ケイトがジーンの前で両手を振って、照れた様子で弁明をしている。

感情をストレートに伝える性格のようだ。そして、一生懸命な人だなというのが、俺のケイトへの印象だった。

「アラタ、僕とケイトの事は後でちゃんと説明するよ」

ジーンは顔半分俺に向けて、小声で話した。



俺がケイトから解放されると、カチュアは席を立ちケイトに近づいた。

「ケイトさん。お久しぶりです!」

「カチュアー!元気にしてた?あんた、また変な男に声かけられたりしてない?何かあったらアタシに言いなよ?とりあえずぶん殴っておくから」

なかなか物騒な事を言うが、見た感じケイトはカチュアを可愛がっているようだ。カチュアも楽しそうに話をしている。

「それでですね、ケイトさんにご報告があるんです!」

「報告?なになに面白い事?」

ケイトが興味ありありでカチュアに聞くと、カチュアは俺にチラリと目を向けた。
俺もそれで何を言うのか察すると、少し頬を赤くして、照れた様子で両手をもじもじさせながらケイトに答えた。

「近いうちに・・・アラタ君と結婚します」

ケイトは驚きに目を開き、俺とカチュアを何度も見比べた。

「え!?マ、マジ?ちょっと、あんた・・・マジ!?アタシより先!?」

ケイトはカチュアの腕を掴み、声を大にしてまくし立てた。
アタシより先!?という言葉に、ジーンと早く結婚したいという気持ちが見え隠れしている。

「はい・・・プロポーズされました。もうアラタ君は私の旦那さんで、私はアラタ君の奥さんです」

カチュアは最初こそ照れていたが、旦那さん、奥さん、という言葉が気に入ったのか、最近では使える時には使うようになっていたのだ。
ケイトに詰め寄られても、ニコニコしていて幸せいっぱいに見える。

「あー!もう羨ましい!カチュア!あんた、ちょっと自慢したかったね?」

ケイトの指摘に、カチュアは顔を反らし、頭をポリポリかいている。

「まったくー!幸せ分けなよ!このっ!」

ケイトはカチュアに後ろから抱き着くと、ほっぺたをつまんで引っ張っている。

「ごへんなはい~」

カチュアもよく分からない言葉で謝ったので、やりとりを見ていたみんなが声を出して笑った。


「ケイト、あんたが来るとやっぱり賑やかになるね。まぁ、今日のところはこのくらいにしようか?開店までもう10分だし、簡単に朝礼やろうよ」

話の終わりが見えないので、レイチェルが手を叩いて呼びかけると、ケイトは片手を顔の前に出し謝る仕草をしてイスに腰を下ろした。
それを見て、カチュアも手を合わせて皆に軽く頭を下げると、俺の隣に座り、少しだけ俺に顔を向けて微笑んだ。


カチュアは以前より自己主張が強くなった感じがする。
あれだけ色々あったから、心が強くなったんだろうなと思った。

「・・・よし、全員座ったね。じゃあ、時間無いから簡単に朝礼やるよ。ケイトが急に帰ってきたのは、私も驚いたけど、今日はこのまま仕事できるのかい?」

レイチェルの問いかけにケイトは。大丈夫だよ、とだけ短く答えた。
その言葉にレイチェルも頷くと、全員を見渡して話しを続けた。

「じゃあ、色々聞きたい事もあるだろうけど、勤務中に話す時はお客さんの邪魔にならないように、周りを見て話してね。今回の出張の件は、閉店後に事務所であらためて聞かせてもらうよ。時間無いけど各部門で、急ぎの要件はあるかい?」

レイチェルが全員に視線を向けるが、誰も手を上げなかった。
なさそうだぜ。と、ジャレットさんが声を出すと、レイチェルも頷き、そしてケイトに顔を向けた。


「じゃあ最後に、ケイト、一人で帰ってきたの?店長はどうしたんだい?」

その言葉に全員の目がケイトに向いた。
それは俺も気になっていた。店長と二人で出張に行ったという話だったが、なぜ一人なのか?

「・・・材料も見つかったし、もう言ってもいいかな。今回さ、アタシら希少な薬の材料を探して来るってしか言ってなかったじゃん?実は王妃様から直々のご依頼でさ、詳しい事は口止めされてたんだ」

ケイトの言葉に、皆がざわつき始めた。王妃様の直々のご依頼というのは驚きだ。

こう言ってはなんだが、街のリサイクルショップに、そんな依頼がくるものなのか?
日本で言えば、総理大臣がリサイクルショップに来て、発注するようなものだ。

「王妃様が?本当・・・なんだろうね。うん、そんな嘘はつかないよね?」

レイチェルもさすがに予想外だったらしく、少し驚いたらしいがケイトに続きを促した。
ケイトは指先で帽子の鍔を弾くと視線を上に向けて、少し考えるように続きを口にした。


「そりゃね・・・アタシもびっくりしたよ。ほら、店長からも詳しい説明ないままアタシが同行する事になったじゃん?ジーンと離れ離れになるのにさ。でも、店長だからしかたないなって付いて行ったけど、クインズベリーの国境を出て、やっと説明してもらえたからね。まぁ、時間無いみたいだし、詳しい事は帰りに話すけど、とりあえず帰ってきたのはアタシだけ。店長は今・・・カエストゥスの首都にいるよ」



カエストゥス国。
以前、ジャレットさんから聞いた事がある。かつてこのプライズリング大陸にあった魔法大国。
風の加護を受け、豊かな自然に包まれた美しい国だったそうだ。

だが、200年前のブロートン帝国との戦争で敗れ滅びる事になり、それ以降はただの荒野と化している。

本来であれば、戦争に勝利したブロートン帝国が領地として広げていく。
そうなるはずなのだが、カエストゥスの領土はそれができない状態のようだった。
なぜなら、200年前から今に至るまで、滅んだ後のカエストゥス領土に入った者は、一人も生きて帰って来なかったからだ。

詳しい話は分からない。だが、かつてカエストゥス国だった領土は今や、誰も足を踏み入れる事はできないようだ。

結局ブロートンも何年、何十年、そして200年立った今になっても、カエストゥス領土に手をつける事ができずにいる。
名目的にはブロートンの領土という事にはなっているが、無人の荒野のまま放置されているカエストゥス領土は、誰の目にも死んだ土地、呪われた土地として認識されていた。


「そんな!いくら店長でも、カエストゥスって・・・無事なのかい?」

珍しくレイチェルが焦ったようにイスから身を乗り出した。俺はジャレットさんから聞いた程度の知識しかないが、現在のカエストゥス領土は、相当危険な場所のようだ。

領土に入った者は、誰一人生きて帰って来なかった。
これは、神隠しみたいなものだろうか?それとも、なにか怪物でもいて殺されてしまうのか?
夜、外に出るとトバリに食べられるというのは俺も十分に分かったが、カエストゥス領土の話は、昼夜関係なさそうだ。


「アタシも止めたよ。薬の材料は入ったから、一緒に帰ろうって。なんでそんな危険な事するんだって。でも、俺は大丈夫だから先に帰ってくれって・・・もうさ、店長が謎めいてるのは皆分かってるでしょ?それに、今まで店長の言う事で間違った事もなかったじゃん?だから、先に帰ってきたよ。まぁ、王妃様のご依頼の材料も手に入ったし、店長も、10月中には帰って来るって言ってたから、それまで待とうよ」

「その薬って、どういう薬なんだい?」

ケイトは黙って腰のポーチから包み紙を取り出した。
それは向日葵に似ていて、手の平に収まるくらいの大きさの花だった。

「痛まないように、保存魔法のセーブはかけてあるよ。これは・・・真実しんじつの花。調合してできる薬の効果は、催眠状態を治したり、魔法で姿形を変えていてもその効果を消す事ができる。そして、この花は今、カエストゥスと、ブロートンの国境沿いにある、セインソルボ山にしか咲かないんだ」

時間がなく、それ以上は聞けなかったが、真実の花を調合してできる薬を、この国の王妃様は必要としているらしい。
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