上 下
74 / 1,277

74 レイチェルが思う事

しおりを挟む
リサイクルショップ・レイジェス

9月最後の日

朝8時30分、従業員用の扉に手をかけると、中から話声が聞こえる。もう誰か来ているようだった。

「あ、レイチェル、おはよう」

「おはようレイチェル」

アラタとカチュアだった。
二人とも、マグカップに入れたコーヒーを飲んでいる。

「おはよう。二人とも早いね?一緒に来たのかい?」

「うん。アラタ君の家まで迎えに行ったの。あ、レイチェルもコーヒー飲むでしょ?」

私はカチュアに、お礼を言ってコーヒーを受け取った。
カチュアはすっかり元気になった。ユーリも安心できたのか、前のように10時出勤に戻った。



あの戦いの後、アラタには一週間程休んでもらった。

怪我自体はヒールですぐに治せたが、粗末な食事のせいで体重は落ちていたし、ゆっくりしてもらいたかった。

カチュアは献身的だった。
アラタが協会から帰ったその日は、アラタが満足に動けない事もあり一日付きっきりだった。
仕事はちゃんとやりたいと言って翌日からは出勤してきたが、出勤前、お昼休憩、仕事上がり、一日三回様子を見に行っていた。

大変だろうと思ったけど、そんな事は無かった。
きっと、こういう忙しさは喜びでもあるんだろう。
毎日お弁当を作って来て、帰りに夜ご飯を作りに行くカチュアは、とても幸せそうに見えた。

一緒に住めばいいのに?と言うと少し頬を赤くして、うん、近いうちに・・・、と答えた。
すでにそういう話になっていたようで、私もちょっと驚いた。

アラタが一度、カチュアの家に挨拶に行ってからという話のようだ。

カチュアの祖父母と、きちんと話をしたいらしい。
命の石の事は私も聞いた。結婚の許可と、多分その事も聞きたいのだろう。



私はシルヴィアが子供の頃、命の石で助かったという話を聞いた事がある。
病を治す白魔法のキュアでも、どうしようも無い大病だったようで、持って数日の命というところまでいったらしい。

だが、助かった。

シルヴィアの母は白魔法使いだった。
全生命力を使い作り上げた命の石は、シルヴィアの命を守り砕け散った。

シルヴィアの母は、その3日後に亡くなったが、最後は笑顔だったと聞いた。
この話は多分、私とジャレット、あとは店長しか知らないだろう。


アラタは知らなければならないと思っている。
なぜ、カチュアの母が命の石を作ったのか。

シルヴィアの推測は当たっているだろう。
想い人以外には効果を発揮しない命の石が、アラタのために砕け散ったのだ。
カチュアの母が、カチュアを託したのは間違いないと思う。

だが、アラタはそれだけでは納得していないのかもしれない。
子供を想う母の気持ち・・・どれほどの想いで命の石を作ったのか、カチュアの母の気持ちを本当に理解した上で、カチュアと一緒になりたいと思っているのだろう。

本当に真面目な男だ・・・肩が凝らないか?
でも、アラタは良い男だと思うよ、カチュア。




栄養のある食事を三食食べて、しっかり休んだからだろう。
アラタはすっかり元気になって、一昨日から仕事に復帰していた。

少しでも異常を感じたらまだ休ませるつもりだったが、顔色も良く、牢に入っていた事、暴力を受けていた事による精神面での影響も無さそうに見えた。
アラタ自身の強さもあるだろうが、カチュアの支えが大きいだろうなと思う。

それにしても、プロポーズの話は聞いたが、さすがに私も予想もしていなかった。
私が戦ってる最中に、イチャイチャしてたの?と睨んでやると、二人とも慌てて謝ってきた。
本気で怒ってるわけではない。命の石の話も聞いたし、その時はそうすべき事だったのだろうから。

私は、キッチン・モロニーのクッキー3箱で手を打った。
箱で3つ?よっぽど好きなんだな?と言って。アラタは少し笑っていた。


そして、最後に見せた光の拳。
あの力を使った後、アラタはほとんど身動きが取れなくなった。
消耗したエネルギーはヒールでは治せず、自然回復を待つしかなかった。

体力の消耗というよりは、命そのものを消費したのかもしれない。

私はマルコスに千を超える打撃を打ち込んだが、それでも倒す事はできなかった。
打撃でマルコスを倒す事は、不可能なのではないかと思うほどのタフネスだった。

そのマルコスを倒したアラタの光の拳には、とてつもない力がある。
だが、代償は大きい。
大きな力には、それだけ大きな対価が求められる。

私はアラタに、光の拳は封印するように話した。

アラタは意外に素直に頷いてくれた。
アラタ自身、危険な力だと察していたのだろう。




この国の情勢は不安定だ。

隣国のロンズデールでは、貧困層が増えてきているらしい。
仕事を無くした者が、賊になり、近隣の村や、街道で商人を襲っているという話もよく聞くようになってきた。

そのせいか、最近は武器と防具の売れ行きが良い。それだけ戦いを意識しているという事だ。

私達は戦える力をもっている。街の人達よりずっと強い力だ。
だから、戦争になれば、率先して戦わなくてはならない。

アラタも、ディーロ兄弟、マルコスとの戦いを経験して、この世界での戦いというものを知ったと思う。
もし戦争になったとしても、きっとこの国のため・・・いや、アラタは私達のために前に出て戦うだろう。

アラタの性格は分かったつもりだ。自分より周りを優先するタイプだ。
だから、あの光の拳も、誰かを護るためにならためらわず使うだろう。

でも、自分も大事にするべきだ。もう、一人だけの体じゃないんだから。
私はカチュアを見た。アラタの隣でニコニコしながらコーヒーを飲む姿を見て、自然と顔がほころぶ。

「アラタ、カチュア」

「ん?なんだ?」

「どうしたの?」

「結婚おめでとう」

アラタとカチュアが、飲んでいたコーヒーを同時にむせる。


「な、なんだよ急に?」

「も~、あらたまって言わないでよ。まだ式も挙げてないし・・・」

お互いに目を向け合うところが、何とも初々しくて、私は少し笑ってしまった。

「アハハ、そうだね。式を挙げたら、また言わせてもらうよ。まぁ・・・体は大事にしてね」

少し声のトーンを落として言うと、アラタには通じたみたいだ。
カチュアに目を向けて、私に向き直ると、真面目な顔つきで深く頷いた。



私もアラタもカチュアも・・・皆普通に働いて、普通に暮らしたいだけだ・・・
戦争なんておこらない、平和な世界であればいいのに・・・




当事者であるアラタと、この店の責任者である私は、近々今回の件で城へ行く事になっている。

治安部隊のヴァン・エストラーダが目を覚ましたので、国王へ謁見する事になったのだ。
ただ、まだ混乱も多いため、正式な日程は追って連絡が来ることになっている。

今回の件は、本来であれば当事者全員が厳しい罰を受けねばならない事だが、意外にもマルコスが全責任は自分にあると申し出た。
それに続き、アンカハスとヤファイも、私達の分も責任を負うと騎士団を通じ、大臣に掛け合っているようなのだ。

マルコスから事の経緯が騎士団、大臣へ伝わって入るようで、レイジェスにはお咎めは無しで進んではいるようだ。
フェンテス、アローヨに付いても、寛大な処置が出る見通しだとは聞いている。

ヴァンとカリウスについては、処分無しになるそうだ。
二人とも、マルコスのやり方に反発し、拷問、処刑には一切関わっていなかったからだ。

二人とも、理由はどうあれ、今回の戦いをしかけた側にはなるのだが、マルコスが言葉巧みに二人の処分も自分で引き受けたという。アンカハスとヤファイも私たちの分も責任を負うと申し立てていると聞いた。
意外だった。だが、彼らもなにか思うところが出てきたのかもしれない。

近々、城に行く事になるわけだし、可能であれば面会をしてみたいとは思う。

アラタも、マルコスとはどうしても話さなければならないと言っていた。


そう、私も気になっている。
アラタの元の世界の上司という、ムラトシュウイチ・・・なぜマルコスが10年も前に戦った事があるのか。

嫌な予感はしている。
マルコスから聞かされる話は、新たな戦いをもたらすかもしれないと・・・




実は今、レイジェスと治安部隊の連絡係になっている者がいる。

私の小さなボーイフレンド。エルウィン・レブロンだ。

連絡係として、彼以上の適任はいなかった。
最初から、アラタと信頼関係を築いていたし、あの日、協会を抜け出してまで私達にアラタの事を知らせに来てくれた。

今では、レイジェスの全員が、エルウィンを身内として見ている。
そして私は、どうやらエルウィンに女として好かれているようなのだ。

エルウィンは、ここに来る度に私に、赤四つ葉、を渡してくるのだ。

赤四つ葉は、2cmくらいの小葉が四つ付いた草で、クインズベリーではポピュラーな植物だ。
と言うのも、赤四つ葉は恋愛成就で使われる植物だからだ。

なんでも、昔、クインズベリーのロマンチストな貴族が、両手いっぱいの赤四つ葉を想い人にプレゼントし、この赤より僕の気持ちは真っ赤に燃えてるだとかなんだとか?
歯の浮くような言葉を囁いたら上手く言ったとか。

私だったらお断りするが、そんな話があって、今では恋愛成就は赤四つ葉という図式が出来上がっている。

エルウィンは、この赤四つ葉を、来る度に私にプレゼントしてくるのだ。

私も赤四つ葉は嫌いではない。
エルウィンは、キザな言葉を言う事もないので、その点は好感が持てる。

レイチェルさんのために取ってきました!と、堂々と言ってくるのは心臓が強いと思う。
私はこういうストレートな方が好きではある。

頭を撫でてやると、子供扱いしないでください!と拗ねるが、すぐに大きくなりますから!とも付け加えて来る。

やっぱり男の子だ。


エルウィンが大人になった時、エルウィンの気持ちが変わってなくて、私がまだ一人だったら、もらってもらおうかな?なんてちょっと思ったりもした。


でも、将来の恋人候補はまだ小さい。
私はもう少しの間、小さなボーイフレンドの頭を撫でてやろうと思った。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

テンプレな異世界を楽しんでね♪~元おっさんの異世界生活~【加筆修正版】

永倉伊織
ファンタジー
神の力によって異世界に転生した長倉真八(39歳)、転生した世界は彼のよく知る「異世界小説」のような世界だった。 転生した彼の身体は20歳の若者になったが、精神は何故か39歳のおっさんのままだった。 こうして元おっさんとして第2の人生を歩む事になった彼は異世界小説でよくある展開、いわゆるテンプレな出来事に巻き込まれながらも、出逢いや別れ、時には仲間とゆる~い冒険の旅に出たり 授かった能力を使いつつも普通に生きていこうとする、おっさんの物語である。 ◇ ◇ ◇ 本作は主人公が異世界で「生活」していく事がメインのお話しなので、派手な出来事は起こりません。 序盤は1話あたりの文字数が少なめですが 全体的には1話2000文字前後でサクッと読める内容を目指してます。

幼少期に溜め込んだ魔力で、一生のんびり暮らしたいと思います。~こう見えて、迷宮育ちの村人です~

月並 瑠花
ファンタジー
※ファンタジー大賞に微力ながら参加させていただいております。応援のほど、よろしくお願いします。 「出て行けっ! この家にお前の居場所はない!」――父にそう告げられ、家を追い出された澪は、一人途方に暮れていた。 そんな時、幻聴が頭の中に聞こえてくる。 『秋篠澪。お前は人生をリセットしたいか?』。澪は迷いを一切見せることなく、答えてしまった――「やり直したい」と。 その瞬間、トラックに引かれた澪は異世界へと飛ばされることになった。 スキル『倉庫(アイテムボックス)』を与えられた澪は、一人でのんびり二度目の人生を過ごすことにした。だが転生直後、レイは騎士によって迷宮へ落とされる。 ※2018.10.31 hotランキング一位をいただきました。(11/1と11/2、続けて一位でした。ありがとうございます。) ※2018.11.12 ブクマ3800達成。ありがとうございます。

家ごと異世界ライフ

ねむたん
ファンタジー
突然、自宅ごと異世界の森へと転移してしまった高校生・紬。電気や水道が使える不思議な家を拠点に、自給自足の生活を始める彼女は、個性豊かな住人たちや妖精たちと出会い、少しずつ村を発展させていく。温泉の発見や宿屋の建築、そして寡黙なドワーフとのほのかな絆――未知の世界で織りなす、笑いと癒しのスローライフファンタジー!

辺境伯家ののんびり発明家 ~異世界でマイペースに魔道具開発を楽しむ日々~

雪月 夜狐
ファンタジー
壮年まで生きた前世の記憶を持ちながら、気がつくと辺境伯家の三男坊として5歳の姿で異世界に転生していたエルヴィン。彼はもともと物作りが大好きな性格で、前世の知識とこの世界の魔道具技術を組み合わせて、次々とユニークな発明を生み出していく。 辺境の地で、家族や使用人たちに役立つ便利な道具や、妹のための可愛いおもちゃ、さらには人々の生活を豊かにする新しい魔道具を作り上げていくエルヴィン。やがてその才能は周囲の人々にも認められ、彼は王都や商会での取引を通じて新しい人々と出会い、仲間とともに成長していく。 しかし、彼の心にはただの「発明家」以上の夢があった。この世界で、誰も見たことがないような道具を作り、貴族としての責任を果たしながら、人々に笑顔と便利さを届けたい——そんな野望が、彼を新たな冒険へと誘う。 他作品の詳細はこちら: 『転生特典:錬金術師スキルを習得しました!』 【https://www.alphapolis.co.jp/novel/297545791/906915890】 『テイマーのんびり生活!スライムと始めるVRMMOスローライフ』 【https://www.alphapolis.co.jp/novel/297545791/515916186】 『ゆるり冒険VR日和 ~のんびり異世界と現実のあいだで~』 【https://www.alphapolis.co.jp/novel/297545791/166917524】

元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~

おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。 どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。 そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。 その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。 その結果、様々な女性に迫られることになる。 元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。 「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」 今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。

女神から貰えるはずのチート能力をクラスメートに奪われ、原生林みたいなところに飛ばされたけどゲームキャラの能力が使えるので問題ありません

青山 有
ファンタジー
強引に言い寄る男から片思いの幼馴染を守ろうとした瞬間、教室に魔法陣が突如現れクラスごと異世界へ。 だが主人公と幼馴染、友人の三人は、女神から貰えるはずの希少スキルを他の生徒に奪われてしまう。さらに、一緒に召喚されたはずの生徒とは別の場所に弾かれてしまった。 女神から貰えるはずのチート能力は奪われ、弾かれた先は未開の原生林。 途方に暮れる主人公たち。 だが、たった一つの救いがあった。 三人は開発中のファンタジーRPGのキャラクターの能力を引き継いでいたのだ。 右も左も分からない異世界で途方に暮れる主人公たちが出会ったのは悩める大司教。 圧倒的な能力を持ちながら寄る辺なき主人公と、教会内部の勢力争いに勝利するためにも優秀な部下を必要としている大司教。 双方の利害が一致した。 ※他サイトで投稿した作品を加筆修正して投稿しております

全能で楽しく公爵家!!

山椒
ファンタジー
平凡な人生であることを自負し、それを受け入れていた二十四歳の男性が交通事故で若くして死んでしまった。 未練はあれど死を受け入れた男性は、転生できるのであれば二度目の人生も平凡でモブキャラのような人生を送りたいと思ったところ、魔神によって全能の力を与えられてしまう! 転生した先は望んだ地位とは程遠い公爵家の長男、アーサー・ランスロットとして生まれてしまった。 スローライフをしようにも公爵家でできるかどうかも怪しいが、のんびりと全能の力を発揮していく転生者の物語。 ※少しだけ設定を変えているため、書き直し、設定を加えているリメイク版になっています。 ※リメイク前まで投稿しているところまで書き直せたので、二章はかなりの速度で投稿していきます。

貴族に生まれたのに誘拐され1歳で死にかけた

佐藤醤油
ファンタジー
 貴族に生まれ、のんびりと赤ちゃん生活を満喫していたのに、気がついたら世界が変わっていた。  僕は、盗賊に誘拐され魔力を吸われながら生きる日々を過ごす。  魔力枯渇に陥ると死ぬ確率が高いにも関わらず年に1回は魔力枯渇になり死にかけている。  言葉が通じる様になって気がついたが、僕は他の人が持っていないステータスを見る力を持ち、さらに異世界と思われる世界の知識を覗ける力を持っている。  この力を使って、いつか脱出し母親の元へと戻ることを夢見て過ごす。  小さい体でチートな力は使えない中、どうにか生きる知恵を出し生活する。 ------------------------------------------------------------------  お知らせ   「転生者はめぐりあう」 始めました。 ------------------------------------------------------------------ 注意  作者の暇つぶし、気分転換中の自己満足で公開する作品です。  感想は受け付けていません。  誤字脱字、文面等気になる方はお気に入りを削除で対応してください。

処理中です...