68 / 1,298
68 レイチェル 対 マルゴン
しおりを挟む
あの女は、確かレイジェスの・・・
マルコスのナイフが俺の首を貫くと覚悟した瞬間、あの女が・・・俺を押した・・・
そして今、俺とカリウスさんに代わり、あのマルコスの前に立っている・・・
いや、違うな・・・サカキアラタ、あの女はアラタのために戦うんだ・・・
俺を助けたのは・・・アラタと俺が共に戦っていると知っているからか?
強いな・・・臨戦態勢に入るとよく分かる・・・
俺よりも、カリウスさんよりも、この場の誰よりも強い・・・
だが、それでも勝てるのか・・・あのマルコスに・・・
震える足を無理やり起こし、かろうじて腰を上げる。この場の命運を託した強い女の横顔を一瞥し、その場から離れた。
もはや戦う力は残っていない。かける言葉も見つかりはしない。
俺はここにいても邪魔だ・・・
戦いが一時中断した事を機に、カリウスさんはすでに隊員達に協会内に運びこまれている・・・
俺はアラタの前に立った。
意識は無い。仰向けに倒れていて、顔の周囲は吐き散らした血で、草が赤黒く染まっていた。
だが、まだ生きている。
胸は内出血と、粉砕された胸骨によって青紫に変色し、不自然にへこんでいる。
それでもまだ生きていた。
かすかに胸が上下している。アラタはまだ生きている。
この状態で動かしては危険だろう・・・だが・・・
フェンテスは後ろを向いた。
レイチェルとマルコスは睨み合ったまま動く気配はない。
おそらく待っているのだ。俺がアラタを連れて行く事を・・・
注意深く、できる限り揺らさず、そっとアラタを抱き上げた。
全身に力が入っていないからだろう。体重がずっしりと両腕にのしかかる。
アラタ・・・お前には待っている仲間が・・・大事な女がいるんだろう・・・
死ぬな・・・死んでは駄目だ・・・
フェンテスがアラタを抱え、協会内に入って行くと、マルコスがゆっくりと口を開いた。
「・・・これで、心置きなく全力で戦えるかな?レイチェル・エリオット・・・バリオスの弟子よ」
「クズ野郎・・・アンタが店長の名前を口にするんじゃない!」
指と手首の感触を確認するように、両手のダガーナイフを軽く回すと、レイチェルは右のナイフを順手に、左のナイフを逆手に持ち、やや右前の正対に構えた。
「お互い両手持ちだな・・・面白い」
マルゴンは右半身をやや斜めの半身に、右手のナイフは腰の辺りでゆらりゆらりと前後に軽く揺らし、
左手は腰の後ろにナイフを隠すように構えた。
「いつか、戦う事もあるかもしれないとは思っていたがな、レイチェル・エリオット」
マルコスは全身に力を漲らせる。放たれるプレッシャーは肌に刺さるようだった。
「ハァァァァッツ!」
レイチェルも負けてはいなかった。真っ向からマルコスを見据え、マルコスに匹敵する程の気を発し、プレッシャーを正面から跳ね返す。
「いくぞ!レイチェルエリオットォォッツ!」
蹴り足のあまりの力に、爆風のような土煙が上がる。一瞬の内にマルコスはレイチェルの懐に入り込み、心臓を目掛け右のナイフを繰り出した。
だが、レイチェルは体を左後ろに捻り、マルコスの右をかわすと、その流れのまま右足をマルコスの左膝に蹴り入れた。
マルコスの姿勢が崩れると、レイチェルの右の突きがマルコスの顔を目掛け正面から放たれた。
これをマルコスは左のナイフを振り上げ弾くと、すぐさま体制を直し、右の突きを矢継ぎ早に繰り出した。
胸を狙う突きを弾き、顔を狙う突きを躱す。弾き、躱し、迫りくる刃をレイチェルは全て防いだ。
「ウォルアァァッツ!」
マルコスの丸太のような足が土煙を巻き上げ、レイチェルの脇腹を目掛け繰り出された。
レイチェルは飛んだ。両膝を胸の高さまで上げた跳躍でマルコスの蹴りを躱すと、そのまま膝を伸ばし、マルコスの顔面を両足で蹴りつけた。蹴りの反動で後ろに飛ぶと、体を後ろ回りに回転させ軽やかに着地した。
「さすがだ!やるじゃねぇか!」
マルコスは右を中心にナイフを繰り出した。特異なまでの手首の柔らかさで、薙ぎ払いを躱されれば、そのまま手首を返し、喉元目掛け斬り付ける。
それをレイチェルがナイフを立てて防ぐと、そのまま左の太腿目掛けナイフを滑らせ切り落としてくる。
「ハァッ!」
レイチェルは左足を一歩引いてナイフを躱すと、そのまま左足を軸に体を後ろに回し、右の踵でマルコスの右膝の裏から蹴り入れた。
「ぐっ!」
マルコスの右足が浮き、転びそうになると、レイチェルは一歩踏み込み、逆手に持った左のナイフで、マルコスの首を刈り取るように斬り放った。
「もらった!」
だが、マルコスは右肩を上げると、ボディアーマーの肩当てでナイフの腹を下から受け、軌道をずらした。ナイフはマルコスの右眉を二つに斬り裂いていった。
想定外の避け方に、レイチェルの次の行動にほんの一瞬の遅れが出る。
マルコスは体制が崩れながらも、肩を上げた動作から、右のナイフをレイチェルの左胸目掛けて突き放った。
左腕は振りぬいていたため防御には回せない。
レイチェルは左足を、マルコスの右手目掛けて蹴りつけた。
手首をブーツの先端で蹴り上げられ、その衝撃にマルコスのナイフが宙を舞った。
この状態で蹴り上げでナイフを弾くとは、マルコスにとって想定外だった。
身をよじらせて躱そうとするか、間に合わないにしても左腕を下げてガードするか、もしくは右手のナイフで弾こうとするか、想定した三種とはかけ離れた躱し方だった。
だが、レイチェルが足を戻すよりも、マルコスの次の一手が早かった。
マルコスは右手でレイチェルの左足首を掴むと、そのまま己が頭上より高く振り上げた。
レイチェルの身体は力任せの遠心力によって、一瞬マルコスの頭上より高い位置に持ち上げられたが、次の瞬間、地面に向かって叩きつけるように振り下ろされた。
これを食らうのはまずい!
レイチェルは自由の利く右足を、全力でマルコスの頭頂部に蹴りこんだ。
その衝撃により、先ほどのレイチェルの蹴りによって、僅かにしびれの残る右手は足首を掴む力が緩んだ。その瞬間をレイチェルは見逃さなかった。
左足を激しく振るいマルコスの手から脱出できた。
だが、それでもかなりの勢いで振り下ろされていたため、マルコスの手から離れても背中を強打し、一瞬呼吸が止まる程の衝撃が体を突き抜けた。
だが、レイチェルは動く事に意識を集中した。
無理に呼吸をしようとせず、息を止めたまま地面に叩きつけられ跳ねた体を捻り、足を回し円を描くように正面に体を持ってくると、顔を上げナイフの先端をマルコスに突きつけ体勢を整えた。
マルコスもまた、両膝、手首、頭頂部と、蹴りを受けたダメージが残っているのだろう。追撃をせずにじっと立ち止まったまま、レイチェルを睨みつけていた。
右眉の傷口から流れる血が、右目を赤く染めている。
それは手傷を負わせた相手に対する怒りの色に見えた。
「ここまでやるとはな、想定以上だ。レイチェル・エリオット」
「はぁ・・・はぁ・・・ふぅ・・・上からもの言ってんじゃないよ。あんたはこれから私の足元に這いつくばるんだからさ」
戦いを見守る隊員達は、誰一人言葉を発しなかった。
街で暴れる暴徒を一人で制し、アンカハスさえ寄せ付けなかった男、サカキ・アラタが敗れ、カリウスとフェンテス、治安部隊で5指に入る実力者が、二人がかりでも勝てなかった男。
この国最強と言われる、マルコス・ゴンサレスと対等に渡り合える相手がいた。しかもそれは女性なのだ。
隊員達の中には、やむを得ずマルコスのやり方に従っている者も大勢いた。
彼らはこの戦いが、この戦いでレイチェルが勝てば、治安部隊は変わると確信をしていた。
表立って応援はできない。だが、その目には改革を願い、レイチェルに全てを懸ける強い想いが表れていた。
「レイジェスで会った時もそうだったが、お前、生意気だな」
「そういうあんたは、ねちっこいんだよ」
マルコスは最初と同じ、右半身をやや斜めにし、左手を腰の後ろに隠すように構えた。
「かかってきなよ。その首、刈り取ってやるから」
レイチェルも最初と同じく、右のナイフを順手に、左のナイフを逆手に持ち、やや右前の正対に構えた。
マルコスの目に一瞬強い力が入ったかと思うと、さっきまでより一層早い踏み込みで、飛び掛かってきた。
ナイフは正面から打ち合わせては駄目だ。腕力はマルコスが遥かに上だ。私のナイフでは受けきれず、ナイフごと体を斬り裂かれるだろう。
マルコスが右を真っ直ぐに付いてくる。レイチェルはマルコスのナイフの腹を狙い、外へ弾いた。
その瞬間、マルコスの左が風切り音と共に、レイチェルの頬をかすめた。僅かに切られた赤い髪と、鮮血がナイフの切っ先に飛ばされていく。
「なに!?」
見えなかった・・あれだけ腰の後ろに隠すように構えているんだ・・・左を出せば大振りになるはずだ。
見えないはずがない!一体なにをした!?
「ほう!今の一撃、よくかわしたな!」
マルコスは振り抜いた左を、そのまま後ろに持ち上げるように振り払った。
レイチェルは咄嗟に両腕を上げたが、マルコスの腕力はガードごとレイチェルの体を、宙に弾き飛ばす程の威力だった。
女とはいえ、左手一本で私の体を宙に飛ばすだと!?
やはりとんでもないパワーだ・・・だが!
「シャアアアアッツ!」
マルコスは宙に浮いたレイチェルに向かって、そのまま右足を蹴り上げた。
「ハァァッツ!」
レイチェルは空中で体を捻ると、今まさに自分の腹に迫りくるマルコスの右足に、自らの両足の裏を合わせた。
「なんだと!?」
マルコスがそのまま蹴り抜くと、レイチェルは蹴られる力と、自身の蹴る力をぶつけ、刹那のタイミングで見事に衝撃を打ち消した。
まるで空に舞う一枚の羽根のように、一切の重さを感じさせずレイチェルはふわりと後方に飛び、着地した。
「戦いは力だけじゃないんだよ。分かるかい?マルコス君」
「レイチェル・エリオット・・・」
対峙する両者の実力は拮抗していた。
圧倒的パワーのマルコスに対し、レイチェルはスピードと軽やかな身のこなしを生かし、マルコス相手に互角に攻めていた。だがマルコスは百戦錬磨である。
手数の上ではレイチェルに遅れをとっても、一撃で戦局を覆す力を持っていた。
マルコスの一撃は体を浮かす程の威力だった。ガードしたとは言え、まともに受けたレイチェルの腕は小刻みに震えている。
骨は大丈夫みたいだけど、きついね・・・女の筋力では次は受け切れない・・・この 筋肉達磨相手に長期戦は不利か・・・
バリオス店長・・・使います!
「ハァァァァッツ!」
振るえる両手に無理やり力を込めナイフを握り直し、レイチェルは空に向かって声の限り叫んだ。
その圧倒的な気力は空気を震わせ、風に舞う木の葉が破裂音と共に二つに割れる。
「こ、これは・・・」
それはマルコスすら凌駕する程のプレッシャーだった。空気はビリビリと肌にぶつかり、その場に立っている事さえ許さない程の力がぶつけられてくる。
レイチェルは地を蹴った。
それはマルコスが見失う程の、正に目にも止まらぬ速さだった。
マルコスのナイフが俺の首を貫くと覚悟した瞬間、あの女が・・・俺を押した・・・
そして今、俺とカリウスさんに代わり、あのマルコスの前に立っている・・・
いや、違うな・・・サカキアラタ、あの女はアラタのために戦うんだ・・・
俺を助けたのは・・・アラタと俺が共に戦っていると知っているからか?
強いな・・・臨戦態勢に入るとよく分かる・・・
俺よりも、カリウスさんよりも、この場の誰よりも強い・・・
だが、それでも勝てるのか・・・あのマルコスに・・・
震える足を無理やり起こし、かろうじて腰を上げる。この場の命運を託した強い女の横顔を一瞥し、その場から離れた。
もはや戦う力は残っていない。かける言葉も見つかりはしない。
俺はここにいても邪魔だ・・・
戦いが一時中断した事を機に、カリウスさんはすでに隊員達に協会内に運びこまれている・・・
俺はアラタの前に立った。
意識は無い。仰向けに倒れていて、顔の周囲は吐き散らした血で、草が赤黒く染まっていた。
だが、まだ生きている。
胸は内出血と、粉砕された胸骨によって青紫に変色し、不自然にへこんでいる。
それでもまだ生きていた。
かすかに胸が上下している。アラタはまだ生きている。
この状態で動かしては危険だろう・・・だが・・・
フェンテスは後ろを向いた。
レイチェルとマルコスは睨み合ったまま動く気配はない。
おそらく待っているのだ。俺がアラタを連れて行く事を・・・
注意深く、できる限り揺らさず、そっとアラタを抱き上げた。
全身に力が入っていないからだろう。体重がずっしりと両腕にのしかかる。
アラタ・・・お前には待っている仲間が・・・大事な女がいるんだろう・・・
死ぬな・・・死んでは駄目だ・・・
フェンテスがアラタを抱え、協会内に入って行くと、マルコスがゆっくりと口を開いた。
「・・・これで、心置きなく全力で戦えるかな?レイチェル・エリオット・・・バリオスの弟子よ」
「クズ野郎・・・アンタが店長の名前を口にするんじゃない!」
指と手首の感触を確認するように、両手のダガーナイフを軽く回すと、レイチェルは右のナイフを順手に、左のナイフを逆手に持ち、やや右前の正対に構えた。
「お互い両手持ちだな・・・面白い」
マルゴンは右半身をやや斜めの半身に、右手のナイフは腰の辺りでゆらりゆらりと前後に軽く揺らし、
左手は腰の後ろにナイフを隠すように構えた。
「いつか、戦う事もあるかもしれないとは思っていたがな、レイチェル・エリオット」
マルコスは全身に力を漲らせる。放たれるプレッシャーは肌に刺さるようだった。
「ハァァァァッツ!」
レイチェルも負けてはいなかった。真っ向からマルコスを見据え、マルコスに匹敵する程の気を発し、プレッシャーを正面から跳ね返す。
「いくぞ!レイチェルエリオットォォッツ!」
蹴り足のあまりの力に、爆風のような土煙が上がる。一瞬の内にマルコスはレイチェルの懐に入り込み、心臓を目掛け右のナイフを繰り出した。
だが、レイチェルは体を左後ろに捻り、マルコスの右をかわすと、その流れのまま右足をマルコスの左膝に蹴り入れた。
マルコスの姿勢が崩れると、レイチェルの右の突きがマルコスの顔を目掛け正面から放たれた。
これをマルコスは左のナイフを振り上げ弾くと、すぐさま体制を直し、右の突きを矢継ぎ早に繰り出した。
胸を狙う突きを弾き、顔を狙う突きを躱す。弾き、躱し、迫りくる刃をレイチェルは全て防いだ。
「ウォルアァァッツ!」
マルコスの丸太のような足が土煙を巻き上げ、レイチェルの脇腹を目掛け繰り出された。
レイチェルは飛んだ。両膝を胸の高さまで上げた跳躍でマルコスの蹴りを躱すと、そのまま膝を伸ばし、マルコスの顔面を両足で蹴りつけた。蹴りの反動で後ろに飛ぶと、体を後ろ回りに回転させ軽やかに着地した。
「さすがだ!やるじゃねぇか!」
マルコスは右を中心にナイフを繰り出した。特異なまでの手首の柔らかさで、薙ぎ払いを躱されれば、そのまま手首を返し、喉元目掛け斬り付ける。
それをレイチェルがナイフを立てて防ぐと、そのまま左の太腿目掛けナイフを滑らせ切り落としてくる。
「ハァッ!」
レイチェルは左足を一歩引いてナイフを躱すと、そのまま左足を軸に体を後ろに回し、右の踵でマルコスの右膝の裏から蹴り入れた。
「ぐっ!」
マルコスの右足が浮き、転びそうになると、レイチェルは一歩踏み込み、逆手に持った左のナイフで、マルコスの首を刈り取るように斬り放った。
「もらった!」
だが、マルコスは右肩を上げると、ボディアーマーの肩当てでナイフの腹を下から受け、軌道をずらした。ナイフはマルコスの右眉を二つに斬り裂いていった。
想定外の避け方に、レイチェルの次の行動にほんの一瞬の遅れが出る。
マルコスは体制が崩れながらも、肩を上げた動作から、右のナイフをレイチェルの左胸目掛けて突き放った。
左腕は振りぬいていたため防御には回せない。
レイチェルは左足を、マルコスの右手目掛けて蹴りつけた。
手首をブーツの先端で蹴り上げられ、その衝撃にマルコスのナイフが宙を舞った。
この状態で蹴り上げでナイフを弾くとは、マルコスにとって想定外だった。
身をよじらせて躱そうとするか、間に合わないにしても左腕を下げてガードするか、もしくは右手のナイフで弾こうとするか、想定した三種とはかけ離れた躱し方だった。
だが、レイチェルが足を戻すよりも、マルコスの次の一手が早かった。
マルコスは右手でレイチェルの左足首を掴むと、そのまま己が頭上より高く振り上げた。
レイチェルの身体は力任せの遠心力によって、一瞬マルコスの頭上より高い位置に持ち上げられたが、次の瞬間、地面に向かって叩きつけるように振り下ろされた。
これを食らうのはまずい!
レイチェルは自由の利く右足を、全力でマルコスの頭頂部に蹴りこんだ。
その衝撃により、先ほどのレイチェルの蹴りによって、僅かにしびれの残る右手は足首を掴む力が緩んだ。その瞬間をレイチェルは見逃さなかった。
左足を激しく振るいマルコスの手から脱出できた。
だが、それでもかなりの勢いで振り下ろされていたため、マルコスの手から離れても背中を強打し、一瞬呼吸が止まる程の衝撃が体を突き抜けた。
だが、レイチェルは動く事に意識を集中した。
無理に呼吸をしようとせず、息を止めたまま地面に叩きつけられ跳ねた体を捻り、足を回し円を描くように正面に体を持ってくると、顔を上げナイフの先端をマルコスに突きつけ体勢を整えた。
マルコスもまた、両膝、手首、頭頂部と、蹴りを受けたダメージが残っているのだろう。追撃をせずにじっと立ち止まったまま、レイチェルを睨みつけていた。
右眉の傷口から流れる血が、右目を赤く染めている。
それは手傷を負わせた相手に対する怒りの色に見えた。
「ここまでやるとはな、想定以上だ。レイチェル・エリオット」
「はぁ・・・はぁ・・・ふぅ・・・上からもの言ってんじゃないよ。あんたはこれから私の足元に這いつくばるんだからさ」
戦いを見守る隊員達は、誰一人言葉を発しなかった。
街で暴れる暴徒を一人で制し、アンカハスさえ寄せ付けなかった男、サカキ・アラタが敗れ、カリウスとフェンテス、治安部隊で5指に入る実力者が、二人がかりでも勝てなかった男。
この国最強と言われる、マルコス・ゴンサレスと対等に渡り合える相手がいた。しかもそれは女性なのだ。
隊員達の中には、やむを得ずマルコスのやり方に従っている者も大勢いた。
彼らはこの戦いが、この戦いでレイチェルが勝てば、治安部隊は変わると確信をしていた。
表立って応援はできない。だが、その目には改革を願い、レイチェルに全てを懸ける強い想いが表れていた。
「レイジェスで会った時もそうだったが、お前、生意気だな」
「そういうあんたは、ねちっこいんだよ」
マルコスは最初と同じ、右半身をやや斜めにし、左手を腰の後ろに隠すように構えた。
「かかってきなよ。その首、刈り取ってやるから」
レイチェルも最初と同じく、右のナイフを順手に、左のナイフを逆手に持ち、やや右前の正対に構えた。
マルコスの目に一瞬強い力が入ったかと思うと、さっきまでより一層早い踏み込みで、飛び掛かってきた。
ナイフは正面から打ち合わせては駄目だ。腕力はマルコスが遥かに上だ。私のナイフでは受けきれず、ナイフごと体を斬り裂かれるだろう。
マルコスが右を真っ直ぐに付いてくる。レイチェルはマルコスのナイフの腹を狙い、外へ弾いた。
その瞬間、マルコスの左が風切り音と共に、レイチェルの頬をかすめた。僅かに切られた赤い髪と、鮮血がナイフの切っ先に飛ばされていく。
「なに!?」
見えなかった・・あれだけ腰の後ろに隠すように構えているんだ・・・左を出せば大振りになるはずだ。
見えないはずがない!一体なにをした!?
「ほう!今の一撃、よくかわしたな!」
マルコスは振り抜いた左を、そのまま後ろに持ち上げるように振り払った。
レイチェルは咄嗟に両腕を上げたが、マルコスの腕力はガードごとレイチェルの体を、宙に弾き飛ばす程の威力だった。
女とはいえ、左手一本で私の体を宙に飛ばすだと!?
やはりとんでもないパワーだ・・・だが!
「シャアアアアッツ!」
マルコスは宙に浮いたレイチェルに向かって、そのまま右足を蹴り上げた。
「ハァァッツ!」
レイチェルは空中で体を捻ると、今まさに自分の腹に迫りくるマルコスの右足に、自らの両足の裏を合わせた。
「なんだと!?」
マルコスがそのまま蹴り抜くと、レイチェルは蹴られる力と、自身の蹴る力をぶつけ、刹那のタイミングで見事に衝撃を打ち消した。
まるで空に舞う一枚の羽根のように、一切の重さを感じさせずレイチェルはふわりと後方に飛び、着地した。
「戦いは力だけじゃないんだよ。分かるかい?マルコス君」
「レイチェル・エリオット・・・」
対峙する両者の実力は拮抗していた。
圧倒的パワーのマルコスに対し、レイチェルはスピードと軽やかな身のこなしを生かし、マルコス相手に互角に攻めていた。だがマルコスは百戦錬磨である。
手数の上ではレイチェルに遅れをとっても、一撃で戦局を覆す力を持っていた。
マルコスの一撃は体を浮かす程の威力だった。ガードしたとは言え、まともに受けたレイチェルの腕は小刻みに震えている。
骨は大丈夫みたいだけど、きついね・・・女の筋力では次は受け切れない・・・この 筋肉達磨相手に長期戦は不利か・・・
バリオス店長・・・使います!
「ハァァァァッツ!」
振るえる両手に無理やり力を込めナイフを握り直し、レイチェルは空に向かって声の限り叫んだ。
その圧倒的な気力は空気を震わせ、風に舞う木の葉が破裂音と共に二つに割れる。
「こ、これは・・・」
それはマルコスすら凌駕する程のプレッシャーだった。空気はビリビリと肌にぶつかり、その場に立っている事さえ許さない程の力がぶつけられてくる。
レイチェルは地を蹴った。
それはマルコスが見失う程の、正に目にも止まらぬ速さだった。
0
お気に入りに追加
152
あなたにおすすめの小説
異世界に追放されました。二度目の人生は辺境貴族の長男です。
ファンタスティック小説家
ファンタジー
科学者・伊介天成(いかい てんせい)はある日、自分の勤める巨大企業『イセカイテック』が、転移装置開発プロジェクトの遅延を世間にたいして隠蔽していたことを知る。モルモットですら実験をしてないのに「有人転移成功!」とうそぶいていたのだ。急進的にすすむ異世界開発事業において、優位性を保つために、『イセカイテック』は計画を無理に進めようとしていた。たとえ、試験段階の転移装置にいきなり人間を乗せようとも──。
実験の無謀さを指摘した伊介天成は『イセカイテック』に邪魔者とみなされ、転移装置の実験という名目でこの世界から追放されてしまう。
無茶すぎる転移をさせられ死を覚悟する伊介天成。だが、次に目が覚めた時──彼は剣と魔法の異世界に転生していた。
辺境貴族アルドレア家の長男アーカムとして生まれかわった伊介天成は、異世界での二度目の人生をゼロからスタートさせる。
幼少期に溜め込んだ魔力で、一生のんびり暮らしたいと思います。~こう見えて、迷宮育ちの村人です~
月並 瑠花
ファンタジー
※ファンタジー大賞に微力ながら参加させていただいております。応援のほど、よろしくお願いします。
「出て行けっ! この家にお前の居場所はない!」――父にそう告げられ、家を追い出された澪は、一人途方に暮れていた。
そんな時、幻聴が頭の中に聞こえてくる。
『秋篠澪。お前は人生をリセットしたいか?』。澪は迷いを一切見せることなく、答えてしまった――「やり直したい」と。
その瞬間、トラックに引かれた澪は異世界へと飛ばされることになった。
スキル『倉庫(アイテムボックス)』を与えられた澪は、一人でのんびり二度目の人生を過ごすことにした。だが転生直後、レイは騎士によって迷宮へ落とされる。
※2018.10.31 hotランキング一位をいただきました。(11/1と11/2、続けて一位でした。ありがとうございます。)
※2018.11.12 ブクマ3800達成。ありがとうございます。
【書籍化決定】俗世から離れてのんびり暮らしていたおっさんなのに、俺が書の守護者って何かの間違いじゃないですか?
歩く魚
ファンタジー
幼い頃に迫害され、一人孤独に山で暮らすようになったジオ・プライム。
それから数十年が経ち、気づけば38歳。
のんびりとした生活はこの上ない幸せで満たされていた。
しかしーー
「も、もう一度聞いて良いですか? ジオ・プライムさん、あなたはこの死の山に二十五年間も住んでいるんですか?」
突然の来訪者によると、この山は人間が住める山ではなく、彼は世間では「書の守護者」と呼ばれ都市伝説のような存在になっていた。
これは、自分のことを弱いと勘違いしているダジャレ好きのおっさんが、人々を導き、温かさを思い出す物語。
※書籍化のため更新をストップします。
元34才独身営業マンの転生日記 〜もらい物のチートスキルと鍛え抜いた処世術が大いに役立ちそうです〜
ちゃぶ台
ファンタジー
彼女いない歴=年齢=34年の近藤涼介は、プライベートでは超奥手だが、ビジネスの世界では無類の強さを発揮するスーパーセールスマンだった。
社内の人間からも取引先の人間からも一目置かれる彼だったが、不運な事故に巻き込まれあっけなく死亡してしまう。
せめて「男」になって死にたかった……
そんなあまりに不憫な近藤に神様らしき男が手を差し伸べ、近藤は異世界にて人生をやり直すことになった!
もらい物のチートスキルと持ち前のビジネスセンスで仲間を増やし、今度こそ彼女を作って幸せな人生を送ることを目指した一人の男の挑戦の日々を綴ったお話です!
田舎暮らしと思ったら、異世界暮らしだった。
けむし
ファンタジー
突然の異世界転移とともに魔法が使えるようになった青年の、ほぼ手に汗握らない物語。
日本と異世界を行き来する転移魔法、物を複製する魔法。
あらゆる魔法を使えるようになった主人公は異世界で、そして日本でチート能力を発揮・・・するの?
ゆる~くのんびり進む物語です。読者の皆様ものんびりお付き合いください。
感想などお待ちしております。
異世界で『魔法使い』になった私は一人自由気ままに生きていきたい
哀村圭一
ファンタジー
人や社会のしがらみが嫌になって命を絶ったOL、天音美亜(25歳)。薄れゆく意識の中で、謎の声の問いかけに答える。
「魔法使いになりたい」と。
そして目を覚ますと、そこは異世界。美亜は、13歳くらいの少女になっていた。
魔法があれば、なんでもできる! だから、今度の人生は誰にもかかわらず一人で生きていく!!
異世界で一人自由気ままに生きていくことを決意する美亜。だけど、そんな美亜をこの世界はなかなか一人にしてくれない。そして、美亜の魔法はこの世界にあるまじき、とんでもなく無茶苦茶なものであった。
異世界でゆるゆるスローライフ!~小さな波乱とチートを添えて~
イノナかノかワズ
ファンタジー
助けて、刺されて、死亡した主人公。神様に会ったりなんやかんやあったけど、社畜だった前世から一転、ゆるいスローライフを送る……筈であるが、そこは知識チートと能力チートを持った主人公。波乱に巻き込まれたりしそうになるが、そこはのんびり暮らしたいと持っている主人公。波乱に逆らい、世界に名が知れ渡ることはなくなり、知る人ぞ知る感じに収まる。まぁ、それは置いといて、主人公の新たな人生は、温かな家族とのんびりした自然、そしてちょっとした研究生活が彩りを与え、幸せに溢れています。
*話はとてもゆっくりに進みます。また、序盤はややこしい設定が多々あるので、流しても構いません。
*他の小説や漫画、ゲームの影響が見え隠れします。作者の願望も見え隠れします。ご了承下さい。
*頑張って週一で投稿しますが、基本不定期です。
*無断転載、無断翻訳を禁止します。
小説家になろうにて先行公開中です。主にそっちを優先して投稿します。
カクヨムにても公開しています。
更新は不定期です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる