上 下
63 / 1,253

63 変貌

しおりを挟む
「ほぅ!?ほぅ!?ほぅ!?やりますね!やりますね!やりますねぇ!サカキアラタァッツ!」

どのくらい時間が立っただろう。右、左と絶え間なくナイフが飛んでくる。

マルゴンの攻撃は右を起点にしたナイフ術だった。

突き技を主体に、肘から先の角度の変化で軌道の読みにくいナイフを繰り出してくる。手首が異様に柔らかいのか、右手一本で信じられない程の連続攻撃を繰り出していた。

順手で突いてきたところを左拳で叩き落とすと、そのまま逆手に持ち替えて振り上げて来る。
それをスウェーバックで避けると、今度は順手に持ち直し、そのまま振り下ろし斬りつけて来る。
それも体を引いて躱すと、今度は手首を返し、顎を目掛けて斬り上げて来る。


そして、右の処理に意識が向くと、突然左が飛んでくる。
この左が非常にやっかいだった。

右を前に半身に構え、左は腰で隠すように構えているため、左の軌道が読みにくい。

読みにくいが、ただ溜めて真っ直ぐに振るってくるだけならば、何も問題は無い。ただの大振りだ。

だが、マルゴンは右の連続攻撃に巧みに左を織り交ぜてくる。決して大振りにならず、極めてコンパクトに振ってくる。

そして左を出す瞬間がまるで分らなかった。
どんな手品を使っているのか、一瞬のうちに距離が詰まり、左が体に触れる寸前まで迫っているのだ。

かろうじて深手は追わず避けられているが、すでに俺の両腕にはいくつもの斬り傷で血まみれだった。いつまでも躱しきれるものではない。この左を攻略しなければ、勝ち目はないだろう。


そして俺とマルゴンの身長差もあって、マルゴンの攻撃は腹と胸、そして足に集中している。
足を狙われる事は想定していた。
一度でも斬られれば機動力を失いあっという間に敗れるだろう。
絶対に食らわないよう、神経をすり減らして回避し続けていた。

そして顔に来る場合は下から突き上げてくる。
この突き上げも避けにくかった。今のところかわせているが拳で弾き辛く、どうしてもバックステップかスウェーバックを使う事になる。

そこで体制を崩され隙ができて左が来る。そして一度左が放たれると、左右のコンビネーションで必ず斬りつけられてしまう。

厄介極まりないナイフ術だった。

だが、ここまで防御に徹しマルゴンの斬撃を見た事で、右の動きには少し慣れてタイミングが掴めてきた。


「やりますねぇ!サカキアラタ!よくここまで私のナイフをかわし防ぐものです!」

心臓を狙った胸への右の突きだった。俺は左手の平をマルゴンの右肘辺りに当て、自分の体の内側へ、柔らかく、向かってくる力に逆らわず、流すように送り軌道を逸らした。

マルゴンの腕力は異常だ。内側から外へ弾こうとしても、ほとんど外す事ができない。ならば、外から内へ、力の流れに逆らわず、誘導するように外せばいい。

「なにっ!?」
マルゴンは目を見開いた。これまで力任せに弾くか、足を使い避けるかだったはずの男が、突然見せた防御術は、自分の突きの力に逆らわずして体勢を崩すものだった。


右腕を流され、前のめりに体が出たところを、俺の右ストレートがとらえた。

「オラァッ!」

振り抜いた右は、完全に真正面から捉えていた。
インパクトの瞬間の拳の入り方も完璧で最高の一撃だった。

ボクシングでは反則だが、手の平を使わせてもらった。
いかに速くてもある程度のタイミングが掴めてくれば、パーリングの応用で外から内へ流すくらい、今の俺ならできなくはない。

マルゴンは背中を床に打ち付けながら部屋の壁際まで吹き飛び、そのまま仰向けに倒れている。

これがボクシングなら、レフェリーが手を交差して試合終了だ。その確信が持てる一撃だった。

だが・・・


「サカキ・・・アラタ・・・」


仰向けに倒れたままのマルゴンから声が聞こえた。
俺は構え直し、攻撃に備えた。


マルゴンは勢いよく上半身を起こした。両の鼻穴からは血がボタボタと垂れ落ちていて、不自然に鼻筋が曲がっている事から、鼻の骨が折れている事も一目で分かった。


「・・・素晴らしい一撃でした・・・」

マルゴンは起こした上半身をそのまま前に倒し、頭が膝に付くほど屈むと、今度は勢いよく反動をつけて背中から倒れ込み、両腕も同時に床に叩きつけた。

するとマルゴンの体が衝撃で水平に浮かび上がった。

それは、3メートル以上はありそうな高い天井に、体が届きそうな程だった。

「なっ!?」

信じられない光景に、言葉を失った。
柔道の受け身のように見えたが、それでなぜ体が浮く!?
こんな事が腕力で可能なのか!?

最高点まで達すると体を一回転させ、筋肉の塊のような体のマルコスが、今度は勢いよく、まるで地震かと思う程のけたたましい衝撃を与え着地した。

足元から伝わる衝撃に姿勢を崩しそうになる。
石造りの床がマルコスの足元を中心に大きく砕けひび割れている。マルコスは左右に首を鳴らして回す。

「・・・おや?」

なにか違和感があったのだろうか。眉をひそめ口の中で舌を動かしている。
違和感の正体を突き止め吐き出した物は、マルゴンの歯だった。


「・・・上の歯が一本・・・駄目になってしまいました」


床に吐き出した自身の歯を見つめた後、マルゴンはゆっくりと俺に体全部で向き直った。
無言のまま自分の鼻筋に指を持っていくと、おもむろに曲がった鼻筋を掴み、元の位置を確認しながら合わせていく。

この間も鼻血はボタボタと垂れ落ちているが、まるで痛みを感じないかのようにマルゴンは無表情のままだった。

いつの間にか拳を握る手の平に汗をぐっしょりと掻いていた。

これまでマルゴンは、常に余裕を見せていた。大人に向かってくる子供をあやすような、常に上から余裕を持った態度だった。

だが、今、俺の目の前にいるマルゴンは全く異質だった。

以前マルゴンから感じた事のある、蛇に纏わりつかれるような気持ちの悪い不気味なプレッシャーが、体を蝕んでくる。

戦いによる汗とは、違う種類の冷たい汗が全身を伝い流れる。


まさか・・・まだ本気では無かったのか?


あの時の構えから感じたプレッシャーは、明らかに一段高いものだったが、それでもまだ本気ではなかったというのか?

やがて鼻の位置を整え終えたマルゴンは、両手のナイフを一度軽く振り血を払うと、これまでとは全く違う、殺意の炎が宿る眼差しを俺に向け、腹の底に響くような重く低い言葉を吐き出した。


「サカキアラタ・・・・・楽に死ねると思うなよ」
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

僕の家族は母様と母様の子供の弟妹達と使い魔達だけだよ?

闇夜の現し人(ヤミヨノウツシビト)
ファンタジー
ー 母さんは、「絶世の美女」と呼ばれるほど美しく、国の中で最も権力の強い貴族と呼ばれる公爵様の寵姫だった。 しかし、それをよく思わない正妻やその親戚たちに毒を盛られてしまった。 幸い発熱だけですんだがお腹に子が出来てしまった以上ここにいては危険だと判断し、仲の良かった侍女数名に「ここを離れる」と言い残し公爵家を後にした。 お母さん大好きっ子な主人公は、毒を盛られるという失態をおかした父親や毒を盛った親戚たちを嫌悪するがお母さんが日々、「家族で暮らしたい」と話していたため、ある出来事をきっかけに一緒に暮らし始めた。 しかし、自分が家族だと認めた者がいれば初めて見た者は跪くと言われる程の華の顔(カンバセ)を綻ばせ笑うが、家族がいなければ心底どうでもいいというような表情をしていて、人形の方がまだ表情があると言われていた。 『無能で無価値の稚拙な愚父共が僕の家族を名乗る資格なんて無いんだよ?』 さぁ、ここに超絶チートを持つ自分が認めた家族以外の生き物全てを嫌う主人公の物語が始まる。 〈念の為〉 稚拙→ちせつ 愚父→ぐふ ⚠︎注意⚠︎ 不定期更新です。作者の妄想をつぎ込んだ作品です。

貴族に生まれたのに誘拐され1歳で死にかけた

佐藤醤油
ファンタジー
 貴族に生まれ、のんびりと赤ちゃん生活を満喫していたのに、気がついたら世界が変わっていた。  僕は、盗賊に誘拐され魔力を吸われながら生きる日々を過ごす。  魔力枯渇に陥ると死ぬ確率が高いにも関わらず年に1回は魔力枯渇になり死にかけている。  言葉が通じる様になって気がついたが、僕は他の人が持っていないステータスを見る力を持ち、さらに異世界と思われる世界の知識を覗ける力を持っている。  この力を使って、いつか脱出し母親の元へと戻ることを夢見て過ごす。  小さい体でチートな力は使えない中、どうにか生きる知恵を出し生活する。 ------------------------------------------------------------------  お知らせ   「転生者はめぐりあう」 始めました。 ------------------------------------------------------------------ 注意  作者の暇つぶし、気分転換中の自己満足で公開する作品です。  感想は受け付けていません。  誤字脱字、文面等気になる方はお気に入りを削除で対応してください。

【完結】【勇者】の称号が無かった美少年は王宮を追放されたのでのんびり異世界を謳歌する

雪雪ノ雪
ファンタジー
ある日、突然学校にいた人全員が【勇者】として召喚された。 その召喚に巻き込まれた少年柊茜は、1人だけ【勇者】の称号がなかった。 代わりにあったのは【ラグナロク】という【固有exスキル】。 それを見た柊茜は 「あー....このスキルのせいで【勇者】の称号がなかったのかー。まぁ、ス・ラ・イ・厶・に【勇者】って称号とか合わないからなぁ…」 【勇者】の称号が無かった柊茜は、王宮を追放されてしまう。 追放されてしまった柊茜は、特に慌てる事もなくのんびり異世界を謳歌する..........たぶん….... 主人公は男の娘です 基本主人公が自分を表す時は「私」と表現します

「クズスキルの偽者は必要無い!」と公爵家を追放されたので、かけがえのない仲間と共に最高の国を作ります

古河夜空
ファンタジー
「お前をルートベルク公爵家から追放する――」それはあまりにも突然の出来事だった。 一五歳の誕生日を明日に控えたレオンは、公爵家を追放されてしまう。魔を制する者“神託の御子”と期待されていた、ルートベルク公爵の息子レオンだったが、『継承』という役立たずのスキルしか得ることができず、神託の御子としての片鱗を示すことが出来なかったため追放されてしまう。 一人、逃げる様に王都を出て行くレオンだが、公爵家の汚点たる彼を亡き者にしようとする、ルートベルク公爵の魔の手が迫っていた。「絶対に生き延びてやる……ッ!」レオンは己の力を全て使い、知恵を絞り、公爵の魔の手から逃れんがために走る。生き延びるため、公爵達を見返すため、自分を信じてくれる者のため。 どれだけ窮地に立たされようとも、秘めた想いを曲げない少年の周りには、人、エルフ、ドワーフ、そして魔族、種族の垣根を越えたかけがえの無い仲間達が集い―― これは、追放された少年が最高の国を作りあげる物語。 ※他サイト様でも掲載しております。

特殊部隊の俺が転生すると、目の前で絶世の美人母娘が犯されそうで助けたら、とんでもないヤンデレ貴族だった

なるとし
ファンタジー
 鷹取晴翔(たかとりはると)は陸上自衛隊のとある特殊部隊に所属している。だが、ある日、訓練の途中、不慮の事故に遭い、異世界に転生することとなる。  特殊部隊で使っていた武器や防具などを召喚できる特殊能力を謎の存在から授かり、目を開けたら、絶世の美女とも呼ばれる母娘が男たちによって犯されそうになっていた。  武装状態の鷹取晴翔は、持ち前の優秀な身体能力と武器を使い、その母娘と敷地にいる使用人たちを救う。  だけど、その母と娘二人は、    とおおおおんでもないヤンデレだった…… 第3回次世代ファンタジーカップに出すために一部を修正して投稿したものです。

【完結】悪役令嬢に転生したけど、王太子妃にならない方が幸せじゃない?

みちこ
ファンタジー
12歳の時に前世の記憶を思い出し、自分が悪役令嬢なのに気が付いた主人公。 ずっと王太子に片思いしていて、将来は王太子妃になることしか頭になかった主人公だけど、前世の記憶を思い出したことで、王太子の何が良かったのか疑問に思うようになる 色々としがらみがある王太子妃になるより、このまま公爵家の娘として暮らす方が幸せだと気が付く

魔力∞を魔力0と勘違いされて追放されました

紗南
ファンタジー
異世界に神の加護をもらって転生した。5歳で前世の記憶を取り戻して洗礼をしたら魔力が∞と記載されてた。異世界にはない記号のためか魔力0と判断され公爵家を追放される。 国2つ跨いだところで冒険者登録して成り上がっていくお話です 更新は1週間に1度くらいのペースになります。 何度か確認はしてますが誤字脱字があるかと思います。 自己満足作品ですので技量は全くありません。その辺り覚悟してお読みくださいm(*_ _)m

ちっちゃくなった俺の異世界攻略

鮨海
ファンタジー
あるとき神の采配により異世界へ行くことを決意した高校生の大輝は……ちっちゃくなってしまっていた! 精霊と神様からの贈り物、そして大輝の力が試される異世界の大冒険?が幕を開ける!

処理中です...