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62 叫び

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カリウスの強さは圧倒的だった。
マルゴンに敗れたとはいえ、一度は治安部隊の頂点に立った男である。
自分より10cmは背の高い、身長190cmのヤファイを全く寄せ付けず、一方的に斬り付けていた。

防御に徹したヤファイは、かろうじて急所は避けていたが、すでに血まみれだった。
決定打を受けないにしても、このままでは出血によって倒れる事は時間の問題だった。

「・・・一階が騒がしいですね・・・ヴァンさんに何かあったのでは?」

二人の裏切りは間違いない。そして、ヴァンを先に行かせた事で、なにか急いでいる事も察せられた。
ヤファイの言葉はカリウスの焦燥感を煽るものだった。

カリウスのナイフが止まる。その表情を見てヤファイは確信した。

やはり二人は時間と戦っている。

今一階に行く目的はなんだ?一階では今マルコス隊長が・・・ヴァンはサカキアラタの隣の牢だ・・・そしてカリウスはマルコス隊長に反発している・・・そうか。


「・・・急がないと、サカキアラタが死んでしまうかもしれませんね」

カリウスの目に焦りが浮かんだ。一気に決着をつけようと、それまでの慎重な姿勢から一転し、大振りにヤファイの喉元目掛けてナイフを振るった。

ヤファイに勝機が出た。ヤファイは姿勢を低くし、カリウスの懐に飛び込んだ。

それは三年前、カリウスがマルコスに敗れた時と同じ状態だった。

三年前はこの時、マルコスの拳を腹に受けたカリウスが後ろを取られ敗北している。
だが今回は違った。


懐に潜り込んだヤファイの顎が跳ね上がる。

カリウスの膝だった。
カリウスはヤファイの行動を読んでいた。自分を焦らせようとするヤファイの策にあえて乗り、懐に飛び込んで来たところを、膝で跳ね上げたのだ。

カリウスはそのままヤファイの後ろを取ると、左手を腰の後ろに捻り上げ組み伏せた。

「マルコスとの闘いを参考にしたのか?あいにく対策はしてあるよ」

「ぐぅ・・・俺の、負けです・・・さぁ、殺してください」

カリウスはヤファイの腕を離した。背中を押さえる圧力が消え、ヤファイは驚き振り返った。


「ヤファイ、お前を、お前達をこうさせてしまった事は全て俺の責任だ・・・すまなかった」

カリウスは頭を下げた。

信じられない光景だった。

ヤファイは愕然とし、何も答えられなかった。

ただ、胸に込み上げる、怒りとも悲しみともつかない感情をどうすればいいか分からず、強く握り締めた拳を力任せに壁に叩きつけた。


「うあぁぁぁぁぁぁーっつ!」


ヤファイは叫んだ。喉が裂ける程叫んだ。

やがて声が枯れるとカリウスに背を向け、距離を空け戦いを見ていた隊員達に向かって口を開いた。

「・・・全員聞け、下ではアンカハスやマルコス隊長が戦っているだろう。どのような状況であろうとも手だしは許さん。おそらく我々の今後を左右する事になるだろう・・・行きたい者は行って見て来い」

「ヤファイ・・・」

ヤファイは振り返らなかった。隊員達も誰も口を開かず、ヤファイとカリウスに視線だけ向けると、一人、また一人と階段を下りて行く。


「・・・カリウスさん、あなたも行ってください。俺はもう分からない・・・一人にしてください」

ヤファイの背中には、全てを拒絶する意思が見えた。ヤファイ自身、どうしていいのか分からない。

カリウスはかける言葉が見つからなかった。黙ってヤファイの後ろを通り、階段を下りていく。


カリウスの足音が遠ざかり、フロアに誰もいなくなると、ヤファイは背中から倒れた。

出血が多く、とても立っていられなかったが、カリウスの前で、隊員達の前で、倒れる訳にはいかなかった。
俺に止めを刺さない甘い男と、俺に付いてきてくれた隊員達、どちらもきっと俺を助けようとするだろう。

今、下で繰り広げられている戦いは、全員が立ち合わなければ駄目だ。

その目に焼き付けなければならない。
どのような結果になるとしても、隊の今後を決定付ける戦いなのだから・・・

ヴァンとカリウスは、きっとサカキアラタに懸けたんだ・・・あの男にはなにかある・・・
取り調べで痛めつけながら、内に秘めるなにかを感じていた。

おそらくマルコス隊長の相手はサカキアラタ・・・今日、ヴァンとカリウスはその場を作るために、こんな脱出を図ったんだろう。


「・・・俺は・・・」

カリウスのせいにする事は簡単だ。
だが、決めたのは自分自身だ・・・あの時、マルコスに付かなければ・・・
いや、もっと前、カリウスが負けた時、俺が、俺達がもっと支えてやれば良かったんだ・・・


カリウスは今日、全ての責任を背負い向かってきたのだろう・・・

俺はどうだ?俺は・・・何もしなかった・・・


後悔の念を抱いたままヤファイの意識は薄れていった。
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