上 下
58 / 1,253

58 アラタ 対 マルゴン

しおりを挟む
一瞬の内に距離を詰められ、マルゴンのナイフが俺の左肩目掛けて振り下ろされた。

やはり踏み込みの速さが尋常じゃなく速い!瞬きすら命とりになる!

体を後ろに仰け反らせ、ギリギリ躱したつもりだったが、肩口から胸にかけて僅かに鋭い痛みが走る。

痛みに動きが鈍る。その遅れをマルゴンは見逃す事はなかった。

後ろに大きく仰け反った無理な体制で躱したため、迫りくるマルゴンの左のナイフを避ける事は不可能だった。ナイフは俺の右の脇腹目掛け、横なぎに振るわれる。

「くっ!」

躱す事はできなくても、当てる事はできる。

俺は右拳を、迫りくるマルゴンの左手首目掛け、振り払うように打ち込んだ。
重い感触だった。まるで岩山に拳を打ち付けたような、重く跳ね返されるような感覚が拳から伝わってきた。
だが、それでも一瞬左手の動きを止め、僅かにマルゴンの体制を崩す事はできた。

「ほぅ!よく止めました!」

バックステップで大きく後ろに飛び、マルゴンと距離を開けたが、マルゴンも一瞬で距離を詰めて来る。
なんだこの踏み込みは!?早すぎる!

引き離す事ができず、苦し紛れに下がりながら左ジャブを打とうとすると、マルゴンの右手がピクリと反応した。

駄目だ!おそらくジャブを打てば、その手を切り落とされる。一瞬の躊躇いがマルゴンに攻撃の隙を与える。


「突きとはこうするのです!」

順手で持ったナイフを、真っすぐストレートに刺してくる。それは特段変わった突きではなかった。

だが、信じられない・・・俺が見てきたボクシングのジャブ以上に速かった。
小細工無しに純粋に技の練度が違うのだ。


俺の身体能力がこの世界に来た事で大幅に上がってなければ、絶対に躱すことはできなかった。

マルゴンが繰り出した右の突きは、俺の左目をあと数ミリで抉っていた。
汗が吹き出し、動悸が波打つように早くなる・・・

左の目尻からこめかみにかけて熱い痛みを感じる。血が流れていくのを感じる。

今は何とか反応できた。だが、次に同じ突きを出されて、もう一度躱せるか?
フェンテスのナイフ捌きは、マルゴンと同レベルと聞いていたが、冗談じゃねぇ・・・桁違いだ。


更に大きく後ろに飛び距離を取ったつもりだったが、背中が壁にぶつかり、それ以上距離を開ける事ができない。マルゴンがゆっくりと距離を詰めて来る。それに合わせて壁伝いに左に寄って行くと、肩がぶつかり、壁際に追い込まれた事が分かる。ボクシングで言うところのコーナーポストに追い詰められた状態だ。

迎え撃つしかない。俺は覚悟を決め、体を正面に構え、両足を開き少し腰を落とした。


「・・・マルゴン、一つ聞きたい」

俺が覚悟を決めたのを見てとったのか、一瞬マルゴンの足が止まったところで問いかけた。

「なんでしょうか?サカキアラタ」

なにか聞かれる事を予想していたように、マルゴンは滑らかに返事を返してきた。
そう、おそらくマルゴンもその名を出せば、必ず問われる事は分かっていただろう。


「なぜ、村戸さんを知っている?お前がさっき言っていた村戸修一さんだ」

「フフフ・・・そうですか。やはり知っていましたか。あなたはムラトシュウイチと同じですからね。いいでしょう・・・私はね、10年前に彼と一度戦った事があるんです」

「なんだと!?」

今、戦ったと言ったのか?村戸さんと戦っただと?どういう事だ?村戸さんもこっちの世界に来ているという事か?だが10年前・・・?

俺がこっちに来てまだ三ヶ月足らずだ。仮に村戸さんが、あの日俺と同じくこっちに来る事になったとしても、計算が合わない・・・一体何が起こってる?

混乱している俺に、マルゴンは言葉を紡いだ。

「サカキアラタ、私の目的は、本気のあなたと戦う事なのですよ。ムラトシュウイチと同じ力を持つあなたとね。そしてそれは、命がけでなければなりません。半端な覚悟では意味が無い。私は目的を果たしましたが、あなたはどうやらムラトシュウイチの事を知っていても、現在のムラトシュウイチの事はご存じないようですね?これ以上の事が知りたければ、私を倒してごらんなさい?」


マルゴンは右足を少し前に出すと、右半身をやや斜めの半身にし、右手のナイフを腰の辺りでゆらりゆらりと前後に軽く揺らし始めた。
左手は腰の後ろにナイフを隠すように構えており、こちらから動きが読みにくい。

妙な構えだが隙が全く無い。そして静かだが背筋が凍り付くような殺気を体にぶつけられる。

これがマルゴンの本気だと、体で感じる事ができた。

汗が止まらず頬から顎へ、顎から首を伝い流れていく。
とても自分より15cmは背の低い男だと思えなかった。いや、むしろ自分よりはるかに大きく見える。

とてつもないプレッシャー、殺気に当てられているからだろうか・・・唾を飲みこむ音がやけに大きく響く・・・

これほどとは・・・だが、引くわけにはいかない。絶対に負けられない。
弱気になるな・・・心を強く持て!俺は絶対に勝たなきゃならない・・・絶対に勝つ!


やってやる・・・マルゴンのナイフがいかに速く鋭くても、自信を持て!今の俺なら見切れるはずだ!何十発、何百発、何千発の斬撃が来ても・・・全弾撃ち落としてやる!


「・・・良い目です。それでこそ、私が見込んだ男です」

マルゴンは笑った。

アンカハスを圧倒し、ここまで自分の攻撃を凌いでいるアラタは、自分と見合うだけの力量を持った相手だった。
そして、アラタは10年に渡り求めていた、村戸修一と同じ力を持つ相手だった。

待ち望んだ強者を前に、マルゴンは喜びを隠しきれず笑った。


「いきますよ!サカキアラタァッツ!」


マルゴンのナイフがアラタの心臓目掛け、最短の距離を走った。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

貴族に生まれたのに誘拐され1歳で死にかけた

佐藤醤油
ファンタジー
 貴族に生まれ、のんびりと赤ちゃん生活を満喫していたのに、気がついたら世界が変わっていた。  僕は、盗賊に誘拐され魔力を吸われながら生きる日々を過ごす。  魔力枯渇に陥ると死ぬ確率が高いにも関わらず年に1回は魔力枯渇になり死にかけている。  言葉が通じる様になって気がついたが、僕は他の人が持っていないステータスを見る力を持ち、さらに異世界と思われる世界の知識を覗ける力を持っている。  この力を使って、いつか脱出し母親の元へと戻ることを夢見て過ごす。  小さい体でチートな力は使えない中、どうにか生きる知恵を出し生活する。 ------------------------------------------------------------------  お知らせ   「転生者はめぐりあう」 始めました。 ------------------------------------------------------------------ 注意  作者の暇つぶし、気分転換中の自己満足で公開する作品です。  感想は受け付けていません。  誤字脱字、文面等気になる方はお気に入りを削除で対応してください。

僕の家族は母様と母様の子供の弟妹達と使い魔達だけだよ?

闇夜の現し人(ヤミヨノウツシビト)
ファンタジー
ー 母さんは、「絶世の美女」と呼ばれるほど美しく、国の中で最も権力の強い貴族と呼ばれる公爵様の寵姫だった。 しかし、それをよく思わない正妻やその親戚たちに毒を盛られてしまった。 幸い発熱だけですんだがお腹に子が出来てしまった以上ここにいては危険だと判断し、仲の良かった侍女数名に「ここを離れる」と言い残し公爵家を後にした。 お母さん大好きっ子な主人公は、毒を盛られるという失態をおかした父親や毒を盛った親戚たちを嫌悪するがお母さんが日々、「家族で暮らしたい」と話していたため、ある出来事をきっかけに一緒に暮らし始めた。 しかし、自分が家族だと認めた者がいれば初めて見た者は跪くと言われる程の華の顔(カンバセ)を綻ばせ笑うが、家族がいなければ心底どうでもいいというような表情をしていて、人形の方がまだ表情があると言われていた。 『無能で無価値の稚拙な愚父共が僕の家族を名乗る資格なんて無いんだよ?』 さぁ、ここに超絶チートを持つ自分が認めた家族以外の生き物全てを嫌う主人公の物語が始まる。 〈念の為〉 稚拙→ちせつ 愚父→ぐふ ⚠︎注意⚠︎ 不定期更新です。作者の妄想をつぎ込んだ作品です。

「クズスキルの偽者は必要無い!」と公爵家を追放されたので、かけがえのない仲間と共に最高の国を作ります

古河夜空
ファンタジー
「お前をルートベルク公爵家から追放する――」それはあまりにも突然の出来事だった。 一五歳の誕生日を明日に控えたレオンは、公爵家を追放されてしまう。魔を制する者“神託の御子”と期待されていた、ルートベルク公爵の息子レオンだったが、『継承』という役立たずのスキルしか得ることができず、神託の御子としての片鱗を示すことが出来なかったため追放されてしまう。 一人、逃げる様に王都を出て行くレオンだが、公爵家の汚点たる彼を亡き者にしようとする、ルートベルク公爵の魔の手が迫っていた。「絶対に生き延びてやる……ッ!」レオンは己の力を全て使い、知恵を絞り、公爵の魔の手から逃れんがために走る。生き延びるため、公爵達を見返すため、自分を信じてくれる者のため。 どれだけ窮地に立たされようとも、秘めた想いを曲げない少年の周りには、人、エルフ、ドワーフ、そして魔族、種族の垣根を越えたかけがえの無い仲間達が集い―― これは、追放された少年が最高の国を作りあげる物語。 ※他サイト様でも掲載しております。

【完結】悪役令嬢に転生したけど、王太子妃にならない方が幸せじゃない?

みちこ
ファンタジー
12歳の時に前世の記憶を思い出し、自分が悪役令嬢なのに気が付いた主人公。 ずっと王太子に片思いしていて、将来は王太子妃になることしか頭になかった主人公だけど、前世の記憶を思い出したことで、王太子の何が良かったのか疑問に思うようになる 色々としがらみがある王太子妃になるより、このまま公爵家の娘として暮らす方が幸せだと気が付く

【完結】【勇者】の称号が無かった美少年は王宮を追放されたのでのんびり異世界を謳歌する

雪雪ノ雪
ファンタジー
ある日、突然学校にいた人全員が【勇者】として召喚された。 その召喚に巻き込まれた少年柊茜は、1人だけ【勇者】の称号がなかった。 代わりにあったのは【ラグナロク】という【固有exスキル】。 それを見た柊茜は 「あー....このスキルのせいで【勇者】の称号がなかったのかー。まぁ、ス・ラ・イ・厶・に【勇者】って称号とか合わないからなぁ…」 【勇者】の称号が無かった柊茜は、王宮を追放されてしまう。 追放されてしまった柊茜は、特に慌てる事もなくのんびり異世界を謳歌する..........たぶん….... 主人公は男の娘です 基本主人公が自分を表す時は「私」と表現します

【完結】私だけが知らない

綾雅(りょうが)祝!コミカライズ
ファンタジー
目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。 優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。 やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。 記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。 【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ 2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位 2023/12/19……番外編完結 2023/12/11……本編完結(番外編、12/12) 2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位 2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」 2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位 2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位 2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位 2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位 2023/08/14……連載開始

ああ、もういらないのね

志位斗 茂家波
ファンタジー
……ある国で起きた、婚約破棄。 それは重要性を理解していなかったがゆえに起きた悲劇の始まりでもあった。 だけど、もうその事を理解しても遅い…‥‥ たまにやりたくなる短編。興味があればぜひどうぞ。

他国から来た王妃ですが、冷遇? 私にとっては厚遇すぎます!

七辻ゆゆ
ファンタジー
人質同然でやってきたというのに、出されるご飯は母国より美味しいし、嫌味な上司もいないから掃除洗濯毎日楽しいのですが!?

処理中です...