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55 一撃

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9時になった。いつも通り時間丁度にマルゴンが入って来る。

今日はアンカハスと一緒だった。ヤファイはおそらく取り調べの部屋で待機しているのだろう。

マルゴンは一人で行動する事は無い。
フェンテス、アンカハス、ヤファイの誰かを必ず共に連れている。最近はフェンテスを外しているが、今日はどうだろうか。連れて行かれた先で、フェンテスが待っている事を信じるしかない。

俺の牢の前に来ると、鍵を開ける前に俺の手を魔道具で拘束する。
そして鍵を開けて連れて行くのがいつものやり方だ。

「サカキアラタ、今日は素直に話してくれる事を期待しています」

マルゴンのお決まりの言葉だ。毎回俺の顔を見る度にこう話す。

「いつも素直に話してんだけどな」

俺も決まってこう返す。意味の無いやり取りだ。

ヴァンの牢の前を通る。今日はヴァンには目を向けない。ヴァンも藁に寝そべって、感心の無い様子を見せている。

独房を出る。俺を挟んでアンカハスが前を歩き、マルゴンが後ろ。目の前の階段をゆっくりと降りる。

2階に着くと隊員とすれ違う事が多い。マルゴンとアンカハスの顔を見ると、皆一様に姿勢を正し、挨拶をする。マルゴンがいなくなるまで姿勢が崩れる事はなく、その間はひりついた緊張感が漂う。マルゴンの恐怖政治とも言えるやり方が透けて見える。

おそらくヴァンとカリウスも、ここで隊員の誰かには会うだろう。その時スムーズに離れることができればいいが、ここで足止めをくらう可能性は十分ある。

フェンテスがいれば、まだ二人で戦えるが、最悪の場合は俺一人で戦うしかない。俺は腕の拘束に目をやる。
昨夜、寝る前にヴァンから最悪の事態も考えておけと言われていた。

最悪の事態とは、拷問部屋にフェンテスがおらず、ヴァンもカリウスも間に合わなかった場合だ。

拘束を自力でなんとかして、マルゴン、アンカハス、ヤファイの三人を相手にしなければならないかもしれない。

ヴァンは頭に最悪の事態を想定しているだけで、いざそうなった場合に対応できるかできないかハッキリと差が出ると話していた。

拘束は人に外してもらう事が一番簡単なのは間違いないが、自分で外すとなると刃物が最適らしい。

魔道具とは言っても結局は縄なので、刃物で切る事はできるとヴァンは話していた。最悪の場合は、アンカハスからでもマルゴンからでも、なんとかナイフを奪うなりして外すしかない。

一階に着くと、やはりカリウスの予想通り、通路半ばのいつもの部屋を通り過ぎ、一番奥の部屋へ連れて行かれた。アンカハスが、硬く重そうな鉄の戸を引いて、中に入れと俺を促す。



一目で拷問部屋だと分かった。
薄暗く、石造りの壁には無造作に剣や斧が立て掛けられており、拭き取ってはいるのだろうが、黒く変色した血の跡らしきものが目に付く。

ペンチ、ハサミ、のこぎりもあった。これらもどれも赤黒く変色しており、繰り返し何度も使用した事が見て取れる。

そしてこの部屋は匂いが違った。この部屋が何年使われているのか分からないが、それなりに長い年月が経っているのだろう。

俺のいた独房も空気は悪かったが、この部屋はなんと言うか、体が蝕まれるような空気だった。


「サカキアラタ、ご想像の通りです。この部屋は怖いですよ」


後ろからマルゴンの声が聞こえる。低く重く、どこか悲しみを含んだような声色だった。
こいつは本当にやる・・・直感で分かった。声に含まれる悲しみの色は、これから悲惨な目にあう俺を、本当に哀れに思っているからだろう。
国のためという大義があれば、こいつはどんな残酷な事でも平気でやる。
歪んだ正義感の塊なんだ。



いつの間にか汗を搔いていた。頬を伝う汗が首筋を流れていく。心臓の鼓動が早く、口の中が乾く、俺は恐怖を感じているのか?


フェンテスはどこだ?部屋を見渡してもフェンテスの姿がない。想定していた最悪の事態に本当になったのか?俺はここで一人で戦うのか?ヴァンとカリウスは間に合うのか?

心の準備はしてきたつもりだった・・・だが、凶器を目にしたからか?想像してしまったからか?
このままだと自分がどんな目にあわされるのか・・・思考がまとまらなくなってきた。

手の拘束は解けるのか?これで戦えというのか?俺はここで何をされるんだ?

そうだ。なぜ俺はこんな目にあっている?ほんの二、三カ月前まで、俺は平凡でも普通に生活していたじゃないか?
村戸さんがいて、弥生さんがいて、ウイニングで深夜のバイトをして、そりゃ家では居場所がなかったけど、普通に生活していたじゃないか。

こんな・・・こんなところで、これから何をされるんだ?
あの血のこびり付いた剣はなんだ?あれで俺を斬るのか?
あのハンマーで俺を殴るのか?
拷問だって?なんで俺が・・・俺は普通に、ただ普通に生きたいだけだ・・・なんでこんなところで、こんな拷問を受けなければならない・・・日本に帰りたい、帰りたい、帰りたい・・・



「さぁ、いつまで突っ立てるんです?お入りなさい」

俺の恐怖を感じ取ったのだろう。哀れみを込めた低い声で呟き、マルゴンが俺の背中を強く押した。

呆然としていた俺は、そのまま前のめりに倒れてしまう。
受け身すら取れない俺を見て、マルゴンは苛立ちを込めた言葉を俺にぶつけてきた。


「サカキアラタ!何をしているのです!?あなたはもっと堂々としていたではありませんか?この部屋を見てご自分の運命を悟り、心が折れてしまったのですか!?なんという事でしょう!私はあなたはもっと強いと思っていたのですが、買い被りだったようです・・・でも、しかたありません。国のために痛みは必要なのです」


マルゴンが後ろから俺の頭を掴み、無理やり引き起こす。


引き起こされた反動で顔になにかが当たった。透明な石の付いたネックレス・・・
首から下げていたカチュアのネックレスだった。


俺は帰りたい・・・


「サカキアラタ、あなたにはあのイスに座ってもらいます」

目の前には赤いイスがあった。4本脚で背もたれのあるごく普通のイスに見える。

「あれは、先日届いたばかりのイスなのですが、もちろんただのイスではありません。あれも魔道具です。座ると重力波が出ましてね、対象者は指1本動かす事ができなくなります。
やろうと思えば、重力操作で腕でも足でも押しつぶす事もできるんです。あなたはあれに座るんです。そして私とお話しをしましょう」

マルゴンは俺の頭を掴んだまま、イスを指さし説明を始めた。しかし、俺の耳には入っても、頭には入ってこなかった。俺は自分の首に下がるネックレスを見ていた。カチュアの声が聞こえる気がした。



・・・アラタ君、きっとアラタ君は辛い気持ちをいっぱい心に閉まってたんだね

・・・気付いてあげられなくてごめんね

・・・私じゃ頼りないと思うけど、話し聞くよ。誰かに話すと、楽になる事もあると思うよ

・・・これ、私の宝物なの。アラタ君に貸してあげる

・・・絶対、返してね・・・返しに、来てね・・・


・・・アラタ君!私、待ってるから!ずっと、ずっと待ってるから!


俺はカチュアのところに帰る!


両手を握り締め、振り向きざまにマルゴンの顔面を殴りつけた。

「ぐぅっ!」

まともに顔面に入った。この状況での俺の反撃は頭の片隅にも無かったのだろう。マルゴンはそのまま真後ろに倒れる。

一つ深く呼吸をする。なにを怖がっている・・・そうだ、想定していた最悪の事態になったというだけだ。いや、ヤファイがいない分、まだ楽だと言えるじゃないか。戦う心構えは作ってきたはずだ。

俺は立ち上がり、倒れているマルゴンを睨みつけた。

「やってやる!マルゴン!今日この場でお前を倒して俺は帰る!」

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