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53 彼氏彼女

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9月も中旬に差し掛かってくると、残暑も薄れてくる。頬に当たる風がとても気持ちいい。

アラタが連れて行かれて2週間が立った。
この日、私はカチュアを連れて協会へ向かい歩いていた。

朝9時の開店前、私とカチュアは皆に挨拶をして店を出た。
店から協会までは、街の大通りを抜けると着く。
女の足でも、20~30分程度の距離だ。

やはりこの街は美しいと思う。通りには沢山の花が咲き誇り、街に彩りを与えてくれる。
赤レンガの家が多く、夕暮れに時には町全体が夕焼け色と同じに染まり、一体感に感動すら覚える。

カチュアは立ち直ったと思う。アラタを心配しているし、仕事をしていても時折寂し気な表情は見せるが、ただ待つだけではなく、今自分にできる事を頑張ろうという、前向きな気持ちを持てるようになったように見える。

「レイチェル」

「ん?なんだい?」

「ありがとう」

「急になんだい?お礼言われる事なんて、何もしてないよ」

「いっぱいもらったよ。私、レイチェルの事大好きだよ」

「・・・照れるね。そういう言葉はアラタに言ってやりなよ」

ほっぺたを指でつつくと、カチュアは少し赤くなって俯いてしまった。
こういうやりとりができる事は良い傾向だ。

「さて、着いたか。おーい、そこの番兵さん、私の事覚えてる?」


協会の門の前には、前回と同じ番兵が立っていた。
アローヨが吹っ飛ばした鉄格子の門もすっかり元に戻っている。とても修理できるとは思えなかったので、新しい門を調達してきたのだろう。

番兵は私と目が合うと、唇を噛みしめ、眉間には思い切りシワを寄せ、露骨に迷惑そうな顔をした。

「やぁ、良い天気だね。私の事覚えてるかい?」

「赤い髪の疫病神・・・何しに来た?」

「傷つくね。今日もアラタに面会を申し込みに来たんだよ」

すると番兵はわざわざ深く息を吸い込んで、思い切り溜息を付いた。

「おまえなぁ~、前回マルコス隊長に言われただろ?そいつに限らず、面会は誰であってもできない。
分かったら帰れよ。お前のせいでこっちは散々だったんだぞ」

番兵は前回アローヨが破壊した門の後始末や、新しい門の設置でいかにコキ使われたかを、身振り手振りを交え、ぐちぐちと語って聞かせてきた。


「分かった分かった、分かったからちょっと落ち着こうか?まぁ、私達も断られると思って来たんだ。でもさ、遠くからでいいんだ。一目見る事はできないかい?私たちはここから動かない。アラタは2階や3階の窓から、顔を出してくれるだけでいい。なにもできやしないよ。一目見るだけさ」

「無理だ無理だ。囚人は取り調べ以外では一歩も牢から出ることはない。諦めて帰れ」

面倒そうに首を振り、早く帰れと手で追い払ってくる。取り付く島もない。

「お願いします。本当に一目でいいんです。アラタ君に取り次いでもらえませんか」

それまで私の後ろにいたカチュアが一歩前に出た。
物怖じせず、ハッキリとした口調で自分の意思を伝える様子に、もう大丈夫そうだなと安心できる。

ずっと私の後ろにいたから、あまり目に入らなかったのだろう。
それまで私と話していた番兵は、カチュアが前にでると少し驚いた様子で口ごもった。

だが、次の言葉はあまりに予想外で、私もカチュアも固まった。

「え、えぇっとぉ・・・あ~、あれなの?その、アラタってキミの彼氏?」

半分笑っているような、その半分困っているような、なんとも言えない顔で、番兵はカチュアの顔を見ている。カチュアは完全に固まっている。目は点になり、口は半分開いたままだ。


「あ!ちょっ、ちょっとまっててね~・・・」

一瞬早く我に返った私は、カチュアを引きずるようにして番兵から見えない場所まで離れた。


「・・・え?レイチェル・・・あれだよね?面会に必要だから、どういう関係か聞かれただけだよね?」

協会の門から少し離れた曲がり角で、番兵から見えないように隠れた。カチュアは怯えるように眉尻を下げて私に同意を求めて来た。

残念ながらそうではないだろう。わざわざ彼氏に会いに来たのか?と、からかう調子ではなかったし、なんとも言えない顔だったが、彼氏じゃないと否定を望んでいるように見えた。

あの番兵、カチュアに一目惚れか?


「あのさ、カチュア、どうしようか?多分ね、多分だよ?カチュアが彼女ですって言うと、あの人アラタに取り次ぎしないと思うんだ」

なるべくハッキリ言わず、すごく遠回しにカチュアに気があるように伝えてみる。
カチュアはすごく困った感が顔全面に出ている。

「それでね、仮にね、仮にだからね?私がアラタの彼女って事にして話したら、あの人も気を良くして、アラタに会えるよう何としてくれるかもしれないかなって。どうだい?」

「・・・う~、でもそれだと、私がフリーでしょ?あの人ぐいぐい来たらどうするの?」

「う・・・そうだよね。困った・・・どうしよう」

二人で頭を抱えていると、ふいに後ろから声をかけられた。

振り返ると、金色の髪をした愛嬌のある男の子が立っていた。少し背が低いが、顔立ちをみると12、13歳くらいには見える。
男の子は、自分の背の半分くらいありそうな大きなゴミ箱を持っており、ゴミ出しに外に出ている事が伺える。


「こんなところでどうしたんですか?ここは、協会の敷地内ですよ?」

ダークブラウンの半袖Tシャツの胸に、治安部隊を表す、お城と教会の刺繍が入っているところを見ると、この子も隊員なのだろう。

「えっとね、ちょっと面会したい人がいて、番兵さんに話したんだけど、なかなか気難しい人みたいだね」

黙っているのも変なので、嘘は付かずに当たり障りなく答えてみる。このくらいの年齢なら治安部隊の見習いかな。
この子に頼んでみても、見習いでは全く話を通すことはできないだろう。でも、伝言くらいならなんとかなるかな。そう考えていると、男の子は思いもよらない言葉を口にした。


「もしかして、アラタさんのお友達の、レイチェルさんとカチュアさんですか?」

男の子は、思い付いたように人差し指を立てると、私達の顔を交互に確認するように見た。

「え?今、アラタって言ったよね?あなたアラタの知り合い?」

驚いた。まさかアラタの名前が出るとは思わなかった。カチュアもびっくりしたようで口を押さえている。
私達の名前まで知っているんだ。どういう関係か分からないけど、ここに連れて来られて、プライベートを話す仲になったのだろう。
それなら、少なくとも私達に友好的ではあると思う。


「いえいえ、そんな知り合いだなんて薄い関係ではありませんよ。友達です。いや待てよ・・・親友と言っても・・・」

男の子は急に一人でぶつぶつ言い出した。なんだか変わった子だが、アラタの事を良く思っているのは伝わってきた。

「分かった分かった。アラタと仲良しなんだね?それなら丁度良かったよ。頼みたい事があるんだ。話聞いてもらえるかい?」

男の子はエルウィン・レブロンと名乗った。12歳というが、考え方がしっかりしていて、大人びた子だなと思った。
だが、アラタの事になるとちょっと熱が入り、軽く引いてしまった。


どうやら、フェンテスのナイフを止めたというのが効いているようだ。
マルコスはフェンテスの上司だけど、マルコスには憧れないのか聞いてみると、一般の人が止めたからすごいんです!と力説された。よく分からないこだわりだ。

事情を説明すると、やはり遠くから見るのも無理だと言うが、伝言は快く引き受けてくれた。
私は月並みだが、励ましの言葉を。
カチュアはいざ話すとなると、なかなか言葉が出てこないようだった。でも今一番伝えたい言葉をなんとか声にだした。体に気を付けて、と・・・


エルウィンは、アラタは元気にしていると言っていたが、多分無傷という訳ではないだろうと思った。
私達、特にカチュアを気遣っての言葉だと思った。

頭の良さそうな子なので、話を聞く私とカチュアの様子から、なにか感じるものがあったのだろう。
心の中でエルウィンの優しさに感謝した。

私はエルウィンに店の名前と場所を告げ、なにかあったら教えて欲しいと伝えた。

エルウィンは、分かりましたと頷いた後、ゴミ出しは自分の仕事だから、だいたい毎朝10時前くらいにはここを通り、裏のゴミ捨て場に行く言う。
何かあったらその位の時間に来てくださいとも言ってくれた。

本当はアラタに一目会いたかったが、これ以上は望めないだろう。私達はエルウィンにお礼を言って、そのまま店に帰る事にした。エルウィンという協力者ができたのは、本当に大きかったと思う。

カチュアも、伝言を受けてもらえただけでも十分だよ、と言って微笑んでくれた。

アラタ、皆キミの帰りを待っているよ。また来るからね・・・

待たせている番兵の事は、一瞬頭をよぎったがどうでもいいので頭から追い出した。
一生待ちぼうけしてればいいと思う。

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