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51 命の保証

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「オレの魅力を理解できない女が悪い!」

アローヨは叫びながら鉄格子の門に体を突っ込ませた。その衝撃に鉄格子は耐えきれず大きく曲がり、鍵の壊れた開閉式の門は、左右に弾け飛んだ。

レイチェルはアローヨの踏み足の鋭さを見ると、一瞬早く後ろに飛び退いていた。
目の端を、弾け飛んだ門が音を鳴らしながら転がっていく。

アローヨは突っ込んだ勢いそのままに、レイチェルに向かって肘を突き出し、一層加速して向かってきた。

「理解できる魅力が無いんだよ」

私は腰のベルトに下げていた円形の鉄の棒を掴むと、アローヨに向かって勢いよく振り抜いた。

ナイフもあるが、話し合いが目的だし、できれば殺しはしたくない。
痛い思いをしてもらって、大人しく要求を呑んでくれればいい。

20cm程だった棒は、振り出された勢いで一回り細い同形の棒が中から伸び出し、その長さを倍にすると、アローヨの顔面を真横にとらえ打ち抜いた。

アローヨの向かってくる勢いと、振り抜く力が合わさって、その威力は凄まじいものだった。

アローヨの鼻からは血が噴水の如く吹き出し、大きく顔を仰け反らせ声にならない叫びを上げている。顔を押さえる両手の指の隙間からは、少し粘度のある血が流れ落ちていく。


「どう?まだやるかい?私はごめんなさいして、アラタに面会させた方がいいと思うけどね?」

「お、おんなぁ!オレを本気で怒らせたな!」

アローヨは右腰に下げていたナイフを取り出すと、左手を前に出し半身に構えた。
左手で私を押さえ、右のナイフで確実に仕留めるつもりだろう。

私は鉄の伸縮棒、バトンを持った右手を斜め下に下げた。バトンの先はアローヨの首筋に狙いを付けていた。軽く両膝を曲げ、少し後ろに引いた左足は、瞬時に跳べるよう爪先立ちでバネをためている。

空気が張り詰める。

目の前の敵、アローヨは意外にクレバーな男だと思った。

最初こそ私の挑発に乗り、力任せに突っ込んできたが、手痛い一撃をくらった後、私の構えを見るなり急に眼付きが代わり、落ち着きを取り戻した。

間合いを計り、仕掛ける隙を探っている。私も迂闊に飛び込めず、互いに睨みあう膠着状態になっている。ただの力自慢の馬鹿ではないようだ。


「そこまでです」

ふいに割って入る声に、私もアローヨも視線を切り、声の主に顔を向ける。
協会の玄関口から歩いてくる男は、治安部隊隊長マルコス・ゴンサレス。のんびりとした調子で、ゆっくりと歩を進め近づいてくる。

アローヨの激怒した姿に腰を抜かしていた番兵も、マルコスの姿を見るなり立ち上がり、背筋を伸ばし姿勢を正す。

「隊長、邪魔しないでくださいよ。俺はこの女に鼻つぶされてんです。このままじゃ下がれねぇ」

アローヨはマルコスを一瞥すると、すぐに私に向き直り、あらためてナイフを構えた。

だが、その手をマルコスが握ると、途端に表情を引きつらせた。

マルコスの手は、アローヨの手をそのまま潰しそうな程食い込んでおり、アローヨはナイフを落とし、痛みに顔を歪め、左手でマルコスの手を離そうともがいている。

「アローヨ、もう一度だけ言いましょう。ここまでです。下がりなさい」

「・・・分かりました」

マルコスが手を離すと、アローヨは私を一睨みだけしたが、何も言わずにナイフを拾い、そのまま協会の敷地内に走って行った。
マルコスに掴まれていた腕は一瞬だけ見えたが、赤紫色に変色し、手の跡がハッキリと残っていた。

「さて、レイチェル・エリオット、ここに来た用件は想像できます。サカキアラタを解放しろ・・・ですね?」

「その通り。アラタがここに連れられてもう6日目です。もう取り調べは十分なんじゃないんですか?」

私はバトンを戻し腰に収めると、一歩距離を詰めた。
マルコスは口の端を上げ、笑みを作ると、大げさに何度も頷きながら話し始めた。

「えぇ、えぇ、もちろんあなたの心配されるお気持ちはよく分かります。ですが、まだ6日目なのです。サカキアラタは何も知らないと言って、真実を一切話してくれません。ですから、取り調べは何一つ進んでいないのです。したがって、まだ釈放するわけにはまいりません。ご理解ください」

「なんで真実を話してないって決めつけるんです?アラタが否定してるなら、それが真実なんじゃないんですか?」

私は更に一歩詰め寄った。まだ数メートル離れているが、あと2歩も詰めれば、お互いに一瞬で喉元に食らいつける間合いに入る。

「私には分かるのですよ、レイチェル・エリオット。彼は隠し事をしています。それは私にとっても、この国にとっても大きな意味を持つ事なのです。レイチェル・エリオット、あなたが私に対してどのような目を向けているか、私もよく分かっています。ですが、私はこの国のために、この国の平和を守るためならば、一切の容赦はしません。誰に何と思われようとね」

マルコスが一歩踏み出し、距離詰めてきた。
あと一歩でお互いの間合いに入る。その気になれば、この場でマルコスの首を取る事もできる。だが、それはマルコスも同じだ。

私はナイフに手をかける。


「レイチェル・エリオット・・・大切な者を守りたい気持ちは同じなのですよ」

マルコスの素顔を初めて見た気がした。
悲しみの色が宿る、とても寂し気な目だった。

私はナイフにかけた手を離し、一歩後ろに引いた。

「・・・アラタの身の安全は保障してもらいたい。それが約束されなければ、私は引けない」

「・・・命は保障しましょう。ですが、ご存じの通り、治安部隊は血気盛んな男ばかりです。私の目の届かないところで、多少手が出る事はあるかもしれません。そこまではお約束できません」

「アラタはいつ帰って来れる?」

「それは彼次第です。真実をお話しいただければ、いつでもお帰りいただけます」

「面会はできないのか?」

「できません。これはサカキアラタだけでなく、他の囚人全てができないのです。面会時に何か脱獄の道具を渡されたり、悪知恵を吹き込まれても困ります。あるいは、面会人が暴れたりしたら?今日のあなたのようにね」

マルコスの言葉に思わず睨みつけるが、すぐに頭を落ち着かせる。

「処刑前の面会だけが特別なのです。人生の最後くらいは親しい人に会いたいでしょう?国王の温情でこの時だけは認められています」

マルコスは表情を変えず、口元に笑みを浮かべ私を見ている。
これ以上は話しても無駄だろう。少なくとも、アラタの命の保障だけは取り付けた。今日のところはここまでだろう。


「もし、アラタが死ぬ事があれば、私があんたを殺す」


最後に私は、あえてマルコスの間合いに踏み込んだ。
マルコスも少しばかり驚いたようだ。笑みが消え、わずかに目を開いている。

「・・・覚えておきましょう」

数秒だが、視線を交わす。
お互いにそれ以上の言葉はなかった。私は無言のまま背を向け歩き出す。

背中にマルコスの視線を感じるが、振り返る事はしなかった。

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