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49 風に乗せて
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時は遡る。アラタが連れて行かれて5日後・・・
「・・・なぁ、カチュアの様子はどうだ?」
ミゼルがレジの釣り銭を数えながら聞いてくる。
「う~ん・・・空元気だね。仕事もいつも通りにはやってるけど、時々、心ここにあらずって感じで遠くを見てる」
時刻は17時、閉店した店内。入口横のレジ内で、ミゼルとレイチェルは閉めの作業をしていた。
「・・・よし、釣り銭はピッタリだ。そっちは?」
「うん、買い取り台帳はまとめたよ。記入漏れはないね。今日は防具が多かったかな。あと、最近クリーンの売れ行きがいいね。ジーンにフォロー頼まないと」
部門毎の買取りを内容を1つにまとめた台帳を手に取り、レイチェルはレジを離れようとするが、思い出したように足を止め、ミゼルに向き直る。
「・・・明日さ、協会に行こうと思うんだ。アラタが連れて行かれて今日で5日目だ。大丈夫だと思うけど、様子を見にね」
「・・・もう5日か。行くのは構わんが、一人でか?カチュアは?」
ミゼルの問いにレイチェルは首を横に振った。
「期待させたくはないんだ・・・必ず会えるとは限らない。いや、会えない確率の方が高いと思う。今、空元気だけど落ち着いてはいるから・・・」
「・・・そうだな。分かった。他の皆にもうまく話しておくよ」
ミゼルが小さく頷くと、レイチェルは、頼むね、と言ってレジを離れた。
あの日、アラタが連れて行かれた後、私達は店で一晩明かした。
ミゼル達、男性陣が中心に倒れた棚を起こしたり、ショーケースの割れたガラスを片づけたり、店内の清掃をしてくれた。
私やシルヴィアも手伝おうとしたけど、カチュアに付いててくれ、と言って断られた。
カチュアは泣き止んだ後もずっと伏していた。
ユーリは一晩中ずっとカチュアの傍にいて、背中を撫でたりしていた。私とシルヴィアも一緒にいたけど、ユーリはやっぱり、特にカチュアを大事に想ってるんだなと感じた。
夜の内に片づけも終わり、朝には営業を再開できるようになった。
一日くらい休もうとも思ったけど、お客さんの事を考えると、開けるべきという話になった。
来てくれたお客さんには、もう大丈夫なの?とか、大変だったね。と口々に声をかけられた。ご心配おかけしました。もう大丈夫ですよ。と受け答えをしておいた。
カチュアは朝には話せるようにはなっていたけど、この日は帰らせた。
一人にするのは心配だったので、ユーリも一緒に帰らせる事にした。白魔法コーナーを気にしていたけど、シルヴィアやジーンは、回復魔道具の説明くらいはできるし、買い取りが来ても翌日に回すからと言ってちょっと強引に帰らせた。
カチュアは、両親を早くに亡くし、祖父と祖母の二人に育てられた。
両親がいなくても、寂しくならないようにと、とても大切に育てられたらしい。祖父母の話をする時の表情を見ると、幸せなのはよく分かる。
今回、どのような話をしたのかは分からないが、きっと優しく励まされたのだろう。
翌日出勤してきた時のカチュアは、一見普通には見えた。
だが、やはり無理をしているのは分かるもので、いつもより元気に振る舞っているのが痛々しくも見えた。
ジャレットはそんなカチュアを見て、マルゴンの野郎絶対許さねえ、としきりに口にした。
カチュアを置いていったアラタを責めないあたり、ジャレットもアラタの気持ちは汲んでいるようだ。
リカルドはつまらなそうにしている。
口には出さないが、アラタの事を気にしているのは伝わってくる。兄ちゃん兄ちゃんと言って、よくアラタの周りをウロチョロしていたから、いじる相手がいなくなって寂しいのだろう。
不思議な事に、あれほど嫌がっていたシルヴィアのパンを普通に受け取って食べるようになった。
どういう心境の変化か聞いてみたが、いいだろ別に、と言って顔を背けるのだ。深い意味は無いのかもしれないが、食べる事で気を紛らわせているのかもしれない。
アラタがいなくなって5日目、カチュアは少し痩せたように見える。あまり食べていないのだろう。
目の下に少し隈もできていた。仕事は普通にしているが、やはり空元気なのは分かる。カチュアは分かりやすいのだ。
せめてアラタが今どうしているか、帰って来れる見込みはあるのか?それだけでも分かればと思う。
面会できる可能性は低いだろうが、行くだけ行ってみよう。
私は明日、協会に行く事にした。
翌日、私は一人で協会まで足を運んだ。私の家は、街外れの草原の中の一軒家だ。不便と言われるが、静かで過ごしやすく私は気に入っている。
店は昨日ミゼルに頼んだので大丈夫だろう。私が怒るとへこたれるし、私生活でだらしないところも多いけど、あれで仕事は真面目にしっかりやるし、知識も豊富で細かい管理も安心して任せられるのだ。
店には寄らず、自宅から協会まで直接行く事にした。協会までは歩きで30分程の距離だ。馬車を頼んでもいいが、色々考えたい事もあるので、歩きながら頭を整理する事にした。
時刻は朝8時、9月に入ったが、この時間はすっかり明るくなっていて、まだまだ暑さが厳しい季節だ。
あと2~3週間もすれば、秋らしく過ごしやすい気温にはなってくるだろう。
私は両親も健在でごく普通の家庭で育ったと思う。読み書きは両親に教えてもらい、10歳の頃には近所の服屋で短時間の仕事も始めた。アラタの世界では学校というものがあり、子供達が一定の年齢になると通いだすようだが、この世界では違う。
読み書きは親が教えるか、あるいは仕事に出た時にそこで学ぶかだ。
環境によってできない者は一生できないし、できる者は子供の内に覚えられる。計算も同じだ。
だから、生まれた環境で将来の仕事の幅は大きく変わってくる。その点で言えば私は恵まれていただろう。
10歳にもなれば、大抵の子供は短時間の仕事を始める。なにが自分に合うかを考えるお試しみたいなものだ。私はその服屋が楽しかったので、将来は服屋さんになるのも良いなと考えていた。
あの時、店長に出会うまでは・・・
「・・・店長、あなたなら、こういう時どうしますか?」
私は空を見上げ呟いた。もちろん答える者はいない・・・雲一つない青空に私の言葉は吸い込まれていった。
少し強めの風が吹き草花が揺らめくと、風に揺れる葉の音が、涼し気で心地良い音を届けてくれる。
「バリオス店長。私も悩むときは悩むんです・・・そろそろ帰って来てくださいよ・・・」
私はもう一度空に向かい呟いた。風がこの声を届けてくれたらいいのにな・・・
「・・・なぁ、カチュアの様子はどうだ?」
ミゼルがレジの釣り銭を数えながら聞いてくる。
「う~ん・・・空元気だね。仕事もいつも通りにはやってるけど、時々、心ここにあらずって感じで遠くを見てる」
時刻は17時、閉店した店内。入口横のレジ内で、ミゼルとレイチェルは閉めの作業をしていた。
「・・・よし、釣り銭はピッタリだ。そっちは?」
「うん、買い取り台帳はまとめたよ。記入漏れはないね。今日は防具が多かったかな。あと、最近クリーンの売れ行きがいいね。ジーンにフォロー頼まないと」
部門毎の買取りを内容を1つにまとめた台帳を手に取り、レイチェルはレジを離れようとするが、思い出したように足を止め、ミゼルに向き直る。
「・・・明日さ、協会に行こうと思うんだ。アラタが連れて行かれて今日で5日目だ。大丈夫だと思うけど、様子を見にね」
「・・・もう5日か。行くのは構わんが、一人でか?カチュアは?」
ミゼルの問いにレイチェルは首を横に振った。
「期待させたくはないんだ・・・必ず会えるとは限らない。いや、会えない確率の方が高いと思う。今、空元気だけど落ち着いてはいるから・・・」
「・・・そうだな。分かった。他の皆にもうまく話しておくよ」
ミゼルが小さく頷くと、レイチェルは、頼むね、と言ってレジを離れた。
あの日、アラタが連れて行かれた後、私達は店で一晩明かした。
ミゼル達、男性陣が中心に倒れた棚を起こしたり、ショーケースの割れたガラスを片づけたり、店内の清掃をしてくれた。
私やシルヴィアも手伝おうとしたけど、カチュアに付いててくれ、と言って断られた。
カチュアは泣き止んだ後もずっと伏していた。
ユーリは一晩中ずっとカチュアの傍にいて、背中を撫でたりしていた。私とシルヴィアも一緒にいたけど、ユーリはやっぱり、特にカチュアを大事に想ってるんだなと感じた。
夜の内に片づけも終わり、朝には営業を再開できるようになった。
一日くらい休もうとも思ったけど、お客さんの事を考えると、開けるべきという話になった。
来てくれたお客さんには、もう大丈夫なの?とか、大変だったね。と口々に声をかけられた。ご心配おかけしました。もう大丈夫ですよ。と受け答えをしておいた。
カチュアは朝には話せるようにはなっていたけど、この日は帰らせた。
一人にするのは心配だったので、ユーリも一緒に帰らせる事にした。白魔法コーナーを気にしていたけど、シルヴィアやジーンは、回復魔道具の説明くらいはできるし、買い取りが来ても翌日に回すからと言ってちょっと強引に帰らせた。
カチュアは、両親を早くに亡くし、祖父と祖母の二人に育てられた。
両親がいなくても、寂しくならないようにと、とても大切に育てられたらしい。祖父母の話をする時の表情を見ると、幸せなのはよく分かる。
今回、どのような話をしたのかは分からないが、きっと優しく励まされたのだろう。
翌日出勤してきた時のカチュアは、一見普通には見えた。
だが、やはり無理をしているのは分かるもので、いつもより元気に振る舞っているのが痛々しくも見えた。
ジャレットはそんなカチュアを見て、マルゴンの野郎絶対許さねえ、としきりに口にした。
カチュアを置いていったアラタを責めないあたり、ジャレットもアラタの気持ちは汲んでいるようだ。
リカルドはつまらなそうにしている。
口には出さないが、アラタの事を気にしているのは伝わってくる。兄ちゃん兄ちゃんと言って、よくアラタの周りをウロチョロしていたから、いじる相手がいなくなって寂しいのだろう。
不思議な事に、あれほど嫌がっていたシルヴィアのパンを普通に受け取って食べるようになった。
どういう心境の変化か聞いてみたが、いいだろ別に、と言って顔を背けるのだ。深い意味は無いのかもしれないが、食べる事で気を紛らわせているのかもしれない。
アラタがいなくなって5日目、カチュアは少し痩せたように見える。あまり食べていないのだろう。
目の下に少し隈もできていた。仕事は普通にしているが、やはり空元気なのは分かる。カチュアは分かりやすいのだ。
せめてアラタが今どうしているか、帰って来れる見込みはあるのか?それだけでも分かればと思う。
面会できる可能性は低いだろうが、行くだけ行ってみよう。
私は明日、協会に行く事にした。
翌日、私は一人で協会まで足を運んだ。私の家は、街外れの草原の中の一軒家だ。不便と言われるが、静かで過ごしやすく私は気に入っている。
店は昨日ミゼルに頼んだので大丈夫だろう。私が怒るとへこたれるし、私生活でだらしないところも多いけど、あれで仕事は真面目にしっかりやるし、知識も豊富で細かい管理も安心して任せられるのだ。
店には寄らず、自宅から協会まで直接行く事にした。協会までは歩きで30分程の距離だ。馬車を頼んでもいいが、色々考えたい事もあるので、歩きながら頭を整理する事にした。
時刻は朝8時、9月に入ったが、この時間はすっかり明るくなっていて、まだまだ暑さが厳しい季節だ。
あと2~3週間もすれば、秋らしく過ごしやすい気温にはなってくるだろう。
私は両親も健在でごく普通の家庭で育ったと思う。読み書きは両親に教えてもらい、10歳の頃には近所の服屋で短時間の仕事も始めた。アラタの世界では学校というものがあり、子供達が一定の年齢になると通いだすようだが、この世界では違う。
読み書きは親が教えるか、あるいは仕事に出た時にそこで学ぶかだ。
環境によってできない者は一生できないし、できる者は子供の内に覚えられる。計算も同じだ。
だから、生まれた環境で将来の仕事の幅は大きく変わってくる。その点で言えば私は恵まれていただろう。
10歳にもなれば、大抵の子供は短時間の仕事を始める。なにが自分に合うかを考えるお試しみたいなものだ。私はその服屋が楽しかったので、将来は服屋さんになるのも良いなと考えていた。
あの時、店長に出会うまでは・・・
「・・・店長、あなたなら、こういう時どうしますか?」
私は空を見上げ呟いた。もちろん答える者はいない・・・雲一つない青空に私の言葉は吸い込まれていった。
少し強めの風が吹き草花が揺らめくと、風に揺れる葉の音が、涼し気で心地良い音を届けてくれる。
「バリオス店長。私も悩むときは悩むんです・・・そろそろ帰って来てくださいよ・・・」
私はもう一度空に向かい呟いた。風がこの声を届けてくれたらいいのにな・・・
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