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48 決戦前

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決行日の朝、いつものようにエルウィンが部屋に入って来ると、ヴァンとアラタの前に朝食を置いていく。

いつもヴァンは挨拶程度に一言二言しか話さないので、エルウィンはアラタが食べ終わるまで、アラタと話し込むのだが、この日は違った。

「エルウィン、話があんだけどいいか?」

この日、半年給仕を続けて初めて、ヴァンから挨拶以外の話しがあると声をかけられた。

「え?あ、はい、なんですか?」

エルウィンはアラタの牢の前で腰を下ろしていたが、すぐに立ち上がり隣のヴァンの牢の前に立った。

元副隊長ヴァン・エストラーダは、見習いのエルウィンが気軽に話せる相手ではなかった。

隊を離れた今でもヴァンを慕う者は多く、半年におよぶ幽閉で当時よりずいぶん痩せてはいるが、その眼光の鋭さは今なお健在であり、睨まれると腰を抜かしそうになる程だった。

「そう、硬くなるなよ。ちょっと大事な話があってな。お前はアラタとも仲が良いし、今まで真面目に給仕を続けてきた。だから、信用して話そうと思ったんだ」

ヴァンの軽い口調に、エルウィンの緊張が少し解けた。


「今日、俺たちはここを出てマルコスを倒す。今の治安部隊の体制を変えるためだ。9時頃、マルコスがいつも通りアラタを連れに来るはずだ。その後、カリウスが俺を連れに来るから、その時に出ていく」

エルウィンは言葉を失った。予想外どころではない。

あのマルコスを、治安部隊20,000人の頂点であり、この国最強とまで言われるマルコスを倒すと言い切り、さらに今の治安部隊を変えると言う。
そしてカリウスがこの計画に乗っている事も衝撃を与えていた。

「ほ、本気ですか?ど、どうやって?あのマルコス隊長ですよ?その・・・言いにくいのですが、ヴァンさんも、カリウスさんも負けたじゃないですか?それに今は体の状態だって・・・」

「クックック、俺やカリウスじゃねぇよ。マルコスはアラタがやる」

その言葉に、エルウィンが勢いよく俺に向き直った。目と口を大きく開けて、驚きを顔中に浮かべている。

「ほ、本当ですか!?アラタさんがマルコス隊長と?」

「あぁ、そうだ。俺がマルゴンを倒す。その後の治安部隊はヴァンが変える。俺はヴァンならもっと街の人に寄り添って、今よりずっと信頼関係を結べると思う」

俺とヴァンの言葉が本気だと伝わったのだろう。エルウィンは事の大きさに震えている。

「エルウィン、お前は何もしなくていいんだ。ただ、俺達の覚悟だけ知っておいてほしい。俺達は必ず勝つ。そしてヴァンが隊長になったら、支えて欲しいんだ。お前は今は見習いだけど、きっと将来の治安部隊になくてはならない存在になる。だからヴァンも話したんだ。この戦いは、俺とヴァン、カリウスさん、そしてフェンテス、この4人でやる」

「え!?フェンテスさんが!?そんな、だって隊長補佐ですよ?そんな、まさか・・・」

カリウスも驚きだったが、まだ理解はできた。カリウスは今孤立しているし、あからさまにマルコスへ反発していたからだ。だが、フェンテスは本心はともかく、従順に従っているように見えた。そして今は隊長補佐という立場でもある。更にアラタとは一度掴み合ったとも聞いていただけに、驚きを隠せなかった。

「フェンテスは、ヴァンと話してこっちに付いてくれた。隊長補佐のフェンテス、元副隊長のヴァンと、元隊長のカリウスがいれば、他の隊員達との戦闘はある程度は避けれると思う。実質4対4にも持ち込めると思う」

エルウィンはまだ頭の整理が追い付いていないようで、不安に顔を曇らせている。

「エルウィン、急な話で混乱してるのは分かる。お前の立場もあるし、どうするかはエルウィンが決めていいんだ。ただ、一つだけお願いしたのは、この事は黙っていてくれ。俺達の目的は逃げる事じゃなく、あくまでマルゴンを倒す事だ。俺が1対1でマルゴンを倒さないと意味が無いんだ」

伝えれる限りの言葉で伝えた。エルウィンには届いただろうか。
しばらく黙っていたエルウィンだが、やがて、うん!、と声を出し大きく頷くと真っ直ぐに俺を見た。


「分かりました。俺、誰にも言いません。今だから言いますけど、俺も今の治安部隊のやり方には疑問を持ってました。やっぱ、アラタさんを牢に入れるのは納得しれませんし。俺の入隊前ですけど、カリウスさんが隊長だった頃は、街の人とも仲良くできてたって、聞いた事もあります。だから、もしヴァンさんが復帰して隊長になったら、俺頑張りますよ!」

エルウィンの表情には迷いが無くなっていた。まだ12歳なのに、これだけ自分の意思をハッキリ示し、物事を決めれる者がどれだけいるだろう。
アラタもヴァンも、エルウィンの言葉に頼もしさすら覚えた。

「クックック、大したもんだ。お前、まだ12歳だったな?これは将来楽しみだ。俺らも人生の先輩として、みっともねぇ姿は見せられないな。アラタ、カッコイイとこ見せてやろうぜ?」

「そうだな、エルウィンがこれだけ決意固めたんだ。俺らがしっかり勝たないとな」

エルウィンは食べ終わった食器を持つと、頑張ってくださいね、と言って部屋を出て行った。


いつもなら時間になるまで、ヴァンと他愛のない話しをしたり、藁の上でゴロゴロしているのだが、今日、この日は石畳の上に腰を下ろし、気持ちを落ち着ける事に集中した。
それはヴァンも同じようで、隣の独房からは物音一つ聞こえてこない。

体調は悪くない、昨日の食事と回復薬である程度のリカバリーができているのだろう。加えて、エルウィンのくれた軟膏と、土の寝間着の効果も大きかった。
怪しまれないように、服に隠れた部分にしか使用できなかったが、塗り薬である程度の腫れは引いている。
土の寝間着のおかげで痛みが和らぎ、回復も早まったという実感もあった。

だが、やはりスタミナには不安があった。三週間、満足に食事がとれていない事、そして運動不足で、確実に体力は落ちている。厳しい戦いになるのは間違いないだろう。

アラタは心地良い緊張状態にあった。
それは、かつて自身が出た、ボクシングの試合前の控室でも感じた事がある感覚だった。

マルゴンが強い事は分かっている。レイチェルの動きを視線一つで完全に封じていたし、腕を掴まれた時に感じたパワーは、明らかに自分より上だった。

「・・・大丈夫だ・・・俺は勝つ」

自分に言い聞かせるように、アラタは目を閉じたまま呟いた。
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