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46 差し入れ

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「本当は1週間後にしたいんだ。ここの常駐隊員が一番少ない日だったんでな。だが、明日でないとアラタが使い物にならなくなる」

カリウスさんは、俺を正面から厳しい顔つきで見据えてきた。

「明日からは、これまでのように殴られる程度じゃねぇ、骨の二、三本は普通に折られるぞ」

カリウスさんの言葉に、驚きはあったが、意外と冷静に受け止める事ができた。今日のマルゴンの様子を見て、あまりにいつもと違うので、何かあるとは思っていたからだ。
思いのほか俺が冷静なので、カリウスさんは意外そうに口を開いた。

「あまり動揺しないんだな?」

俺が今日の取り調べの事を伝えると、カリウスさんは納得したように数回軽く頷いた。

「なるほど、やはり間違いなさそうだな。数日前、体の動きを完全に押さえつける魔道具のイスを用意してて、もしかしたらと思って調べたんだ。今日、いつもの取り調べ室とは違う部屋に運び込まれていてな、準備ができたんだろう。明日使われる可能性は高い」

「カリウス、それならアラタが明日の朝、連れて行かれる前に出るか?」

ヴァンが隣の牢から問いかける。

「いや、あえてアラタを連れて行かせようと思う。アラタが連れて行かれたら、俺がお前を迎えに来るから、そのまま殴り込みだ」

「それで間に合うのか?例えば、フェンテスとお前で、俺ら二人を連れて行くような感じにして、全員で行くのはどうだ?」

「それも考えたが、フェンテスは今、隊長補佐だ。朝一番でマルコスの傍に付かないといけない。だから、時間的に無理なんだ。それにいつもマルコスらが連れて行くアラタを、明日いきなり俺が連れて行くのもおかしいだろ?俺一人でお前ら二人を連れて出るのは不自然だと思う」

カリウスの説明に、ヴァンは納得したように、なるほど、と言って頷いた。

「フェンテスは最近外されているようだが、明日はなにか理由を付けて、アラタの近くにいれるようにできないか?」

カリウスさんに話を向けられると、フェンテスは少し考えて、分かりました。何とかしてみます、と答えた

「よし、アラタ、お前が連れて行かれても、すぐに俺とヴァンで助けに行く。そのまま戦闘に入る事になるだろう。俺とヴァンはその場の状況で、アンカハスとヤファイ、どちらかを相手にするが、お前はマルコスだけに集中すればいい。このやり方でいいか?」

「はい、それで大丈夫です。俺は俺の戦いに集中します」

俺の返事に、カリウスさんは満足したように頷いた。

「フェンテス、お前は俺とヴァンが部屋に突入したら、まずアラタの拘束を解いてくれ。その後はヴァンの加勢か、多分アローヨはいないと思うが、もし他に隊員がいたらそいつの相手をしてくれ」

「分かりました。ヴァン副長、体の調子はどうですか?」

「やっぱかなり鈍ってるな。体力も落ちてるし、せいぜい5割から6割ってとこだな。お前に頼る事になるかもしれない。その時は頼むな」

ヴァンの言葉にフェンテスは、分かりました、と言って頷いた。やはりヴァンはかなり体力を落としているようだ。

俺自身、これまで受けた暴行でのダメージと空腹で、体調は良くない。だが、エルウィンの傷薬で腫れは抑えられ、土の寝間着のおかげで多少は痛みも引いている。本調子には遠いが、もはや状況的に明日決行しなければお終いだろう。覚悟を決めるしかない。


「よし、それと協会の見取り図だ。俺らは頭に入っているが、アラタには説明をしておく。現在地がここだ。まともな窓も無くて、そんな網張り通風口だから分からないだろうが、三階の角だ。三階は全フロア、囚人を入れる部屋しかない。1部屋に4つの牢があり、全部で50部屋ある。ちなみに、お前がここに来る前にもう2人いたが、入れ替わりで死んでいる」

カリウスが指でさしながら場所を説明する。

角部屋だからか、俺のいる部屋を出ると、すぐに二階に通じる階段がある。二階は隊員達の寮部屋のようになっているらしい。本部勤めは300人いるが、その内の半分は住んでいるようだ。

一階に降りてすぐの通路を真っ直ぐ半分程進むと、いつもの取り調べ部屋があり、明日はおそらく一番奥の部屋になるだろうと口にした。


「構造的に俺とヴァンはどうしても隊員の目に止まるだろう。できるだけ戦闘は避けるようにするが、やらなきゃならない場合もあるかもしれない。だから、フェンテス、さっきは俺とヴァンが突入したらと話したが、もしもの時は、俺らを待たず、お前の判断でアラタを助けてくれ」

フェンテスは黙って頷くと、俺に目を向けてきた。

「その時は、俺とお前の二人で戦うしかない。お前の役目は変わらない。マルコス隊長にだけ集中しろ。何人いたとしても他は俺が止める」

フェンテスの目には覚悟を決めた確かな意思が宿っていた。そうなった場合、自分が死ぬ事さえ想定して、受け入れているのだろう。

「分かった。俺はどんな状況になったとしても、マルゴンだけを倒す事に集中する」

「ヴァン副長もカリウスさんも、お前の力を直接見ていないのに、お前に託している。自信を持て、お前は俺達三人が命を預けた男なんだ。お前なら勝てると信じているぞ」

相変わらず無表情だし、淡々とした口調だったが、フェンテスの声には俺を激励するような響きも含まれていた。
あの時、店で対峙した時は、まさかフェンテスにこんな励ましを受けるとは予想もできなかった。

「フェンテス・・・お前、本当に意外と良いヤツだな」

「・・・本当に意外とって、どういう意味だ?」

フェンテスが真顔で聞いて問いただしてくる。言っていて俺もいまいち意味が分からない。

「全く、お前らも不思議な仲だな?さて、そろそろ俺達は戻らなければならない。フェンテスがマルコスに、アラタを説得すると言って時間を多めに作ってくれたんだが、もう一時間だ。これ以上は厳しいな。あとは、これを食べておけ。ゆっくり、よく噛んで食べろよ」

そう言ってカリウスさんはおにぎり三個と水を、俺とヴァンの前に置いた。


「おぉ!いいんですか?」

言いながら、すでに握り飯を掴んでいた。この三週間、しけったパンと水のようなスープしか飲んでいないので、おにぎりに感動してしまった。

「あぁ、食って少しでも体力を回復させておけ。急に食うと腹壊すからよく噛めよ。あと、この水には回復薬も混ぜてある。お前とヴァンの今の状態だと完全回復は無理だが、少しはマシになるだろう。これも口に含んだら、ゆっくり噛みながら飲め」

俺はお礼を言って食べ始めた。久しぶりの米だ。この世界の米は、やはり日本の米とは食感や匂いも違うが、今の俺にとっては、こんなに美味い物が世の中にあったのかと思う程美味かった。

「・・・すまんな。本当は毎日でも差し入れしたかったんだが、あの食事量なのに痩せもせず、毎日暴力を受けているのに怪我がすぐ治ってたら、怪しいだろ?だから決行前日の今日しかなかったんだ」

夢中でおにぎりを食べる俺に、カリウスさんは神妙な面持ちで言葉を発した。

「いや、そんな謝らないでくださいよ。俺、すごい感謝してますよ。ありがとうございます」

俺が笑って言葉を返すと、カリウスさんは、そうか、とだけ返して腰を上げた。

「・・・では、俺達はもう行く。明日・・・互いの健闘を祈ろう」

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